SIREN2(サイレン2)/小説   作:ドラ麦茶

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第四十八話 『畏怖』 阿部倉司 夜見島/四鳴山林道 12:58:10 終了条件2

 島から脱出する船を探すため、蒼ノ久集落を目指していた阿部倉司と喜代田章子は、途中立ち寄った夜見島港で、人間の死体に闇霊が憑りついた化物・闇人と遭遇する。屍人よりも頭が良く力も強いらしいが、極端に光に弱いという弱点があり、ワリと簡単に迎撃できた。だが、楽勝だったのは第一形態までで、第二形態とも言える巨体闇人の姿を見た二人は、ビビッて夜見島金鉱会社のビルに逃げ込んだ。なんとか巨体闇人をやり過ごし、隣のビルへ繋がる連絡橋を渡って外に出た二人は、予定通り蒼ノ久へ向かおうとする。その途中、道はふたつに分かれており、横道に入るとロープウェイがあるらしい。資材運搬用の小さなロープウェイで、人は乗れない。わざわざ向かう必要はないのだが……。

 

 

 

 

 

 

 章子は顔を上げ、阿部を見た。「ねぇ、そのロープウェイ、ちょっと行ってみてもいい?」

 

 章子の提案に、阿部は首を傾ける。「あん? なんでだ? 資材用だから、俺らは乗れねぇんだろ? だったら、わざわざ行く必要ねぇだろ」

 

「そうなんだけど、なんというか、もう少しで全部判るような気がするの」

 

「全部判るって、この島のことや、あの化物どものことか?」

 

「あ、ううん。そうじゃないけど……まあ、細かいことはイイから、とにかく、行ってみるわよ」

 

 章子はごまかすように言うと、歩き出した。

 

「……ま、ここまでオメーの言うことはだいたい間違ってなかったから、別にいいけどな」

 

 ということで、どういうことかは判らないが阿部は章子の提案通りロープウェイへ行ってみることにした。

 

 蒼ノ久へと通じる坂道を登る。しばらく進んだところに古い街灯があり、そこで道が枝分かれしていた。二人は横道へ入る。その道は、途中、さっき出てきたビルの二階部分のすぐ隣を通るかたちになっていた。かつては道とビルが連絡橋で繋がっており、自由に行き来できたようだ。急な斜面に無理矢理建物を建てた夜見島港ならではのつくりだ。しかし、長年風雨にさらされていたためか、連絡橋は崩れ落ち、今は渡ることができない。その幅は一メートルほどだ。

 

「ま、オレ様の跳躍力をもってすれば、なんてことはないな」

 

 阿部は屈伸運動を始める。別にビルへ戻る必要はないが、こういう穴を見ると跳び越えたくなるのが男の(さが)だ。

 

「やめなさい」と、章子が止めた「穴があると跳び越えようとしたり、カメを見つけると踏もうとするのは、スーパーマリオ世代の悪いクセよ?」

 

「オメーと一緒にすんな。オレはマリオワールド世代だ」

 

「たいして変わらないでしょうが。それより、早く行くわよ」

 

 章子に注意されたので、穴を飛び越えるのは諦め、さらに道を進む。しばらく歩くと小さな広場に出た。隅にロープウェイの発着場がある。機械に直接雨が当たらないよう、木の板やトタンで覆っただけの簡素なものだ。

 

「んで、ここで何が判るんだ?」

 

 阿部は章子に聞いたが、章子は「うーん、そうねぇ……」と曖昧な返事をしただけで、何も答えなかった。発着場の裏に回り、木の板を並べた壁に手を触れ、目を閉じる。例の特殊能力で調べているのだろう。章子はさっき、「全部判るような気がする」と言った。何がどう全部判るのか阿部には判らないが、まあ、変な能力を持っているアイツのことだから、普通の人間には判らない何かが判るのだろう。ここは任せておいた方がいい。阿部は章子のやりたいようにやらせておくことにして、発着場の中に入った。ゴンドラとケーブルを動かすモーターがある。章子が言った通り、ゴンドラは資材運搬用でかなり小さく、阿部たちは乗れそうにない。ゴンドラの中には古びたボロボロの縄が一本入っていた。

