SIREN2(サイレン2)/小説   作:ドラ麦茶

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第二十七話 『喪失』 矢倉市子 ブライトウィン/貨物室 1:20:19 終了条件2

 大型客船・ブライトウィン号の貨物室で意識を取り戻した矢倉市子は、テニス部員で親友のノリコを探し、ゾンビのような化け物が多数徘徊する船内を探索する。他人の視界を覗き見る能力を使い、ゾンビから逃れつつ操舵室へたどり着いた市子は、正面の窓から外を見た。フェリーの前部甲板には、ゾンビではない少女がいるはずだった。

 

 

 

 

 

 

 だが、窓の下の甲板には誰の姿も無かった。ゾンビたちから逃れるため、どこかに隠れたのだろうか? そう思い、他人の視界を覗き見る能力を使って船内を探る。小型の斧を持ったゾンビ、バールを持ったゾンビ、こん棒を持ったゾンビなどの視界が見つかるが、少女の視界は見つからなかった。すでに船外へ脱出したのだろうか? それなら良いのだが……。

 

 突然、操舵室内にベル音が鳴り響き、市子はびくっと身体を震わせた。舵のそばにある電話が鳴っている。誰かがどこかから電話を鳴らしている? 何者かは判らないが、そのままにしておくと音を聞いたゾンビがやって来るかもしれない。市子は慌てて受話器を取った。

 

《もしもし!? 誰か、誰かそこにいるのか!?》

 

 男の人の声だった。きちんと聞き取れる声で話している。この操舵室に来る途中、市子が確認した限りゾンビどもは呂律の回らない声で意味不明にわめくだけだった。電話をかけてきたのは生きている人間だ。そう思った市子は。

 

「もしもし! あたし、亀石中学テニス部の矢倉市子です! そちらは誰ですか!?」

 

 すがるように、電話に向かって叫んだ。

 

《私は三逗港交番の藤田だ。今、船後部の機関室にいる。君は、この船の乗客かい?》

 

「はい! テニスの大会の帰りなんですけど、途中、何か……事件があって……気がついたら、ノリコも、中島君も、先生も、みんないなくなってて、船の中はゾンビだらけで、それであたし、どうしていか判らなくて――」

 

《判った。お巡りさん、すぐに迎えに行くから。今、どこにいる?》

 

「ここは、船の前方の――」

 

 市子が場所を伝えようとすると、突然、スピーカーにノイズ音が混じり始めた。

 

「もしもし? お巡りさん? もしもし?」

 

 呼びかけても、返ってくるのはノイズばかりで、返事は無かった。やがて、電話はぷつりと切れてしまう。何度呼びかけても、あるいはフックや番号を押してみても、受話器からはもう何の音も聞こえてこなかった。仕方なく、市子は受話器を置いた。

 

 警察の人が船内にいる。だが、こちらの場所を伝える前に電話は切れてしまった。ここに隠れていればすぐに見つけてくれる……という望みは、持たない方がいいかもしれない。お巡りさんは、船後部の機関室にいると言っていた。視界を覗き見る能力で船内を調べた時、パイプやタンク・計器類がたくさんある部屋にいる視点を見つけた。ゾンビだと思っていたが、恐らくあれがお巡りさんだろう。機関室はこの操舵室の反対側だ。そこから、どこにいるかもわからないあたしを探して一部屋一部屋回っていたのでは、あまりにも時間がかかる。その前にゾンビが操舵室にやって来る可能性の方が高いかもしれない。なら、こちらから機関室へ向かった方が良いだろう。大丈夫。ゾンビどもは鈍間で頭も悪い。注意すれば捕まりっこない。よし。市子は機関室へ向かう決意をした。

 

 操舵室から出ようとして、市子は電話のそばにあるテーブルの上にL字型のクランクハンドルが置いてあるのを見つけた。そう言えば、この操舵室に来る途中、右舷甲板に救命ボートが吊り下げられていた。それを使えば脱出できると思ったのだが、ボートを下ろすためのウインチの電源が入らず、手動で下すためのクランクも取り付けられていなかったため、使い物にならなかった。このクランクハンドルは、あのボートを下ろすためのものかもしれない。市子は、念のためクランクを持っていくことにした。

 

 操舵室を出て、ゾンビの動きを警戒しつつ進み、右舷甲板へと戻った市子。救命ボートを下ろすウインチにクランクハンドルを挿し込んでみると、ピタリとはまった。やった、これでボートを下ろすことができる。そう思ったものの、ハンドルを回そうとしても、市子の力では固くてほとんど回らなかった。つくづく使えない救命ボートだ。誰かと協力するか、男の人に回してもらうしかない。どちらにしてもまずはお巡りさんと合流することが先決だ。市子はクランクをそのままにして、再びゾンビを警戒しつつ船後部へと向かった。

 

 後部側の扉から船内へ入る。正面に下り階段があり、右手側はエントランスを経由して客室へ向かうことができる。さっきは客室の方へ向かったが、機関室は恐らく階段の先だろう。市子は階段を下りた。

 

