親友の死の真相を探るため夜見島へとやってきた占い師・喜代田章子は、巨大な赤い津波に飲み込まれた後、謎のアリクイ像がある公園のそばで目を覚ました。その際、強烈な頭痛と共に、他人の視界を覗き見る能力と、夜見島の知識が次々と溢れ出す新スキルを取得する。『視界ジャック』・『夜見島ガイド』と名付けた章子は、さっそくスキルを発動し、離れ離れになってしまった連れのリーゼント・阿部倉司を探すことにした。
阿部は、敷地内を囲むフェンスに絡みついて実っていた果実をもいで食べていた。章子の新スキル・夜見島ガイドが発動し、その果実はこの島にのみ自生する夜見アケビだということが判った。通常のアケビよりも酸味と甘みが濃厚で非常に美味だが、時に腹痛・下痢・幻覚・幻聴などの症状を引き起こす禁断の果実である。あーあ、こりゃ楽園追放だな。などと考えていると、阿部は不意に顔を上げ、周囲を見回し始めた。遠くから、犬の鳴き声が聞こえてくるのだ。阿部は泣き声が聞こえてくる方へ歩き、近くの出入口から外へ出た。おいおい待て待て。なるべく動くなって言っただろう。という章子の声は阿部には届かない。阿部が離れるごとに映像は不鮮明になり、やがて砂嵐のノイズとなった。どうやら視界ジャックの能力には有効距離があるらしい。
視界ジャックをやめる章子。しょうがないヤツだな。放っておくわけにもいかないから、追いかけなければならない。夜見島ガイドの能力により、この崩谷地区の地形は判っている。阿部が出ていったのは団地の北東側、瓜生ヶ森方面へ続く道だ。章子はそちらの方へ向かう。路上に放置されている軽トラックのそばを通り、ロ棟・イ棟と並んだ団地の南側の道を進んで角を曲がって北へ向かい、少し進んだところで足を止めた。急に心臓の鼓動が激しくなったのだ。数百メートル歩いたくらいで息切れするほど歳は取っていないはずだ。何か警告しているのか? そう思った章子は、視界ジャックの能力を使い、前方を確認する。思った通り、さっき阿部が出ていった出入口の前に、大きなライフルを持った屍人が立っていた。あのまま進んでいたらハチの巣にされるところだった。いったん戻り団地の陰に身を隠すと、鼓動は治まった。これも新スキルだろうか? アラートと名付けよう。どんどん新しいスキルを取得している。こりゃ先が楽しみだ。
……などとのんきに言ってる場合ではない。どこから持ってきたのかは判らないが、ライフルを持った屍人が出口を見張っている。視界ジャックで確認すると、ライフル屍人は注意深く周囲を確認し、その場から動こうとはしない。武器を持っていない章子に倒せるとは思えない。どこかで武器を調達するとしても、あんな大きなライフル相手では、チェーンガンやロケットランチャーでもないかぎり勝ち目はないだろう。ここは素直に諦めた方がよさそうだ。幸い出口はここだけでない。南東に行けば、瀬礼洲という地域へ向かう道がある。視界ジャックの能力で確認すると、そっちの方向に屍人はいなかった。よし、行ってみよう。団地の南東へ向かう章子。すぐに出口を見つけたが、残念ながらフェンス製の扉は閉ざされ、
よし。ここは、使い慣れた従来スキルの出番だな。
章子は車止めポールに手をかざし、そこに残っている残留思念を探った。人や物の過去を見る能力・過去視である。運よく、すぐにそれらしき映像を見つけた。三十代くらいの男がポールを立て、鍵をかけていた。そのそばを、小学校低学年くらいの男の子が駆けて行った。男はその子に向かって、「おーい。そろそろ家に帰りなさい」と声をかけた。男の子は片手をあげて「はーい」と返事をすると、団地のロ棟へと入って行った。そこで、過去視は途切れた。
いまの映像を吟味する章子。恐らく鍵をかけていた男は管理人的な人で、男の子はその子供だろう。ロ棟に入って行ったということは、そこに彼らの部屋があるに違いない。可能性が高いのは101号室だろう。うむ、完璧な推理だ。章子はライフル屍人に見つからないように注意しつつその場を離れ、入口からロ棟へと入った。すぐ左側が101号室だった。玄関を過去視すると、さっきの男の子が中へ入る映像が見えた。この部屋で間違いなさそうだ。過去視をやめ、章子も中へ入ろうとしたが、鍵がかかっていて開かなかった。まさか部屋の鍵まで探さないといけないのか? フェンスの出入口を開けるために車を探し、車を使うために車止めの鍵を探し、車止めの鍵を探すために部屋の鍵を探したんじゃ、謎解きとしてはめんどくさすぎだろ。何か方法は無いものか? 周囲を見回すと、トイレの換気窓が開いているのに気がついた。あそこから入れないだろうか? 章子は何とかよじ登って頭、そして肩を入れた。お? 行けそうだぞ? そのまま胴まではすんなり抜けたが。
