夜見島遊園敷地内の最も奥まった場所にある管理人の詰所で、自衛官の三沢岳明は、机の上にある黒電話の受話器を取り、耳に当てた。スピーカー部からは何も聞こえてこない。フックを何度か押しても同じだった。電話は繋がらない。ため息をつき、受話器を置く三沢。ここだけでなく、公衆電話や、各アトラクションの近くにあるスタッフルーム内の電話など、園内の電話は全て繋がらなかった。それも当然だろう。この夜見島遊園は昭和四十年代に閉園しており、以降は放置されている。加えて、昭和五十一年に夜見島へ電力を供給している海底ケーブルが切断され、今もそのままのはずだ。切断されたケーブルの中には恐らく電話線も含まれているだろう。そうなると、園内だけでなく島全域の電話が繋がらないはずだ。自衛隊基地と連絡を取るには、他の通信手段を探さなければならない。
三沢は管理小屋を出た。少し歩くと、中央に大きな花壇跡がある広場に出る。その花壇のそばで、三沢の部下である永井頼人士長が、地面に倒れている沖田宏二等陸曹にすがりつくようにして泣いていた。永井には通信機で本部との連絡を試みるよう命令していたのだが、あの様子では何もせずただ泣いていただけかもしれない。三沢は小さくため息をつくと、永井のそばに立った。
「――園内の電話は繋がらない。ここが夜見島なら、昭和五十一年に海底ケーブルが切断され、そのままのはずだ。恐らく、どこの電話も同じだろう。通信の方はどうだ」
三沢は園内を探索した結果を告げ、通信機の様子を訊く。しかし、永井は沖田にすがりついたまま泣き続ける。やはり、何もしていなかったようだ。胸の奥から怒りが湧きあがるが、なんとかそれを押しとどめる。三沢は倒れている沖田のそばにしゃがみ、小銃を置いて沖田にライトを当てた。呼吸は完全に止まっている。首筋に触れてみたが脈も無い。目に何度か光を当て外ししてみたものの、何の反応も示さなかった。
「――もう死んでるぞ」
静かにそう告げ、三沢は小銃を持って立ち上がった。沖田は自衛官として極めて有能な男だった。惜しい男を亡くしたが、感傷に浸っている場合ではない。「行くぞ」と、冷静に命じる。だが、永井は沖田にすがりついたまま動こうとしない。
「立て」
三沢は永井の後ろ襟を掴み、無理矢理立たせた。「気持ちは判るけどな、これ、ドラマとかじゃねぇんだ。急がないと危ないだろ」
だが、それでも永井は泣くのをやめない。三沢が手を離すと、崩れ落ちるようにその場にへたり込んだ。しばらくは使い物にならないかもしれない。
永井頼人は入隊三年目の若手自衛官だ。入隊当初はいかにも「就職・進学先が決まらないのでとりあえず自衛隊に来た」という感じの若造だったが、現在は若手自衛官の中でも頭角を現すほどの優秀な隊員になっている。それは、沖田の指導によるところが大きい。永井も、面倒を見てくれる沖田のことを慕っていた。永井にとって沖田は恩人とも言える存在だろう。そんな人を喪ったのだから、辛いのは仕方がない。
そして、それは三沢も同じだった。
沖田宏は三沢の七歳年下で、後輩というよりは弟のような存在だった。沖田もまた、入隊した頃は永井のような頼りない若造だったが、三沢の指導により成長していったのだ。隊において共に行動した回数は数えきれないが、特に記憶に残っているのは、二年前のとある土砂災害事件で現地に派遣された時のことだ。災害発生から四日後の早朝、三沢は一人の少女を発見し、沖田と共にヘリで救出したのだ。その災害では多くの村人が死亡・行方不明となっており、三沢たちが救出した少女は数少ない生存者の一人だった。災害現場でのヘリによる救助は様々な困難が付きまとう。その救助は三沢と沖田以外の隊員では不可能だったかもしれないと、今でも賞賛されている。沖田は、三沢にとっても特別な存在だ。彼が死に、辛いのは三沢も同じ、あるいは永井以上かもしれない。
だが、それでも。
三沢たちは、ここでただ泣き崩れているわけにはいかないのだ。
三沢たちがこの島へ上陸したのは、物資輸送訓練中のヘリトラブルによる不時着が原因だ。不時着とは言っても、生存者は三沢と永井の二人のみ。ほとんど墜落と言ってよい。
