SIREN2(サイレン2)/小説   作:ドラ麦茶

86 / 96
第八十六話 『狂笑』 一樹守 四鳴山/離島線4号基鉄塔 22:27:08 終了条件2

 鉄塔の上層にたどり着いた一樹守と木船郁子は、鬼神のごとき強さで闇人共を蹴散らす少女と遭遇する。少女は屍人側が放った鳩であり、かつて海で死んだ女子中学生・矢倉市子の姿を模した者であった。銃撃さえ効かない市子の前になすすべもない一樹たちだが、市子の内なる意識が目覚めたのか、姿を模した者は動きを妨げられ行動不能に陥った。その隙に、一旦古い家屋へ身を隠す一樹たち。その家屋の広間で、一樹は彼を執拗に追って来る着物姿の四足闇人の姿を見た。幸いまだ気付かれていないが、放っておくとまた邪魔をされかねない。一樹は、どうするべきかを考えた。

 

 

 

 

 

 

 一樹も郁子も、今はまともに戦えるような状態ではない。一樹は背中と右腕に銃弾を受けて負傷しているし、郁子は感応の乱用で気力を消耗している。着物姿の四足闇人は探し物に夢中でこちらには気付いていない。わざわざ手を出すことはないだろう。そう判断した一樹は広間を離れ、奥の小部屋へ移動した。

 

 そこは書斎として使われていた部屋のようだ。八畳の広さだが、大樹の幹が壁を突き破って内部へ侵入し、三分の一ほどのスペースが占拠されていた。さらには幹から生えた枝葉が天井を覆うように茂り、部屋の広さに反して妙な狭苦しさを感じる。もちろん、少し身体を休めるだけなので贅沢など言っていられない。一樹は部屋に入ると幻視で周囲の様子を探った。市子はまだ思うように動けず、プレハブ小屋のそばで一人もがいていた。着物姿の四足闇人も変わらず広間内で探し物をしている。他に敵の気配はないので、しばらくは大丈夫だろう。一樹は部屋の隅に腰を下ろすと、時折幻視で周囲の様子を探りつつ、傷が癒えるのを待った。

 

「――ねえ。あれ、見て」

 

 一樹の隣に座り同じく回復を待っていた郁子が、不意に樹の幹を指さした。そこに、なにか刺さっている。薄茶色の細長い棒状の物だ。一樹は立ち上がると、そばに行って()()に触れてみた。金属のようでもあり、石のようでもある不思議な感触だった。だが、どこかで触れたことがあるような気もする。引っ張ってみたが、かなり深くまで刺さっているようで、一樹の力ではびくともしなかった。

 

「それ、持って行った方がいいと思う」

 

 一樹のそばに立った郁子が、真剣な表情で言う。「あたしも、それと同じようなものを持ってるの。たぶん、魚の骨だと思う。でも、ただの魚の骨じゃないかもしれない。うまく言えないんだけど、中にものすごい力を秘めてる気がするの。実際、それを見た闇人は、なんだかすごく怯えてた」

 

 話を聞いた一樹は、あらためてそれに触れてみた。残念ながら、特になにも感じない。秘めた力があるようには思えないが、それは少し前に手に入れた滅爻樹も同じだ。あれも、何も知らなければただの木の枝でしかない。郁子には特殊な力がある。一樹には感じられないことを感じることができても、不思議ではない。

 

「判った。君を信じるよ」

 

 一樹は鉈を使って樹の幹を削り、どうにかその骨のようなものを引っこ抜いた。長さは鉈よりも少し短い。最も太い部分は片手で握って指がぎりぎり届くというくらいだが、先細りしており、先端部は鋭く尖っていた。これは、骨というよりは(つの)か……そう思った。角を持つ海洋生物で真っ先に思い浮かぶのはイッカククジラだ。テレビや図鑑などでしか見たことはないが、あの角にそっくりだった。武器として使えなくもなさそうだが、あまり重量はなく、強度も期待できないだろう。一見するだけでは頼りになりそうもないが、一体何が秘められているのだろうか。郁子を信じるしかない。

