SIREN2(サイレン2)/小説   作:ドラ麦茶

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第七十五話 『闇人』 木船郁子 四鳴山/離島線4号基鉄塔 20:19:42 終了条件2

 一樹守と別れ、一人、島からの脱出を目指す木船郁子は、四鳴山の鉄塔のふもとで()()()()と出会った。加奈江と名乗ったその少女から滅爻樹を受け取り、鉄塔を登る郁子。階段が途中から崩れていたため、隣の竪坑櫓の屋上へ飛び降り、そこから連絡橋を渡って鉱業所へと移動しようとした。

 

 

 

 

 

 

 竪坑櫓から鉱業所へ入るための扉は鉄格子製のもので、南京錠で閉ざされていた。しかし、劣化により錆びてボロボロなので、強い衝撃を与えれば壊れそうだ。郁子は遊園地からずっと持ち歩いているゴルフクラブを使い、南京錠を叩いた。三度叩くと思った通り壊れたので、なんとか中に入ることができた。

 

 そこは鉱業所の三階部分の通路だ。出入口の正面にはやや幅の広い廊下が続いており、左側は細い廊下がある。どちらも明かりは点いていないため真っ暗だ。

 

 出入口のすぐそばにはロッカーが置かれてあった。決して広くはない通路にあるそのロッカーに、郁子は違和感を覚えた。よく見ると、床には出入口の前からロッカーをずらした跡がついていた。出入口を塞いでいたのを、誰かがずらして通れるようにしたのだろうか? しかし、出入口には鍵がかけられたままだった。誰かが通った形跡は無い。ならば、ロッカーをずらしたのは通るためではなく、外の明かりを取り入れるためかもしれない。この出入口はちょうど南側に位置するから、昼間ならば通路の奥まで陽が射すだろう。闇人共がわざわざ光を室内に取り入れるとは思えないから、生きている人間がやったと考えるのが妥当だ。

 

 つまり、郁子よりも先に、ここへ来た人間がいる。

 

 ――まさか、一樹君?

 

 とっさに思い浮かんだのは彼だった。彼も島からの脱出手段を探るうち、空に浮かぶ逆さまの夜見島と鉄塔の関連性に気づき、ここへ来てもおかしくはない。だとしたら、いま彼は無事だろうか? 別れる前、彼は地の底からの逃亡で負傷し、闇人共と戦える状態ではなかった。この島では不思議な力で傷が癒えるのが早いが、それでも一人でこの鉄塔を登るのは危険だろう。誰か協力してくれる人と会えていれば良いのだけれど。

 

 ――って、あんなヤツ、関係ないよ。

 

 郁子は首を振り、考えを振り払った。一樹は郁子の特殊能力を聞き、怯えたような表情をした。まるで化物を見るような目で、郁子を見ていた。ああいう目で見られるのが嫌だから、郁子は人と関わるのを避け、一人で生きていくと決めたのだ。もう二度と、高校の時のような目には遭いたくない。

 

 気を取り直し、先を急ぐ。ライトで照らすと、正面の通路の先に階段らしきものが見えたので、そちらへ進んだ。屋上へあがるための階段のようだが、下部が崩れており、そのままでは登ることができない。崩れ落ちた場所へ手を伸ばすとなんとか指先は届くものの、郁子の腕力ではよじ登ることはできなかった。他に道は無い。仕方なく郁子は通路を戻り、もうひとつの細い通路を進むことにした。しばらく進むと扉に突き当たったので開ける。そこは、一階から七階までが吹き抜けとなったフロアだった。この鉱業所には大型の掘削機が出入りすることもあったため、フロアはかなりの広さだ。その、三階部分のライトブリッジに出たようだ。

 

 ビクンと身体が震え、階下から郁子を見上げる視点が見えた。フロアにいる闇人に見つかった。幸い人型の闇人で、銃も持っていなかった。ナイフのような刃物を振り上げ、階段をあがって来る。銃を持っていないとはいえ、郁子一人では危険な相手に変わりはない。郁子は目を閉じて闇人の気配を探り、そして、心に侵入した。

 

 ――止まって!