 

「…………」

 

 阿部は、さっき金鉱会社のビル内で見つけたロープウェイの鍵を取り出すと、モーターの操作パネルにある鍵穴に挿し、ひねってみた。ばるるん、とエンジンが唸る。問題なく動くようだ。阿部が適当にボタンを押すと、ゴンドラが動き出し、上へあがって行った。

 

「――むやみに動かさないでよ。音であいつらに気付かれるでしょ」

 

 調査を終えたのか、章子が中に入って来て呆れ声で言った。

 

「いや、俺の意志じゃねぇよ。身体が勝手に動いたんだ。これはあれだ。先代の神の花嫁の導きってやつだ」

 

「先代の神の花嫁って誰?」

 

「わからんが、ずっと言ってるだろ? こういうわけの判らない行動は、必ずどこかで誰かの役に立つんだ。たぶん、あの縄を必要としているヤツが、向こう側にいるんだろ」

 

「あんなボロボロの縄を必要としてる人なんているわけないでしょ。アホなこと言ってないで、次行くよ」

 

「次って、ここはもういいのか?」

 

「ええ。次は、さっきのビルのところね」

 

 阿部と章子はロープウェイを後にし、来た道を戻ってさっきのビルの前までやってきた。道とビルの敷地の境には鉄格子製の扉がある。章子は扉に触れ、目を閉じた。

 

 ビクン、と、阿部の身体が震えた。敵に見つかった合図だ。波止場へと通じる道から、ハンマーを持った闇人が迫っている。

 

「おい、ヤツらに見つかったぞ」

 

 阿部は章子に声をかけたが、章子は何も応えず、目を閉じたままだ。仕方なく、阿部は一人で闇人と戦う。幸い敵は進化前の闇人一体のみ。ライトでひるませて殴るというコンボ技で、簡単に迎撃できた。

 

「ん、ごくろうさん。じゃ、次行くよ」

 

 あっけらかんとした口調で言い、章子はまたさっさと歩いて行く。

 

「護ってやったのに礼のひとつもないのかよ。オメーは、受けた恩を返すということを知らねーのか」

 

「ん? 感謝してるわよ? ありがとね。次もよろしく」

 

 まったく心がこもってない言い方にため息をつきつつ、阿部は章子について坂を下る。

 

 坂を下って行くと高い堤防が連なる広い道に出た。阿部の身長の二倍ほどある高さで、向こう側を見ることはできないが、波の音が聞こえるので、恐らく海があるのだろう。

 

「ええっと、こっちかな?」

 

 章子が先導して進む。堤防に沿ってしばらく南へ歩くと門があった。門をくぐった先には下りの石段があり、下には桟橋や係留柱がある波止場が見える。章子は下にはおりず、門に触れて目を閉じた。また阿部の身体が震えて闇人が襲って来たが、これも一体だけだったので簡単に迎撃できた。

 

「……ここから脱出するのは諦めたのね。そうなると、次は灯台だけど……」

 

 章子は道へ戻ると、堤防に沿って南へと続く道の先を見た。「あの梯子を脩君がのぼるのは無理だろうから、上から回ったのかな?」

 

「さっきからなに一人でぶつぶつ言ってんだ。それって、あの作家の先生のことだろ? 詳しくは知らないが、たぶんオメーより先生の方が年上だろ。君付けで呼ぶなんて失礼だぞ」

 

「あんただってあたしのことをオメーとか占い女とか呼ぶでしょ。ていうか、あんたこの島に来てから柳子以外の人を名前で呼んだことないでしょうが。そっちの方が失礼よ」

 

「オレは人の顔と名前を覚えるのがニガテなんだよ。だから、名前よりも職業とか肩書きみたいなもので覚えた方がいいんだ。言っておくが、個人の感想だぞ。効果には個人差があるからな」

