現に微睡み、藤波に堕ちよ   作:小夜夏

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捨玖:桜の薫り

私とは全く正反対なこの人のことを自分のダメなところを浮き彫りにさせられるようでどことなく苦手だと思った。

 

「おお櫻子よ、お主に紹介しよう。今日からお主の姉となる藤花じゃ」

 

桔梗色の強気な瞳が私を映す。

目の前にいるこの人と違って頼りなく全てを諦めた私を責めているような気がして思わず目を伏せた。

この人が何故、この家にやってきたのかは知らない。知りたくない。

どうせこの人も私と同じように全てを諦めることになるんだ。

 

お爺さまにとってお父さまもお母さまもそして私もただのモノなのだ。ううん、この家の人間すべてがお爺さまのモノ。

モノがどうしたいか思うなんて関係ない。どうしようがすべてお爺さまが決め、お爺さまのやりたいようにされるのだ。

 

あの人がこの家にやってきてもうすぐ2週間になる。

それなのにあの人は私のように諦めることもなければ逃げることもなく抗い続けている。

 

この人のお父さまはお父さまの兄だったらしい。

この家から全てを置いて逃げた珍しい人間。お父さまが時たま思い出したように自分の兄のことを話てくれた。

お父さまは出て行った兄のその後のことについて知らないと言っていたがどうやら家庭を築いていたようだ。

 

私はこの家以外の家を知らない。それでも、この家は異常だとなんとなく気づいている。

 

かわいそう。こんな家に来なければ知らないまま幸せに過ごせただろうに。

かわいそう。全てを諦めた方がとってもラクなのに。

いいキミだ。かわいそうなのは私だけじゃない。一番惨めなのは私じゃない。

 

今思えば私はとても酷いことを考えていた。

あの家で一番下だったのは私だったから。私より下の存在がいると知ってしまった時、私はこれで私は惨めな存在じゃなくなったと安堵した。

まるでこの家の人間が思っているように。とても酷くて汚らわしい考えだ。

 

あの人はそれでも私に優しくしてくれる。実の妹ではないのに私のことを妹のように良くしてくれる。

 

「……どうしてそんなに優しくしてくれるの?」

「そんなの決まっているじゃない。あなたは私の妹だもの」

 

不思議に思ってどうしてと聞いたらあの人は当然とばかりに答えた。

妹だから?

この家の人間のことは嫌っているはずなのに。この家の人間のことを憎んでいるのならば私も憎まれて当然なのに。

 

「確かに私はこの家が嫌いだわ。でも、あなたは何か悪いことをした?していないでしょう?」

 

違うの。

 

私は何もしていない。

ただ眺めているだけだった。

 

私はあなたのことをいい気味だと内心せせら笑っていたの。

下を見て私はまだマシなのだと自分を慰めるだけだったの。

 

あなたに優しくしてもらう資格なんてないの。

 

「ならば、私があなたを嫌いになる理由なんてないわ。それに私、実は姉妹に憧れていたのよ」

 

悪戯がバレたように笑う彼女はこんな陰鬱な家に似合わないほど綺麗だった。

 

とても羨ましいと感じた。と同時に私がどうしようもなく浅ましい人間なのだとも思ってしまった。

たったその一言で私はこの人に救われたいと考えてしまったのだ。

 

「本当に良いの?」

 

私はとてもいやらしくて汚らわしい人間だ。

あなたに優しくしてもらえるような人ではない。

 

それでもあなたが差し伸べる手に救いを求めても良いですか?

 

「今更ね。私は初めて会った時からずっとあなたのことを妹だと思っているわ」

 

しょうがない子だと彼女はため息をついて私に手を伸ばした。

 

「……私は櫻子。よろしく、姉さん」

 

恐る恐る握った手は想像していたよりも暖かくて、なんでかわからないけど涙が出そうだった。

 

この日、私に血が半分しか繋がっていない姉ができた。

 

 

◇◆◇

 

 

夕陽に照らされる校舎を背に藤花は歩む。

外で部活動に励む生徒から物珍しそうに注がれる視線を横目に校門を通り過ぎて少しのところで止まる。

 

校門から出入りしている者を見張るように塀の影に佇む呪霊に視線を向ける。

藤花に見られたと判断した呪霊がザワザワと蠢く。

 

「……雑魚が。そこに居座るんじゃないわよ」

 

藤花は忌々しそうに呟くと動き出す呪霊から視線を外し、呪霊の前を通り過ぎざまに手を軽く振る。

 

禍々しい赤紫色が呪霊を一閃し、呪霊の首と胴体が離れる。

 

藤花が鼻を鳴らすのと同時に大量の羽虫の音が呪霊の鼓膜を震わせ、テラテラと鈍く光る黒色が視界を埋め尽くす。

藤花の殺蔦(あやづた)によって祓われたのにも関わらず蟲が消えかけの呪霊に殺到したのだ。

 

易々と消滅なんてさせない。塵の一つも自分たちのものだと言わんばかりに蟲たちは呪霊を貪り尽くす。

呪霊は助けてくれとなんとか動かせる手を藤花がいるであろう方向に伸ばすが藤花が後ろに目をやることはない。

 

久しぶりの食事に満足したように藤花の周りを飛んだ蟲たちは藤花の服の中に姿を消した。

 

「…もう戻らないとまずいわね」

 

時計を見て時刻を確認する。

 

手早く終わった任務の帰り道。

途中、気になる場所があったためドライバーである伊地知に頼んで寄らせてもらったがこれ以上、長居をしていると帰るのが遅くなる。

押し付けられたとはいえ一応、任されているので虎杖の様子も確認しておきたい。

 