その際、ヘリに積んでいた物資を、島にばら撒いてしまった。
訓練とは言え、積んでいた物資は全て本物だ。拳銃・小銃などの銃器類はもちろん、手榴弾や迫撃砲、TMT火薬や着火装置なども積んでいる。
それらの危険物を、かなりの広範囲にばら撒いてしまったのだ。
この夜見島は上陸が禁止されているとはいえ、絶対に人がいないとは言い切れない。実際、怪しげな噂を耳にして好奇心で訪れる者は少なくないと聞く。そういった人物が銃や爆薬を拾った場合、素直に届け出るかは怪しい。最悪の場合、島外へ流出し、反社会的勢力の手に渡ってしまう可能性だってあるのだ。一刻も早く回収しなければならないが、たった二人で全てを回収するなど到底不可能だ。まずは応援を要請しなければならない。それが、いま自衛官である三沢と永井がやるべきことなのだ。
永井が仲間の死を嘆く気持ちは判る。辛いのは三沢も同じだ。だが、今やるべきことを放棄し、ただ泣いているなど、自衛官失格だ。それでは、死んだ沖田も喜ばないだろう。この国と国民の安全を守る自衛官として、やるべきことをやらなければならない。それが判らない永井は、まだまだ未熟だと言わざるを得ない。三沢は、もう一度大きくため息をついた。
その、三沢と永井のそばを、黒い煙の塊、あるいは蠢く闇が、通り過ぎた。
一瞬、それが何なのか、三沢にも判らなかった。だが、その蠢く闇が沖田の死体の中に入るように消え、次の瞬間、沖田が起き上がって銃を構えたところで、三沢の脳裏に、二年前の少女の言葉がよぎった。
――村のみんなもいっぱい死んで、
二年前の土砂災害の時、三沢たちが救助した少女が言っていたことだ。後で調べたところによると、
「――沖田さん!!」
立ち上がった沖田を見て、永井が嬉しそうな声を上げた。仕方がないだろう。永井が屍人の伝承など知るはずがないし、死者がよみがえって人を襲うなど、物語の中だけの話だと思っていて当然だ。
だが、沖田が銃口を向けたところで、さすがにおかしいと思ったのだろう。
「どうしたんですか、沖田さん? しっかりして――」
――ください、という前に、沖田が引き金を引いた。銃声が響く。幸い銃弾は永井にも三沢にも当たらなかったが、沖田が二人に対して攻撃したことは間違いない。
だが、それでも永井は。
「……沖田さん、冗談はやめてくださいよ」
そう言って、笑おうとする。小さく舌打ちをする三沢。冗談で銃を撃つ自衛官がどこにいる。仮に沖田が持つ銃が空砲やおもちゃだったとしても、それが冗談で済むはずがない。死体が動き始めたことが信じられないのは無理もないが、銃で攻撃されていながらそれを冗談だと思うのは、あまりにも危機意識が欠如している。それはもはや現実逃避と言ってよかった。
もう一度銃声がして、永井がかぶっていたヘルメットがはじけ飛んだ。沖田が再び銃を撃ち、永井のヘルメットを掠めたのだ。それだけで大型のハンマーで殴られたような衝撃だ。頭を押さえ、叫ぶ永井。もっとも、所詮はヘルメット越しの衝撃なので、耐えられないほどではないはずだ。そう冷静に判断した三沢は、小銃を構え、沖田へ向けた。しかし、引き金を引こうとして、その指を止めた。沖田は、銃の弾倉を外し、取り替えようとしている。沖田が持っている小銃の弾の装填数は三十発で、二発撃っただけで取り換える必要はない。そのうえ手つきはあまりにもぎこちなく、弾倉を外すことさえ手間取っている。どうやら生前の沖田と比べかなり知能が低く、動きも緩慢なようだ。これならば、今すぐ自分が射殺する必要はない。それよりも、永井をどうにかしなければならない。永井は沖田が発砲したことがいまだ信じられないのか、呆然と見つめている。明らかに攻撃されているにもかかわらず、反撃することもなければ逃げようともしない。これでは、この先命がいくつあっても足りないだろう。屍人は沖田だけとは限らないのだ。
三沢は小銃を下げると、腰のホルスターから拳銃を抜き。
「士長、応戦だ」
グリップ側を向け、永井の顔の前に差し出した。
