現に微睡み、藤波に堕ちよ   作:小夜夏

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陸:知らざるを知らずと為す是知るなり

 

 

虎杖悠仁は呪術に関してズブの素人だ。

 

生得術式を持っていない上に一般家庭の出なのだからそれは当然のこと。

宿儺の器とならなければ呪術師(こちら)の世界を知ることもなく、踏み込むこともなく生涯を終えてるはずだったのだ。

 

だが、宿儺の器となったからにはそうも言ってられない。

両面宿儺は特級の中でも規格外な紛う事なき呪いの王。

ただそこに存在しているだけで影響を与える。

 

これから彼の前には多くの難関が立ちはだかるだろう。

その能天気さが鳴りを潜めるようなことが、精神が屈するようなことが彼の事情を考えずに襲ってくるだろう。

 

五条悟が彼を使って何をしようとしているのかは知らないが、途中で斃れて厄介なことになるのだけは避けたい。

またあのクソ上層部にハメられて死ぬようなことはあってはならないのだ。

 

だからこそ、虎杖悠仁の強化は早急に成すべきことである。

 

 

◇◆◇

 

 

まさかまた呪術について一から教えることになるとは…。

 

去年限りだと思っていたことをまたやることになった藤花は内心ため息をついていた。

 

今回は小さい頃から見えていたり、呪われていたわけでもない去年以上のズブの素人。

しかも、期限は前回よりも圧倒的に短い。

 

巻き込まれてなければ絶対に断っていた。

本人もそのことを理解していたのか前回の報酬よりも破格な値段を用意してきたし、了承してからは任務が減っていた。

 

他の者に気取られないレベルの減少だが正直言って有難かった。任務と並行しての教育は…ちょっと出来ないと思っていたところだったから。

 

…伊地知さんにまた無理強いでもしたんだろうなとあの男の使いっ走りと化している中年(恐らく)を思い浮かべる。

……今度、効き目が良い胃薬でも渡した方が良いのだろうか?

 

そんな取り止めのないことを考えながら学内の奥まったところに行く。

一見、資料室に見える部屋──恐らく物置として使われて放置された部屋の片隅にそれはある。

正方形にくり抜かれた下へと続く道。

 

昔は地下倉庫として使っていたのだろう。

中に人がいるからか今は外されているが、この道を塞ぐ蓋がまさにその用途であることを的確に示していた。

 

よくこんな都合の良い場所を見つけられるなとある意味感心する。

高専は呪術に関連する物を保管しているからなのか土地はムダに広いし、色んなところに建物がある。

 

藤花が本格的にここを出入りし始めて三年経つがそれでもその全貌は把握できていない。

 

主要な場所が固まっていることと行き来が面倒で特定の場所以外行く気になれないのが理由かもしれないが。

 

ここも人が全く寄り付かない場所の内の一つだ。

隠しているモノからしてもこれ以上ない隠し場所だろう。まさに灯台下暗し。

 

この事実をあの老害共が知ったらどんな顔をするだろうか。

 

仄暗い悦に少しだけ浸り、ぎしりと後付けされた階段を降りれば目的の人物をすぐに見つけられた。

 

虎杖が行儀悪くソファーに寝そべり、欠伸をしながら映画を見ていた。

 

藤花には映画の良し悪しが分からない。

だが今、虎杖が見ているものは少し見ただけでつまらないと感じるほどの出来だった。

行儀悪い格好で見てしまうのも納得できるほどだ。藤花だったら訓練として見ないといけなくても途中でやめるだろう。

 

「あっ玉蟲先輩」

 

藤花が近づいてきたことに気づいた虎杖は起き上がる。

ちらりと虎杖が小脇に抱えている腕の長さと頭身がおかしい熊の人形を見ると鼻ちょうちんを膨らませていた。

 

「………」

 

虎杖悠二と初めて会ったのが恐らく訓練を始めて間もない頃。

その時にこの呪骸が要求していた呪力はコントロール初心者がやるのに相応しいほどの少ない量。

 

日をそこまで空けていないのにも関わらず、前回と比べると出力は高くなっている。

 

彼と同じように──いや、それ以上に飲み込みが早い。

 

スポンジのようにスルスルと吸収するその様子に藤花は内心、複雑な感情を抱えた。

私も彼らのように飲み込みが早ければ────いや、この事を考えるのは止そう。

 

「訓練は順調なようですね」

「うん、殴られる回数は段々減ってきた」

 

呪骸がよく見えるように目の前に掲げられても起きる気配は微塵もない。

本当に呪力のコントロールが上達している。

 

「それにしても、随分と満喫しているようですね」

 

藤花が向けた視線を辿るように虎杖もその先を見る。

視線の先はソファの前に置かれたテーブルでそこにはパーティ開きにしたポテトチップスと飲みかけのコーラが鎮座していた。

 

他ならぬ虎杖が用意したものだ。

 

「お家映画にはコーラとポテチは定番スよ」

 

常識でしょと当然な顔をして言う虎杖に藤花は何とも言えない顔になる。

 

その常識は一般学生の常識で藤花には縁がなかったものだ。

小・中学の学生生活の大部分を呪術の修練に費やした藤花にとっては映画は触れたことがないものでどこで売っていたり、見れるのかは情報として知っているだけだ。

 

どう見るのが正しいかは全く知らない藤花だがもし、虎杖がやっていたように見るのが当然だったら行儀が良くないことは勿論、集中して見れないなと思う程度だ。

 

「…まあ、本人がそう言うのならぶち撒ける真似さえしなければ私は何も言いませんが」

 

