ミリ単位で小説の内容も入っています
用事を終えた伏黒はジャージに着替えて先に鍛錬を始めていた釘崎たちと合流した。
今はどうやらパンダ先輩が釘崎の相手をしているようで釘崎はパンダ先輩からに逃げ回っていた。
真希と狗巻は遅れてやってきた伏黒に声をかけてきた。
「…禪院先輩は、呪術師としてどんな人たちを助けたいですか?」
「あ?別に私のおかげで誰が助かろうと知ったこっちゃねぇよ」
ふと思って聞いたが、玉蟲先輩といい参考にならないなと伏黒は聞かなきゃ良かったと軽く後悔した。
「そう言えば、さっき玉蟲先輩に会いました」
三年は停学って聞いていたんですがと伏黒は話題を変えて世間話をする。
「ああ、あの人な…別件に駆り出されてたみたいだぞ」
だから、三年の中で唯一停学喰らってないと真希はパンダに転がされる釘崎を見ながら答える。
「そうですか。…なら交流会に出るんですかね」
「……さあな。いっつも忙しそうにしてるから出ないんじゃないか」
伏黒の質問に真希は苦い顔で答える。
そこで伏黒はようやく藤花と先輩たちの仲があまり良くない事を思い出した。
藤花と先輩たちが一緒にいる場面に出会したことがなかったからすっかり忘れていた。
ああ、だから加わることなく遠目で見ていたのか。
一言だけ声をかけてすぐにその場を後にした藤花の後ろ姿を思い出す。
玉蟲先輩は基本、当たりが強い。よく嫌味や毒を吐くことや先輩が生まれた家のことで嫌遠する人も多い。
先輩なりの気遣いなのだろうか、そういう人にはなるべく関わらないようにしている気がする。
そういうところから人の良さが滲み出ていて聞いているほど悪い人じゃないと思ってしまうんだよなと伏黒は藤花は不器用な人だと評価している。
でも、何故か乙骨先輩とは仲が良さそうなんだよな…。
海外にいるもう一人の先輩の顔を思い出しながらも不思議に思う。
乙骨先輩と喋っている姿を見かけたことがあったから他の先輩たちとの関係に思い至らなかった。
顔に出ていたのか真希に気にすんなと小突かれた。
「そう言えば伏黒はあの人に鍛えてもらっていたか」
「ええ、少しの間でしたけど」
「玉蟲先輩との鍛錬、大変だったでしょ」
容赦無いんだよなあ〜マジ死ぬかと思ったというパンダ先輩の呟きに同意する。
五条から似たような術式を使う人がいると紹介されて鍛えてもらったが出来ることなら先輩との鍛錬はなるべく避けたい。
…強くなれるのは確実だがその容赦の無さに躊躇ってしまう。
二年生たちもその事を思い出したのか心なしか顔色が悪くなっていた。
「……その玉蟲先輩って人、何者なのよ…」
パンダに転がされまくっていた釘崎は砂埃を払いながらも至極当然な事を尋ねる。
「不器用な人」
「うーん…悪い人ではないけど、一言で言うと人嫌いの守銭奴かな?」
「梅」
「苦手だけど悪い人ではない」
「全く分からない」
揃って返ってきたのは悪い人でないと言う言葉。
頼りになる先輩なのかそうでないのかイマイチ分からない返答に想像がつかない。
「まあ、人の好き嫌いは激しいけど面倒見は良いし、頼れる先輩だよ」
「機会があれば会えるだろ。野薔薇にはその時に改めて紹介してやるよ」
伊地知にも言った通り、この呪術界はクソだ。
保身馬鹿、世襲馬鹿、高慢馬鹿、ただの馬鹿。
それはさながら腐ったミカンのバーゲンセール。
上の連中を皆殺しにするのは簡単だけど、頭が変わるだけで腐った奴らの根絶にはならない。
誰もが納得してついてきてくれる革命が今の呪術界には必要なのだ。
『最強』と呼ばれていて、実際にそうで、大抵のことは一人で十分だけど、これについては一人では無理だ。
そのためには同じ思いを持つ仲間が必要だ。
強くて聡い仲間が。
そのために教育者となって種を巻き続けてきた。
パンダや棘、真希────それに恵と野薔薇。
特に注目すべきは秤に憂太、そして悠仁だろうか。
その種は順調に芽吹いている。
今は馬鹿な奴らに摘まれないように定期的に見ておかないといけないけどやがてそれは大きな波となってこの呪術界を飲み込むだろう。
藤花もその内の一人となってもらう。
反面教師なのか藤花は学生の中で特に上層部を毛嫌いしている。
きっと呪術界の腐った部分を他の子たちよりもずっと近くで見てきたはずだ。
ことあるごとにクソだと隠さずに吐き捨てているのだから巻き込めば心強い味方になってくれる。
より良い方向に持っていくためには喚くだけじゃなくて行動もしないといけないのだから。
そのためにも悠仁を強くしなくては。
藤花との利害が一致して鍛えるための助力も得れた。
呪術師には辛辣な対応を取る藤花だがもともと一般人だった者にはマイルドになることは憂太の件で分かっている。
きっと悠仁にも憂太と同じように色々と世話を焼いてくれるだろう。
だが、それだけでは足りない。
強くなるには身体能力の向上や技術の向上だけではなく精神的な成長も必要だ。
肉体面は多少雑に扱っても大丈夫だが、精神面はそうはいかない。
特に多感な時期は少し扱いを間違えただけで己を殺す猛毒となる。
それをケアし、正しい方向へと導くには藤花では力不足だ。
一級呪術師としての実力も誰かに物を教える能力も確かだ。
