【本編完結】サイコロステーキ先輩に転生したので全力で生き残る 作:延暦寺
「わああああああああ‼」
刀鍛冶の里の某所にて、何かを殴るような音と共に炭治郎くんの悲鳴がとどろく。
「死んでしまう! 腕5本はきつい‼」
「炭治郎さん遅い‼ 全然ダメ‼ 人形が持ってるのが素振り棒じゃなきゃ死んでますよ! しっかりして!」
大昔の職人が作った戦闘用絡繰人形・縁壱零式。
かの人形と戦い見事に吹っ飛ばされてしまった炭治郎くんは、その人形の持ち主である小鉄少年から毒舌アドバイスを受けている。
この人形は、かつて俺もお世話になったことがあり、公式チートこと継国縁壱を模した人形である。
彼を再現する為に6本の腕が必要だったと言われており、本人よりは劣るだろうがオーパーツに程があるだろうとツッコみたくなるほど様々な動きを行うことができる。
何故、炭治郎くんがその人形と戦っているかというと、5日程前に俺と同じ柱である無一郎くんが……なんというかまぁ、小鉄少年に対して空気の読めないというか非情というか配慮の欠けた行いをしたことで小鉄少年に火が付き、目に物を見せてやろうという事で縁壱零式を使って炭治郎くんを鍛えていたのだ。
昔お世話になった小鉄少年の父である大鉄さんが亡くなった事で小鉄少年は、しょんぼりしていたらしいが、今ではすっかり元気になっている。
もしその場に居合わせていたら無一郎くんを窘めていたのだが、生憎と巡回中だったために立ち会うことができなかった。
以上のことは炭治郎くんからあらましを聞いていたのだ。
「小鉄少年、程々にしといてあげなよ。ただでさえ、ここ数日で疲労がたまってるんだから無理させて体を壊したら意味ないだろ?」
「それはそうですが……このままではあの糞ガキを見返してやれませんよ!」
ヒートアップしかけていた小鉄少年をクールダウンさせるために俺は彼の毒舌を止める。
小鉄少年は分析力に長けてはいるのだが、如何せん戦闘面に関してはド素人だ。
実は、初日もヒートアップし過ぎて目標をクリアできるまで絶食絶眠、おまけに水もダメというえげつない事をやろうとしていたので無理矢理止めた。
小鉄少年に悪気がないだけに非常に質が悪かった。
「うちの無一郎のせいですまんな、炭治郎くん」
一応同じ柱であるため、無一郎くんの行動について炭治郎くんに謝る。
「いえ……俺の方こそ小鉄君の期待に添えられなくて……申し訳ないです……」
地面に寝そべり、息も絶え絶えになりながら炭治郎くんはそう答える。
炭治郎くんに責はないはずなのに、どこまでも人が良い。流石は主人公というべきか。
さて……確かこのイベントは、炭治郎くんの覚醒イベントだったはずだがどうやって覚醒したんだったか?
鬼達の襲撃の細かい日数まで覚えていないので、できる限り早めに覚醒させてあげたい。
縁壱零式の中にある刀イベントも控えていることだしな。
「うーん……やっぱりもっと追い詰めないとダメじゃないですかね。一撃与えるまでは食べ物と飲み物は抜きにした方が……」
俺が今後について考えている間も、小鉄少年が鬼畜な提案をし炭治郎くんが「ヒェッ」となっていた。
「そうだ! せっかく柱である賽さんが居るんですから、お手本を見せてもらっていいですか? 賽さんなら余裕ですよね! 父が存命だった時も、余裕で避けてましたし!」
おっと小鉄少年が曇りなきまなこでハードルがん上げしてきたぞ。
確かに、以前修行した時は縁壱零式の攻撃を避けれはしたが、できればあんまりやりたくない。
単純に疲れるし、万が一良い所を見せれなかったらせっかくここまで評価を上げてきたのに炭治郎くんの好感度が下がってしまう恐れがある。
「俺も賽さんのお手本を見たいです」
うーん、炭治郎くんにまで言われてしまったら流石に断るわけにもいかんなぁ。
折角だしあの技を見せておくか。
「そうだなぁ……あくまで避けるだけでいいなら。ほら、攻撃して壊れてしまったら炭治郎くんが鍛錬できなくなるしね」
と、炭治郎くんをダシにして何とか自分の得意な方向へと話を持っていく。
