SIREN2(サイレン2)/小説   作:ドラ麦茶

30 / 96
第三十話 『不協和』 永井頼人 ブライトウィン/左舷通路 2:34:02 終了条件2

 島を丸ごと飲み込む赤い津波に襲われ、意識を失った自衛官の永井頼人は、上官の三沢岳明にたたき起こされ、現在、森の真ん中に座礁した謎の旅客船を捜索していた。水辺など無いこの森の中にどうしてこんな大きな船があるのか、永井には全く判らなかった。そして、相変わらず死者が武器を持って襲ってくる。全てが、永井の理解の範囲を超えていた。誰かに教えてほしかった。もちろん、こんな訳の判らない状況を説明できる人などいないかもしれない。それでも、気休めでもいい。何か、答えだと思えるようなもの、あるいは、いま何をすべきかを教えて欲しかった。こんな時、いつも永井にアドバイスをくれた先輩の沖田は、もういない。いま彼のそばにいるのは、これまでほとんど話などしたことのない三沢だ。無愛想でとっつきにくく、隊員の間でも評判は良くない。それでも永井の上官であり、今はこの隊――もはや二人だけとなってしまったが――を指揮している男だ。何か、励みになる言葉をくれるはずだ。そう信じ、永井は。

 

「……自分、いまだに信じられないんです。死体がよみがえって襲ってきたり、大きな津波に飲み込まれたのに無事だったり、他人の視界を覗き見したり、この船も、なんでこんな所にあるのか……もう、なにがなんだかわからなくて、全部夢なんじゃないかって気もします」

 

 胸の内の不安を、吐露した。

 

 三沢は――。

 

 

 

 

 

 

 三沢が振り返った。険しい目をしていた。仲間に向ける目ではない。まるで、敵と対峙した時のような――そう、あの動く死体・屍人を見ているような目だ。

 

 そして。

 

「――頭に弾丸ぶち込んでやろうか?」

 

 あろうことか、手にしている小銃を、永井に向けた。

 

 意味が判らなかった。小銃はもちろん本物で、弾も入っているのだ。

 

 三沢は、唇の端を吊り上げて不敵に笑うと、銃口を永井の額の前まで上げた。

 

「これが夢なら、お前は温かい布団の中で目が覚める。だが、もし夢じゃなかったら、それで終わり――」

 

 抑揚のない声で言う。

 

 そして、しばらく沈黙した後。

 

「ばぁん!!」

 

 思わず身を竦める永井。

 

 もちろん、それは本当の銃声ではない。三沢が口で言っただけのことだ。

 

 三沢は銃口を下げ、まるで子供のようにおどけて笑う。いつも仏頂面の三沢が、そんな顔をするのは初めてだった。無論、それで場が和むはずもない。三沢はしばらく笑っていたが、やがていつもの仏頂面に戻ると、無言で背を向け、歩きはじめた。

 

 思いもよらない三沢の行動に、永井は呆然と立ち尽くす。だが、我に返ると、胸の奥から怒りが湧きあがってきた。今のはまさか、冗談のつもりだったのだろうか? 弾が入った本物の銃を突きつけておいて、それが冗談で済むはずがない。

 

 腹立たしい話だが、今はどうすることもできない。本部に戻って報告し、対応してもらうしかない。恐らくかなり厳しい処分が下されるはずだ。除隊で済めば良い方で、脅迫や暴行の罪に問えるかもしれない。何にしても今は我慢だ。永井は、仕方なく三沢の後を追おうとした。

 

 背後で、カンカンと足音がした。誰か来る。屍人か? 銃を構え、振り返る永井。いま永井がいるのは左舷の甲板で、船を乗り降りするための乗降口と、少し奥に地下へ下りる階段がある。その階段から、若い女が上がって来た。屍人のようなどす黒い肌の色ではない。生きている人間の――それも、生まれて一度も陽の光を浴びたことがないような、真っ白な肌の少女だった。見覚えがあった。島が赤い津波に襲われる直前、森の中で出会った若い男女の内の一人だ。