本当にそれが定番なのかは藤花には分からないが飲み物を飲んでいる時や菓子を摘んでいる時に呪骸に殴られないのなら別に良いかと流した。

実害が出るのは虎杖のみなのだから。

 

「それはもうやっちゃたんだよなあ…」

「………貴方、バカなんですか?」

 

おちゃらける虎杖に藤花は思わず呆れた眼差しを送った。

 

 

◇◆◇

 

 

「先輩って『領域展開』ってできるの?」

 

そう言えばと話題を変えるように虎杖は藤花に聞いてきた。

呪術に関して殆ど知らない虎杖がその事を聞いてきたことに藤花は目を一つ瞬かせる。

 

「まだ教えていないはずなのですがよく知ってますね」

「先輩と初めて会った後に五条先生が課外授業だって外に連れてかれて…そこで教えてもらった」

 

なるほど…あの時に連れて行ったのか。

 

つい先日、五条から巫山戯た似顔絵と共に未登録の特級呪霊に襲われた事を教えられた。

特級呪霊ならば領域展開が出来ても不思議ではない。

 

途中で虎杖を連れてきたということはあの男にとって丁度良いところに教材が現れたと思う程度の強さだったのだろう。

 

…それにしても呪詛師と組んでいるらしいのに何でソイツらに虎杖が生きている事を教えているのよ。

 

直接言っても取り合わないだろうし、もう知られている状況なので何も言わないが藤花は内心ツッコむだけにする。

 

思考を戻して虎杖を見る。

虎杖は期待するように目を輝かせてこちらを見ている。先輩も出来るんでしょと言外に語っている。

 

虎杖には流れで自分の階級が一級であると言ってある。

呪霊の階級だけではなく、術師の階級についても知った彼はどうやら特級の一個下に位置する一級ならば呪術戦の頂点ともいえる領域が出来るのだと思っているようだ。

 

「一級だからと言って全員が領域展開出来るわけではありませんよ」

 

一級呪術師の現実を端的に告げるとそうなの?と聞かれたのええと藤花は肯定する。

 

「五条悟から教えられたのなら領域展開の基礎的なことは分かっていますね?」

「えっと、自分に有利な状況にして術式を相手に必ず当たらせるんでしょ?」

「…おおよそ合ってるので良しとしましょう。」

 

ざっくりとした認識に細かく指摘したくなるが押さえておかねばいけないポイントは分かっているようなので先に進むことにする。

 

「領域展開の前身である生得領域はその人の心の中と言っても良いです。そして、その生得領域を周囲に構築するということは言わば自分の世界を現実に持ってくるようなものです」

「ああ!固有結界みたいなものか」

 

五条に教えられた時、何となくしか分からなかったが藤花の説明でさらに分かった気がする。

脳裏に赤髪の少年を思い浮かべながら虎杖はポンと手を叩いた。

 

「固有結界…?一種の結界術ですか?」

 

キョトンとした顔で小首を傾げる藤花に虎杖はマジかよと驚く。

自分も詳しくないから知っているのかと聞かれると言葉に詰まるがまさかそんな反応されるとは思っていなかった。

 

こっちの話と言えば藤花は深く突っ込む気はないようで不思議そうにしながらも続きを話してくれた。

 

「領域展開は通常の比ではない呪力を必要としますがそれ以上に術式を含め自身の事を理解しないといけないんです」

 

それがどうして一級が領域展開出来るとは限らないと言う話に繋がるのだろうかと虎杖は首を傾げる。

 

藤花に改めて説明されて虎杖は一級呪術師は精鋭中の精鋭だと思っている。

藤花は特級ほどではないがピンからキリまであると言っていたがそれでも群を抜いて高い実力を持っていると思っている。

 

そんな人たちなら自分の武器である術式のことだって深く知っているだろうし、客観的に自分の事を分析できているのだろう。

 

「知っていますか?人は、思っているほど自分自身の事を理解していないんですよ。一級になるほどの実力があっても規格外に片足突っ込んでいようが所詮は人ですから。そこに気づかない限りは領域展開の体得は難しいのでしょうね」

 

だって自分自身さえ理解していない事を現実に持っていけるわけないでしょう?と至極当然のように言う藤花に虎杖は少年院の事を思い出した。

少年院のことだけではない高専に転入する時に学長と話した事も。

 

宿儺の指を食べたお前は何れ死ななければならないと言われて、他の人よりかは死ぬことの覚悟はあったと自分では思っていた。

死に時くらいは選べて潔く死ねると思っていた。それぐらい自分は強いと自惚れていた。

 

でも、いざ死を目の前にすると怖くて仕方なかった。泣き喚いて尻尾巻いて逃げたかった。

生き様で後悔したくないって言ったのに後悔しそうになった。

 

ああ、俺は自分の事を全く理解していなかったんだなってまざまざと知らされた。

 

 

────呪術師に悔いのない死などない

 

 

学長がそう言った理由がよく分かった。

 

頭があまり良くない俺でも、楽観的って言われる俺でもそう思ったし、実感させられたのだから他の人もそうなんだろうなと納得した。

 

 

 

「まあ、それでも領域展開しない人はいますけどね」

 

うんうんと納得する虎杖を横目に藤花はそっと呟く。

 

生まれながらにしてこの身体に、この魂に刻まれた術式。

それは誰もが選べず、本人の意思に関係なく与えられた才能。

 

どんなに醜悪でも、どんなに粗末でも。

無かったことにすることはできず、変えることもできない。

 

生得術式とはその人物の業そのものなのだ。

 

 

 





虎杖の脳裏にEMIYAが流れてそう…

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