 

「テレビショッピングか。んなことどうでもいいから、次行くよ」

 

 波止場を離れ、海沿いの道から逸れて東へと続く細い道へ入る。少し先に急勾配の階段が見えた。この地区の名所とも言える地獄段と呼ばれる階段だ。

 

 階段へ向かおうとして、章子は急に足を止めた。「……そういやこの先、()()()がいるんだっけ?」

 

()()()か。たぶんいるな」

 

 アイツとは、指のような足に顔のような股間があるという、訳が判らないとしか言いようがない化物・巨体闇人だ。闇人が戦闘に適応するために進化した姿で、まだ戦ってはいないものの、どう考えてもバットなんかで倒せる相手ではないだろう。

 

 阿部は目を閉じ、幻視で巨体闇人の気配を探った。ちょうど、地獄段を下りてこちらへ向けっているところだ。このままでは見つかる。二人は一旦その場を離れ、物陰に身をひそめた。少し前に必殺・様子見を使い、巨体闇人の行動パターンは把握してある。地獄段を下って波止場の前まで来た後は、また地獄段を上がって元の場所に戻り、そしてまた波止場へ向かう、という行動を繰り返している。

 

「やり過ごすしかないわね。かなり遠回りになるけど、一度さっきのビルに戻って、アイツが波止場に下りたところを通り抜けるのが無難かな」

 

 章子の提案に、阿部は「フッフッフ」と不敵に笑った。「それには及ばないぜ。すっかり忘れていたが、オレにはコイツがあるんだった」

 

 阿部は、要塞跡で自衛隊員の屍人から奪い取った機関銃を取り出した。

 

「そんな大きくて強そうな武器をすっかり忘れるんじゃないわよ」

 

「正直自分でもそう思うが、まあ思い出したからいいだろ。これさえあれば、あんな巨体屍人、屁でもねぇぜ、たぶん」

 

「たぶん、っていうのが引っ掛かるけど、まあいいわ。とりあえず、やってみなさい。あ、でも、所詮あなたは素人なんだから、正面から戦うのは避けた方がいいわね。まだ見つかってないわけだし、後ろから撃ってみて」

 

「いやいや、そんな卑怯な戦法は恥だ。男なら、正々堂々正面から戦うべきだろ」

 

「じゃあ、相手は素手なんだから、あんたも素手で戦うべきね。正面からガッツリ殴り合い。うん、男らしいわ」

 

「いややいやいやいや、それとこれとは話が別だ」

 

「なによ、意気地がないわね」

 

「意気地の問題じゃねぇだろ。あんな丸太みたいな腕に鉄球みたいな拳の相手と正々堂々正面から殴り合って、勝てるわけねぇだろ」

 

「だったら、つべこべ言わず背後から撃ちなさい」

 

「ちっ、しょうがねぇな」

 

 阿部は幻視で様子を伺う。地獄段を下りた巨体闇人は、波止場の門の前でぐるりと周囲を見回すと、来た道を戻って行った。今がチャンスだ。阿部はしゃがみ歩きで静かに巨体屍人の背後へ近づく。充分間合いを詰めたところで銃を構え、引き金を引いた。たたたん、と、小気味良い音と強い反動。巨体闇人が大きく身体をのけぞらせる。全弾撃ちつくすつもりの攻撃だったが、半分も撃たないうちに巨体闇人は倒れた。

 

「なんだよ、見かけ倒しかよ。これなら、銃を使うまでもなかったかな」阿部は少々拍子抜けの気分で倒れた巨体闇人を見おろした。

 

「たぶん、不意打ちが効いたのよ」と、章子。「こんなナリしてるけど、気を抜いてるところを背後から撃てば、意外とあっさり倒せるのかもね」

 

「なんだかこいつら弱点だらけだな。ホントに屍人より恐ろしい存在なのか?」

 