がぽり、と、見事にお尻がハマった。ヤバイ。中国人みたいなことをやらかしてしまった。このまま余生を過ごすなんてとんでもないぞ。などと言ってる場合じゃない。アラートのスキルが発動している。屍人が迫っているようだ。レスキュー隊を呼ばれると一生の恥だ。ふんぬ! と、思いっきり力を入れると、ズボリと抜けた。危うく便器の中に落ちてウ○コ屍人となるところだったが、なんとか身をひるがえし着地に成功する。うむ、うまくいった。屍人にも見つからなかったし、まだウンには見放されていないようだ。
トイレを出ると台所で、その奥にリビングと寝室がある。決して広くはないが、一本の鍵を探すにはかなり時間がかかりそうだ。またまた過去視の出番だ。章子はまず台所を過去視してみた。
見つかったのは、さっきの管理人と思われる男の人が、流し台の引き出しや食器入れの中を見て何か探している映像だった。そこへ、玄関の扉が開き、買い物かごを下げた女の人が入って来る。恐らく奥さんだろう。奥さんは買い物かごをテーブルの上に置くと。
「ちょっとあなた、聞いた? 灯台のヒューズが盗まれて、動かないらしいわよ」
旦那さんに向かって言う。
旦那さんは手を止めた。「灯台のヒューズ? そんなものを盗んで、どうするんだ?」
「判らないけど、それが原因で灯台が使えなくなったから、しばらくの間、夜は船の出入りを控えるそうよ?」
「そうか。まあ、俺らには関係ない話だ。それより、車止めの鍵を知らないか?」
「車止めの鍵? それなら、いつものところに……あら? 変ねぇ? 朝はちゃんとあったのに。また、あの子がイタズラしたのかしら……?」
過去視はそこで途切れた。あの子のイタズラ……あの男の子が隠したのだろうか? そうなると厄介だな。まあ、とりあえず子供部屋を探してみよう。といってもリビングと寝室しかないアパートだ。親子三人仲良く寝室で寝ていたに違いない。章子は寝室へ行き、押し入れを開けた。中にはおもちゃがたくさん入った段ボール箱があった。ここが怪しい。箱の中を探してみる。光線銃や怪獣のソフビ人形(怪獣でも人形と呼ぶのかは知らないけど)に混じって、チラシの裏に書かれた手書きの地図が出てきた。つたない子供の字で、こうしゃ、やみがめのどうぞう、しっぽからまえ3ほ、ひだり5ほ、みぎ2ほ、と書いてある。宝の地図だろうか? まさか、ここに車止めの鍵が? 夜見島にある学校は、島の南西部、鳩の形で例えると目の部分にある。そこまで取りに行けということだろうか? そもそもこの崩谷から脱出するために鍵を探しているのに、その鍵が崩谷の外にあるんじゃ謎解きにならない。これは関係なさそうだ。地図を投げ捨て、さらにおもちゃ箱を探す。今度は水色のロボットのおもちゃを見つけた。立方体の胴体に立方体の頭を取りつけ、胴体にはテレビのようなモニターと、マジックハンドのような輪っかの手、そして短い脚、頭にはアンテナが立ち、まん丸の目と細長い長方形の口がある。昭和中期のブリキのロボットのようなおもちゃだ。
そのとき、心の奥底から。
――ボタンを押すと、頭が開いて動物が吠える。
という思いが湧きあがっていた。新スキル・夜見島ガイドの能力が発動したようだ。どうやら島の歴史以外にも詳しいようだ。どれどれ。章子はロボットの胸の下の方にボタンがあるのを見つけ、押してみた。すると、パカっと頭が左右に割れ、中からパンダの頭が出てきて、ぎゃおー、と、ノイズまみれの音で吠えた。
……だからなんだよ。こんなおもちゃを、当時の子供は喜んだのだろうか? 昭和のセンスはわからんな。まあ、あたしも昭和生まれなんだけどさ。というか今も昭和だろ。なに言ってんだ、あたし。
などと考えていると、不意に。
――脩、ちょっとこれ、貸してくれる?