 

 指示を出すと、闇人は立ち止まって直立不動の姿勢になる。そのまま後ろを向かせてから感応を解き、背後からゴルフクラブで殴りつけた。勢いで階段を転げ落ちた闇人は、そのまま動かなくなった。

 

 郁子は階段を下り、フロアを探索する。時間をかけてくまなく調べたものの、途中何度か闇霊に襲われ撃退したくらいで、特に変わったものは無い。上へ向かう道は郁子が通った通路以外には無く、出入口から建物の外へ出るしかなさそうだ。仕方なく出入口の扉に手をかけた瞬間、鼓動が早くなった。敵意を持ったものが近くにいる時の警告だ。幻視で外の気配を探ると、機関銃を持った闇人が警戒をしていた。それだけでなく、多数の闇霊もうろついている。ゴルフクラブ一本で太刀打ちできる状況ではなさそうだ。また感応に頼るしかない。郁子は機関銃を持った闇人に感応すると、闇霊を撃つように指示を出した。指示通り、闇人は次々と闇霊を撃つ。全て倒した後もそのまま撃たせ続け、銃弾をすべて使い切らせた。そして、扉の前に移動させ、背を向かせてから感応を解く。我に返った闇人が戸惑っている所に飛び出して、背後から殴って倒した。

 

 郁子は大きく息を吐き、呼吸を整える。港で働いているから体力にはそれなりに自信があるものの、感応は身体ではなく心が疲弊する。たて続けに何度も使っていては、鉄塔を登る前に力が尽きてしまうだろう。体力と気力を温存するために乱用は避けた方が良いが、やはり、闇人や闇霊の数が多い。陽が暮れて以降、闇人の数はどんどん多くなっている。鉄塔から地上へ侵攻しようと集まっているのだ。そして、ヤツらの親玉――あの異形の生物も、間もなくここにやって来るだろう。その前に、なんとしても脱出しなければ。郁子は気力を振り絞り、先を急ぐ。

 

 郁子が出て来たのは鉄塔の北側だった。一度四階に相当する高さまであがりまた地上に戻って来たことになるが、ここからなら鉄塔内部の階段を使ってあがれそうだ。郁子は階段をあがる。鉄塔内部をぐるりと回りながら上層へと続く階段は、三階ほどの高さをあがったところで引きちぎられたように寸断されていた。この階段を使ってこれ以上進むことはできないが、周囲を見回すと、すぐ南に建つ事務棟の外壁に大きくせり出した梁があり、そこへ跳び移れそうだった。梁を伝った先には開けっ放しの窓があるため、そこから中に入れば先へ進めるかもしれない。郁子は梁へ跳び移り、窓へと手を伸ばした。だが、その窓は少々高い位置にあり、郁子の身長では届かなかった。仕方がないので梁を伝ってさらに移動する。しばらく進むと、鉄塔に絡みつくように生えている巨樹の幹に行き当たった。幹には太い蔦が絡みついている。引っ張ってみると、下手なロープより頑丈そうだった。郁子の体重くらいなら充分支えられるだろう。上を見ると、少しよじ登れば事務棟四階のベランダがある。あそこから中に入れるだろう。郁子は蔦を使って樹の幹をよじ登り、四階のベランダまであがった。

 

 ベランダへ出入りするための扉には鍵がかかっていなかったので、難なく中に入ることができた。正面に細い通路が続いている。その先に、何体かの闇人の姿が見えた。多くは人型の闇人だが、一体だけ、四足で歩行する闇人の姿があった。蒼ノ久の集落からこの鉄塔まで来る途中、何度か遭遇したことがある。闇人が進化した姿のひとつで、素早く駆け回り、正面からの攻撃はほとんど効かない厄介な相手だ。幸い闇人共はまだこちらに気がついていない。すぐ右手側に扉があったので、一旦身を隠すことにした。

 

 そこは大きな木箱や段ボール箱が積み上げられた倉庫だった。身を隠した郁子は幻視で外の様子を伺う。人型の闇人はいずれも銃やナイフで武装しており、まともに戦って倒すのは無理だ。感応を使うしかないが、ここまででもかなり体力と気力を消耗しているので、これ以上の乱用は避けたい。体力の回復もかねて、ここは少し様子を見た方がいいかもしれない。そう判断した郁子は、少し待つことにした。

 

 ――そうだ。なにか、あたしにも使える武器はないかな。

 