「まあ、屍人と違って今日地上に出てきたばっかりだからね。慣れない生活に苦労してるんでしょ。地上での生活に慣れてきたらこうはいかないかもしれないから、できることは今のうちにやっちゃった方がいいわね」

 

 二人は地獄段を上がり、資材倉庫がある広場に戻って来た。阿部たちが初めて闇人と遭遇し戦った場所だ。あのとき倒した闇人の姿は無い。蘇ってどこかに行ったのだろう。

 

「こっちよ」

 

 章子は倉庫の左側にある道を進む。すぐに下り階段になり、その先はトンネルとなっていた。ここを抜けた先に灯台があるという。トンネルはかなり長く続いているが、明かりが点いているためライト無しでも大丈夫そうだった。敵の気配はない。二人はそのままトンネルに入って先へ進む。

 

 だが、半分ほど進んだところで、突然明かりが消えた。

 

「なんだ!?」

 

 周囲を見回すが、真っ暗で何も見えない。明かりが点いていると安心し、ライトはしまったままだ。

 

 びくん、と身体が震え、傘や鉄パイプを持って階段を下りてくる三体の闇人の視点が見えた。

 

「まさかあいつら、ワナを仕掛けてやがったのか!?」驚く阿部。

 

 幻視の能力で暗闇でも多少見えるとはいえ、急に明かりを消されたため、目が慣れるのには時間がかかる。それに、例え目が慣れたとしても、闇の中では相手の方が有利なのは間違いない。なんと言っても、奴らは闇の住人なのだから。

 

 足音が迫ってくる。その姿はこちらには見えないが、相手には見えているだろう。

 

「クソ! おい占い女! オレの後ろで伏せてろ!」

 

「どうする気?」

 

「こうするんだ!」

 

 阿部は章子が背後に回ってしゃがんだのを気配で確認すると、機関銃を構え、足音だけを頼りに引き金を引いた。狙いを定めることなく銃口を左右に振り弾をばら撒く。デタラメな射撃だが連射力の高い機関銃ならそれなりに有効なはずだ。思った通り、「ぎゃっ!」という悲鳴と共に倒れる音が聞こえた。だが、それは二体だけだった。もう一体の悲鳴が聞こえる前に、銃は空撃ちの音になる。弾切れだ。

 

「終わりかい? もっと楽しもうよ」

 

 闇の中に相手の声が響く。姿は見えない。やられる! そう思ったとき、章子がライトを取り出して阿部の周囲を照らした。すぐそばに左官用のコテを振り上げた闇人がいた。光が顔に当たり、両目を押さえて悶える闇人。

 

「今よ!」

 

 章子の合図で阿部は機関銃を投げ捨て、バットで思いっきり殴った。怯んだところにさらに二発。闇人はバタリと倒れた。

 

 阿部は汗を拭った。「ふう、危なかったな」

 

「うん。正直、ちょっと闇人をナメてたわね。やっぱり、あいつらは屍人よりも危険なのよ」

 

 確かに、トンネルの明かりを点けて誘導し、途中で明かりを消して襲うなど、屍人には到底できない作戦だ。弱点が多いとはいえ、決して油断してはいけなかった。これからはたとえ明るい場所でもすぐにライトを点けられるようにしておいた方がよさそうだ。

 

 二人はライトで照らしながら先へ進む。途中、通路は上り階段と下り階段の二手に分かれていた。章子の説明によると、灯台へ行くのは左の上り階段で、右の下り階段は、亀穴と呼ばれる天然の洞窟へ通じているそうだ。

 

 阿部は目を輝かせる。「亀穴ってことは、カメがいるのか?」

 

「ええ。夜見亀って言って、この辺り特有の海亀を見ることができるわ。運が良ければ、だけど」

 

「そうか。そりゃ、ぜひとも踏んで蹴り飛ばさなきゃな。それが男の性ってもんだ」

 

「やめなさい。バチが当たるわよ?」

 