 

 少女は永井たちの姿を見ると、はっとした表情になって、踵を返し、階段を駆け下りた。

 

「あ、待って!」

 

 永井は呼び止めたが、少女は走り去ってしまった。

 

「三佐! 生存者です!」

 

 三沢を振り返る。現在、島は津波に襲われ、得体の知れない化物が襲ってくるような事態だ。自衛隊員の使命として、市民の安全を守らなければならない。

 

 だが、三沢は振り返ることもなく、そのまま行ってしまった。聞こえなかったわけではないだろう。保護するつもりはない、ということだろうか。

 

「……何だよアイツ。いったい、何考えてんだよ」

 

 ここまで溜まっていた不満を思わず口にする永井。この島に上陸して以降、三沢の行動は理解できないことだらけだ。ヘリの墜落で死亡した沖田たちを放置してその場を離れ、遊園地では怪しげな薬を持っていた。それらのことを訊ねても、何も答えてくれない。この船に乗り込んだこともそうだ。三沢はただ「船を探索する」と言っただけで、その目的などは言わなかった。生存者の捜索とも思ったが、それさえも放棄している。三沢が何を考えているのか、まったく判らない。

 

 また、背後で気配がした。

 

 同時に、今度はびくんと身体が震え、一瞬だけ甲板に立つ自分の背中が見えた。屍人に見つかった合図だ。

 

 振り返ると、船の乗降口の前に、赤い着物を着て、頭に大きな髪飾りをいくつも着けた女の屍人がいた。手には、樹木の伐採に使うような大きな(のこぎり)を持っている。襲われる。そう思い、銃を構える。

 

 だが、屍人は永井を一瞥しただけで、そのまま走って階段を下りて行った。

 

 銃を下ろす永井。屍人に見つかったのに襲われなかったのはこれが初めてだ。人を襲わない屍人もいるのか、と一瞬思ったが、はっとして気付く。もしかしたら、さっきの少女を追っているのかもしれない。だとしたら、すぐに助けなければ。だが、三沢は行ってしまった。別行動をすることになるが、許可を得ている猶予は無い。永井は自らの判断で行動することにした。

 

 階段を下りようとして、思わず足を止めた。船の乗降口を見る。通常はタラップを着けて乗り降りするが、ここは港ではないから、当然タラップなど無い。そのため、避難用の縄梯子が吊るされてあり、永井たちもそれを使って船内へ入ったのだが、その縄梯子が切断されていたのだ。さっきの屍人がやったのだろうか? 乗降口から地上までは十メートルほどだ。とても飛び下りられる高さではない。船から脱出するには、別の方法を見つけなければならない。だが、それは後だ。まずは少女を保護しなければ。

 

 階段を下りると、左手側に『機関室』というプレートが貼られた扉があった。開けて中に入ると、薄暗い通路が続いている。少し進むと右舷側に出る扉があるが、その手前、左手側に『機関制御室』というプレートが貼られた扉があり、着物女の屍人はその前にいた。

 

「ぶゎけものおんぬああぁぁ!!」

 

 呂律の回らない声で叫び、激しく扉を叩いている。少女はあの中に閉じこもっているのだろうか? 屍人は永井に気付いていないのか、そのまま扉を叩き続けている。隙だらけだった。容赦なく小銃を撃ち、倒した。

 

 そして、永井は機関制御室の扉を叩く。

 

「君! 無事かい!? 僕は自衛官の永井頼人! 君を助けに来たんだ! 化物は倒したから、ここを開けて!」

 

 しばらく呼びかけると、やがて鍵を開ける音がして、ゆっくりと扉が開いた。少女が恐る恐る顔を出す。最初は怯えた表情だったが、倒れている屍人を確認すると安堵の表情になり、そして、いきなり永井に抱きついてきた。