 

「まずい。あの娘が動き出した」

 

 一樹に代わって幻視で様子を伺っていた郁子が言った。一樹も幻視で確認すると、身体を縛る力から解放された市子が、鉄塔の先端部へと向かっていた。

 

「あいつに先を越されたらすべて終わる。俺たちも行こう」

 

 一樹たちは、広間の四足闇人に気付かれぬよう静かに外へ出て、市子の後を追った。

 

 市子はプレハブ小屋の敷地を抜け、その先にある鉄製の階段をあがっていた。まだ身体の動きが本調子ではないのか、重い身体を引きずるように、一段一段を踏みしめてゆっくりと進んでいる。それでも、上層に隠れていた闇人から拳銃で撃たれると、すぐに機関銃を撃ち返して排除した。撃たれた傷も瞬時に塞がり、また階段をあがる。あれでは、戦ってもまた返り討ちにされるだろう。市子に先を越されるわけにはいかないが、どうすれば止められるのか判らない。一樹たちは気付かれないよう距離を取り、後を追うしかなかった。

 

 階段の先にはコンクリート製のビルがあった。全体がかなり(いびつ)な形をしている。一階二階に相当する部分より三階部分がひと回り広くなっており、四階はまた狭くなったかと思うと五階六階部分は左右に大きくはみ出し、七階部分は突然大きな日本家屋になっている。外壁には、いたるところにショベルカーやクレーンのアーム・掘削機のドリルなど重機の一部や、鉄塔の通路、むき出しの鉄骨、テレビのアンテナなど、様々な物が固着していた。どうやら複数の建造物が融合してしまったようだ。

 

 市子は正面の扉からビルの中へ入った。後を追う一樹たちも続こうとしたが、内側から鍵をかけられたのか、扉は開かなかった。他に出入口は無く、手が届く範囲に窓もない。複雑な構造だから回り込めば別の出入口があるかもしれないが、時間がかかれば市子が先端部へ到達してしまう。どうするべきか。

 

「これ、使えるかもしれない」

 

 周囲を調べていた郁子が何か見つけたようだ。扉から少し離れた外壁に三十センチ四方のボックスがあり、中には上昇・下降などと書かれたいくつものボタンがあった。何かの操作ボックスのようだ。

 

「たぶん、あれだと思う」

 

 郁子は頭上を指さした。十五メートルほどの上の外壁にクレーンのアームが固着しており、郁子が下降のボタンを押すと、アーム先のフックが下りてきた。太い鉤爪が左右に広がっているもので、あまり幅はないものの足を引っ掛けるには充分な大きさだ。これを使えば、鉄塔の通路が固着している四階部分へ行けそうだった。危険ではあるが、他の道を探している時間は無い。

 

「しっかり掴まれ。絶対に、手を離すなよ」

 

 一樹と郁子はフックに足をかけチェーンにつかまると、上昇ボタンを押した。クレーンの巻き上げが始まり、ゆっくりと上昇する。途中、風にあおられひやりとしたものの、どうにか無事に四階部分へ到達できた。すぐそばに出入口があったので中に入る。内部は吹き抜け状になっており、内壁に沿うように鉄製の階段が続いていた。市子に先回りできていたら好都合だったが、クレーンから落ちないよう慎重に上昇したため、市子は一樹たちよりも先を行っていた。二人は後を追う。市子の動きは相変わらず鈍いためすぐに追いつくことはできたものの、やはり手出しできないまま後についていくしかなかった。

 

 やがて階段は終わり、七階部分のビルと日本家屋が融合した場所へ出た。十メートル四方のビルの屋上が瓦葺(かわらぶき)の屋根と繋がっており、その向こう側に長い階段が見えた。それをのぼれば鉄塔の先端部だ。ここで止めなければ、市子に先端部へ到達されてしまう。これ以上躊躇しているわけにはいかない。

