学長の呼び出しといい、伏黒が(多分)落ち込んでいてちょっと気まずかったことといい、今日は随分とその場から逃げたくなる日だ。
「おっ来た来た。待ちくたびれたよ藤花」
目を黒い布で隠した胡散臭い不審者が勝手に待ち合わせしてきた。
藤花はすぐさま回れ右をしてその場から離れる。
あんな胡散臭い不審者──五条と会う約束なんてしていない。
今、あの男から声をかけられるとしたら用件は一つしか思い当たらない。
一年生たちが派遣された一件の絡みだ。
藤花ですらあれは上層部の仕業だと気づいているのだ。藤花よりも上層部との付き合いが長い五条が気づかないはずがない。
絶対に面倒なことだ。絶対に面倒なことを頼まれる。
「も〜僕の顔見た途端、とんぼ返りとか傷つくよ。暇ならちょっと付き合ってよ」
「暇じゃないので付き合いません。とっとと帰りやがれください」
追いついて一方的に肩を組んできたので目線も合わせずに叩き落としてとりあえず近場の部屋に逃げ込むことにする。
「まあまあちょっとだけ、ちょっとだけだから。まずは話に付き合ってよ」
ヒョイと抱えられ逃げ込もうとしていた部屋に連れて行かれる。
逃げようとしてもガッチリと抱えられて逃げられない。
そもそも呪力で身体能力にブーストをかけても辛うじて150を越えた藤花が2メートル近い身長を持つ五条に体格的に敵うはずもなかった。
「ちょっ!!セクハラで訴えるぞ!クソ五条!!」
一年前も似たようなことをしたなとデジャブを感じながらも藤花はせめてもの抵抗で声を上げることしかできなかった。
「それは反則でしょ!?そもそも話聞かないで逃げようとする藤花が悪いんだよ」
「面倒事持ってくるそっちが悪い」
面倒事だと分かっているのに大人しく待っているバカがいるかと藤花は吐き捨てる。
「はあ…いつまで抱えているつもりですか。本気で訴えますよ?」
もう逃げられない状況に追い込まれた藤花は渋々、逃げるのをやめるからさっさと離せと言外で五条に訴える。
「……ああ、ごめん」
やっと離してくれた五条にぶつぶつと文句を言いながらパンパンと制服のシワを軽く払う。
その間、五条は聞こえるように言われた文句に反応せずにさっきまで藤花を抱えていた腕をじっと見ていた。
「…ねえ藤花、また痩せた?」
呼び掛けられて面倒臭そうに五条の方を向いた藤花だったが続いて出た質問にキュッと瞳孔が開いた目で睨んだ。
「は?それ、今関係あります?」
有無を言わさない雰囲気に五条はホールドアップしながらナイデスネと答えた。
「で、なんですか」
雑談はここまでだと言う風に藤花は話題を切り替える。
これ以上、巫山戯たら取り合わなくなるのが分かったのか五条はようやく本題に入った。
「藤花は悠仁のこと、名前だけは知っているよね?」
唐突に告げられた名前に思わず、誰だそれはと返しそうになった藤花だが辛うじて引っかかった記憶を手繰り寄せて思い出す。
「悠仁…?ああ、宿儺の器の名前でしたよね」
「そそ、虎杖悠仁。後輩なんだからちゃんと覚えてよね」
…何故だろう。五条の言い方にとても嫌な予感がする。
「後輩も何も、もう死んでるんじゃないんですか」
「表向きではね!」
「……はぁ…」
実に憎たらしい笑顔で告げてきた真実に藤花はため息をついて天を見上げるしかなかった。
器の死亡についてあれこれ考えるのは藪蛇だと思って首を突っ込まないようにしていたのに。
その藪蛇自体が首を突っ込めとやって来た。
「あれ?驚かないんだね」
良いリアクションを期待していた五条だったが想像していたのと180度違う反応を意外に思う。
「…まあ、規格外中の規格外と言っても良い特級呪物ですからね…。あの腐れ上層部どもが思い描いてた通りになるわけが無いとは多少は思っていましたよ」
「あ〜それは分かるかも」
隠すほどでも無いかと思った藤花は素直な感想を述べる。
五条も藤花の感想を聞いて宿儺ならありそうだと納得した。いや、実際にそうなったんだけども。
────死んだはずの『両面宿儺』の器が実は生きていた。
正確には死んでたけど生き返った。原因は恐らく宿儺。何故生き返らせたのかは知らない。
都合が良いので記録ではしばらく死んだままにして簡単に死なないレベルまで力を付けさせてから復学させる。
五条から告げられた企みを整理しながらも藤花は一度遠ざかったはずの嫌な予感がひしひしと近づいて来ているように感じた。
何故だろう…一年前の出来事が脳裏を過ぎる。
「…それをわざわざ私に教えた理由は?」
「藤花に是非とも頼みたいことがあってね」
「お断りします」
「残念♪もう断れない段階にいるんだよね」
やっぱりかと藤花は苦虫を潰したような表情になる。
五条悟は我が強い。