ひとまず2人ともそれで納得してくれたので、小鉄少年が調整し縁壱零式の前に立つ。
久しぶりに対峙したが、すっげぇ緊張してきた。
現在、縁壱零式の腕は5本(1本は無一郎くんに破壊された)なので以前よりは避けるのも楽だとは思うが。
「それじゃ行きますよ!」
小鉄少年が合図をすると、縁壱零式がギギギと動き出す。
瞬間、俺は体の表面薄皮1枚分に強く濃く気を張り、相手の動きを流れで読み取り攻撃の軌道を予測する。
四方からタイミングをずらすように連撃がこちらへと向かってくるが、俺は最小限の動きでそれを躱す。
その後も、縁壱零式は人間では到底ありえないような動きをし攻撃の手を休めない。
人形であるため呼吸による動きの機微は読み辛いが、それでも避けられないものではない。
相手の流れに身を任せ、動きを読み相手と同化し、最後には相手の動きをこちらの思うように誘導する。
それはまるで流水のように、実体がないかと錯覚するように攻撃を全て紙一重で避け続ける。
これは静の極みの一つであり、俺がかつて読んだ漫画にて生き残るのに使えると判断して再現した技――『流水制空圏』である。
要約すると、この技は動きの予測によって初動を早め、回避の動作を最小限に抑えることで、本来は受ける事も目で追う事もできない強力で速い攻撃を回避するというものである。
これに加えて、透き通る世界を発動することによりほとんどの者が俺に攻撃を与えることができないのだ。
もっとも、かなり集中してようやく再現できるものなので長時間の使用はできない。
ぶっちゃけ、重度の筋肉痛の原因が実はこれだったりする。
いや、マジでしんどいのよこれ。
そして、しばらく攻撃を避け続けた後、限界が来る前に戦いを終了する。
「――とまぁ、こんな感じだけど参考になったかな?」
「「……」」
俺は額の汗を拭いながら炭治郎くん達に話しかける。
しかし、2人は呆気に取られていたようで無言でこちらを見つめるばかりであった。
あれ? 俺、何かやっちゃいました?
しばらくして、何とか再起動した炭治郎くん達から先ほどの動きは何だと質問攻めにあったので、俺が編み出した(ということにする)技で流水制空圏だと伝える。
「それって、俺にもできますか?」
「いやー、これは俺が長年研鑽してようやく編み出した技だから難しいと思う。ただ、おそらく炭治郎くんなら似たようなことができると思うよ。素質もあるしね」
「素質、ですか?」
オウム返しに尋ねる炭治郎くんに対し、俺は頷きながらこう答える。
「他人を思いやれる優しい人が扱うことができるんだよ」
あと、技の名前的に水の呼吸っぽいしね。
その後、俺は流水制空圏のコツを教えながら炭治郎くんの鍛錬を続ける俺と小鉄少年。
炭治郎くんの飲み込み自体は悪くないが、やはり流水制空圏は難しいようだったが、それでも段々と相手の攻撃を避けれるようになり制空圏を身に着けるまでにはなっていった。
制空圏は、流水制空圏の前段階でこちらは自分の間合いに気を張ることで頭上や背後など自身の死角からの攻撃も正確に察知し受け止めることができる。
元々、炭治郎くんは鼻がよく、隙の糸とやらも察知できたので元々相性が良かったのだろう。
――そして2日後、制空圏をほぼマスターした炭治郎くんは何とか縁壱零式の攻撃を受け止め、まともに戦えるようになっていた。
やがて、炭治郎くんは渾身の一撃を与えられるチャンスを迎えるが人形を壊してしまったらどうしようと躊躇ってしまう。
「斬ってー‼ 壊れてもいい! 絶対俺が直すから!」
小鉄少年の方も炭治郎くんが躊躇ったのを察知したのか慌ててそう叫ぶ。
そして、ついに……炭治郎くんの刀が縁壱零式の頸に当たるのだった。
「アイダッ」
そのまま勢い余ってけつを地面に思いっきりぶつけてしまう炭治郎くん。
めっちゃ痛そう。
「大丈夫ですか⁉」
尻餅をついて痛がっている炭治郎くんの所へと慌てて向かう小鉄少年。
「ご、ごめん。借りた刀折っちゃった……」
こんな時まで他の人の心配とか、本当に底抜けに優しいなぁ炭治郎くん。