事態が把握できていないのだろう。永井は目を白黒させている。
「危害射撃だ、撃て」
さらに言った。危害射撃とは、警告ではなく目標に向かって本当に撃つことだ。目標――すなわち沖田は、こちらに向けて銃を二発撃ってきたのだ。それに対し危害射撃を行うことは正当な行為である。
だが、永井にはやはりそれが理解できないようだ。
「そんな……相手は沖田さんですよ!?」
信じられない、というような表情になる。
「沖田はもう死んだ」と、三沢は冷静に続ける。「黒い塊が入るのを見ただろう。あれは沖田ではない。屍人だ」
屍人という言葉を、永井が知るはずもない。恐らく死人と聞こえただろうが、どちらでも大きな違いは無い。「説明している暇はない。相手が誰であろうと発砲してきたからには応戦しろ。でなきゃやられるぞ。もう訓練じゃないんだ」
三沢は、『やられる』『もう訓練じゃない』のふたつを特に強調して言った。もっとも、感情を込めて喋るのは苦手だから、どこまで伝わったかは判らないが。
永井は、三沢の拳銃を受け取ると、立ち上がり、震えながらも両手で構えた。
沖田は――いや、屍人は、ようやく弾倉を外した所だった。新たな弾倉を取り出し、装填しようとする。しかし、外すのさえ手間取ったのだから、装填などすぐにできるはずがない。案の定、前後逆に取り付けようとしている。永井と屍人の間は三メートルほど。いかに未熟な永井と言えど、この距離ならば外さないだろう。
永井は――。
永井は銃口を下げると、肩を落としてうなだれた。
「どうした永井! 撃て!!」
と、三沢が叫んでも。
「――できません!!」
永井は三沢を見て、涙を流しながら叫ぶ。「あれは、沖田さんなんですよ!?」
三沢は大きく舌打ちをした。屍人は、相変わらず弾倉を逆に取り付けようとしている。沖田は優秀な自衛官だ。銃のリロードなど手早くやってのけるし、そもそも理由も無く仲間に向かって発砲することなどあり得ないのだ。あれが沖田であるはずがない。永井は、そんなことも判らないのか。
かちゃり、と音がした。屍人が弾倉を取り付けたのだ。これ以上は危険だ。そう判断した三沢は、屍人が銃口を向けるよりも早く、自分の小銃の引き金を引いた。三発撃ち、三発とも屍人の身体に命中する。屍人は弾き飛ばされるようにして後ろに倒れ、そのまま動かなくなった。
「沖田さん!!」
駆け寄ろうとする永井。
三沢は永井の腕を掴み、力ずくで引き寄せた。
「いいか、小僧」
三沢は、訓練等で多くの部下を震え上がらせてきた目で、永井を睨んだ。「遊びでやってるんじゃねぇんだ。命が惜しけりゃ、俺の命令に従え。相手が誰であろうと、俺が撃てと言ったら撃て」
三沢は永井を放すと、「銃を取れ」と言って、倒れている屍人を顎でしゃくった。永井はためらいながらも、屍人から小銃を取った。
「よし。ここから脱出する。永井、お前が先行しろ」
「え……俺が……ですか……」
「そうだ。他にも敵がいるかもしれん。油断するなよ」
永井は戸惑った表情のまま頷く。何とも頼りないが、今は一刻も早くこの状況に慣れさせないといけない。でなければ、永井だけでなく三沢自身も危ない。今の永井はただの腑抜けだ。背を任せられるはずもない。
永井は身を屈め、先行して走った。三沢はその後に続く。しばらく進むと上り階段があり、上には観覧車が見えた。その手前に人影がある。迷彩服を着て、小銃を持った男。自衛官の姿をしているが、島に上陸した自衛官は、三沢と永井以外の死亡を確認している。あれも屍人だ。
永井は階段の下で立ち止まり、どうしましょうというような表情で三沢を振り返った。遊園地から脱出するためには観覧車の前を通る必要があり、他に道は無い。そのためには屍人を倒すしかないだろう。
「撃て」と、三沢は言った。
「し……しかし……」
ためらう永井。まだ覚悟ができていないようだ。怒鳴りつけたい衝動を抑え、静かな声で命令しようとした時。
たたたん、と銃声が響き、ほぼ同時に二人の足下の土が数か所はじけ飛んだ。見ると、観覧車の前の屍人がこちらに銃口を向けている。気付かれた!