 

「怖かった……ずっと一人で……本当に怖かったの……」

 

 少女は、岸田百合と名乗った。話によると、津波に襲われる前に一緒にいた若い男は、屍人に襲われた際、百合を置いて逃げたそうだ。

 

「それは、ヒドイ話だね。安心して。僕たちは、君を見捨てたりしないから。すぐに脱出したいけど、船には、僕の上官も乗っているんだ。たぶん操舵室にいると思うから、一度合流しよう」

 

 そう言うと、百合は。

 

「いやっ!!」

 

 永井の言葉を拒絶するように離れた。「あの人はいや! 絶対にいや!!」

 

 そう言えば、あの赤い津波が襲う前に百合と出会った時、光を嫌う百合に対し、三沢は必要以上にライトを当てていた。あれで不信感を持ったのかもしれない。

 

「お願い頼人。あたしと二人で逃げよう?」

 

 百合は永井を下の名前で呼ぶと、永井の手を取り、二の腕に胸を押し当てた。ずいぶんと積極的な娘だ。もちろん、このような危機的状況では不安だろうし、百合のような少女に頼りにされるのは、男として悪い気はしない。

 

 びくんと身体が震え、自分と百合の姿が見えた。着物女の屍人がよみがえっている。屍人は倒してもまたよみがえることは永井も知っていたが、あまりにも早い復活だ。

 

 大鋸を振り上げて襲って来る屍人。もちろん、小銃を持つ永井の敵ではない。永井は百合を背後にかばうと、再び銃を撃ち、屍人を倒した。

 

 百合が後ろから抱きついてきた。

 

「怖いよ、頼人。あたし、本当に怖いの。早く行こう? あたしと一緒に行こう?」

 

 背中に当たる胸の感触に、永井はごくりと唾を飲んだ。だめだ。そんなことを考えている場合ではない。永井は邪まな考えを振り払うと、倒れている屍人を見た。銃がある限りこの屍人は大した脅威ではないが、あのペースでよみがえり続けると厄介だ。銃弾には限りがある。確かに、早めに立ち去った方がいい。

 

「あ、でも、乗降口にあった縄梯子が切られてるんだ。何か、他の脱出方法を考えないと」

 

 永井がそう言うと。

 

「大丈夫。こっちに来て」

 

 永井の手を引き、百合は、乗降口がある左舷とは反対側の通路を進む。階段を上がって右舷甲板へと出ると、救命ボートが吊るされたボートダビットがあった。確かに、あれを使えば脱出できそうだ。ボートダビットを確認する永井。ボートを下ろすためのウインチの電源は入らなかったが、電気が無くても手動で下ろすことができるようにクランクが取り付けてあった。試しに回してみると、かなり固かったが、なんとか回すことができそうだ。これなら脱出できるだろう。

 

「さあ、頼人。あたしと一緒に行きましょう」

 

 永井はどうすべきかを考えた。上官である三沢の許可なく別行動をするのは自衛官にあるまじき行為だが、その三沢も、永井に銃口を向けるという自衛官にあるまじき行為を犯している。三沢は上官の資質には欠けると言わざるを得ない。この、いつ命を落とすか判らない状況で、あの男について行くのは危険だ。自分一人ならまだよいが、今はこの少女がいる。まずは、なによりも彼女の安全を優先すべきだろう。ここでこうして考えている間にも、あの着物女の屍人がよみがえって襲ってくるかもしれないのだから。

 

「――判った。一度、船から脱出しよう」

 

 永井がそう言うと。

 

 百合は、一瞬、妖しげな笑みを浮かべた。

 

 ――バカな男。

 

 そう言いたげな笑みだった。

 

 だが、それは本当に一瞬だったので、恐らく見間違いだろう。

 

 永井は、百合と二人で救命ボートに乗り込み、ブライトウィン号から脱出した。

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。