赤色が…赤色がついてる。赤色になったの初めて…
ありがとうございます!!
ぐるぐると世界が回る。
音が遠く、くぐもって聞こえる。
「ゲホッゲホッ…」
堪らず咳き込む。
自分が立っているのか認識出来なくなって思わず壁に手をつける。
視界は黒く塗り潰され銀河のような点がゆっくりと動きながら明滅する。
足を伝って流れ落ちる薄桃色の水が視界に映る。
くぐもって聞こえていたシャワーの音も明瞭に。
ああ、ようやく戻ったか。
咳き込んだことで荒くなった息を整えながらどこか他人事のように思う。
今日はどうしようもないほど調子が悪いらしい。
藤花は今日が久々の休日で良かったと心の底から思った。
もし、任務が入っていたら死ぬほど手こずるか、死んでたかのどちらだろうから。
ずっと冷水に打たれ続けるわけにもいかないのでキュッと蛇口を締めてバスルームから出る。
たったそれだけでも重労働だ。
しなければならないが栄養補給もする気にはなれない。
適当に拭いた後に着替えてベットに倒れ込む。
久しぶりの休日なので部屋に籠もって作業や研究を進めようとしてたがそれも諦めた方が良さそうだ。
「藤花ー起きてるー?」
大人しく一日を寝て過ごそうとしているとドンドンとドアを叩かれた。
声の主は今、藤花が一番顔を合せたくない人物だ。…今じゃなくても出来るだけ会いたくないが。
会いたくない人物だし、動くのが億劫なので無視していると段々と強く叩かれ、人を小馬鹿にしたような言葉をかけられる。
「うるさいですね。少しは待つなり諦めるなりしたらどうです?」
段々と苛ついた藤花は堪らずドアを開けて文句を言う。
ただし出来るだけ顔を合わせたくないので開けるのはほんの少しだ。
「やっと起き…風呂上りか」
てっきり面倒だと無視されていたのかと思っていた五条は湿っている髪を見てすぐに出れるわけないかと巫山戯続けたのをほんの少し悪く思った。
「で、わざわざ休日に何の御用で?」
風呂上りだったから出なかったわけじゃないのだがそれを五条に教える必要はないのでそのまま流す。
正直なところ言いたいことだけ言ってドアを閉めたいがそれを止められるのは目に見えている。
さっさと用だけ聞き出そう。
休日である事を強調しながら何の用だと問うと五条は何を言っているんだと首を傾げた。
「いや、藤花には任務について行ってもらうから休日じゃないよ?」
「あ”ぁ??」
お前の都合で私の休日を取り消すな。
藤花は反射的に瞳孔が開いた目で凄むが五条は特に気にした様子もなく涼しい顔で流す。
…コイツ今すぐ殺そう。きっと今なら誰だってしょうがないって思ってくれる。
呪力を籠めて潜ませている蟲に命令を下す。
蟲は藤花の命令通りにドアの隙間から五条へと一直線に飛んでくるがそれに気づいた五条が叩き落として終わる。
「チッ」
「そんなにイラついてどうしたの?」
殺意のままにやったので出来ないのは分かっていたがこうも簡単にいなされるとムカつく。
不満を隠さずに舌打ちするとなに、生理?とデリカシーのない事を聞いてきた。
もう対応するのも面倒で八つ当たりのように力いっぱいにドアを閉めようとするが直前に滑り込んできた手によって止められる。
ニヤリとした顔をする五条に絶対何時か殺す。と殺意を新たに決める。
…鬱憤は多少は晴れたのでいい加減本題に入ろう。嫌だけど。
「……今日は七海さんと一緒に行くんじゃなかったのですか?」
藤花は渋々、今日の虎杖の予定を改めて確認する。
ここは学生寮なので主語は出さない。彼女たちはすでに外に出ていると思うが念のためだ。
虎杖は実地訓練として適当な任務をやることになっている。
その隠れ蓑兼教師役として同行するのが七海だ。
七海は一級呪術師で実力は確かだし、助力を求めたり、頼るなら彼だと断言するほど七海のことは認めている。
五条などとは違ってしっかりしているので学べることも多いだろう。
七海と藤花は共に一級呪術師だ。恐らく三級呪術師とされている虎杖──足手纏い的な存在がいたとしても過剰戦力となる。
今回は虎杖に任務をやってもらうことが目的でそれに合わせた任務をさせるのだからどちらか一人がいればそれで十分なのだ。
それが分かっていたからここ最近、虎杖たちに付き合っていた藤花は今日は久々の休日だと思っていたのだ。
「うん。でも知っている人がいると悠仁も心強いでしょ?」
物怖じしない性格の虎杖には必要もないのに。
こんなとってつけたような理由で私の休日が潰されるのか。
体調が悪いと言って断ることも出来るがそうすると五条が妙に構ってきてウザい。
それに素直に言うのも癪だ。
少しは休めたからか先ほどよりはマシになってきているし、ただの付き添いならそこまで労力もかからないはず。
足手纏いにはならないか…。
「………わかりました。先に行っててください」
そう判断した藤花はすごく嫌そうな顔をしながら五条にさっさと行けと態度で示す。
女子は準備に時間がかかることは流石の五条も理解しているので七海とは30分後に合流するからとだけ告げて離れていく。
扉を閉めて五条が完全に離れた事を気配で確認した藤花は扉にもたれかかる。
「ケホッ…」
口にあてた手を離すとそこには赤色があった。
何時もグローブをつけているからか白い肌にそれはとても映えるなと藤花は自分のことなのに何処か他人事のような感想を抱いた。
ざわざわと蟲たちが蠢く。
藤花の手を伝い登った数匹の蟲は顎を開閉しながら手のひらにある赤に近寄って行く。
手のひらを擽る蟲たちから目を離し、視線を上げる。
