【本編完結】サイコロステーキ先輩に転生したので全力で生き残る 作:延暦寺
創作の中でくらい蛇腹剣を使いたいんです……っ
「う゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛っ!」
澄み渡る青空の下、いい天気に似つかわしくない汚い叫び声が響き渡る。
俺の声だ。
同時に、ギィンギィンという何かを弾く音も辺りに響いていた。
それぞれに訓練用に刃を潰した刀を計六本握る絡繰り人形が時間差で息もつかせぬ連撃を繰り出してくるが、俺は紙一重でそれを避け続ける。
『縁壱零式』。それがこの人形の名前である。
戦国時代に実在した剣士をもとにしていて、腕が六本なければその動きを再現できないとされたため、この人形には腕が六本ある。
まぁ、そのモデルになったのは名前からして縁壱なのではあるが、いざ対峙してみてそのとんでもなさが分かる。
この人形は六本の腕を使う事でようやく再現出来ているという事だが、それを本人は二本の腕でやってのけたので化け物としか言いようがない。
さて、なぜ俺がこの人形相手に訓練しているかというと、それがこの里に来たもう一つの目的だからだ。
はっきり言って、俺に攻撃力と言えるものは無いに等しい。
そもそも柱になる気はなく生き残ることにのみ注視していたので、雑魚鬼を狩れればいいやくらいだったのだ。
回避力に関しては現在の鬼殺隊一と言えるが、攻撃力は頸を斬り落とせる分、しのぶよりもマシ程度という所だ。
実際、童磨戦でもダメージらしいダメージは与えられなかった。
俺としてはこのままでも特に不満はなかったのだが、柱になってしまったらそうもいかない。
死なないためには、俺の全体的なレベルアップが必要なのだ。
そこで、この人形の存在を思い出し刀のカスタマイズも兼ねてやってきたというわけだ。
原作時点では既にボロボロであった縁壱零式であったが4年も前となるとさすがにまだまだ現役だ。
ここから度重なる訓練によって原作のようにボロボロとなるのだろう。
「っ! ちええええええい!」
透き通る世界を発動し、相手の隙を見つけ出すと俺はすぐさま刀を振るう。
柄についているロックを外せば、刀身が分割された。
そして、そのまま縁壱零式が持っている全ての刀を打ち落とす。そこで訓練終了となったのか、縁壱零式は動きを止めるのだった。
縁壱零式が活動停止したのを見届けると、伸ばした刀身を戻しそのまま地面にへたり込んだ。
「ぶはっ……ぶへぇ! ぶへぇ!」
長時間の戦闘により息は荒く体中がギシギシと悲鳴を上げている。
それに加えて透き通る世界も発動したので、もはや身体は限界を迎えていた。
これから鬼と対峙する上で必須とされる『透き通る世界』。
最初は任意で発動できず、切羽詰まった状態になってようやく発動できるという感じだったが訓練を続けて3週間。
何とか、任意で発動できるようになった。
もっとも……まだまだ短時間しか発動できないので、ここぞという場面でしか使えないが。
「お疲れ様です。いやー、訓練当初もすごい動きでしたが、更に洗練されましたね」
俺が休憩をしていると、ひょっとこの面を被った一人の男性が近づいてくる。
今回、縁壱零式を使用するにあたり快く貸し出してくれた持ち主の大鉄さんである。
小鉄くんの父親で原作では既に他界していたが、今はまだご存命だった。
「いや、俺なんかまだまだですよ……こんだけ訓練しても十二鬼月に勝てる気がしませんから」
「またそんなご冗談を。聞けば、上弦を相手にして無傷で立ち回ったというじゃありませんか。噂になってますよ、歴代の柱の中でも最強だと」
「……ちなみに、誰が言ってました? それ」
「お館様です。それはもう嬉しそうに鴉を飛ばして」
あんのお館様! なに勝手にハードル上げとんじゃい!
