それでは……
本編どうぞ!
紅霧異変が人里から消え去り、誰もが安心して生活に戻ること数週間後……一人の男と女が道端で見つめ合っていた。
「………………………………………………」
「ハンカチ落としたろ?これ?」
「………………………………………………」
「おーい聞こえているか?」
「………………………………………………」
「……何か反応してくれよ……」
それはメイド服を着た女性を前に困っている様子の慧吾であった。
俺は用事を済ませてブラブラと帰っていた時に前を歩いていたスラっとした女性がハンカチを落としたのを見た。気づいておらず急いでいるのかそのまま去って行ってしまいそうだったのを俺は呼び止めた。しかし何度も声をかけても反応してくれないのは何故だ?それにメイド服を着ているなんて珍しい……おそらく人里外から来た人物なのだろう。そう言えば最近知り合った文が言っていたっけな……紅魔館と言う建物が湖の近くにできたと……なんでも先に起きた異変を起こした黒幕とかだったか。なんとかスカーなんとかって名前だった……ほとんど憶えてなかったが、外国の妖怪が暮らしているらしい。紅魔館にはメイドが住んでいると聞いた記憶があるからもしかしたらそこの人かもしれない……反応してくれるかわからないがダメもとで聞いてみるか。
「ああっと……紅魔館の方ですか?」
「――ッ!は、はい!!そうですけど……なにか?」
メイド服の女性はハッとして反応した。どうやら意識がどこかに行っていたらしい……
「やっぱり紅魔館の方でしたか。これあんたのだろ?さっき落としたんだ。はい」
あべこべ世界で彼女のような美人……この世界基準では不細工な彼女に声をかけた。そしたら俺を見て固まったとなれば今までの経験上見惚れていたというところだろうな。自分でなんだが恥ずかしい……俺自身がさり気なくカッコイイって言っているのと同じじゃんかよ……だけどこの世の女性は油断ならない。男を得る為に手段を択ばない輩もいるぐらいだからな。大人しそうに見えて油断した途端に
慧吾がハンカチをメイド服の手のひらに押し付けるとそのまま踵を返して家族が待つ我が家へと帰って行った。
「昨日ハンカチを拾ってもらった紅魔館でメイドをさせていただいております十六夜咲夜です」
……初めは鶴の恩返しかと思った……
御袋と朝食をしている最中に戸を叩く音が聞こえてきた。乱暴に叩くわけでもなく控えめでもなく直接心に響くような優しい音であった。印象的なノック音に聞き覚えのない慧吾と慧音は誰だ?と思いながら戸を開けるとそこにいたのは昨日ハンカチを落としたメイドだった。
「あんたあの時の……なんで俺の家を知っている?」
「お礼を言っておりませんでしたので探し回りました。そしてようやく見つけることができました」
ようやくと言っているが昨日の今日なんだよな?早すぎるだろ……もしかして付けられたとか?
慧吾の脳内に不穏な思考が生まれる。今までの経験上で
「申し訳ありません……あなたの事情も考えずに押しかける真似をして……もうここへは来たり致しませんので……!」
頭を下げる十六夜咲夜と名乗るメイドを見た俺は罪悪感に駆られた。礼儀正しく頭を下げていて顔は見えないがどこか寂しそうにしているのを感じてしまったがためだ。本当にただお礼をしに来ただけなんだなぁと感じさせられた。隣で御袋もこっちを何も言わずに窺っている……御袋はどう思っているかわからないが、俺はこの人は信用できると思う。勘ではあったが、襲い掛かってくるような人ではない優しい人だと感じた。
「顔を上げてくれ、疑ったのは悪かった。名前は十六夜咲夜……だったよな?」
「……はい」
「お礼を言われる程のことは俺はしてない。だからそんなことで俺に感謝する必要など無くていいんだ」
「そんなことではないです。あのハンカチはお嬢様から頂いた物だったので思い入れがありました。それを失わずに済んだのですから感謝するなと言われると……」
「そう言われてもな……」
慧吾が困っていると隣でこの様子を見ていた慧音が提案する形で口を挟んだ。
「ならばお茶でもどうだろうか?」
「お茶……ですか?」
「ああ、紅魔館のメイドだと言っていたな?異変を起こした連中が人里に住む者に危害を加えるような人物かどうか判断するためにも一度お邪魔しようと思っていたんだ」
「御袋そんなこと思っていたのか?」
「少なからず以前の異変で人里に私生活に支障をきたしたんだ。里を守る者としてそれぐらいは警戒するさ」
「本当に申し訳ありませんでした……」
慧音の話に悪いと感じたのか咲夜はまた頭を下げた。
「私も異変自体は否定してないから別にいいんだ。だからこのチャンスで一度会ってみたいと思ってな」