「冗談だよ。ヤンキーは動物に優しいんだ。とにかく、カメと聞いちゃ素通りできねぇ。子供たちにいじめられてたら大変だからな。助けて、水宮殿に連れてってもらって、まな板の上の赤子をごちそうになろうぜ」

 

「あ、ちょっと、待ちなさいよ。遊びに来たんじゃないんだよ?」

 

 阿部は章子が止めるのも聞かず、右の通路を進んだ。階段を下りてしばらく進むと、人口のトンネルからごつごつとした岩肌の洞窟になった。さらに進むと洞窟は開けて外に出たが、その先の道は海の中に沈んでいた。阿部は周辺をライトで照らす。亀の姿はどこにも無い。

 

「なんだよ。カメなんていないじゃねぇかよ」落胆した口調で言う。

 

「池の亀じゃないんだから、そこらで甲羅干ししてるわけないでしょ」追いついた章子が言った。「海亀が陸に上がるのは産卵の時だけ。陸上じゃ、めったに見られるもんじゃないわよ」

 

「ちっ、つまんねーな」阿部は舌打ちすると、ライトの光を波打ち際からその先へ移した。「てか、ここって、さっきの波止場に通じてる道があるんじゃなかったのか? こんなじゃ、通れないだろ」

 

 洞窟の先には、少し離れた所にコンクリート製の堤防と埋め込み式の梯子が見えるが、そこまで通じる道は海の中に沈んでいる。

 

「そうね。ここの道を通れるのは引き潮の時だけで、満ち潮になると沈んでしまうの」

 

 章子の説明に、阿部は「ふうん」と気の無い返事をした。せっかく来たんだから、亀じゃなくても何か面白い物はないかと、周囲をライトで照らしてみる。すると、波打ち際にきらりと光る物があった。何かが漂着しているようだ。海に落ちないよう注意しつつ拾い上げてみると、小さな瓶だった。長く海を漂っていたのだろう。表面の紙ラベルはほとんど剥がれて読めないが、恐らく栄養ドリンクの瓶だ。

 

「そんなゴミ拾ってどうすんのよ? まさか、それも神の花嫁とやらの導き?」と、章子。

 

「いや、これ、中に何か入ってんだよ」

 

 阿部は瓶のふたを開け、中のものを取り出した。それは丸めた紙だった。漂着した瓶の中に丸めた紙。宝の地図か? それとも、異国の美女からの手紙か。男の性に胸を躍らせながら紙を開く。かなりボロボロだったが、なんとか破らずに広げることができた。どうやら手紙のようだ。

 

 

 

『助けてください。私の名前は岸田百合。私はいま、中迂半島三逗港近くの倉庫みたいな場所に閉じ込められています。これを読んだあなた。どうか警察に通報して、私を探してください。私を閉じ込めた女は、私の持ち物と、服と、名前を奪っていきました。あの女の顔に騙されないで、あの女の本当の顔は』

 

 

 

 そこから先は、消えていて読めなかった。

 

「なに? ずいぶんミステリーなモノ拾ったわね」

 

 阿部の背中越しに手紙を読んだ章子が言った。

 

「三逗港って、オレらが船に乗った港だよな? あの近くに監禁されてるってことか?」

 

「イタズラじゃなけりゃ、そうなるわね。でも、見たところ何年も前に書かれたものみたいだから、もうとっくに救出されたか、誰にも気付かれずに死んじゃったかじゃない?」

 

「かわいそうなこと言うんじゃねぇよ。まだ監禁されてる可能性もあるだろ?」

 

「それはそれでかわいそうだけど、まあ、可能性としては無くはないだろうね。でも、何にしても今のあたしらには、どうしようもないわ」

 

「そうだな。まずは、帰らないと話にならねぇからな」

 

「そゆこと。さ、行くわよ」

 

 二人は通路を戻ると、左側の上り階段をのぼった。しばらく進むとトンネルは終わり、コンクリート製の堤防が海に大きくせり出した場所に出た。灯台は堤防を進んだ先にある。その途中に猟銃を持った闇人が立っていた。注意深く周囲を見回し警戒している。