「永井! 死にたくなければ撃て!!」
三沢の怒声に、永井は銃口を屍人に向ける。引き金に指をかけた。そして。
「……うわあぁぁ!!」
叫びながら引き金を引いた。銃声が連続して鳴り響く。それはでたらめな射撃で、階段や観覧車のゴンドラなど、様々な場所に穴をあけたが、そのうちの何発かは屍人にも命中した。屍人は倒れたが、それでも永井は引き金を引き続ける。弾倉の弾が無くなっても、永井は叫びながら引き金を引いている。
「もういい永井、やめろ」
三沢が銃口を下げさせると、永井は我に返り、引き金を離した。
「よくやった……と言いたいところだが、次はもっとスマートに倒せ」
あまりにもお粗末ではあったが、ひとまず屍人を倒すという第一歩を踏み出すことができた。こうやって、少しずつ今の状況に慣れさせるしかないだろう。気の遠くなる話だが。
「他にも敵がいるかもしれん。リロードしておけ」
三沢はポーチから弾倉を取り出し、永井に渡した。弾倉を交換する永井。
「よし。行け」
再び永井を先行させ、先へ進む。階段を上がり、観覧車の前を通ると、向こう側にもうひとつ丘があり、そこにコーヒーカップのアトラクションが見えた。かつては連絡橋を渡ってそこへ行けたようだが、今は連絡橋が崩れ落ち、渡ることができない。幸い高さはそれほどでもないため、飛び降りることができた。
丘の下へ飛び降りた二人は、周囲の状況を確認する。ここから南へ行くと正門で、北へ行くと裏門だ。正門の方向に人影はないが、裏門の方向には二体の人影が見えた。永井は指示を仰ぐように三沢を見た。だが、いま脱出ルートを決めるのは永井だ。三沢は何も言わずただ睨み返す。永井は少し迷った後、南の正門へ向かって進んだ。
二人がこの遊園地へ入る際に通ったのは正門だ。その際、門は閉ざされておらず簡単に通ることができた。しかし、いま門は閉ざされ、南京錠で鍵がかけられてある。屍人共が閉ざしたのかもしれない。南京錠は安っぽいもので、銃で撃てば簡単に壊れるだろう。ドラマや映画などではよく見かける行為だが、実際に銃を扱う者はまずやらない。正確に錠を撃ち抜くにはかなり近づく必要があるが、近づけば近づくほど、跳弾した時の危険性が増すのだ。かといって離れると正確に撃ち抜くのが困難になり、無駄に弾を消費する。よほどの緊急事態でない限りはやるべきではないのだ。それに、そんな危険な方法を用いなくても、他に脱出方法はある。園内を囲む壁の高さは三メートルほどだ。二人で力を合わせれば越えられない高さではない。二人組で壁を越える訓練は、永井も何度も行っているはずだ。
だが、永井は。
「……駄目ですね。裏門へ回りましょう」
そう言って、北へと向かい始めた。
二人組で壁を越える方法は二人の息を合わせる必要がある。慣れない者同士で行うのはかなり難しい。三沢と永井は訓練でコンビを組んだことはなく、うまくいかないと判断したのかもしれない。三沢はたとえ初めて組む相手であっても成功させる自信はあったのだが、脱出ルートの判断は永井に任せてある。三沢は何も言わず永井の後に続いた。
崩れた連絡橋の手前まで戻ったところで、永井は足を止めた。先ほど裏門の前にいた屍人の一体が、こちらへと向かって来ていた。三沢は小銃に取り付けてあるスコープを覗いて確認する。屍人が持っているのは機関拳銃、俗にサブマシンガンと呼ばれている銃だ。連射力が極めて高く近距離では脅威だが、弾道がぶれやすいため距離が離れると狙いを定めにくい。この距離ならば三沢たちが持っている小銃の方が有利だ。このまま三沢が撃つのが簡単だが、三沢は銃口を下ろし、永井の判断を待った。
