【本編完結】サイコロステーキ先輩に転生したので全力で生き残る   作:延暦寺

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お陰様でルーキー日間12位です。ありがとうございます。


突如、脳内に溢れる存在する記憶

 鬼殺隊に入ってから俺は、無理しない程度にそこそこに仕事をこなしていった。

 基本的には姿を隠し、気配を同化させ相手の死角から一気に首を刈り取る。

 生き残る事を第一に戦うため、すっかり隠形が上達してしまった。

 今なら、かくれんぼをしても最後まで見つからず置いてかれる自信がある。

 まぁ、そんなわけで今や俺の階級はちょうど半分、5番目の(つちのえ)となっていた。

 特に強い鬼とも戦った記憶はないが、そこそこに依頼をこなしていったので階級も順調に上がっている。

 ちなみに同期であるしのぶは、俺よりも上で3番目の階級(ひのえ)だ。

 なんでこんなに差が付いたかと言うと、単純にやる気の違いである。

 俺は特に鬼に恨みもなく絶対鬼殺すマンではないので生存が最優先。

 自分の手に負えないとなれば、すぐさま自分よりも実力のある隊士、柱などにさりげなく押し付けている。

 対してしのぶは殺る気、もといやる気に満ち満ちており自分が傷つくこともいとわずに鬼を屠りまくって丙まで上り詰めていた。

 まぁ、原作でカナエさんの死後から炭治郎が入隊する4年の間に柱になるほどなので納得と言えば納得だ。

 おのれの非力さを補うため、すっかり原作通りの毒娘へと成長してしまった。

 階級の差は開いてしまったが、胡蝶姉妹とは相変わらず仲良くさせてもらっている。

 しのぶからは、「貴方ならもっと上を目指せるはずなのに何でやる気を出さないんですか」とよく言われるが適当に受け流して誤魔化している。

 俺の目標は、元のサイコロステーキ先輩のように安全に出世し将来的に楽をすることなので決して無理はしないのだ。

 ここで無理して死んでしまっては意味がない。

 そう、安全に、無理せず鬼殺隊を続けるはずだった。

 

 ――某日某所。

 俺は、家屋の陰に潜み気配を同化させていた。

 ちらりと家の陰から覗くと、そこには満身創痍のカナエさんと十二鬼月の一人である童磨が対峙していた。

 今の童磨の順位がいくつだったかは忘れてしまったが、上弦なのは間違いない。

 原作でもかなりの強さを持っており、しのぶが命と引き換えにようやく倒したのを覚えている。

 そして、あろうことか俺はカナエさんが死んでしまうあのシーンに立ち会ってしまったのだ。

 鬼を倒し、近くの街に寄って休んでから戻ろうとした矢先にこれである。

 まだカナエさんは生きているが満身創痍で、いつ死んでもおかしくはない。

 童磨もカナエさんも、まだ俺の存在に気づいてはいない。

 ここで俺がこっそりとこの場を去れば原作通りの結末が待っている。

 俺の目標は、目立たず安全に生活し累戦を乗り越える事。

 柱でもない俺が今この場に出ていった所であっけなく死んでしまうのがオチだ。

 原作の流れに介入することでどうなるかもわからない。

 カナエさんが死ぬのは運命なのだ。

 

 ――そう自分に言い聞かせる。

 しかし、思い浮かぶのはカナエさんとしのぶと共に過ごした日々。

 原作を読んでいた時は、カナエさんは既に故人であり過去の回想でしか登場しなかったために特に思い入れもなかった。

 だが、この世界で生き、彼女らと共に過ごしたことで縁ができてしまった。

 脳内にカナエさんが死んでしまい、泣き崩れるしのぶの姿が思い浮かぶ。

 

 気づけば、俺は飛び出し童磨に斬りかかっていた。

 

「おや、まだ鬼殺隊が居たんだね。すごいね、今攻撃されるこの瞬間まで君を認識することができなかったよ。危ない危ない」

 

 などと、笑みを浮かべ余裕の表情で俺の刀を掴みながらそう言う童磨。

 イケメンではあるが、本当に人の神経を逆なでする奴である。

 猗窩座から嫌われているのも納得だ。

 

「賽さん⁉ 何でここに!」

 

 血だらけで呼吸を荒くしながら、カナエさんは驚いた表情で叫ぶ。

 俺だって、何でここに居るか聞きたい。

 気づいたら飛び出していたのだから仕方ない。

 勝てるとは思っていないが、せめて夜明けまで耐えればワンチャンある。

 

「おや、知り合いかい? なら、丁度いい。2人とも、俺が食べてあげるよ。これで死んだ後も一緒に居られるから悲しくないだろう?」

 

