【本編完結】サイコロステーキ先輩に転生したので全力で生き残る 作:延暦寺
今回、物語の都合上、三人称視点から始まります。
(なんだ……何がどうなっている!)
目の前の光景を見て、最初に無惨が抱いた感想はそれであった。
かつて、自分を最も追い詰めた忌まわしき人間――縁壱が使用していた赫刀そのもの、もしくは非常にそれに近い武器。
それが13本も自分を取り囲んでいる。
何の冗談だと叫びたかった。
先ほどまでは、明らかにこちらが優位であったはずなのに一瞬でそれは覆される。
理外の存在である無惨ですら、目の前の光景は理解できなかった。
(私は、これを知っている。そして、斬られればどうなるかを理解している)
そんな事を考えている無惨の取った選択は――逃げる事であった。
わき目もふらず、プライドもかなぐり捨て、無惨は全力でその場を逃げ出した。
無惨の目的は鬼殺隊に勝つことではない。生き抜くことだ。
そのためなら何を犠牲にしても厭わない。生き恥を晒しても構わない。
それこそが無惨であった。
自身の後ろで賽達の追いかける気配を感じるが、そんなものを気にしている余裕はなかった。
無惨は自身の逃走路を確保しつつ、追手の追撃をかわすため、蜜璃と伊黒を
そして、音を立てて床から壁がせり出してくる。
……ただし、無惨の背後ではなくよりにもよって自分の逃走経路を潰すように目の前に、だ。
「っ! 何をしている鳴女!」
自身の意にそぐわない行動を取る鳴女に対し怒鳴る。
無惨は、離れた鬼とは視覚の共有しかできない。
故に、鳴女の視線の先にあるものを信じるしかなかった。
鳴女の視線の先では、確かに蜜璃と伊黒は死んでいた。それ故に、無惨は何の疑いもなく鳴女を頼った。
だが、事実は違う。
賽の指示により既に鳴女は愈史郎の支配下にあった。
当然、無惨へと見せていた光景も偽物である。
今回、無限城へ突入するへあたり、愈史郎はいくつもの任務を課せられていた。
司令塔との視覚の共有、救護班、平隊士への透明化札の貸与。そして、最重要の鳴女の支配権の奪取である。
当然、働かせすぎだと愈史郎は怒り、提案を却下するが賽を経由し敬愛する珠世が頼んだことであっさりと了承するのだった。
今回、MVPは誰かと問われたら間違いなく愈史郎だっただろう。
そんな事情など知りもしないし、推測しようともしない無惨はただただ鳴女の無能さに苛立ちを覚えるばかりであった。
だが、すぐに気を取り直すと壁の横から回り込もうとしたところで、急に飛び出してきた2つの影に自身の両腕を斬り飛ばされる。
その影とは、蜜璃と伊黒。
鳴女の問題が解決したことで、2人は鎹鴉の案内のもと、すぐさま無惨の所へと向かい誘導されたところをまんまと奇襲を成功させたというわけだ。
当然ながら、蜜璃と伊黒も赫刀を発動させている。
(腕が再生しない⁉)
そして、斬られた腕が再生しないことに驚愕する無惨は、ますます縁壱の存在を思いだし、震える。
縁壱に斬られた傷は未だ治らずジクジクと痛みだす。
(なぜ……こんなことになった? 何処から狂いだした?)
逃亡するには鬼殺隊が邪魔だと判断した無惨は、応戦しながらも自問自答する。
(気まぐれに鬼にした者が太陽を克服した時か? 違う。あの耳飾りを付けた鬼狩りに出会った時か? 違う。ならば、あの鬼狩りの家族を皆殺しにした時か? 違う! 全ては……そう、全ては栖笛賽! あいつだ! あいつが全ての元凶だ! あいつさえ居なければ、全てが上手く行っていた。鬼狩り共をすべて始末し、あの太陽を克服した鬼を吸収し、私は完全なる存在へと昇華することができたのだ!)