「御袋がそう言うならありかもな。咲夜さん構いませんか?」
「咲夜さんだなんて……咲夜とお呼びください」
「お、おう……それじゃ……咲夜」
「はいっ!」
俺が咲夜をさん付けの時は不服そうな瞳を向けていたのに対し、呼び捨てになった途端に瞳が輝いた気がしたが……気のせいか?何やら嬉しそうな顔をしているような気がする……表情が変わらないからわからん。
「俺と御袋、それともう一人連れていきたい人がいるんだがそれでもいいか?それとメイドなら主人の許可は取っているのか?」
「はい、構いません。それに許可の件ですが、お嬢様からお礼の内容は私の一存に任せるとお伺いしておりましたのでそれで進めていきたいと思います。それでは私は準備がありますのでこれでお
お辞儀をして咲夜は去って行った。歩く後ろ姿はどこかスキップしているようにも見えるような見えないようであった。
「まさか紅魔館のメイドと知り合っているとは意外だったぞ慧吾」
「単なる落とし物を拾ってあげただけだ」
「それでも彼女は嬉しそうだったぞ?律儀にお礼するために家まで突き止めるなんてな」
「大したことしてねぇってのに……まあいいか。それで紅魔館に行くときは妹紅さんも呼んでおくぞ御袋」
「わかった。それにしても紅魔館か……いったいどんなところなんだ?」
「ここが紅魔館でございます」
「「「……」」」
約束の日に慧吾と慧音に妹紅の三人は咲夜に連れられて霧の湖の近くに佇む大きな館へと連れて来られた。そしてその館である紅魔館を見て全員が口を揃えて……
「「「……真っ赤だな……」」」
文字通りの真っ赤な外装が目立った紅魔館に釘付けになっていた。ここから慧吾達と紅魔館の関係が始まり、現在ではパーティーに招待される仲にまで発展していったのであった。
「あの後、紅魔館に招待された俺達の前に
「そうだったよな。『ようこそ、私が紅魔館の主レミリア・スカーうぎゃ!?』ってなった時は腹を抱えて笑っちまったな!」
妹紅さんが言っているのはレミリアと初めて会った時のことだ。二階の扉を開け放ち優雅に歩いて登場した姿に俺はカリスマを見た……ほんの一瞬だけだがな。階段に差し掛かった時にレミリアが足を滑らせて、そのまま顔面を打ち付けた後の「うー!咲夜痛いー!!」と登場した時とはかけ離れており、咲夜にあやされる姿を見てしまった。今ではこの話は笑い話になって大いに盛り上がるネタとなっている。
「こら慧吾、妹紅も本人の前で失礼だぞ。確かにあの時は私もかっこ悪いとは思ったが口に出してはいないぞ」
「御袋たった今、口に出したよな?」
「おっとしまった」
「あやや、これは面白いことを聞いてしまいました。早速明日の新聞記事一面にでも飾りましょうかね!」
「うー!あの時のことはなかったことにしてちょうだい!!!あなたもそんなことを記事にしないでくれないかしら!?血の雨を降らすわよ!!」
「おお、こわいこわい」
「くッ!ムカつく!!」
庭に設置されたテーブルを囲ってありふれたお話で盛り上がっていた。レミリアは本人は自分の恥ずかしいエピソードの話をされ、耳の先まで真っ赤にして記憶から抹消したいぐらいの黒歴史となっている。わざわざその話題を掘り返してしまった慧吾は悪い気がしたが、いつもは大人ぶっているレミリアの羞恥な姿を見れて可愛いと思ってしまっているのは、慧吾も立派な男性であることに変わりはないと言う証拠であり、自然な現象だ。微笑ましく見守っていると咲夜がサッと近づいてきた。
何をするわけでもなくただ隣で姿勢を正しているだけだが、チラチラと慧吾を盗み見る。その瞳が「レミリアお嬢様にだけ構うのはずるい」と訴えかけていた。普段は完璧で
「咲夜」
「……なんでしょうか慧吾様」
「あーん」
「――ッ!?」
ちょっとした悪戯に女子の憧れであるシチュエーション『男性にあーんしてもらう』をやってみた。不細工な女性陣からしてみれば絶対に手が届かない夢であるかのような行為である。それを悪戯心で咲夜に仕掛けてみた。すると慧吾とフォークに突き刺さったイチゴを見比べてそれの繰り返しである。頭が追い付いていない……衝撃的な光景に脳が理解できないでいるのだ。何度も何度も慧吾とイチゴを見比べる咲夜に更に悪戯してみる。
「いらないのか咲夜……仕方がないな。俺が食べてしまおう」
「――ッ!?」
パーティーでテンションが上がってしまった慧吾の更なる悪戯で差し出したイチゴが咲夜から離れていってしまう。これを逃せば『男性にあーんしてもらう』という奇跡の体験は二度とできないかもしれない……いや、できないだろう。こんな悪戯をしてくれるのは慧吾ただ一人のみ、咲夜の脳内がフル回転で理性を取り戻し離れていく慧吾の腕を掴んで引き寄せる。