 階段を下りると右手側に『機関室』というプレートが貼られた扉があった。しかし、ノブを回してみても、扉は開かない。ノブは回るから鍵はかかっていないと思うが、押しても引いてもビクともしなかった。立てつけが悪いのかもしれない。この船はほぼ左右対称の造りになっているから、反対の左舷側にも恐らく出入口があるだろう。もちろん、そちらへ回り込むには、ゾンビが徘徊する船内をもう一度移動しなければならない。そんな危険を冒すよりは、ここは思い切って――。

 

「誰か! 誰かいませんか!? お巡りさん! お巡りさん!!」

 

 市子は扉を激しく叩いた。恐らく、お巡りさんはこのすぐ向こうにいる。もちろん、ゾンビにも気付かれるかもしれないが、こうなってはもう仕方がなかった。

 

 しばらく呼び続けると、中で人が動く気配がした。

 

「君! さっきの電話の、矢倉市子ちゃんだね!?」

 

 電話で聞いた声だった。良かった! ゾンビより前に気付いてもらえた! 市子はさらに呼びかける。「この扉、固くて開かないんです。そっちから、なんとかなりませんか!?」

 

「待ってて、今、ここを開けるから。少し離れてて」

 

 市子は扉から離れた。どん、と、向こう側から体当たりをしたような音がして、少しだけ扉が開いた。もう一度に体当たりされ、また少しだけ開く。さらに何度か体当たりされると、ようやく通れる程度に開いた。開けてくれたのは、市子の父親よりも少し年上くらいのお巡りさんだった。

 

 お巡りさんは一度肩で大きく息をつくと、市子の顔を見た。「良かった。君、怪我は無いかい?」

 

「あたしは大丈夫です。でも、ノリコや、部のみんながいなくなって……船の中を探したんですけど、どこにもいないんです」

 

「そうか……とりあえず、君が無事で良かった。お巡りさんも、船内を探してみたけど、他に生存者はいなかったな。もしかしたら、他の人たちはもう脱出したのかもしれない」

 

「だといいんですけど……」

 

 みんな船外へ脱出した……確かに、その可能性は充分に考えられる。船内にノリコたちの姿は無く、徘徊しているゾンビはみんな漁師のような格好をしており、乗客には見えなかった。ならば、脱出したと考えるのが自然だ。しかし、どうしても安心することはできなかった。そもそも、なぜこんなことになったのか、意識を失う前に何が起こったのか、何も思い出せないのだから。

 

 びくんと身体が震え、階段の下で話す自分とお巡りさんの姿が一瞬見えた。ゾンビに見つかった合図だ。階段の上を見ると、バールを持ったゾンビが迫っていた。お巡りさんが、市子を守るようにして前に出た。腰のホルスターから拳銃を抜き取る。そして。

 

「止まりなさい!」

 

 警告した後、天井に向けて一発撃った。鼓膜を針で刺すような音に、市子は思わず耳をふさいで身を縮めた。ゾンビは構わず向かって来る。お巡りさんはゾンビに銃口を向け、さらに引き金を引いた。三度、銃声が響く。しばらくの後、ゾンビはバタリと倒れた。

 

「驚かせちゃったかな、ごめんね」お巡りさんは市子を振り返り、苦笑いと共に拳銃を下ろした。「ホントはあまり使っちゃいけないんだけどね」

 

「いえ、大丈夫です。ちょっと、ビックリしただけです」

 

 ゾンビを拳銃で撃つようなシーンはテレビや映画などではよく見るが、当然ながら実際に見るのは初めてだ。驚きはしたが、なぜだろう? それほどショックは受けなかった。なにか……もっと衝撃的なことが、船の中であったような気がするのだ。

 

「ここにいたら、別のヤツらが来るかもしれない」と、お巡りさんが言った。「すぐに脱出しよう」

 

 それで救命ボートのことを思い出した市子は、ボートを使えば脱出できるかもしれないこと、ハンドルが固くて回せないことを、お巡りさんに告げた。

 

「救命ボートか……」お巡りさんは市子の提案を吟味するようにつぶやいた。「いや、お巡りさん、左の乗降口の鍵を開けたから、そこから出た方がたぶん早いと思う。それでいいかい?」

 

「あ、はい。もちろん大丈夫です」

 

 市子はお巡りさんについて行く。途中、もう一体別の屍人に襲われたが、お巡りさんが拳銃で難なく撃退した。左舷の甲板に出ると、確かに乗降口の扉は開いていた。タラップが無いため地上までの高さは十メートルほどあるが、避難用の縄梯子を使って、なんとか船外へ脱出することができた。

 

「よし。ひとまず大丈夫だ」お巡りさんが言う。「お巡りさん、島の北側にボートを停めてあるんだ。そこに行けば、島から脱出できる。ちょっと遠いけど、頑張れるね?」

 

「はい。大丈夫です」

 

 市子が返事をすると、お巡りさんも力強く頷いた。そして、周囲を警戒しながら北へ向かう。市子はその後について行き、フェリーから離れた。

 

 

 

 

 

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