無自覚なパワハラとか質が悪いにもほどがある。オー人事するぞこら。
無傷でいられたのは色々運が良かったに過ぎないのだ。
童磨が舐めプ体質、女性優先、さらには俺がひたすら避けることに集中したからこその結果だ。
普通に戦おうとすれば速攻で満身創痍になる自信がある。
とはいえ、そんな事を言うわけにもいかない。
仮にも柱となった人物がそんな弱気な事を言えば、不安になるだろうしな。
それくらいの空気を読む能力は俺にもある。
「それに、そんな特殊な刀を扱えている時点で充分に凄いですよ」
大鉄さんはそう言うと、俺の横に置いてある刀をちらりと見る。
この刀こそ、鉄さんと連日打ち合わせをし、度重なる試作品の末に完成した俺専用の蛇腹刀。銘は某死神漫画にあやかって『蛇尾丸』と名付けた。
刃渡りは通常時で約70㎝ほどで、刃の部分に反りがなく両刃、いわゆる両刃直刀というやつだ。
通常状態だと引き切りがしにくいが、伸ばした状態で似たようなことができるので問題ない。
ちなみに、射程距離はだいたい3mくらいまで伸ばすことができる。
柄の所にあるロックを外し遠心力を利用して伸ばすことができ、巻き戻し用のスイッチでメジャーのように引き戻すことができる。
正直、完成させるのは無理だろうと思ってはいたのだが蜜璃ちゃんの刀を作った里だけあって、見事に理想通りの刀を完成させてくれた。
実は他にも機能があるのだが、これはまたの機会に披露することにしよう。
最初は刀のあまりの特異性から慣れるのに時間がかかったが、今では自分の手足のように扱うことができる。
人間、頑張れば何でもできるものである。
あとは、手首から肘の少し手前まである2つの手甲。
こちらにも仕掛けがあり、鉄さんに作ってもらったのだ。
仕掛けのある武器を作るのが好きだそうで、非常にご満悦だった。
こちらの手甲はいわゆる奥の手。
ロックを外し思いっきり腕を振ることで手甲の中に仕込んである刃が出てくるという仕掛けだ。
普段は防具として扱い、時には相手の意表を突く攻撃となるわけだ。
ここまでしても鬼に勝てる可能性は高くないのだからホントクソゲーもいいところだ。
とりあえず、累には勝てると信じたい。というか信じなきゃ乗り越えられない。
「最後の調整も済みましたし、俺はこれで戻ろうと思います」
ホントは戻りたくないが、柱である以上はそうも言ってられない。
ちなみに、カナエさんは柱こそ引退したものの仕事は山ほどあるとの事でとっくに帰ってしまっている。
カナエさんとしっぽりキャッキャウフフな温泉旅を満喫したかったのだが仕方あるまい。
「縁壱零式も貸していただきありがとうございました」
「いえいえ! 柱の方の手助けになったのなら何よりです! またいつでも頼りにしてください」
その後、他愛のない雑談を終えた後、里の長である鉄珍様にも挨拶をし、俺は里を後にする。
そして……俺は、いよいよ柱として初出勤をすることとなる。
「やだなぁ、怖いなぁ」
真夜中、鬼が活動し始める時間。俺は、柱として割り当てられた地域を巡回する。
この程度の鬼なら俺でも殺れるぜ! と自分に言い聞かせながら雑魚鬼を狩っていく。
鉄さんの作ってくれた蛇腹刀は絶好調で安全圏から面白いように鬼が狩れる。
――それがいけなかったのだろう。
あまりに簡単に鬼が狩れ、縁壱零式での訓練が功を奏したと実感しつい調子に乗ってしまっていた。
いつになく気が大きくなっていた俺は、矢でも鉄砲でもどんとこい超常現象状態であった。
ガサリ、と音がする。
気配を探れば鬼のようだった。
今日は大量だなと思い、俺は不用意に音のした茂みの方へと近づいていく。
そして、茂みにやってきていざ刀を振り下ろそうとしたところで人影がばさりと飛び出した。
白い髪に白い肌。額からは2本の角が生えており、赤い瞳がぎょろりと動く。
月明かりに照らされ、微かに見えた瞳の中には『下肆』の文字。
「「……」」
しばらく流れる沈黙。
「「いやあああああああああああ!」」
そして、汚い高音と綺麗な高音のカオスなハーモニーが夜空に響くのだった。
両刃直刀は、中々に厨二心をくすぐったので採用しました。