 

「うーん、これじゃ近づけねぇぞ」

 

 阿部は頭を掻いた。堤防の上に身を隠す物は何も無い。しばらく様子を見ても阿部たちに背を向けることもなく、気付かれずに近づくのは不可能だ。

 

「こっちの銃は弾切れで捨てちまったし、さすがにバットだけで挑むのはムチャだな。距離があるからどこまで効果があるかわからんが、ここから光を当てて、怯んだ隙に殴るしかないか」

 

 阿部の提案に、章子は「フッフッフ」と不敵に笑った。「それには及ばないわ。すっかり忘れてたけど、あたしにはコレがあるんだった」

 

 そう言って章子が取り出したのは、古いフィルム式のカメラだった。

 

「……って、銃じゃないのかよ」

 

「銃なんか持ってるわけないでしょ。でも、大丈夫よ。ヘタな銃よりも役に立つと思う」

 

「どうするんだ?」

 

「フラッシュのタイマーを入れてアイツの足下に投げるの。そうすれば、ライトなんかよりずっと強力な目くらましになるわ」

 

「確かにな。でもよ、旅行に来たわけでもないのに、なんでカメラなんか持ってんだ?」

 

「さあ? あたしにもよくわかんない。崩谷の社宅の押し入れで見つけたんだけど、なんだか知らないけど無性に持っていきたくなったのよ。これはたぶん、因果律によるものね」

 

「因果律ってなんだ?」

 

「原因があるから結果がある、という哲学的考えよ。全ての事象には必ず原因があり、原因無しには何も起こらないってわけ。つまり、『カメラを持っている』という事象の前には『カメラを見つけた』という原因が存在するってことよ」

 

「だが仮に事象が光速を超えた場合、事象の前に原因があることを証明できないだろ?」

 

「どうした急に」

 

「気にするな。ただの口から出まかせだ」

 

 阿部は章子からカメラを受け取ると、タイマーを十秒後にセットし、レンズ面を上にして地面を滑らせて投げた。カメラはうまい具合に闇人の足下で止まった。闇人が気付き、首を傾けてカメラを見る。タイマーがゼロになり、フラッシュが一瞬強い光を放つ。闇人は悲鳴を上げ、両目を押さえてもがく。その隙に間合いを詰めてバットで殴ろうとしたが、その必要もなく、もがき苦しむ闇人は堤防から足を滑らせて海へ落ちていった。

 

「厄介なのかそうでないのか、よく判らんな、闇人は」阿部は闇人が落ちた海を見ながらつぶやいた。「まあ、それはともかく……」

 

 視線を堤防の先に移す。灯台へと続く通路は、そこから少し進んだ先で崩れ落ちていた。向こう側までは五メートルほどあるだろう。高校時代の走り幅跳びならそれくらいは跳んでいたが、卒業以降まともな運動などしていない今、試すのはあまりにも無謀だ。仮に跳べたとしても、その先の堤防もいたるところが崩れ落ちている。これ以上進むのは危険だろう。

 

「こりゃ、灯台へ行くのは諦めた方がよさそうだな」章子を振り返る阿部。

 

「――――」

 

 章子は、呆然とその場に立ち尽くしていた。その視線は、灯台に向けられている。いや、灯台の向こう側、赤い海の水平線を見ているのだろうか。

 

「おい、どうしたんだ? ボーっとして」

 

 阿部の声にも応えず、ただ章子は立ち尽くす。

 

 不意に、涙が頬を伝った。

 

 そして。

 

「……そういうことだったんだ」

 

 支えを失ったかのように、その場に座り込んだ。

 

「おいおい、大丈夫かよ」

 

 慌てて駆け寄る阿部。貧血で倒れようものなら海に落ちてしまうような場所だ。阿部は章子に肩を貸すと、その場を離れた。

 

 

 

 

 

 

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