巨体闇人の襲撃を受け、同行者の矢倉市子をさらわれてしまった永井頼人は、市子が社宅ロ棟の301号室にいるのを突き止めた。救出に向かった永井が見たものは、包丁で闇人の喉を斬り裂き、血の海と化した室内にたたずむ市子だった。市子は狂笑を浮かべ、拾った機関銃を乱射する。なんとか銃弾をかわした永井は室外へ飛び出し、階段の陰に身を隠した。そこへ、永井を追って部屋を出て来た市子が、ちょうど階段を上がって来た闇人共と鉢合わせになってしまった。闇人は拳銃や機関拳銃で市子を撃ったものの、市子は倒れず、逆に機関銃を撃ち返して闇人共を倒してしまう。撃たれた傷も謎の力でたちどころに治り、市子は笑い声を上げながら階段を駆け下りて行った。
永井は――。
「――市子ちゃん!!」
永井は機関拳銃のリロードも忘れ、階段の陰から飛び出して市子を呼び止めた。
市子は二階へ下りたところだった。永井の声に振り返る。狂笑を浮かべたまま、機関拳銃を永井に向けた。その指が引き金にかかる前に、永井は、市子が持っていたブレスレットを取り出した。
「友達の、ノリコちゃんのブレスレットだよ!!」
それを見せた瞬間、市子は、びくんと大きく震えた。引き金から指を離し、全身が硬直したかのように動かなくなる。
「……ノ……リ……コ……ブレ……ス……レット……お揃い……」
発する言葉が途切れ途切れになった。狂笑は消え、引き金から離れた指は動かない。
永井は確信する。今、目の前にいる少女は、まぎれもなく矢倉市子本人だと。
市子は、自分は海に落ちて死んだ、と言っていた。夜見島近辺の海の底には姿を盗む化物がいて、自分はその化物が作り出した偽物だ、と。
その話が本当なのか、ただの都市伝説なのか、永井には判断がつかない。先ほどの市子――銃で撃たれても倒れず、狂笑を上げて闇人共を惨殺し、撃たれた傷もすぐに治る姿――を見ると、普通の人間だとは到底思えない。
だが、それでも。
「思い出すんだ、ノリコちゃんのことを」
永井は階段を駆け下り、ブレスレットを手渡した。
「君は化物なんかじゃない! 化物に操られているだけだ!」
例え闇人共を殺戮しようと、たちどころに傷が治ろうと、ほんの三十分ほど前まで、彼女は怪異に怯えるごく普通の少女だったのだ。あれが化物の姿であるはずがない。
そう信じて。
「正気に戻るんだ! そして、一緒にノリコちゃんを探そう!」
永井は市子の両肩に手を置き、まっすぐに見つめ、そう語りかけた。
その視線から逃げるように、市子は目を伏せた。
「ノリコ……ノリコはあたしを見捨て……」
力無い言葉でつぶやいたが、すぐさま「違う!」と、自らの言葉を否定する。「あれは仕方なかった……あのままだったら……二人とも死んでた……でも……あたしは……死んでなんか……わかんない……わかんない……」
市子はうめき声をあげ、頭を抱えてうずくまった。
「大丈夫かい、市子ちゃん?」
永井が市子の背に手を添えるが。
「……うわああぁぁ!!」
市子は永井の手を振り払うと、両手で永井を突き飛ばした。
そして、永井が尻餅をついた隙に、階段を駆け下りる。
「待って! 市子ちゃん!!」
永井は立ち上がって後を追う。市子に続いて一階に下り、出入口から外に出た。その瞬間、銃声が鳴り響き、足元の土の一角が弾けとんだ。市子が撃ったのではない。隣のロ棟屋上にいる小銃を持った闇人だった。入口前にいた闇人もよみがえっている。永井は社宅内に戻り、身を隠した。
市子は、闇人に撃たれるのもいとわずそのまま走り、社宅の角を曲がって姿が見えなくなった。永井は幻視を使い、市子の気配を探る。
「……ノリコ……お母さん……一人にしないで……みんなどこ……寂しいよ……ナカジマ君……」
乱雑に言葉を発しながら、市子は北東の方向へ走る。途中で何度も闇人に襲われるが、逃げながら機関銃を乱射して倒す。怯えた声を上げたかと思うと突如笑い出し、泣き出したと思ったら怒りの声を上げ、走る。正常な市子と異常な市子が交互に現れているように見えた。
「……あぁ……あはは……あはは……あぁ!!」
市子は奇声を上げながら、北東の金網扉から敷地外へ出て、そのまま走り去った。
永井は後を追おうとしたが、大勢の闇人共に阻まれ、断念せざるをえなかった。仕方なく、南東の出入口から脱出する。
そして、永井はブライトウィン号で一樹守と再会し、鉄塔の最上層を目指す――。