 

「アイツの動きを止めてくれ。その隙に、なんとかする」一樹は拳銃の弾を確認しながら言った。

 

「なんとかって、どうするの? 銃も効かないんじゃ、倒しようがないわ」

 

「下へ突き落すしかないだろう。危険だが、やるしかない。いくぞ」

 

 一樹の言葉に郁子は頷き、二人で屋上へ飛び出した。気配に気づいた市子が振り返り、忌々しげな表情で機関銃を向けた。その動きが硬直する。郁子が感応を使ったのだ。一樹は拳銃を構えて引き金を引く。装填してある九発全てを撃ち尽くし、その大半を命中させた。傷はやはり瞬時に塞がり始めたものの、市子は大きく怯み、屋上の手すり近くまで後退りした。一樹はそのまま体当たりをしようとしたが。

 

《――邪魔だ!!》

 

 市子が叫ぶと同時に郁子の身体が見えない力に弾き飛ばされた。感応が解けた。市子は再び機関銃を構えようとするが、その指が引き金にかかる前に一樹が組みついた。そのまま屋上際まで押そうとしたが、子供が力士に組みついたかのごとくびくともしない。市子は体を入れ替え、腕を軽く振った。そのわずかな動作で一樹は投げ飛ばされ、コンクリートの床に激しくたたきつけられた。そこへ、市子が刀を振るう。一樹は鉈を取り出してその一撃を受け止めたものの、市子の細腕からは想像もできないほど重い一撃に、大きく右側に薙ぎ払われた。市子はさらに刀を振り上げ、一樹の頭めがけて振り下ろそうとした。その動きが硬直する。郁子が再び感応を使ったのだ。

 

《ちょこまかとうるさい!!》

 

 市子が叫ぶと、郁子の身体はまた見えない力に弾かれ、感応は解除された。市子が機関銃を郁子に向けた。銃弾が放たれ、郁子の腕や足をとらえた。幸い距離があったため弾道がかなりぶれ、数発掠めた程度だ。一樹は立ち上がり鉈を振るった。郁子に注意が向いている隙を衝いたはずだが、市子は身をひるがえしてその一撃をかわすと、一樹の胸を右足で蹴りあげ、仰け反って怯んだところへさらに左の回し蹴りを打ち込んできた。なんとか腕でガードしたものの、強烈な一撃に一樹の身体は大きく弾き飛ばされた。市子が銃を撃つ。弾の何発かが一樹の太腿を貫いた。うめき声をあげた一樹に、市子はさらに銃弾を撃ち込もうとする。しかし、銃は弾切れとなり、空撃ちの音を奏でた。

 

《雑魚の分際で手を煩わせおって……》

 

 市子は機関銃から弾倉を取り外し、新たな弾倉を取り出した。一樹は足を引きずりながら郁子の元へ向かう。

 

「……ダメだ……一旦逃げよう……」

 

 銃弾を受けた身体を引きずるようにして、二人はビル内へと戻る。市子が弾倉を取り換える前に、なんとか内部へ身を隠すことができた。

 

 しかし、ビルの階下から。

 

「……返せ……お父様の……返せぇ……」

 

 忌々しい声が聞こえてきた。内壁を沿うらせん状の階段を、あの着物姿の四足闇人があがって来る。最悪の状況で、最悪の相手が現れた。負傷し、銃弾も撃ち尽くした状態で、市子と四足闇人の両方を相手に戦えるわけがない。やはり、あの屋敷の広間で四足闇人を倒しておくべきだったのか。だが、それをしていたとしても、市子を止められなければ意味が無い。

 

 四足闇人が階段を駆けあがって来る。屋上からは市子も迫る。もはや逃げ場はない。戦ってどうにかなる状態でもない。一樹は、覚悟を決めた。

 

 だが――。

 

「……返せぇ!!」

 

 階段をあがって来た四足闇人は、一樹たちには見向きもせずそばを走り抜け。

 