申し訳程度に置いてある鏡に映る自分の顔色は予想していた通り悪い。
少ししか顔を見せていなかったから五条は気づかなかったが真正面から顔を合わせていればどんなに鈍感な人間でも気づくだろう。
普通なら素直に言うべきなのだろう。
意地を張っても最終的には他人に迷惑をかけるのだから。
だけれども藤花は五条以外の面子にも正直に言うつもりはなかった。
自分自身がどのような状態であるのか理解している。
彼らがそれを知った時、どのような対応を取るのかも。
そして、彼らが取る対応は藤花が絶対にされたくない事だった。
ざわりと無機質な部屋に藤の香りが仄かに漂った。
だから藤花は今日もそれを藤波に隠す。
「ハイ、今回引率してくれる脱サラ呪術師の七海君で〜す」
「その言い方やめてください」
五条はまるで友人のように気安く肩を組んで虎杖に今日の引率役である七海を紹介する。
七海は五条から離れたそうにしているががっしりと組まれているのか逃げられないようだ。
それを虎杖の隣で見た藤花は同情の視線を七海に送る。
藤花もつい最近、それをやられた覚えがあるからだ。
あの男、距離感がおかしい。やめろと言ってもグイグイくる。本当にやめて欲しい。
「呪術師って変な奴が多いけどコイツは会社勤めてただけあってしっかりしてんだよね」
術師はその在り方から個性が尖っている者が多い。藤花も多少なりともその自覚はある。
だが、その中で群を抜いている人物に他人事のように言われたくはない。
具体的には思わず苦虫を潰したような顔になるくらいには言われたくない。
「他の方もアナタには言われたくないでしょうね」
七海も同じ事を思ったようだ。
虎杖は藤花と七海の反応からやっぱり五条先生は変な人なんだなと会ってから薄々感じていた事を改めて認識した。
そして何故、初めから呪術師にならなかったのか当然の疑問を虎杖は七海にぶつける。
それを受けた七海はなんでもないことのようにこの世の中はクソであること、自分が呪術師として出戻った理由を語る。
初めて顔を合わした時から薄々感じていたことだがこの人とは世間と術師業界との認識についてとても気が合う。
腫れ物を扱うかのようにおべっかかいたり、存在そのものをなかったことにする奴らといい、老害な上層部や呪いを撒き散らす呪霊といい本当にこの世の中はクソばっかりだ。
「虎杖君、私と五条さんが同じ考えとは思わないでください」
内心、頷いていたら出てきた七海の言葉に藤花はだろうなと思う。
彼は定められたルールに従う人間だ。上層部に思うところがあってもだ。
そんな七海からしたら虎杖は厄介な存在でリスクを背負いたくないと思うのも当然だ。
私も宿儺が大きな爆弾であると分かっている。と同時に有用な手段だとも思っているのだ。
七海との違いはリスクとメリットを天秤にかけ、メリットを取ったことだろう。
「私はこの人を信用しているし、信頼している」
五条悟は現在、三人しかいない特級呪術師の一人で自他ともに認める『最強』。
仕事以外はアレだがそれを除けば多くの者から一目置かれ、内心頼りにされている。
彼の後輩であり、近くでそれを見る機会が多かった七海が信頼を寄せるのも分かる。
藤花は反対側でドヤ顔する五条を横目にこういうところが癪に障るんだよなと改めて思う。
「でも尊敬はしていません」
「あ”あ”ん?」
キッパリと尊敬していないと言う七海にさっきまでドヤ顔をしていた五条は凄む。
呆れた様子の虎杖の隣で藤花は当たり前だと言う風に頷く。
「藤花も何頷いているの!?」
「は??あなたのどこに信頼され、尊敬される要素が??」
五条の言葉に何を当たり前な事をと痛い奴でも見るように聞く。
「ウソ!?七海より酷いんだけど!!」
「私には解りかねますので是非、レポートにでもまとめてください。機会があれば読みますので」
構ってくる五条をしっしっと犬のように払って適当に遇らう。
機会があれば読むって…それ絶対読まないヤツと虎杖と七海は内心そう思った。
話が別方向に行ったので七海は咳払いして話を戻す。
「要するに私もあなたを術師として認めていない」
そういう意味では彼女もそうだと思っていたのだがと七海は藤花を盗み見る。
基本的に辛辣で嫌味を吐く彼女であるが意外なことに物事の判断は客観的だ。
物事を冷徹に見極める彼女は爆弾を抱えるリスクがどれくらいのものか分かっているはずだ。
大方、彼女も七海と同じように五条から面倒を押しつけられたのだろう。容易に想像がつく。
人嫌いな彼女が下級生たちと交流することもないため、虎杖と知り合ったのもその時だろう。
せいぜい数週間、とても短い時間だがその割には普通なのだ。
藤花の虎杖に対する態度と距離が。
「言われなくても認めさせてやっからさ。もうちょい待っててよ」
「いえ、私ではなく上に言ってください」
ぶっちゃけどうでもいいと虎杖の出端を挫く七海を見てやっぱりと藤花は思う。
藤花も数回ほど七海と組んで任務をやったことがある。
その時に七海は生真面目な人間であると理解した藤花は虎杖とは微妙に噛み合わないだろうなと思っていた。
五条とある程度付き合っていける貴重な人だし虎杖と組む分には問題ないだろうけどとも思ったので特に何も言わなかったが。
「藤花先輩、この人とはなーんか噛み合わない…」
「当然でしょう。あなたとは性質が正反対なんですから」
「………」
内緒話をするように小さな声で話し合う二人を見て七海は本当に珍しいものを見たという思いを胸の中にしまった。
サブタイ違うのがいいかもだけれどもこれはこれで気に入っている。