 ここまで郁子はゴルフクラブ一本で戦ってきた。感応を使えばそれでも充分だったのだが、冷静に考えれば、銃を持つ相手が多数いる中ではあまりにも無謀だったように思う。この先も闇人の数は増えるだろうし、あの四足闇人や、さらに厄介な巨体闇人もいる。感応を使う気力にも限界がある。いよいよとなったら、銃を使う必要があるかもしれない。とりあえず、ここに何かないだろうか? 郁子は待っている間に倉庫内を探ってみることにした。積み上げられた木箱や段ボール箱をいくつか開けてみる。ほとんどは金鉱事業の計画書や請求書などの書類、あるいはボールペンやハサミなどの事務用品だったが、中にひとつだけ、明らかに他とは違う立派な桐箱を見つけた。縦五十センチ、横十センチほどの縦長の箱で、蓋にはお(ふだ)のようなものが貼ってある。墨筆で書かれた文字は達筆すぎて読むのに苦労したが、どうやら『天上大魚之骨』と書かれてあるようだ。見るからに神聖なものが納められていそうな雰囲気である。もしかしたら、滅爻樹のような神器かもしれない。郁子は箱を開けた。

 

 ()()は、一見すると刀のようなものだった。

 

 わずかに湾曲した()()に、刃は無い。材質は金属でもなく、表面は茶色で、凹凸がある。触れてみると、木のようにも、石のようにも感じる不思議な材質だ。

 

 ()()の横には、二つ折りにされた紙が一枚添えられてあった。開いてみると、何か書かれてある。

 

 

 

『鑑定結果

 

 夜見島B出土品54号(登録抹消)と同じく、捏造品である可能性が高い

 

 ”大きい天の魚死に、全ての骨散り、小さい魚頭生まれた”』

 

 

 

 蓋に貼られたお札と違い、墨筆ではなくボールペンで書かれたものだった。メモ書きのようである。その内容から推測すると、家宝か何かとして伝わっていた物を専門家に鑑定してもらった結果偽物だった、というところだろうか。だが、最後の一文は、何を意味しているのだろう? 郁子には見当もつかないが、ただ、『骨』という言葉が、妙に胸に残った。その理由も判った。箱の中に入っていた()()は、生物の骨によく似ているのだ。このメモ書きや蓋のお札から読み解くならば、これは魚の骨だろう。五十センチほどの大きさの骨となると、かなり大きな魚だ。カジキやサメ、あるいはシャチやクジラくらいはある。どちらも、夜見島近海では滅多にお目にかかれるものではない。だから、これを拾った島民は神聖なものとして崇め、『天上大魚之骨』、つまり、天の上に住む大きな魚の骨として扱ったのだ。特別珍しいことではない。夜見島のような海辺の集落では、漂着物を神として(まつ)る風習が残る地域は多い。

 

 まあ、なんにしても魚の骨では武器になりそうもない。専門家が捏造品と鑑定しているのなら、滅爻樹のような穢れを祓う力も期待できないだろう。郁子は骨を横に置き、さらに別の箱を探った。武器として使えそうなものは何も無かったが、ひとつ、郁子の目を引くものがあった。それは、『夜見島民話集』と書かれた古い書物だった。無論、民話集など読んでいる場合ではないのは判っている。それでも郁子が気になったのは、それが『妊婦海に入らば災いを宿す』という副題だったからだ。

 

 夜見島には、妊娠した女を海に入れてはいけないという伝承がある。その話は郁子も聞いたことがあったが、その理由までは知らなかった。それが、この書物には書かれてあるかもしれない。そして、夜見島の古い伝承は、闇人や屍人共に関わるものだと思って間違いない。郁子は読んでみることにした。

 

 

 

『島で最高齢の老婆から聞いた話。

 

 昔、蒼ノ久の浜に貧しい漁師の夫婦が住んでいた。ある日、お腹に子を宿した妻が、海辺で夫の帰りを待っていた。

 

 島には、『妊婦海に入らば災いを宿す』という言い伝えがある。島の者は誰しもこの話を信じ、決して禁を犯すことはなかったが、妻は夫恋しさに、思わず海に足を踏み入れてしまった。

 

 その夜、話を聞いた夫は怒り狂った。妊婦が海に入ると腹の子に穢れが宿るため、産まれたらすぐに切り刻み、一升瓶に入れ土中に埋めるのが島の習わしなのだ。妻は泣いて許しを乞うたが、夫も、島の誰も、決して許さなかった。

 

 だが、妻は習わしを守らず、密かに赤子を産み、育てた。

 

 数年後、成長した子の胸に、人の顔のような痣が浮かび上がった。それは、穢れの憑代(よりしろ)となる証だった。

 

 島の長である太田家の主は、神木の枝を用いて子の穢れを祓った。子は穢れと共に消え去った。

 

 我が子を喪った妻は仏門へ入り、生涯子の御霊を弔ったそうである。』

 

 