こうと決めたら何がなんでも押し通す。
こちらが何をやってもムダだと経験則が言っている。
せめて一度でも良いからぶん殴るなり、なんなりしてその飄々とした態度を崩してやりたい。
そうすれば少しは溜飲が下がって素直に聞いてやっても良いと思えるかもしれない。…いや、ないな。
それにしても────
目の上のタンコブがなくなり、ついでに好き勝手引っ掻き回す五条悟に嫌がらせが出来た。
『両面宿儺』の器が死んだと思っている上層部はこの一石二鳥な結果にさぞ御満悦だろう。
実際にはその目論見は宿儺により潰え、逆に五条に利用される形となったが。
可哀想に、と藤花は皮肉げに笑う。
同情は全くない。
むしろ、ざまあ見ろと内心では嘲笑っているし、それを隠す気もない。
うっわぁイイ笑顔と五条が軽く引く素振りを見せるが特に気にしない。
五条も上層部のことを腐ったみかんのバーゲンセールとのたまうほど扱き下ろしているし、藤花が上層部を嫌っている事は周知の事実だ。
「それで、私を巻き込んだ理由はそれだけではないでしょう?」
逆にハメめられた形となった上層部を嘲笑いながらも藤花は自分を選んだ目的を問いただす。
五条の頼みたいことは分かっているがそれは藤花じゃないと出来ないことではない。
上層部に告げ口する気は一切ないが、真実を知っている人間は極力少ない方がいい。
特級で他の者と比べて多忙な五条だが、手助けが必要なほど難しいことではない。
わざわざ藤花を巻き込むメリットがないのだ。
それでも巻き込もうとしたのならば他に理由がある。そう確信した藤花は問いただしたのだ。
「藤花は今年、出る気がないことでいいんだよね?」
主語がない言葉が何を指しているのかすぐに分かった。
ついさっき、学長室で同じことを言われたからだ。
五条たちが指しているのは学内行事である交流会だ。
参加するのは主に二、三年生で呪術や戦闘技術の向上を目的とした親善試合でもある。
「ええ、そこまで意義が見出せないので」
三年生である藤花はそれに参加する権利を持っているが出る気はなかった。
交流会はただの親善試合ではない。
その活躍次第では昇級のチャンスがあるのだ。学生の呪術師の大半はそれを狙って交流会に参加する。
だけど、藤花はその面々には当てはまらない。
既に頭打ちである一級だからだ。
昇級のチャンスと言われても上にあるのは規格外の特級。
余計で面倒なしがらみは御免だし、そもそも人外の領域に踏み入る気が一切ない藤花からすれば積極的になれないのだ。
技術面の向上についても空いた時間でやればいいと考えているためそっちの方向でも参加しようという意欲が湧かない。
それに人数的に中心になるのは二年生だ。
だが、参加する二年生とは
ギスギスとした空気の中やるより、気心知れたメンバーとやる方が賢明だ。
一年生の鍛錬をしているのを遠目に見たところ上手くいきそうな雰囲気だし。
藤花はわざわざそれを壊しに行くほど空気を読めない人間ではないのだ。
そんな考えもあって藤花は交流会に参加する気は一切ないのだ。
「だけど、学長にその気はない」
そう、そこが問題なのだ。
藤花的には人数を減らすか一年生を参加させればいいのにと思っているし、それも含めて自分の意思ははっきりと伝えているのだが何故かそれでも出てくれないかと打診される。
話し合いは平行線の一途を辿っており、どちらかが折れるまで解決しないだろう。
大方、京都校に負けたくないとかどうでも良い理由だろうがこちらからすれば迷惑な話だ。
それもこれも、停学になった同期のせいだ。
同期が停学にならなければこの問題も出てこなかったのだ。
頭の中でしばらく会っていない同期はサイコロにしながら先を促す。
「もし、その要らない枠を引き取ると言ったら?」
僕も学長と同じでできれば藤花にも参加して欲しいんだけどね…と五条がもらした言葉は聞かなかったことにした。
なるほど、そこに繋がるのか。
また上層部の横槍で死んだら五条的にも目を当てられない。
だから死んだままにして力を付けさせて復学させる。
そのまま復学させるのも味気ないと思った五条が目をつけたのがその集大成を見せる場にもなる場所、交流会。
「要らないものは引き取られる。また教育係をやることになるけど勿論、報酬だって出る」
どう?お得じゃない??と楽しそうに提案する五条にはイラつくが提示された案は魅力的だ。五条にはイラつくが。
藤花は交流会に出る気はないが学長は参加させようとしぶとく粘ってくる。
そこに転がってきたのは虎杖の生存と交流会で復学させようとする五条の企み。
「まあ、良いでしょう」
バックれる気満々の藤花と虎杖の参加枠が欲しい五条。
二人の利害が一致した瞬間だった。