「あ、あーん……♪」
完璧で
「「「させるかぁあああああああああああああ!!!」」」
しまう前にそれを阻止しようと動き出す影があった。
霊夢に小鈴そして魔理沙が鬼のような形相で迫っていた。『男性にあーんしてもらう』行為は夢のシチュエーションだ。慧吾の幼馴染のこの三人は何と経験済みなのだ。小鈴が提案して無理やり執り行われる形となったが全員幸せそうな顔をしていたのを憶えているとのことだ。これは幼馴染だけの特権だと考えていた三人にとって目の前の光景は許し難いものに映った。しかも相手は歳が近い咲夜なので、もしも二人がいい雰囲気でもなれば堪ったものではない。女の
しかし時は止まってくれない……みるみる咲夜の口元にイチゴが引き寄せられていく。何としても阻止したい三人と今のひと時を幸福だと思う咲夜のどちらが勝者となるか……
パクッ!
「「「「「……」」」」」
「う~ん♪慧吾君の愛情たっぷりストロベリーは甘くて美味しいわ~♪ゆかりん超うれぴー♪」
勝者は突如スキマから顔を出してイチゴを奪い取った八雲紫であった。
「……で?折角慧吾様からの頂き物を勝手に食べるだなんて……妖怪の賢者が聞いて呆れますね。最後に言い残すことはあるでしょうか?」
「ちょ、ちょっと待ちなさいあなた達!私は賢者よ!幻想郷を管理する賢者なのよ!その私に対してこんなことをしてただで済むと思っているの!?」
「問題ないわよ紫……それに死なせることなんてしないわ。ただ死んだ方がよかったって思わせるだけだから……だから覚悟しなさい」
「何が妖怪の賢者ですか、そんな醜い乳しやがって!乳房からスキマ汁一滴残らず絞り出してミイラにでもしてやろうかこのスキマババア!!」
「紫……お前は酷い奴なんだぜ。わ、わたしだって食べさせてもらいたかったのに……と、とにかく紫はそんなことしないと思っていた。なのに私の信頼を裏切った紫には罰を受けてもらうんだぜ!」
木に逆さに吊るされて体中ロープでグルグル巻きにされていた紫の真下には高温で煮えたぎる湯が入った鍋が置かれていた。紅魔館から引っ張り出してきたもので熱が蒸気を通して顔に伝わって来る。そして目の前には表情に影を落とす四人の姿あった。結局イチゴは紫が食べてしまって咲夜は折角の『男性にあーんしてもらう』シチュエーションは叶わなくなってしまった。それを邪魔した紫への対する怒りは言葉では言い表せれないものだろう。霊夢達も一切瞳が笑っておらず、数名の手元には刃物が握られているのをしっかりと瞳に映っている。
「ちょっとした悪戯じゃない!それにゆかりんはまだ慧吾君に『あーん』されてなかったんだからいいじゃないのよ!そうだわ……藍助けてー!!」
紫は自分の式である藍に助けを求めた。すると紫の頭上にスキマが開いて中から一枚の紙切れが落ちて来た。そこにはこう書かれていた。
『さっさとババア汁出しちゃって干乾びてください。その方がとってもお似合いですから♪』
「なんですってぇええええ!!?あの女狐がぁあああああああ!!!」
紫は自分の式に殺気を憶えた。だがその前に目の前にいる四人の瞳から殺気が消えることはなく……
「メイドとして丁重に
「紫……覚悟しなさい!」
「このスキマババア!!永遠に日の目を拝めなくしてやる!!!」
「今回ばかりは霊夢達に協力するんだぜ!」
「いやぁあああああああああああああああああああああああああ!!!」
「ちょっと悪戯が過ぎたか?」
「慧吾さんって意外とドSですよね?」
「文にもやってやろうか?」
「今は遠慮します」
残された俺達は霊夢達の
慧吾は背後から聞こえてくる悲鳴をBGM代わりにしながら食事を楽しんでいた。レミリアだけでなくフランを除くメンバーも引いていたのは言うまでもない……
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「……はぁ……」
一人で誰にも邪魔されずにため息を吐いたのはこの私……咲夜でございます。もし今の私の姿を見たらお嬢様は何て言うでしょうか……「だらしないわね咲夜」「どうしたの?元気ないわよ?」「完璧で
咲夜はベッドの上で仰向けに横たわっていた。メイド服姿のまま横たわれば服にシワが寄ってしまう……普段の彼女ならばそんなことはしなかったろう。しかし今の彼女には悩みがあった。それは言うまでもなく一人の異性のことである。
「……良いところ見せれたかしら……?」
見慣れた天井を見つめながらボソリと呟いた。ため息交じりで元気を感じさせぬものであった。
折角お嬢様が慧吾様をパーティーに招待してくださったのに……『あーん』までしてくださったのに……!もう少しで体験できた……それなのにあの賢者!!
