屍人に襲われ、愛犬のツカサと離れ離れになってしまった三上脩は、瓜生ヶ森でヤンキー姿の男・阿部倉司と出会い、行動を共にすることになる。貝追崎の要塞跡から脱出するため南東を目指すが、崖の上の道へ行くための階段が崩れており、そのままでは登れそうにない。何か踏み台になりそうなものがあれば上がれるのだが……三上たちは、周囲を見回した。
「お? いいもんがあるじゃねぇか」
阿部は近くにドラム缶があるのを見つけた。阿部を幻視している三上も、そのドラム缶を確認する。確かに、それを使えば崖の上へ行くことができそうだ。さっそく阿部が崖下へ動かそうとしたのだが。
「……阿部君、少し待ってくれ」三上は止めた。
「ん? どうした、先生?」
「南東の方向――高い山と、鉄塔がある方向を見てくれないか?」
「山と鉄塔……ああ、あれか」阿部も気付いていたのだろう。すぐに南東の方向を向いた。「あれは、オレも気になってたんだよな」
阿部の視線の先には、夜見島で最も高い山・四鳴山がある。最も高いといっても標高は百メートルほどだが、その
「
「ん? 先生? なに言ってんだ?」阿部が首を傾ける。
「江戸川乱歩先生がよく色紙に書いたとされている言葉だよ」
阿部は、ぱん、と手を叩いた。「ああ、知ってるぜ。江戸川なんとかって、あれだろ? 『真実はいつもひとつ!』ってやつ」
三上は小さく笑う。「君との会話は実に興味深いよ。一見的外れなようで、実はかなり核心をついている」
「……先生、遠回しにオレのことバカにしてるだろ?」
「とんでもない。感心してるんだよ。君の言う通りさ。真実の世界は、ひとつしかない。ここは、真の夜見島ではないんだよ。言うなれば『写し世』の世界かな」
「……よくわかんねーけど、偉大なる先人様の知恵を借りるなら、ここは異界ってことか」
「そうだな。そう考えて差し支えないよ。阿部君。すまないが、脱出はもう少し待ってくれ。少し、この辺りを探索してみたい」
「ここを? こんな廃墟を調べて、どうすんだ?」
「私はこの島の出身なんだ。でも、子供の頃の話だから、当時の記憶があいまいでね。どこかに記憶の引き出しを開ける鍵があるはずなんだ」
「記憶の引き出しの鍵?」
「ああ。私は、以前もこの要塞跡に来たと思う。その時、私が姉と慕う女性から、何か重要なことを聞いたような気がするんだ。ここを調べれば、それを思い出すかもしれない。まずは、地下に行ってみよう」
「でもよ、地下はあいつらでいっぱいだぜ? 大丈夫かよ」
三上は阿部の幻視をやめ、地下に意識を送ってみた。ピッケルを持った屍人や、野球のバットを持った屍人、さらには、機関銃を持った屍人までいる。
三上は幻視をやめた。「大丈夫。君が護ってくれるからね」
「……やれやれ。とんだムチャ振りをする先生と組んじまったもんだぜ」
阿部は肩をすくめながらも、言われた通り来た道を戻り、地下へ続く階段を下りた。
要塞跡の地下は迷路のように入り組んだ作りになっているが、基地閉鎖後は不要な通路を板で封鎖し、順路を明確に示すなど訪れた人が迷わないように整備されていた。地下の電気は点いていなかったので、阿部の持っていたライトで照らしながら進む。地下道はまず東へと続き、やがて北に折れ曲がった。しばらく進むと右手側に三つの兵舎跡がある。そのまま通路を進めばやがて地下二階へおりる階段があるが、通路の奥から木製バットを持った屍人が迫っていた。こちらは武器を持っていない。二人は、一旦手前の兵舎に身を隠すことにした。
だが、兵舎の中は扉が無いアーチ状の出入口で三部屋がひと続きになっており、身を隠すようなものも無かった。このままでは見つかってしまうかもしれない。心配した通り、屍人は真ん中の部屋で立ち止まると、向きを変え、中に入った。びくんと身体が震える。見つかった。
「フ……どうやらオレ様の阿部式徒手格闘術を披露するときが来たようだな!」