大人と同じように考えて割り切れる。人を殺す覚悟もしっかりと決めている。
それでも、彼女がまだ多感な時期の子供であることには変わりないのだから。
その役目を果たすためにはまた別の人間の手を借りる必要がありそうだ。
出来るなら人の痛みが分かる大人に預けたい。
「ほんと、人を育てるには多忙すぎるよね。
だからと言って捨てる気は微塵もないけどと呟いた五条は優秀な後輩に協力してもらうために一先ず、伊地知を脅してスケジュールを聞くことにした。
「と、言うことで新しい先生がつきます」
「いや、どゆこと?」
今日も映画鑑賞かと思ったらいきなり現れた五条が前置きなく話し始めた。
話の流れについていけなくて虎杖は思わず突っ込む。
先生と一緒にやって来た少女がその新しい先生だってことは分かるんだけども。
「修行には出来る限りついてあげたいんだけどね?僕ってば最強だからあっちこっちで引っ張りだこなんだよね〜」
五条の言っていることは分かる。
同期と共に任務に赴いた数はとても少ないが最初以外同行していなかったのでなんとなく忙しいのかなとは思っていた。
…でも、なんか言い方がちょっとムカつくな。
「で、僕が来れない時に変わって色々教えてくれるのがここにいる藤花ってワケ」
ほら、自己紹介しなよと五条に促されてその子は渋々と言った様子で口を開く。
「三年の玉蟲藤花です。一応、あなたの先輩ってことになりますね」
「えっ先輩!?」
先輩だと言われ虎杖は驚いて思わず二度見する。
年下の子供にしては刺々しい表情など纏う雰囲気を見れば確かに言っていたように先輩に見える。
でも、何も知らずに見ると──彼女から見て一つ年下に当たる佐々木先輩よりも低い身長なことから年下の女の子に見えてしまう。
虎杖が何を考えたのかすぐに分かったようで藤花の眉間にあるシワが深くなった。
「あっすんません!えっと…玉蟲先輩…?」
それを見て藤花がそのことを気にしていると察した虎杖はすぐさま謝る。
「…気にしなくて良いですよ。慣れてますから」
仏頂面で疲れたように言うその姿は何度も言われていると簡単に想像できた。
「悠仁、藤花は術式の解析とかずば抜けて得意だから分からないことがあったら積極的に聞くと良いよ。教え方もすんごく上手いよ」
知ってると思うけど悠二はついこの間まで普通の高校生やってたから優しく教えてあげてね。と五条が藤花に伝えると藤花は有り得ないものを見たというように五条を見た。
「まさか何も知らないんですか」
「ゆっくり教えていこうとした矢先にアレだからね」
僕は悪くないと胸を張っていう五条に藤花は呆れたと言わんばかりにため息をついた。
「そんなんで交流会に間に合うんですか?」
「間に合わせるさ。そのために藤花に手伝ってって頼んだんだから」
何の話をしているのだろうと置いてけぼりになった虎杖は佐々木先輩と言い、釘崎と言い最近知り合った女性は髪が短い人ばかりだなと藤花の綺麗な斜めラインを描く髪を見て一人、場違いなことを考えていた。
「…何ですか?またジロジロと見て」
「うーん…あ、ここでの初めての先輩だなあって」
思わず他にも何か考えていただろとツッコミたくなった藤花だが本人がわざわざ言わなかったことを掘り返すべきではないかと出かかった言葉を飲み込む。
「ん…?待てよ、前の学校では二年の先輩はいたけど三年の先輩はいなかったな…」
とゆーことは、二重の意味で初めての先輩ってことか?
思っていた以上に呑気な反応をする虎杖に藤花は微妙な表情になる。
「ね、言ってたように良い子でしょ?悠仁」
「…宿儺の器のワリには危機感欠如してませんか…?」
五条が会わせるというのでついて来た藤花だったが一目見たときから想像と違うとは分かった。
ただ普通に明るい人だ。
あの特級呪物の器であるという自覚や危機感がない気がするがそれはあの後輩──彼と同じ境遇なので二重の意味で虎杖の先輩になるだろう。も似たようなものだったのでそういうものなのかもしれない。
少し話しただけでそこまで分かるのだ。
これから共に時間を過ごして為人を知れば彼が善人であることは確信に変わるだろう。
きっと、これから彼に関わる呪術師はその為人に絆されて情が湧くことになるだろう。
そしてもしもの事態に陥った時、情を抱いている彼らの刃は鈍ってしまうかもしれないなと藤花は何処か他人事のように思う。
五条が虎杖を使って何を企んでいるのかは知らない。
なんとなくこの界隈のためになるのかもしれないとは感じているし、それに私を巻き込もうとしているのもなんとなく分かる。
今回は互いの利害が一致したから付き合っているだけで素直に巻き込まれてやるつもりはない。
藤花だって人間だ。
その者が善人であれば好ましく思うし、多少の情は抱くだろう。
カラカラとした様子で五条と話している虎杖の姿に目を細める。
だが、藤花にとっての”最上”はすでに定まっている。
もし、その”最上”を傷つけられるのならば藤花は躊躇う事なく排除する。
例え多くの者が善人だと判断する人間だろうと関係ない。
藤花の力では敵わない宿儺が相手になったとしても絶対に殺す。
”最上”を──藤花にとっての世界を傷つけようとしただけで藤花にとってはそれは悪となるのだから。