「……朝か」
小鳥のさえずりが聞こえて俺は目を覚ます。昨晩は博士と豪遊し、帰ってそのまま寝たんだったな……
軽くシャワーを浴びてぼさぼさの髪を直す。今日で入学してから一ヶ月。俺はいつも通り制服に着替え、学校へと向かった。Dクラスが朝から騒がしいのはいつものこと。だが、今日は違った。騒がしいという意味では同じだが、今日のは慌ただしい意味での騒がしさ。俺は人だかりの中心へ歩み寄り、現場の監督に声をかけた。
「平田、なにかあったのか?」
「あ、エロくん。それがね。ポイントが振り込まれてないみたいなんだ」
「……ポイントが?」
そういえば、大量にポイントを手に入れた余裕もあり特に確認もしていなかったな。俺は携帯を開いてポイントを確認する。
「俺も振り込まれてないな。だが、毎月1日に振り込まれるとは聞いていたが、時間の指定はされてなかったはずだ。先生が来ればはっきりするだろう」
「うん、そうだね。でも、不安な人が多いみたいなんだ。話を聞いていると、ほぼ全員がポイントをかなり消費してしまってるみたいでね」
無理もない。毎月10万の小遣いが貰えるんだ。むしろ景気よく使ってしまう方が自然だろう。俺は平田の側を離れて席につく。
しばらくすると5月最初の学校開始を告げる始業チャイムが鳴った。程なくして手にポスターの筒を持った茶柱先生がやって来る。その顔はいつもより険しく、誰から見てもいつもと違うのは明らかな程だった。
「これより朝のホームルームを始める。が、その前に何か質問はあるか? 気になることがあるなら今聞いておいた方がいいぞ?」
まるで質問が出るのを想定していたような言い方。想定通りその言葉に数人の生徒が挙手する。そして当てられるのを待たずして、一人の男が自発的に言葉を発した。
「あの、今朝確認したらポイントが振り込まれてないんですけど、毎日1日に振り込まれるんじゃなかったんてすか? 今朝ジュース買えなくて焦りましたよ」
「本堂、前に説明しただろ。その通りだ。ポイントは毎月1日に振り込まれる。今月も問題なく振り込まれた事が確認されている」
あいつジュースも買えないほどに金欠なのか……。さすがに使いすぎだろ。それよりも、問題なく振り込まれたとはどういう意味だ? 実際振り込まれていないから、こうやって質問が上がっているはずだ。てっきり後で振り込まれるものだと思っていたのだが……
「……え、でも振り込まれてなかったよな?」
本堂も先生の言葉を聞いて不安に感じたのか周りに同意を求める。声には出さずとも、数人の生徒がそのアクションに頷きを返す。そんな疑心暗鬼な空気にトドメを刺すように、茶柱先生は今までに聞いたことのない声を俺たちに発した。
「お前たちは本当に愚かな生徒だな」
それは怒りか、あるいは悦びか。今までの茶柱先生の口からは絶対に出てこないような突然の罵倒に、俺たちは石のように固まる。
だが、声を発したヤツもいた。おそらく何も考えられなかったのだろう。まるで初心者がボールを追うように、攻撃されたから反撃するように、そいつの本能は反射的に言葉を繰り出す。
「愚かってなんすか?」
池が立ち上がる。少しの怒気を含んだ勇気ある一言。この空気では、誰もが聞きたいが聞けない質問。空気を読めないことが初めて長所になる瞬間。今だけは、クラス全員が池の味方だ。
「座れ、池。二度は言わん。ポイントは振り込まれた。これは間違いない。このクラスだけ振り込まれなかったという幻想、可能性もない。わかったか?」
「いや、わかったかって言われても実際に振り込まれてないっすよ?」
何かの謎かけか? ポイントは間違いなく増えていない。しかし、先生は振り込まれたと主張する。これの意味するところは何か……
『……まさか』
少しの思案の後、俺の頭に最悪のシナリオが浮かび上がる。そしてそれを決定づけるように会話は進んでいく。それは、普段話すことのない高円寺が声を上げる程だった。
「ははは、なるほど。そういうことだねティーチャー。理解できたよ、この謎解きがね」
足を机に乗せ、偉そうな態度で高円寺が高々に笑う。その言葉に、多くの視線が高円寺へと集まる。
「簡単なことさ。私たちDクラスには1ポイントも支給されなかった、ということだよ」
「なんでだよ! ポイントは毎月10万ポイント振り込まれるって……」
「私はそう聞いた覚えはないね。そうだろう?」
高円寺の言葉が茶柱先生に向けられる。その不変な態度に憤りを覚えながらも、茶柱先生は職務を全うする。
「高円寺の言う通りだ。全く、これだけヒントを出して自分で気づいたのが数人とはな。嘆かわしいことだ」
『ポイントが振り込まれない』いきなり突き付けられた残酷な現実に、Dクラスは荒れた。教室のほぼ全域から、納得できないと言わんばかりの声が溢れだす。だがそんな声も、先生の言葉で一蹴される。
