些細な意見の違いから仲たがいをし、去ってしまった岸田百合を探す一樹守は、島の北東部にある夜見島遊園に来ていた。そこで百合と再会した守は、この遊園地に囚われているという百合の母親を救うため、彼女が歌う詩を元に、遊園地内にある石碑を解放し始めた。そして、ふたつの石碑を解放し、コーヒーカップのある丘から観覧車のある丘へ向かう途中、丘を繋ぐ連絡橋の上で百合が立ち止まり、南の方角を見た。そこに石碑は無いが、わずかに母親の気配を感じると言う。一樹が幻視で確認すると、南には遊園地の正門があり、その外に、貝殻を何枚も重ねたようなものが落ちていた。だが、正門の前では小銃を持った屍人が見張っており、近づくのは危険だった。その貝殻のようなもの手に入れるには、何か策を用いる必要があるが……。
一樹は連絡橋の下を見た。そこは噴水や時計塔がある広場となっていて、子供用のパンダカーも置いてあった。その名の通りパンダの形をした電動車で、お金を投入すると音楽が流れて一定時間運転できるというものだ。あれを利用しよう。一樹は百合を連れ、一度コーヒーカップのある丘に戻ると、階段を使って噴水広場に下りた。そして、パンダカーを使おうとしたのだが。
「――ぶぅるるわあらああかうえれむおんおんのおんぬるいわうわ!」
一樹たちの背後、遊園地の裏門がある方向から奇声が聞こえた。同時にびくんと身体が震える。振り返ると、赤い着物を着た若い女の屍人が、樹木の伐採に使うような大きな鋸を持って迫っていた。見覚えがあった。赤い津波に襲われた直後の瓜生ヶ森で、いきなり百合に掴み掛ってきた頭のおかしな女だ。あのときと同じ、いや、あのとき以上に恐ろしい形相で、まっすぐ百合へと向かって来る。
「……ウソでしょ? ここまで追って来たの?」百合の顔に浮かんだのは、恐怖ではなく呆れの感情だった。「守と別れた後も、ずっと追われてたの。船に閉じ込めたから、今度こそ逃げられたと思ったのに」
百合は、あの女のことを全然知らない人と言っていた。つけ狙われる理由にも心当たりが無いらしい。頭がおかしいとしか言いようがない。そんな女が屍人化したとなると、危険極まりない存在だ。一樹は百合を護るように前に出て、拳銃を構えた。この銃は、ここに来る途中で屍人から奪ったものだ。予備の弾もあるが決して多くないし、銃声を正門前にいる小銃屍人に聞かれる可能性もあるが、ためらってはいられなかった。一気に三発撃った。そのすべてが女の胴体に命中する。しかし、女はわずかに怯んだだけで倒れなかった。大鋸を振り上げ、まだ襲ってくる。さらに三度引き金を引く。計六発撃ちこんだところで、ようやく女は倒れた。
だが、それで安心はできない。今の銃声を小銃屍人に聞かれていたらまずい。この拳銃の装弾数は九発。六発撃ったから、残り三発しかない。もしいま小銃屍人に襲われたら、反撃すらままならないだろう。素早く幻視をして小銃屍人の様子を探った。幸い、屍人は正門前から動いていなかった。どうやら気づかれなかったようだ。
「気を付けて、守」百合が一樹の肩に手を置いた。「その女、復活が早いの。何かに強く執着して死んだ人は、屍霊を引き寄せやすいのよ。なんでそんなにあたしに執着するのか、全然身に覚えは無いんだけど」
一樹は倒れている着物女の屍人に注意を払いながら拳銃に弾を装填する。銃弾はこれで全部だ。これ以上無駄撃ちはできない。一樹は、倒れた女の手から大鋸を奪い取った。重量があるので振り回すのは難しいが、その分威力はあるだろうし、リーチも長い。武器としては角材や火掻き棒などよりはるかに強力だろう。これを使えば銃弾を節約できるし、女が復活した時の脅威も格段に減る。使わせてもらおう。
一樹たちは女の元を離れ、パンダカーのそばに戻った。パンダカーを正門の方へ向け、連続で小銭を投入する。パンダカーは陽気なメロディーを奏でながら進み出した。一樹は百合と共に時計塔の後ろに隠れ、幻視で様子を窺った。ゆっくりと進んでいくパンダカー。やがて小銃屍人が気付いた。正門の前から離れ、パンダカーへ近づく。しばらくして立ち止まり、目の前を通過するパンダカーをじっと見つめた。パンダカーはそのまま屍人の前を通り過ぎる。屍人は一樹に背を向ける格好になった。今がチャンスだ。一樹は銃を構え、しゃがみ走りで屍人の背後に近寄ると、引き金を引いた。不意打ちが効き、屍人は一発で倒れた。
百合を呼び、正門の前へ移動する。鉄格子の門の向こうに、貝殻を何枚も重ねたようなものが落ちている。だが、門は南京錠で閉ざされており、高さは三メートル近くあってとても越えられそうにない。南京錠を開けるしかないが、当然鍵など持っていない。壊すしかないだろう。一樹は南京錠に向けて拳銃を構え、引き金を引いた。映画やドラマなどではすぐに壊すことができるのだが、小さな南京錠に弾を当てるのはかなり困難で、六発撃ってようやく壊すことができた。正門を開け、落ちている貝殻のようなものを取る。薄桃色で、ライトの光を反射し、虹色に鈍く輝いていた。どうやら魚の鱗のようだ。ただ、一枚一枚が手のひらより少し小さいくらいの大きさだ。鱗がこの大きさだと、魚の体長は十メートル以上になるのではないだろうか? もちろん、その大きさの魚もいないわけではないのだが。
「守、ありがとう」
百合が手を出したので、一樹はその鱗を渡した。
「やっぱり、これ、お母さんのだ」
百合は愛おしそうにそれを抱きしめた。お母さんのもの……アクセサリーなのだろうか? しかし、それは加工も何もされておらず、ただ大きな魚から抜け落ちた鱗でしかないように思える。
びくん、と身体が震え、一瞬正門前にたたずむ自分と百合の姿が見えた。着物女の屍人が復活し、迫っている。一樹は大鋸を持って前に出た。首を絞めようと手を伸ばす女に向かって鋸を振り下ろす。拳銃の弾を数発喰らっても倒れない女だ。鋸で倒すのはかなり苦労したが、相手が素手だったため、なんとか倒すことができた。
「相手をしているとキリが無いわね」百合が言った。「急ごう? お母さん、もう近くにいるわ」
百合は、笑みを浮かべて一樹の手を引いた。
そして。
その後、七つの門と七つの鍵を解放した一樹守は、『冥府』へと下りてゆく――。