 これが煽りでもなんでもなく本音なのだから質が悪い。

 

「寝言は死んでからほざけ!」

 

 俺は、童磨から力づくで刀を取り返すと呼吸を整える。

 『影の呼吸・弐の型 写身(うつしみ)

 

 俺は殺気だけを前に飛ばすと、自分自身の影を極力薄くし童磨の後ろへと回り込む。

 影の呼吸というのは、俺が鬼殺隊で生き抜くために編み出した回避、奇襲特化の呼吸だ。

 今使ったのは『写身』と言う技で殺気のみを飛ばすことで相手に攻撃を誤認させる技だ。

 相手が強ければ強い程引っ掛かりやすくなる技だ。

 相手からすれば迎撃したと思ったら唐突に姿が消えたように思うので騙し討ちに最適である。

 もっとも、気配を読まないような相手には全く通用しない技ではあるが。

 しかし、今回の相手は十二鬼月の上弦。強者中の強者なので俺の殺気に咄嗟に反応し背中が隙だらけになる。

 

「おっと、今度は分身かい? さっきの気配の希薄さもそうだけど、君って血気盛んな鬼殺隊の中でも中々に変わった戦い方をするね」

 

 が、いざ相手の頸を取ろうとする寸での所で避けられてしまう。

 くそ、俺なりに修行をしてきたが、やはりまだ上弦には通じないらしい。

 ニタニタとむかつく笑みを浮かべた童磨の手が伸びてくる。

 

「賽さん! 貴方では上弦には勝てません! すぐに逃げてください!」

 

 しかし、今度はカナエさんが童磨に斬りかかり俺を救う。

 もう動くのも辛いだろうに、俺を救うために無理をしているのだろう。

 

「……いいね、すごくいいよ君達。俺は理解できないけど、これが愛って奴なんだね。なんて美しいんだ! ますます君達を食べたくなったよ。さぞ甘美なんだろうね」

 

 カナエさんの攻撃をあっさりと避けた童磨は舌なめずりをしながら俺達を眺める。

 

「カナエさん。残念ながら、俺に逃げるっていう選択肢はないんですよ。ここで逃げたらしのぶに顔向けできません」

 

 俺の目的は生き抜くこと。だが、ここでカナエさんを見捨ててしのぶの悲しむ姿を見てまで生き延びようとは思わない。

 

「……さっきも言ったように今の貴方では勝てませんよ」

「百も承知ですよ。貴女は死なせません」

「なら、私も賽くんを死なせませんよ」

 

 そして、再び始まる童磨戦。

 俺が影の呼吸を使い攪乱し、その隙をついてカナエさんが攻撃をする。

 しかし、童磨も氷の血鬼術を使って応戦する為、一向に決定打を与えられない。

 俺達が消耗する一方で鬼である童磨のスタミナは無尽蔵。

 猗窩座と煉獄さんの戦いでもそうだったが、鬼というのはとことん理不尽な存在である。

 無理ゲーに程があると言いたい。

 

 あれからどれくらいの時間が過ぎただろうか。

 呼吸の使い過ぎで既に俺の体力は尽きかけており、影の呼吸の強みを発揮できなくなっている。

 カナエさんの方も致命傷は今のところ避けられてはいるが、もはや立っているのもやっとだった。

 俺達の命運も尽きたかと諦めかけたその時、天の助けとばかりに光が差し込み始める。

 それは、夜明けだった。

 どんなに強靭な鬼であろうと日光を浴びれば立ちどころに滅びてしまう。

 それは童磨とて例外ではない。

 朝が来たのを察知した童磨は、心底残念だという顔をしながら口を開く。

 

「あぁ、あぁ! なんて残念なんだ! 結局君達を食べてあげることができなかった。俺はとても悲しいよ。君達は絶対に美味しいと確信しているのに食べられないなんて。いつか再び相まみえた時、その時こそはきっと君達を食べてあげるからね」

 

 童磨は芝居がかった口調でそう言うと、すぐさまその場から逃げ出すのだった。

 ……助かった、のか?

 辺りに奴の気配がないのを確認すると緊張の糸が切れたのか一気に力が抜けて、その場にへたり込んでしまう。

 カナエさんの助力があったとはいえ、上弦と戦って生き残るなんて奇跡に近い。

 出来る事なら、もう二度と十二鬼月とは遭遇したくない。

 4年後にまた遭遇することになってしまうのだが、今だけはそれを記憶の外に放り投げる。

 

 遠くからしのぶの叫ぶ声が聞こえる。

 だが、精も根も尽き果てた俺はそちらを見る気力もないまま、意識を手放し闇の中に落ちていくのだった。


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