永井は周囲を見回す。右手側に、コーヒーカップのある丘へと登る階段があった。永井はそれを登り始めた。まだヤツらを攻撃することにためらいがあるのだろうか? だとしたら問題だが、丘を登れば屍人を回避することが可能だ。消極的と言えばそうなのだが、今の状況なら、無駄な戦いを避けるという判断は間違いではない。三沢は何も言わず、永井の後に続いた。
丘へ上がった二人は、コーヒーカップの遊具に身を隠し、屍人が通り過ぎるのを待つ。
「……あれ?」
永井が何かを見つけた。遊具の入口のそばに迷彩柄のバッグが落ちている。自衛隊支給のバックパックだ。隊員の誰かのものだろう。永井がバッグに取り付けてあるタグを確認する。
「これ、沖田さんのバッグです」
永井は三沢に告げた。沖田のバッグならば、何か使える物が入っているかもしれない。開けてみろ、と命令する三沢。永井はバッグを開け、中を探った。
「……起爆装置がありました。まだ使えそうですね」
三沢は永井から起爆装置を受け取った。円柱状の機械の上部にT字型のスイッチが取り付けてあるものだ。起爆装置と呼んではいるが、実際は発電機だ。スイッチをひねると内部で発電し、コードを通じて爆発物に伝わるのだ。よって、銅線などで爆薬などと繋がなければ役に立たない。もちろん、永井のバッグにはそれらもあるはずだ。
だが、バッグを探っていた永井は、首をかしげた。
「三佐、TNTがありません」
TNTとは代表的な軍用爆薬のひとつである。ダイナマイトなどの産業爆薬よりも強力で、自衛隊だけでなく世界中の軍隊、及びテロ組織等が使用している。バッグに入っていないということは、誰かが持って行ったのだろうか?
バッグの中にはそれ以上特に何も無かった。TNTを持って行った者に関する手掛かりも無い。まずは遊園地からの脱出を優先すべきだろう。機関拳銃を持った屍人は正門の方へ向かっている。うまくやり過ごせたようだ。
だが、丘を下りようとしたところで、永井が足を止めた。遊具の近くにスタッフルームがあり、その中を見ている。そこには黒電話があるのだが、その横に薬を入れるピルケースが置いてあった。
はっとして、ポケットを探る三沢。常に持ち歩いているピルケースが無い。三沢は、永井と別行動をしていた際、園内を巡り、目についた全ての電話を試してみた。このスタッフルーム内の黒電話も試してみたのだが、その際、三沢はピルケースを取り出し、薬を一錠飲んだのだ。そのとき置き忘れてしまったようだ。まずいな、と三沢は思った。あの薬を服用していることは、隊の誰も知らない。永井はもちろん、沖田にさえ話していないのだ。自分のものだと知られるのは避けたいが、薬はもうあれしか残っておらず、置いていくわけにはいかない。永井が目を離した隙に回収できれば良いが……。
だが、三沢の思いに反し、永井はスタッフルームの中に入ると、ピルケースを取った。
「これは……?」
仕方なく、三沢もスタッフルームの中に入り、横からピルケースを取り上げた。
「俺のだ。悪いな」
ポケットに押し込む。ピルケースは半透明で、中の薬はむき出しの状態で入っているが、見ただけでは何の薬かは判らないはずだ。
三沢はスタッフルームから出ると。
「お前に任せていては夜が明けてしまう。ここからは俺が先行する。ついて来い」
そう言って、先行して裏門へ向かった。裏門の前に待機していた屍人は気付かれる前に狙撃で倒す。裏門も正門同様閉ざされていたが、二人組での壁越えの技を使い、問題なく脱出することができた。
そして、二人は南の瓜生ヶ森へと進んだ。