《……なに!?》

 

 屋上で弾倉を取り換えていた市子に跳びかかった。

 

 不意を衝かれた市子は後ろに倒れた。四足闇人が馬乗り状態になる。

 

「化物女! 返せ! お父様の刀を返せぇ!!」

 

 着物姿の四足闇人は、市子が持つ刀へ手を伸ばした。だが、四足闇人の手は鶏の足のような形状に変化しており、うまく刀を掴めない。

 

《邪魔だ!!》

 

 市子は、四足闇人が手を伸ばしている隙を衝いて身体を大きく振り、四足闇人と(たい)を入れ替えた。今度は市子が馬乗りの状態になる。刀を振り上げたものの、銃弾さえ弾く四足闇人の顔に効果は薄いと判断したのか、振り下ろすことはせず、馬乗り状態を解いて間合いを離した。四足闇人も身を起こすと、体勢を低くして身構える。

 

「返せぇ!!」

 

 再び跳びかかった。今度は市子が右手に持つ刀に向かって真っすぐに。市子が撃つ機関銃をものともせず、その巨大な口で市子の右腕に喰らいついた。腕ごと引きちぎるような勢いで振り回す。

 

《調子に乗るな!!》

 

 市子は機関銃の銃口を四足闇人の顔に突きつけると、容赦なく引き金を引いた。いかに正面からの銃撃を弾く四足闇人とはいえ、密着状態では危ういかもしれない。案の定、銃弾の何発かは顔にめり込んでいる。だが、それでも四足闇人は離さない。やがて銃弾が尽きた。四足闇人が低い唸り声をあげると同時に、ぐしゃり、と、肉と骨を同時に潰したような音がした。市子の腕を咬み砕いたのだ。市子の手から刀が離れ、勢いで瓦葺屋根のところまで滑っていった。四足闇人は市子の腕を離すと、刀を拾いに行こうとした。

 

《――くそがぁ!!》

 

 市子は銃弾の切れた機関銃を投げ捨て、四足闇人の後ろ足を掴んだ。そして、元は女性とはいえ今は成人男性の倍の重量はあろうかという四足闇人の身体を頭上に振り上げると、力任せにコンクリートの床に叩きつけた。床に亀裂が入り、破片が周囲に飛び散る。その中に、四足闇人が吐いた血反吐も混じる。

 

「……お父様の……刀……」

 

 それでも、四足闇人は震えながら身体を起こすと、刀の方へ向かおうとする。

 

 市子は大きく舌打ちをして周囲を見回した。屋敷の瓦屋根に取り付けられたテレビ用のアンテナが目に入った。市子はアンテナの支柱を左手で握ると、屋根から力任せに引きはがした。それを振り上げ、這うように進む四足闇人の背中に叩きつける。四足闇人の背中は硬い装甲に覆われておらず、生身と同じだ。そこへ、市子は何度もアンテナを叩きつける。導波器や反射器はすぐにバラバラになり、アンテナは支柱のみとなった。それでも市子はさらに叩きつける。咬み砕かれた右腕が元に戻った。両手で握り、さらなる力で叩きつける。叩きつけるたびに、肉が潰れ、骨がきしむ音が聞こえる。市子はさらに支柱を叩きつける。やがて、四足闇人は力尽きたのか、動かなくなった。それでも市子は攻撃の手を緩めない。何度も、何度も、支柱を叩きつけた。

 

《闇人風情(ふぜい)が……我の手を煩わせるな!!》

 

 吐き捨てるように言って、さらに叩きつけた。

 

 動かなくなった四足闇人が、市子の言葉に反応するように顔を上げた。

 

「……闇人……違う……」

 

 かすれた声で――しかし、はっきりと意志を持って、否定した。

 

《まだ喋れるか闇人!》

 

 市子はさらに支柱を叩きつける。肉が潰れる。骨がきしむ。

 

 それでも。

 

「……違う……違う……」

 

 四足闇人は、市子の打撃に逆らうように身を起こそうとする。

 