「遅刻欠席、合わせて112回。授業中の私語や携帯を触った回数408回。僅か一月で随分とやらかしたもんだ。この学校ではクラスの成績がポイントに反映される。その結果お前たちは振り込まれるはずだった10万ポイント全てを吐き出した。この学校は実力で生徒を測る。そしてお前たちは0という評価を受けた。それだけに過ぎない」
なるほどな……
少しずつ、少しずつだがこのエロゲーについてわかってきた。エロシーンが少なめだとは感じていたが、ストーリーにかなりの力を入れているようだな。ポイントを入手するにしても楽はさせないと言う訳か。毎月のポイントはボーナス的な感覚で貰えると高を括っていたが、これ程厳しいとは……
「茶柱先生。僕らはそんな話、説明を受けた覚えはありません……」
「なんだ、平田。お前らは説明されなければ理解できないのか? 高校1年のお前らが、何の制約もなく毎月10万も使わせて貰えると本気で思っていたのか? あり得ないだろ、常識で考えて。なぜ疑問を疑問のまま放置しておく?」
その正論に平田は悔しそうな姿を見せるが、すぐに茶柱先生の目を見た。
「では、せめてポイント増減の詳細を教えてください。今後の参考にします」
「それは出来ない相談だな。人事考課、つまり詳細な査定の内容はこの学校の決まりで教えられないことになっている。だが、私も憎くてお前たちに冷たく接している訳じゃない。あまりに悲惨な状況だ、一つだけ良いことを教えてやろう」
藁にもすがる思い。この危機的状況での慈悲ある言葉に、俺たちの目は期待の色に染まる。
「遅刻や私語を改め、仮に今月をマイナス0に抑えたとしてもポイントは減らないが増えることはない。つまり来月も振り込まれるポイントは0ということだ。裏を返せばどれだけ遅刻や欠席をしても関係ないという話だ。どうだ、覚えておいて損はないだろ?」
だが、期待は裏切られた。
今欲しかったのはそんな言葉ではない。何か救済措置はないのか、ポイントが貰える方法はないのか。そんな事を期待していた俺たちにとってその言葉はむしろ逆効果だった。今月からいくら頑張ったところでポイントが増えることはない。それは、全員の学習意欲を削ぐのに十分過ぎる言葉だった……
「無駄話が過ぎたようだ。大体理解できただろ? そろそろ本題に移ろう」
手にしていた筒から白い厚手の紙を取り出し、黒板へと張り付ける。俺たちは頭の整理も追い付かぬまま、ただ茫然とその紙を眺める。
Aクラス 940
Bクラス 650
Cクラス 490
Dクラス 0
「これは各クラスの成績表だ。このクラスポイントに100をかけた数字が毎月振り込まれるプライベートポイントとなる」
つまり、Aクラスは今月94000ポイントが振り込まれたことになる。だが、これはそういう事なのか? Aクラスが最もポイントが高く、Dクラスが最も低い……。俺が思案していると池が叫びだす。
「こんなのあんまりっすよ! これじゃ生活できませんって!」
全体を見渡すと、本堂や山内。それに男子や女子の多くが、もはや糸の切れた人形のような状態。
「よく見ろ、バカ共。Dクラス以外は全クラスがポイントを振り込まれている。それも、一ヶ月生活するには十分過ぎるほどのポイントがな」
「な、なんで他のクラスはポイントが残ってるんすか。おかしいっすよ……」
「言っておくが不正は一切していない。この一ヶ月、全てのクラスが同じルールで採点されている。にもかかわらず、これだけの差がついた。それが現実だ」
受け入れ難くも受け入れるしかない現実。多くの人間が今月のポイントを心配する中、平田は先を見据えた質問を繰り出す。
「何故、ここまでクラスポイントに差があるんですか?」
その質問を待っていたかのように、茶柱先生が不気味な笑みを見せる。
「この学校では、優秀な生徒たちの順にクラスが分けられるようになっている。最も優秀な生徒はAクラスへ。ダメな生徒はDクラスへ、と。つまりこのDクラスは落ちこぼれが集まる最後の砦というわけだ。つまりお前たちは最悪の不良品ということだ。実に不良品らしい結果だな」
やはりそういう事か。だがこれで概ね理解できた。ようやく今まで回収した点が線で繋がり始める。初めからおかしいとは思っていた。何せこのクラスには重要なキャラが多すぎる。
平田。高円寺。櫛田。堀北。沖谷。佐倉。パッと見でも6人。そしておそらく他にもいるのだろう。だがそんなDクラスを茶柱先生は不良品と言う。これ程の矛盾はない。つまりこのエロゲーにおける1年の主役はDクラス。いずれ必ず下克上が起きる。だがそうなると一つだけ府に落ちない点がある……
「しかし一ヶ月で全てのポイントを吐き出したのは過去のDクラスでもお前たちが初めてだ。逆に感心した。立派立派」