胸の奥底から、そんな言葉が湧きあがってきた。そうだ。あの時あたし、ロボットのおもちゃを借りたんだ。形は今持っているものと同じだが、色は緑で、中の動物はパンダではなくクマだった。そして、背中のふたを開け、電池を取り出し、ラジオを……。
…………。
あの時っていつだよ。あたし、なに言ってんだ。新スキルを覚えて何か混乱しているな。まあ、気にしないでおこう。それより車止めの鍵だ。
章子はロボットのおもちゃを裏返す。背中に電池ボックスの蓋があったので開けてみた。すると、中には電池ではなく鍵が入っていた。恐らく車止めの鍵で間違いないだろう。これで、軽トラックを出入口のところまで乗り付けることができる。あとは、扉を引っ張るためのロープのようなものを探さなければ。この調子で行けばたぶんここにあるだろう。さらに押入れを探る。すると、奥から古いフィルム式のカメラが出てきた。そう言えば、せっかく夜見島に来たのに写真のひとつも撮ってないな。まあ、観光に来たわけではないから別に必要ないのだけど、なぜだろう? そのカメラを見ていると、章子は無性に持って行きたくなった。こういった危機的状況では、道端の石碑を倒したり、手ぬぐいを濡らして冷凍庫に入れて凍らせたりといった訳の判らない行動を、なぜだか無性にやりたくなるものだ。そういった場合、その衝動には素直に従った方がいいことを、章子は偉大なる先人の知恵で知っていた。なので、章子はカメラを持っていくことにした。
さらに探してみる。奥の奥から電気の延長コードが出てきた。リール式のもので、長さは十メートル以上ありそうだ。切断すれば使えるかもしれないが、車に取り付けて扉を引っ張るには強度に問題がありそうだ。これではコードの方がちぎれてしまうだろう。もっと適したものはないだろうか? さらに探ると、奥の奥の奥からワイヤーロープが出てきた。長さは三メートルほどで強度も充分。よし。これで必要な物はそろった。
章子は玄関の内鍵を開けて外に出ると、車止めのところへ戻った。まずは鍵を外して車止めを取り、続いて公園の近くへ戻って軽トラックに乗り込んだ。章子はペーパードライバーなので慎重に運転し、南東側の出入口まで車を移動させる。そしてワイヤーロープをフェンス扉と軽トラのバンパーに取りつけ、軽トラで引っ張った。狙い通り、扉は簡単に壊れた。よし。これで通ることができる。
だが、その扉は思っていたよりも横幅が狭く、軽トラックでは通り抜けることができなかった。ここまで苦労して開けたのだから別の道を探すのは勘弁してほしい。まあ、運転技術には自信がないし、途中で事故ったらシャレにならないので、車は置いていくことにした。章子は門をくぐって外に出た。
この道を進んだ先は瀬礼洲という地域だ。森が広がるばかりで特に何も無い地域だが、そこから北へ進めば瓜生ヶ森がある。運が良ければ阿部にも会えるだろう。
章子は、瀬礼洲方面へと向かった。