《しぶといわ! 身の程をわきまえろ雑兵が!!》

 

 さらに叩きつけても。

 

「……あたしは……闇人じゃ……ない……」

 

 市子の言葉を否定し、市子の打撃に逆らい、四足闇人は身を起こし、刀へと手を伸ばす。

 

《下種がほざくな!!》

 

 怒りと苛立ちをあらわにする市子は、さらに連撃を加える。それにも耐え、その目はしっかりと刀をとらえ、四足闇人は、一歩一歩、少しずつ進む。その行動がさらに市子の怒りを買い、さらに強い力で殴りつけられ、それでも四足闇人はあきらめない。「闇人」「雑兵」「下種」……そう呼ばれるたびに、「違う」と否定し、そのたびに、強い意思を持って前へ進む。

 

 そして。

 

「……あたしは闇人じゃない……雑兵でも下種でもない! あたしは夜見島総領主・太田常雄の娘、太田ともえだ!!」

 

 その、内にみなぎる思いを絞り出すように、叫んだ。

 

 空気が震えた気がした。気持ちが衝撃の波となり駆け抜けたように感じた。それほどの強い気迫だった。市子さえも、支柱を振り上げた手が止まったほどだ。

 

 四足闇人はさらに一歩踏み出す。全身全霊をかけた歩みで進み、その覚悟を叫ぶ。

 

「お父様が不在のいま、あたしが総領主代行。太田家の使命は、この島の秩序を守ること。今この島を守るのはあたし……あたしなんだああぁぁ!!」

 

 そして、最後の力を振り絞るかのように、刀に向かって(はし)った。

 

《ほざくなぁ!!》

 

 市子が吠えた。すぐに追い、刀に手を伸ばす四足闇人の背中に再び支柱を叩きつけた。四足闇人は、その手が刀に触れる寸前で再び地面に屈する。それでも身を起こそうとする四足闇人の横腹を、市子が蹴り上げた。四足闇人は仰向けに倒れ、ひっくり返った海亀のように手足をばたばたと振りたくった。そこへ、市子がまた支柱を振り上げた。今度は柱身ではなく、屋根から引きちぎって鋭く尖った先端を向けた。

 

《死ねぇ!!》

 

 その先端を、腹へ突き刺した。

 

 支柱は腹から背中を貫き、地面をも貫き、四足闇人を串刺し状態にした。ごぽっ、と、口から大量の血を吐いた。手足の動きがゆっくりになり、やがて、地面を擦るだけになる。

 

《そこで死ぬまで(あえ)いでろ》

 

 串刺しにされた四足闇人を蔑んだ目で見た市子は、唾を吐くように言い捨てた。

 

 四足闇人は手足を動かして地面を擦る。もはや力は僅かばかりしか残っていない。

 

 それでも――その目は死んでいなかった。

 

「……刀……お父様の……」

 

 刀に手を伸ばす。闘志みなぎる目は、しっかりと刀をとらえている。

 

 市子は忌々しげに舌打ちをした後、四足闇人が求め続ける刀に目をやり、そして、新しい遊びを思いついた子供のような笑みを浮かべた。

 

《それほど刀が欲しいのなら、存分に味あわせてやるわ》

 

 刀を拾い、刃先を向けた。

 

 四足闇人はぎりぎりと歯を噛んだ。拘束から逃れるべく、身体を左右に振る。しかし、支柱は深く刺さっておりびくともしない。顔が苦痛にゆがむ。闇人と言えど痛みは感じるはずだ。銃撃や斬撃・打撃を受け、悲鳴や唸り声を上げる闇人を、一樹は何度も見ている。腹を串刺しにされた状態で身体を動かすなど並の意思でできるものではない。その強い意思をもってしても、張りつけられた状態から動くことはできない。このままではやられる。

 

「……誰か……誰か! 誰かいないの!!」

 

 四足闇人は血を吐きながら叫んだ。

 