 

 心臓を鷲掴みにされたような気分だった。あるいは、足元から黒い手が伸びてきて、地の底へ引きずり込もうとしているかのような錯覚。それほど恐ろしい話だった。妊婦が海に入っただけで赤子が斬り刻まれて埋められる……いまの島の状況を見ると、これが単なる作り話ではなく、本当に行われていた可能性は極めて高い。許し難い行為であるが、郁子が恐ろしいと感じたのはそこではない。その話が、郁子自身と重なったからだ。思わず胸に手をあてる。郁子の胸には、物心ついた頃から痣がある。子供の頃は小さかったその痣は、成長するにつれどんどん大きく、濃くなった。そして、いまその痣は、()()()()()()()()()()()()

 

 警告を促す鼓動がして、郁子は考えを中断せざるを得なくなった。敵が迫っている。幻視で外の様子を探ると、左官用のこてを持った闇人が倉庫の前に来ていた。ドアを開け、郁子を発見した闇人は、こてを振り上げて襲ってくる。あれならば、感応を使うまでもなく倒せるだろう。郁子は幻視を解くと、ゴルフクラブを取ろうとした。だが、手の届く場所にクラブが無い。倉庫内を探している間に、少し離れた場所に置いてしまったのだ。もちろん闇人は待ってくれない。とっさに、さっき横に置いていた骨のようなものを手にする。武器としては心もとないが、今はこれに頼るしかない。

 

 と、郁子が()()を手にした瞬間。

 

「――ひぃっ!!」

 

 闇人は両手で頭をかばい、脅えた声を上げた。

 

 郁子は怯んだ闇人に向かってその骨を打ち付ける。骨とはいえそれなりに大きく重量がある為、威力は悪くなかった。四度殴ると、闇人は甲高い悲鳴を上げて倒れた。

 

 大きく息を吐く郁子。なんとか危機を乗り切ったが、いまのはなんだったのだろう? 郁子が仕方なく手にしたこの骨を見て、闇人は明らかに脅えていた。やはり、この骨はなにかの神器だったのだろうか? そのわりには威力があるとは言えない。闇人を倒すのに四度も殴らなければいけなかった。これならゴルフクラブの方がまだましだろう。

 

 それでも、闇人を怯ませることができるのならば役に立つかもしれない。郁子はその骨を持っていくことにした。

 

 結局その骨と民話集以外は何も見つからなかったが、体力は回復することができた。民話集の内容は気になるが、今そのことを考えても何にもならない。まずは島からの脱出が先決だ。郁子は幻視で外の様子を探る。通路の先に集まっていた闇人は別の場所に移動していた。さらに気配を探り、四足闇人の視点を見つける。視点は郁子のほぼ真下だった。下の階の休憩室のような場所にいる。移動するなら今だ。

 

 ……あれ?

 

 幻視を解こうとして、郁子は四足闇人が何かを見つめていることに気がついた。休憩室のパイプイスの足下に、廃墟と化したビルには不釣り合いな最新式のデジタルカメラが落ちており、それをじっと見ているのだ。そのカメラに見覚えがあった。島に流れ着いた際に拾った、一樹守のカメラだ。蒼ノ久集落で返したはずだが、また落としたのだろう。ということは、やはり、彼もこの鉄塔に来ている。

 

 …………。

 

 幻視を解き、考える郁子。郁子の目的は鉄塔を登ることだ。いま階段をおりる必要はない。まして、そこには厄介な四足闇人がいるのだ。今のうちに上層階へあがるべきだ。わざわざ下へおりるなどバカげている。

 

 それでも。

 

 ……ああ、もう! ふざけんなよ! バーカ!!

 

 悪態をつくと、郁子は倉庫から出て階段をおりた。休憩室の前まで行き、幻視で中の様子を探る。四足闇人は、「あーあ。さっさと登っちゃいたいのに……」と愚痴を言いながら、休憩室内をうろうろしていた。郁子は感応を使い、心の中に入り込むと、休憩室を出て遠くへ移動するよう指示を出す。四足闇人は指示通り休憩室を出ると、かちゃかちゃと足音を立て離れて行った。充分距離を取ったところで感応を解き、無人となった部屋へ入る。落ちていたカメラは、やはり一樹守のもので間違いない。

 

「……せっかく拾ってあげたのに、なんでまた落とすかな」

 

 郁子はカメラをポケットにしまうと、四足闇人が戻る前に休憩室を出て、また階段を登った。

 

 

 

 

 

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