無惨は、これまでの失敗の全てに賽が関わっていることを再確認すると、憎悪に満ちた目でにらみつける。
肝心の賽はというと、柱達の影に隠れ、時折姿を現したかと思えばダメージにならないちまちまとした攻撃を与えてくる。
そんな賽の行動に、無惨は益々怒り狂う。
(見れば、賽はこの鬼狩り共の中心になって行動している。産屋敷さえ潰せば何とかなると思っていたが……奴を潰さねば意味がないだろう。だが、どうする? 普通に攻撃したところで、奴は未来予知しているとしか思えないほど的確に避ける。どうすれば、奴を無力化できる?)
無惨は賽の攻略の為に思考する。
そのため、攻撃の手は緩め回避することに専念する。
ある意味では賽と同じく生き抜くことが目的の無惨は、回避することにさえ集中すれば攻撃を避ける事など造作もなかった。
(っ! そうだ、最初からこうすればよかったのだ)
無惨は、まるで天啓が降りてきたとばかりの案を思いつき密かにほくそ笑むのだった。
☆
鎹鴉の伝令によると夜明けまで残り2時間以上。
まるでタイムアタックのように最高効率で無限城を攻略してしまった事によるデメリットがここへ来て俺達にのしかかる。
現在、赫刀によるフルボッコと愈史郎による遠隔サポートにより何とか無惨を押しとどめているが夜明けまで体力がもつかどうか怪しい。
先ほどまで苛烈な攻撃を仕掛けてきていた無惨だったが、今はどういう訳か回避に専念している事も不安だ。
奴は基本的に敵わないと知ればすぐに逃走を図る程のチキンだ。
ここで逃がしてしまえば、もう奴を生きている間に倒すことは不可能になるだろう。
無惨という負の遺産はここで始末しなくてはならない。
「ん?」
皆の影に隠れながらチマチマ攻撃していると、不意に無惨が笑ったように感じる。
瞬間、無惨の背中から生えた8本の触手(やっぱりタコ辻無惨じゃないか)の内の1本がこちらへと向かってくる。
防げない速度ではないので、少しでも奴の戦力を削る為に俺は赫刀を構え触手を斬り落とそうとする。
「ぶわっ⁉」
触手を斬り落とそうとした瞬間、あろうことかそれは急に俺の前で弾け飛ぶ。
何かが俺の全身へとビシャリと降りかかり赤く染め上げる。
流石に俺の目の前で弾けるというのは予想できず避けそこなってしまった。
おそらくは無惨の血液だろう。
無惨の血液? しまった!
「あ、ぐっ……!」
理解した時にはもう遅く、俺の心臓は早鐘のようにドクドクと脈打ち、全身の血液が急速に全身を駆け巡り、とてつもない痛みが俺を襲う。
「フハハハハ! 見たか、賽! 貴様のような人間の浅知恵如きではしょせん、私を出し抜くことなど不可能なのだ!」
遠くなる意識の中、無惨の勝ち誇ったような声が聞こえてくる。
おいおい、お前は何度同じようなフラグを立てれば気が済むんだ。
そんなツッコミを入れたかったが最早声も出ない。
「貴様には私の血液をふんだんに与えた! だが、鬼にはしない。猛毒と同じで細胞を破壊して死に至らしめる。貴様さえ……貴様さえ死ねばもはや怖いものなど何もないのだ!」
くそ、これは完全に俺の落ち度だ。
まさか無惨がこんな小手先の技を使ってくるとは思わなかった。
小物の癖にプライドだけはいっちょ前なのでこういう事はやってこないだろうという慢心があった。
それが、このざまである。
……やがて、耳も聞こえなくなってきた。
周りで誰かが叫んでいる気がするが、それすらも分からない。
深い……深い闇が俺の意識を塗りつぶし、そのまま俺は地面へと倒れこむのだった。
【悲報】主人公、ついに無惨の手によって倒れる。