「誰か! 誰か来て! 化物女はここよ!!」

 

 叫び続ける。腹を貫かれては、思うように喋れないはずだ。血がのどに詰まっては、思うように声は出ないはずだ。

 

 それでも。

 

「この島を穢れから守れ! みんな戦え!! あたしたちの島はあたしたちが守る! ()()()()守るんだ!!」

 

 四足闇人は、鉄塔中に響くほどの声で、叫び続ける。

 

《戯言は終わりだ!!》

 

 市子は刀を突き下ろした。

 

 屋上に、()()()()()()()()

 

《――――!?》

 

 信じられない、という目で、市子は自分の胸を見た。胸に小さな穴が空き、こぽり、と、血が噴き出した。その目を、ビルの階段付近へ向ける。そこに、警官姿の闇人が、拳銃を向けて立っていた。

 

「……おやっさん、あんた、立派に娘を育てたなぁ」

 

 場違いなほど感慨深げな顔で、しみじみとした口調で、警官闇人は言う。

 

「立派だ……立派だよ……」

 

 そう言いながら、さらに銃を撃ち、市子の方へ向かっていった。全ての銃弾が市子の身体に命中したものの、市子はわずかに怯むだけだ。傷も、すぐに塞がる。やがて拳銃は弾切れとなった。

 

「……やんなっちゃうなぁ」

 

 市子が刀を振り上げ、警官闇人に向かって走った。警官闇人が弾を再装填するよりも早く、袈裟斬で斬り捨てた。市子は倒れた警官闇人を見下ろして満足げに微笑むと、その手から拳銃を奪い取った。銃弾を装填し、串刺し状態の四足闇人に向けた。だが、その指が引き金にかかるよりも早く、別の銃声がした。市子の側頭部が貫かれる。いつの間に現れたのか、屋上の縁に猟銃を持った闇人が銃口を向けていた。市子は拳銃で反撃する。銃弾を受けた猟銃闇人は地上へ落下していった。そのすぐ隣から、漁師姿の闇人が壁をよじ登って現れた。出刃包丁を振り上げ、市子へ向かっていく。市子は容赦なく拳銃で撃ち、闇人はなすすべもなく倒れた。

 

 だが、その後も。

 

 階段をのぼり、外壁をよじのぼり、屋根をよじのぼり、次々と、島民の闇人が現れる。鎌、魚鉤、縄切り、まさかり、アイロンなど、漁具や農具などの日用品を武器にしている。

 

「化物から島を守るんだ!」

 

(あね)さんの(めい)だ、絶対しくじらねぇぞ!」

 

「俺だってやるときはやるんだ!」

 

 口々に、その決意を表す。

 

 そして、一斉に、市子へ襲い掛かった。

 

《雑兵どもがぁ!!》

 

 市子は忌々しげに声を上げ、引き金を引いた。何体かを倒したものの、すぐに弾は尽きた。予備の弾倉を探るが、すべて使い果たしたようだ。漁師の闇人が鎌を振りかざしてきた。市子は刀でその鎌をはらうと、返す刀で首を斬り落とした。続いて、右側から縄切りを振り上げてきた闇人の胸に刀を突き刺す。背後から魚鉤を持って襲い掛かる闇人には、刀を抜くと同時に横薙ぎにして斬り捨てた。市子は島民の闇人を倒し続ける。闇人は次々に現れるが、そのほとんどが市子に触れることなく倒れていく。まれに傷つけても、その傷はすぐに治ってしまう。いかに闇人の数が多かろうと、ただの鈍器や刃物や銃では、市子を倒すことはできない。

 

 かちゃかちゃと、犬が走るような音が聞こえた。同時に、ビルがわずかに振動するほどの足音も聞こえる。階段をあがって、割烹着姿の四足闇人と、野良着姿の巨体闇人が現れた。

 