想定外だったが時間があまりなかったので返って都合が良かった。

時間があれば周囲の散策もしたかったが、もう時間もない上に目的が果たされたのだからこれ以上欲張るのはよくないだろう。

 

藤花は近くで待たせている車の元へ足早に向かった。

 

「お待たせしました」

「いえ、玉蟲さんが寄り道するなんて珍しいですね」

 

準備はできていたようで藤花が車に乗り込むと同時にスムーズに発車する。

 

「……私だって必要ならば寄り道の一つもしますよ」

 

珍しがる伊地知の声に答えて藤花は窓の外に視線を向ける。

これが五条悟ならばスルーしていたが事務的な対応が常の伊地知だからこそ答えた。

藤花にとって仕事仲間に求めるものはビジネスライクさだ。

 

夕陽に暮れる学校は相変わらず部活動に励む生徒たちの声が響く。

サイドミラー越しに校門を出ていく桜の飾りをつけたロングストレートの生徒の姿を見た藤花は目を閉じる。

 

「…着いたら教えてください」

「えっ…あ、はい」

 

伊地知本人がどう思ってるのかは知らないがそういう意味では伊地知はこれ以上ない優秀な相方だ。

その真面目さ故に五条に目をつけられこき使われていることには同情するが。

 

 

◇◆◇

 

 

藤花は周囲に誰もいないことを確認して地下室に続く階段を降りる。

暗い中、虎杖は映画を観ていた。

 

鍛錬が終わった虎杖は高専の人間と鉢合わせしないためにあまり外に出ることが出来ない。

そのため、必然的にここで時間を潰すハメになっている。

 

ここは電気は辛うじて通っているがインターネットの回線が通っていない。

虎杖はゲームと言うよりかはテレビっ子だったらしく、インターネットがつながらないことに何も言わなかった。

 

なんとなく漫画を読む気分でもなかった虎杖が暇つぶしとして選択したのは訓練で余った映画を観ることだった。

 

「悠仁、伊地知さんから夕食を貰ったから食べましょう」

「え!?もう晩飯の時間か」

 

藤花はテーブルのものを端に寄せてコンビニの袋から取り出した弁当を置く。

夕食の時間だと改めて時計で確認した虎杖は映画の再生を一時中断させて夕食を食べる準備をする。

 

「先輩、どっち食べます?」

「どっちでも良いからあなたが選んで頂戴」

 

伊地知が用意した弁当は今時の学生が好みそうなものだった。

藤花からしてみれば軽いものの方が良かったが伊地知が悩んで買ったものを無下には出来なかった。

虎杖にどちらにするか聞かれたが正直言ってどちらを選んでもやってくる結末は目に見えていた。

好きに選ばせて余ったものを開封して食べようとすると虎杖がじっとこちらを見ていた。

 

「…何よ」

「先輩、もしかして洗剤変えました?」

 

藤花は何時も甘酸っぱいような甘いような香りをほんのりと漂わせている。

それは今のように近づかないと分からないようなもので虎杖は藤花と顔を合わせて少し時間が経った後に気づいたことだった。

 

だけど、今日に限っては何時もより甘ったるい感じで違う香りを漂わせていると思った虎杖は怪訝そうにする藤花に思い切って問いかけた。

 

「……変えてはいないけど」

「あれ、匂いが違ったからそう思ったんだけどなあ…」

 

おかしいなと首を傾げる虎杖に藤花は内心、その通りだと呟く。

 

彼は大雑把な性格をしている上に男だったので洗剤だと勘違いしただけで身に纏っている香りと言う点では合っている。

彼が指摘した通り、身に纏っている香りは変わった。

もともとそれも少量で関心がなければ気にならないほどの変化。

 

彼は時々、どうしても鋭い。

それが生来のものか、環境によって出来たものなのかは知らないが、まさかこれも指摘されるとは思わなかった。

 

「どっちも優しいカンジで先輩らしくて好きですけど強いて言うなら前の方が大人っぽくて良かったですね」

 

虎杖の言葉に思わず手が止まった。

 

どこをどう見て私が優しいと思えた??

 

藤花は自分をどんなに取り繕っても虎杖が言うような優しい人間にはなれない自覚している。

歯に衣着せぬ言い方を改めれば多少はマシな人になると思っているが藤花は嫌味や毒を遠慮なく吐くことはやめない。

 

それに藤花は自分の利益にならない限りは例え善人であろうとも、今後業界に必要な人間であろうとも容赦無く見捨てることが出来る人間だし、実際にそれをしようとした。

 

そんな人間のどこが優しい?

前も思ってたことだが虎杖はどこか頭のネジが吹っ飛んでいるか、頭が湧いている。

 

自分のことを優しいと形容した虎杖にそれは違うと言い返したくなったが私を善人だと判断しているらしい彼はそう言われてもピンとこないだろう。

 

むしろ、それを受けて虎杖が藤花のどこが優しいと述べそうな気がしてそれを聞きたくなかった藤花は口を噤む。

 

「………そう」

 

代わりに出てきたのはとても短い返事だった。

 

 

 




これでこの章は終わり!

せっかくなので超簡単なプロフィール設定でも…

1/16生まれの17歳
呪術家系出身の一級呪術師
身長:辛うじて150を超えた
体重:五条曰く軽い
趣味:研究と金を稼ぐこと
嫌いなモノ:呪詛師、呪霊、老害など

備考:
人嫌い術師嫌い
近、中距離を得意とするオールラウンダー
口調と呼び方で好感度が分かる
好感度判定が厳しく初期好感度から上がることは滅多にない

イメージソング
Aimer『春はゆく』、『花の唄 end of spring ver.』

元ネタはお察し×2

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