「あっ⁉」
炭治郎くんの所へと心配そうに駆け寄った小鉄少年だったが、縁壱零式の方を見ると思わず叫ぶ。
先ほどの攻撃により頭にひびが入っていた縁壱零式は、やがて音を立てて崩れ去る。
そうして出てきたのは……一本の古い刀であった。
「なんか出た! こここ小鉄君何か出た! 何コレ!」
「いやいやいや分からないです俺も。何でしょうかこれ‼」
と、突然現れた刀にテンション爆上がりの少年ズ。
分かる、分かるぞぉ。急に古い刀が出てきたらそりゃテンションも上がるだろう。
正直、俺も原作知識がなかったら一緒にテンションを上げていた。
「賽さん! これ、何なんでしょうか! 父から何か聞いてましたか⁉」
「いや、特には何も聞いてないな。ただ……少なくとも300年以上前の刀だとは思う」
息を荒くしてテンションマックスの小鉄少年が尋ねてきたので、俺はそう答える。
確か縁壱の刀だったはず? ではあるが、それをわざわざ言う必要もない。
というか、俺は鬼に関することはだいたい覚えているが細かい設定やらなにやらはほとんど覚えていないのだ。
命の危機の回避に全振りした結果である。
その後もテンションが高いまま会話をする少年ズだったが、折角だから刀を抜いてみようという事でドキドキしながら抜いてみる。
が、当然のことながら古い刀で且つ一切の手入れをしていなかったのでそりゃもう錆びっ錆びである。
そんな刀を見てあからさまに落ち込む少年ズ。
「いや当然ですよね。300年前とか……誰も手入れしてないし知らなかったし……すみません、ぬか喜びさせて……」
「大丈夫‼ 気にしてないよ!」
そう言いながら炭治郎くんは笑顔で涙を流していた。
俺と小鉄少年でフォローしていると、何やら重低音響く足音が聞こえてくる。
俺達3人が足音のする方を注視していると、現れたのは上半身裸でムッキムキ、顔にはひょっとこの面を付けた変態……もとい37歳児こと蛍ちゃんであった。
「うわああああ⁉ 誰⁉ 鋼鐵塚さん⁉」
突然の変態の登場に、テンションのジェットコースターを味わう2人。
正直、俺も彼が来ることは分かっていたが予想以上に変態テイストなその姿にちょっとだけ引いていた。
ちょっとだけ、というのは俺の刀の担当である
「話は聞かせてもらった……あとは……任せろ……」
「何を任せるの⁉」
その後、冨岡さんばりの言葉足らずを発揮し無理矢理刀を奪い取ろうとする蛍ちゃんと、必死に抵抗する炭治郎くん達でわちゃわちゃと騒ぎだすのだが……関わると面倒くさそうだったので、俺は少し離れて傍観するのだった。
☆
――夜。
蛍ちゃんとのイベントを経て、そろそろ鬼襲撃のイベントが来るなと予想した俺は炭治郎くん達に「今日は風が騒がしい、風がよくないものを運んできたようだ」と意味深な事を言って警戒するように忠告し、巡回へと出ていた。
とりあえず、変なツボがあったら近づかずに俺の刀で遠くから叩き割ればいい。
少しでも職人さん達の被害も減らしてやりたいしな。
「……居ないな」
その後、しばらく巡回するも鬼のおの字も見当たらなかった。
もしかして今日じゃなかったか? と思いながらも、残りの巡回を済ませようとした時、何かが空から落ちてきて地面へとぶつかった。
もうもうと立ち込める砂煙が晴れると、そこには1人の男が立っていた。
桃色の髪、上半身には罪人に掘るような刺青が施され、瞳には上弦の参の文字。
「逢いたかったぞ、栖笛賽ぃ……。まさかここに居るとは思わなかったが、貴様を縊り殺すのをどれだけ待ちわびたか……っ」
そう、そこにはかつて煉獄さんと共に死闘を繰り広げた猗窩座の姿があった。
「いぃぃぃぃやぁぁぁぁぁああああああああああ!」
夜空に、俺の悲鳴が盛大に響き渡るのであった。
――いつから鬼が2体だけだと錯覚していた?
最後のイベントをどうしてもやりたかったので、鋼鐵塚さんとのやり取りは割愛させていただきました。
流水制空圏及び、制空圏は史上最強の弟子ケンイチから引用しています。
活人拳の技と主人公の相性がよすぎる。