 割烹着姿の四足闇人は、串刺し状態の仲間を見て、「許せない……許せなぁい! 化物女!!」と、市子に向かっていった。野良着姿の巨体闇人も、「姐さん、俺、絶対やってやります! 絶対!」と、後に続く。人型の闇人と戦っていた市子は反応が遅れた。割烹着姿の四足闇人が市子の右腕に咬みついた。市子は刀を左手に持ち替えようとするが、その腕を、複数の人型闇人が掴んで抑えた。そこへ、巨体闇人が拳を振り上げて踏み込んでくる。その拳を市子に振るった。鉄球のごときその拳をまともに受け、市子の身体は群がる闇人ごと弾き飛ばされた。その衝撃で刀が市子の手を離れ、床を滑り、串刺し状態の四足闇人のそばまで転がった。着物姿の四足闇人は手を伸ばすが、指の関節ひとつ分ほどで届かない。

 

「……ぁああ!!」

 

 着物姿の四足闇人は、気合と共に大きく身体を振った。突き刺さっていたアンテナの支柱がぼきりと折れた。四足闇人は腹を貫いていた支柱を抜き取って投げ捨てると、ついに刀を手にした。

 

 だが、四足闇人の両手は鶏の足のように変化している。物を掴むのには、明らかに適していない。その上、全身が四足で駆け回るのに適した姿になっているのだ。人間のように刀を構えることなどできるはずもない。ぎこちない手つきで持ち、ガタガタと震える足で立つことしかできなかった。あれでは、市子を倒すことなど不可能だろう。

 

 奪い取ったまさかりで闇人どもを全員始末した市子は、なんとか刀を構えようとする四足闇人の姿を見て、蔑むような笑みを浮かべた。

 

 だが、その笑みが凍りつく。

 

 四足闇人が持つ刀から、血のごとく真っ赤な霧が立ちのぼり始めたのだ。

 

 霧は、揺らめきながら次々と立ちのぼり続ける。まるで刀身が炎に包まれているかのようだ。刀が燃えている。明らかに、市子が手にしていた時とは違う。

 

 一樹のそばで、郁子が両肩を抱いて震えていた。「……なに……あれ……ものすごい……力……」

 

 一樹もごくりと喉を鳴らす。特殊な能力を持たない一樹にも、その刀から発する凄まじい力を感じる。市子でさえ、その刀を凝視し、怯えたような顔で立ちすくんでいた。

 

「――ぁぁあああああああ!!」

 

 四足闇人が走った。その力強い咆哮に反し、よたよたとした足取りとおぼつかない構えだ。振り下ろす刀も、お世辞にも鋭いとは言えない。市子は舌打ちと共に後方へ跳んだ。まさに羽虫が止まりそうなその一振りは、俊敏な市子に簡単にかわされた。勢い余った四足闇人は不恰好に倒れ込む。その姿に、市子の顔に嘲笑が戻る。

 

《見るに()えぬわ。我の前から失せろ!》

 

 市子が、まさかりを振り上げた。

 

 その、嘲るような顔が歪み。

 

 市子の顔から、血飛沫(しぶき)(ほとばし)った。

 

 四足闇人の一閃はかわしたはずだ。刃先の一片も、皮膚を掠めてすらいない。

 

 なのに。

 

 額が、鼻が、そして口が、裂けていく。

 

 これまで、銃撃や刃物など、いかなる攻撃にもわずかに怯むだけだった市子が苦痛に(うめ)いた。まさかりを手放し、両手で顔を抑え、もがき苦しむ。瞬時に治っていた傷が、今回は治る気配がない。

 

《ふざけおってえぇ!!》

 

 血まみれの狂相で四足闇人を睨みつけた。拳を握り、飛びかかろうとした。

 

 その足元が、がくんと沈んだ。

 

 同時に、市子の身体も大きく沈む。

 

 四足闇人と、市子の間の床が、裂けたていた。

 