阿部は指の関節を鳴らしながら前に出ると、左ひざを上げて片足立ちをし、大空を舞う鶴のように両手を広げた。バットを振り上げて迫る屍人。阿部は「あちょー!!」と叫んで手刀を繰り出した。
だが、その手刀が屍人を捕える前に、がきん、と、金属がぶつかる音がして、屍人の突進が止まった。目測が外れた阿部は盛大に空振りして転ぶ。屍人は悲鳴を上げ、持っていたバットを落とした。その足に、何か絡みついていた。何かは判らないが、今がチャンスだ。
「阿部君! 武器を奪うんだ!」
三上の声で立ち上がり、阿部は駆け寄ってバットを拾うと、力任せにスイングして屍人の頭に叩きつけた。屍人は軽く吹っ飛んで倒れ、動かなくなった。
「どうだい、先生? いいスイングしてるだろ?」得意げにバットを素振りする阿部。「オレ、こう見えてもガキの頃はスポーツ少年だったんだ。近所の野球チームのレフトで8番だったんだぜ? スゲェだろ。鬼に金棒、医者にネイルハンマー、オレ様にバットって感じだ」
「……それは頼もしいね」
「それと……コイツも使えそうだな」
阿部は倒れている屍人に近づき、足に絡みつている物を外した。それは、トラバサミと呼ばれる狩猟用の罠だった。鋸状の刃がついた半円の金属板二枚を広げ、獲物がその中に足を入れると強い力で挟み込んで捕らえるのである。現在日本では全面的に使用が禁止されているが、第一次世界大戦中は敵の突撃に備え多用されていたと聞く。その頃の物かもしれない。
武器を手に入れた阿部。バットを肩に乗せ、肩で風を切るように歩く。「オラオラ化け物! どっからでもかかってこいや!」と、挑発までしはじめた。途端に身体が震える。通路の先、地下二階へおりる階段の手前にもう一体屍人がいるようだ。
「ようし、返り討ちだぜ」
阿部はバットを構えた。
しかし、たたたん! と連続して小さな爆発音が鳴り響いたかと思うと、近くの壁や天井や床の煉瓦が何ヶ所も弾け飛んだ。阿部は首を縮めて後退りする。どうやら相手は機関銃を持っているようだ。
「ヤベェ! 先生、一旦逃げるぞ!」
さっきまでの威勢はどこへやら。三上の手を引き一目散に逃げる阿部。もう一度兵舎の中に隠れる。幻視で確認すると、屍人は階段の前を離れ、こちらに迫っていた。
「……へっ。ちょうどいいぜ」
阿部はさっき拾った狩猟用罠を取り出すと、兵舎の入口付近に仕掛けた。そして、通路から姿を見られない位置に隠れ、屍人が来るのを待つ。相手が近づくにつれ、警告を促すかのような鼓動がどんどん強くなる。そして、屍人が部屋に足を踏み入れたと同時に。
がきん!
激しい金属音がして、屍人は低い悲鳴を上げる。もがきながら武器を落とした。
「はいきたぁ!」
阿部はバットを屍人の頭へ叩きつける。かつて少年野球で八番レフトを務めた男のスイングは、一振りで屍人の頭を打ち崩した。
「へへん。オレ様の神スイングの前には、マシンガンもバトルライフルも敵じゃねぇぜ。恐れ入ったか化物」
阿部は罠を回収し、続いて屍人が落とした機関銃を拾った。「……これは、使い方がよくわかんねーけど、一応持っておくか。置いといたら、復活した時またやっかいだしな」
一階通路の屍人を倒した二人は、奥まで進み、階段を使って地下二階へと下りた。地下二階も、一階と同じく迷路状だった通路が整備され、今は一本道になっている。入り組んだ道を進むと、やがて中央部に出た。そこは、かつては日本軍が弾薬や爆薬、各種兵器を保管していた弾薬庫跡がある区画だ。通路の北側に倉庫状の部屋が二部屋ある。二人は中に入ってみたが、今は弾薬も兵器も残っていなかった。
だが、三上は小さな違和感を覚えた。弾薬庫の出入口はふた部屋とも通路の北側にあるのだが、双方の部屋の入口と入口の間が不自然なほど離れているのだ。それは、右の部屋と左の部屋の間に、もうひとつ同じ広さの部屋があるのではと思わせる作りだった。
「阿部君。そこの壁を調べてみてくれ。なにか、隠し部屋のようなものがないかい?」