茶柱先生のわざとらしい拍手が教室に響く。俺は質問のタイミングを測る。一つだけ聞いておきたいことがある。
「ああ。このポイントは卒業までずっと継続する。だが、安心しろ。寮の部屋はタダで使用できるし、食事にも無料のモノがある。死にはしない」
「……これから俺たちは他のクラスの連中にバカにされるってことか」
ガン、と机を蹴ったのは須藤。クラス順に優劣が決まると言われた以上、俺たちDクラスがバカの集まりだと公言されているようなものだ。須藤の気持ちも頷ける。
「何だ、お前にも気にする体面があったんだな。だったら頑張って上のクラスに上がれるようにするんだな」
「あ?」
「クラスのポイントは何も毎月振り込まれる金と連動しているだけじゃない。このポイントがそのままクラスのランクに反映されると言うことだ」
つまり、仮に俺たちが950ポイント保有していればAクラスに昇格していたと言うことか。まさにゲームのようなシステムだな。
「さて、もう一つお前らに伝えなくてはならない残念な知らせがある」
黒板に新たな紙が張り出される。そこにはクラス全員の名前と数字が記載されていた。
「先日やった小テストの結果だ。揃いも揃って粒ぞろい。先生は嬉しいぞ。中学でお前らは一体何を勉強してきたんだ?」
平均点は65点前後。目立つのは最低点の14点で須藤。次いで池の24点。一部の上位を除き、殆どの生徒が60点前後の点数だ。
「良かったな。これが本番だったら入学早々7人の生徒が退学になっているところだ」
「た、退学? どういうことですか?」
「なんだ、説明していなかったか? この学校では中間テスト、期末テストで一科目でも赤点を取ったら退学になることが決まっている。今回のテストで言えば32点未満の生徒は全員対象と言うことになる。本当に愚かだな、お前たちは」
『はあああああああ!?』
赤点の7人から驚愕の声が上がる。しかしテストの赤点で退学か。思ったよりもハードモードだな。いや、4月がプロローグで5月から本格的にエロゲーの本編が開始されたと考えるべきだろう。今までの緩んだ考えは一度捨て、改めて身の振り方を考え直す必要がある。
「ふっざけんなよ! 佐枝ちゃんせんせー! 退学とか冗談じゃねえよ!」
「私に言われても困る。学校のルールだ、腹をくくれ。それからもう一つ付け加えておこう。この学校が高い進学率と就職率を誇っているのは周知の事実だが、その望みを叶えて貰いたければAクラスに上がることだ。それ以外の生徒にはこの学校は何一つ保証することはない」
もはや意気消沈。いくら文句を言ったところで全て手遅れ。昨日までの幸せな日々は見る影もなく消え去った。
「浮かれていた気分は払しょくされたようだな。お前らの置かれた状況の過酷さを理解できたのなら、この長ったるいホームルームにも意味があったのかもな。中間テストまで残り3週間。まぁじっくり熟考し、退学を回避してくれ。お前らが退学を回避する方法はあると確信している。出来ることなら実力者に相応しい振る舞いを持って挑んでくれ。最後に何か質問はあるか? 先程も言ったが疑問を疑問のまま放置しないことだ」
誰もが諦めの雰囲気の中、俺は手を上げた。この長ったるいホームルームを黙って聞いていて、一つだけハッキリさせて起きたい事がある。
「いいぞ、エロ。言ってみろ」
「以前、俺はポイントで購入できる最も高い買い物は何か先生に聞いたことがあります」
「ああ、もちろん覚えている。2000万ポイントで、人生を大きく左右する権利を買うことができると答えたな」
「はい。では、人生を左右する権利とは何ですか?」
全員の視線が集まる中、彼女は答えた。何処か楽しそうでそして挑発的な。まるで出来るのならばやってみろと言わんばかりなその声は、俺らの時計の針を一瞬止めた。
「好きなクラスに、上がる権利だ」
きっとこの時、俺のエロゲーは本当の意味でスタートしたのだろう。モテ期の到来を告げる秒針が、ついに動き始めたのだ。
エロ「なあ、平田。タイトル見たか?」
平田「うん、見たよ。モテ期が到来するみたいだね」
エロ「これ、本当か? 嘘ならグレるぞ、そろそろ本気でグレるからな?」
平田「だ、大丈夫じゃないかな……。タイトルもそうだけど、最後の文章にも書いてるしね」
エロ「あのとってつけたような秒針のくだりか? そもそも付き合うとしたら誰になるんだ……?」
沖谷「呼んだ?」
エロ「呼んでない」
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
まだ続き読んでもいいかなって少しでも思って頂けたら、お気に入りに追加してくれたら嬉しいです。
これからもよろしくお願いいたします!