 裂け目が横へ広がった。災厄により地割れが起こったかのような亀裂だ。市子の身体が沈む――いや、()()()()()。市子が立つビルの一角が、本体から剥がれ落ちるかのように遠ざかる。コンクリートの壁が割れ、床が崩れ、鉄骨が折れた。ビルの端が崩壊し、転がるように落ちていく。遠ざかる市子が瓦礫に飲み込まれ、鉄塔の下へ落ちていく。

 

《――――ぁっ!!》

 

 その叫び声は、崩壊の音に掻き消され、誰の耳にも届かなかった。

 

 一樹たちは、その光景を息もせずに見つめていた。四足闇人が振るった刀の一閃は、何ものにも傷つかなかった市子の身体を斬り裂き、そして、焚き木の端を削るかのごとく巨大なビルの一角をも削ぎ落したのだ。

 

「…………」

 

 地上へ落ちた市子の姿をしばらく無言で見つめていた四足闇人が、その視線を一樹たちに向けた。また二本足で立ち、ぎこちない手で刀を構えた。

 

「……くそ。所詮闇人は闇人か」

 

 一樹も鉈を構えた。市子と戦っていた時の言動から人間の頃の意識を取り戻したのかと思ったが、考えてみたら、闇人が市子と戦うのはおかしなことではない。市子は屍人側が放った鳩。闇人と屍人は敵対しているのだから、戦うのが当然なのだ。市子を倒してくれたとはいえ、前に立ち塞がるのならば、一樹としても戦わざるを得ない。あの刀は脅威だが、こちらには郁子がいる。穢れを祓う神木の枝もある。感応を使えば動きを封じられるし、枝を刺せばヤツは樹と化す。倒すことは容易だ。

 

「……だめ……()()()が……来る!」

 

 郁子が両肩を抱き、悲鳴を上げるように叫んだ。一樹もその気配を感じた。四足闇人もその気配に気づき、困惑の表情を浮かべている。市子をも上回るほどの禍々しい瘴気が、足元から凄まじい早さで上昇してくる。地の底の冥府で遭遇したあの気配。間違いない。闇人共を束ねるあの異形の生物だ。

 

「走れ! 先端部へ急ぐんだ!」

 

 一樹は郁子と二人で駆け出した。四足闇人はビルの下を見つめたまま動かない。一樹と郁子は家屋の屋根の先にある階段を駆け上がった。先端部まではあと少し。すぐ頭上――雲の向こう側に、現実世界の夜見島が見えている。もう、手が届くほどの距離だ。

 

 だが、そこへたどり着く前に。

 

 上昇してきた異形の生物が、一樹たちの前で停止した。宙に留まり、巨躯をくねらせ、美しい岸田百合の顔に不敵な笑みを浮かべた。そして、両手で鉄塔の柱を持ち、揺らし始める。鉄骨が激しくきしみ、金属と金属がこすれ合う耳障りな音が響く。一樹たちは手すりにつかまって揺れに耐える。異形の生物は一樹たちを振り落とすべく、鉄塔を揺らし続ける。

 

 そのとき、一樹たちは、はるか下から大きな爆発音を聞いた。

 

 同時に、異形の生物が揺らすよりもはるかに大きな振動が、鉄塔全体を包んだ。

 

 下を見ると、中層まで届くほどの巨大な炎の柱が立ちのぼっていた。下層で大きな爆発があったようだ。炎は鉄塔を飲み込み、爆風が、鉄骨を、ビル群を、家屋を、巨樹を――あらゆるものを、周囲へ吹き飛ばした。鉄塔が崩壊している。崩壊が、徐々に上層へ迫っている。

 

 郁子が悲鳴を上げた。足元の階段が崩れ、宙に身を投げ出す格好になった。とっさに手すりを掴み、なんとか落下を免れたが、郁子の握力ではいつまでもつか判らない。この階段も、いつ崩れ落ちるか判らない。二百メートルもある鉄塔の先端近くだ。落下すれば、命があるはずもない。

 

「――掴まれ!!」

 

 揺れに耐えながら、一樹は郁子を救うべく、手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

 郁子は――。

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。