三上に言われ、阿部は壁を調べた。この要塞跡の建物は基本的に煉瓦造りなのだが、そこだけはモルタルになっていた。ライトで周囲を照らすと、アーチ状に塗り固められている。明らかに出入り口を塞いでいる。阿部がバットの柄で壁をコンコンと叩くと、ぽろぽろとモルタルが崩れた。
「かなり脆いな。これなら何とかなるかもしれねぇ。先生、危ないから離れてな」
三上が下がると、阿部はバットを振り上げ、壁に叩きつけた。壁が大きく崩れる。さらに何度かバットを振るうと壁は崩れ落ち、思った通り、その向こうには両隣と同じ作りの部屋があった。
阿部は大きく息を吐くと、バットを肩に担いだ。「……日本軍の隠し部屋ってわけか。さて、なにがあるんだ? 埋蔵金か? それとも、究極の破壊兵器か?」
だが、その部屋も他の部屋と同じく、何も残っていなかった。あからさまに肩を落とす阿部。
「気を落とすのはまだ早いよ」と、三上は言った。「こういう隠し部屋は、侵入者対策で二重三重になっている場合もある。奥の壁を調べてみよう」
三上に言われ、阿部は部屋の奥の壁にライトを向けた。
そのとたん。
何もしていないのに、突然奥の壁が崩れ始めた。衝撃を与えるどころか、まだ近づいてさえいない。ただライトを向けただけだ。まるで、向こう側から何かが出てこようとしているかのようだ。
奥の壁一面が崩れ落ち、土がむき出しになった。
そこに、何かが埋め込まれている。
「……なんだ、こりゃぁ?」
近づいてライトを向けた阿部は、素っ頓狂な声を上げる。
それは、見たこともない生物の骨だった。
体長は十メートル以上あるだろうか。全体の形は首長竜に似ていた。胴体から伸びた長い首が特徴の恐竜だ。ただ、頭部が一般的な首長竜とは異なるように思う。首長竜の頭部はワニのように口が長く突き出した細長い形をしているが、その化石の頭部はサッカーボールほどの大きさの球体だった。胴体に大きさに対して極端に小さいように思う。顔のパーツもアンバランスだ。顔の大半をふたつの目が占めており、その分、口が極端に小さい。そして、長い首の下にある胴体には手と思われる部位が六本もあり、背中には翅のような部位まである。
三上は生物学者ではない。地球上の全ての生物を知っているわけではないが、その姿は地球上のどこにもいない、未知の生物のように思えた。
三上は、不意に。
――大きな神様が死に、あたしのお母さんが生まれたの。たくさん、たくさん、生まれたわ。
姉の言葉を思い出した。
大きな神様……創造神のことだろうか? 人間や他の生命、多くの神々、そして、この世界そのものを生み出したとされる存在。世界各地の神話に登場するが、日本では、イザナギとイザナミがそれにあたるとされている。イザナギとイザナミはまず国を生み、そして、多くの神々を生んだ。
姉の話がこれと同じようなものだとすると、まずこの世界を創った創造神が死に、その結果、姉が母と呼ぶ神が生まれた、ということになる。その神は多く生まれ、各地に存在する。もしかしたら、この未知の生物の骨は、創造神が生み落した神々のひとつなのかもしれない。
――多くの、神々?
何かが引っ掛かった。姉の言葉が、さらによみがえる。それは、蒼ノ久集落の漁港付近で、四鳴山の鉄塔を見つめていた姉が言った言葉。七つの門と七つの鍵を開け、
めいふくだり……冥府下り。神や英雄などが死者の国へと下りてゆく、これも世界中の神話に見られる話だ。
三上は顔を上げた。「行こう、阿部君」
「行くって、どこへ?」
「島の北東部、碑足という地域に、遊園地があるんだ。そこに、
「鍵?」
「ああ。たぶん、この島の謎を解くのに、極めて重要な鍵だ」
三上の言葉に、阿部ははじめぽかんとした表情だったが、やがて大きく頷いた。「判った。先生を信じるぜ」
そして。
来た道を戻り地下から出た二人は、ドラム缶を使って崖の上へあがり、碑足方面へ向かった。