パーティー会場での出来事を思い返すと段々と腹が立って来た。頭上の枕を抱きしめて力を込めた。抱きしめられた枕がシワを作り、足をばたつかせてイライラを少しでも発散させたかった。
結局パーティーでとある異性と共に居られた時間は数えられる程度しかなかった。邪魔ばかり入りメイドとしての仕事もしないといけないので一緒に居られなかった方が多い。お開きの時間となり、去って行く後ろ姿を寂しそうに見つめていた自分の姿を今でも思い出す。暗くなった空の下、パーティー会場を片づけてると睡魔に負けそうなレミリアとフランを寝床に連れていって、ようやくメイドとしての一日が終わる。そして横になりながら今日一日を振り返るとため息が出てしまう結果であった。
完璧で
その異性とは勿論のこと上白沢慧吾のことである。人里でハンカチを落としてからと言うもの咲夜は変わったのだ。咲夜自身も変わったのを理解しているし、今でもあの時のハンカチを大事に保管しているぐらいだ。そして一人で寂しくなった時は保管してあるハンカチを取り出して……
「ああ……慧吾様……もうダメ!」
ベッドの下に隠してあった金庫のダイヤルを回してロックを解除すると、中には金目の物など入っておらず一枚のハンカチがポツンを置かれていた。咲夜はそれを急いで取り出すと……
「クンカクンカクンカクンカクンカクンカクンカクンカ………………むふ~うん♪」
勢いよく鼻に押し当て息を何度も吸った。
咲夜は変わった……良くも悪くも……完璧で
彼と初めて会った時から人里を血眼になって探し回りようやく見つけた。しかしふっとそこで気がついた……今度は拒絶されたらどうしようと。しかしハンカチを拾ってくれてしかも嫌な顔一つせずにしかもしかも手に直接触れてくれた相手にお礼を言わないのはメイドとしてプライドが許さなかった。結果は最高の気分で帰宅して紅魔館の住人を驚かせた。後日、慧吾達を案内し、そこから紅魔館とのパイプが生まれ咲夜は彼に惹かれていった。しかしそんなある日に勇気を出して聞いてみたことがあった。慧吾自身は憶えているかわからないぐらいに流すように聞いたのを憶えている……
『慧吾様は綺麗な方が好みですよね?』
当たり前のことだ。不細工と付き合いたい男なんていない……自分でもわかっていても体が答えを求めていた。咲夜は不細工だと自覚している。そんな不細工が近寄っても逃げなかったのは何かしらの訳があるのではないかと思いたくもなかった現実を思い出した。慧吾と一緒にお話している最中はまるで夢の中にいる気分だった。しかし夢ならば覚めねばならぬ……これで帰って来た答えが拒絶の答えならば関わるのは止そうと覚悟した。きっとその時の咲夜の声は震えていたことだろう……
『そりゃ美人の方がいいに決まっている』
……崩れ去った。やっぱり恋なんて……するんじゃなかった。咲夜の表情は変わらず硬かったが、心の中は涙が溢れていたのを憶えている。もう二度と会わないと……会えないと決めつけた。
『付け加えておくと咲夜のような美人さんがいい』
その時は意味がわからなかったが、後に慧吾には咲夜が美人に見えていることを知る……そして咲夜はこの時から青春の花が満開に咲き誇ろうと努力し始めたのであった。
「慧吾様……」
愛おしい彼と自分を繋ぐきっかけを与えてくれたハンカチは咲夜の発情を抑え込む効力(匂い)を秘めている。彼の傍にもっと居たくて体が我慢できなくなると摂取しようと自分を抑えられなくなる。ハンカチは
彼に失望されたくない。
彼の期待を裏切りたくはない。
彼に微笑まれたい。
彼の傍に居たい。
彼と密着したい。
彼と……
そんな思いがあり、咲夜は完璧で
「ああ……慧吾様……❤」
咲夜はハンカチを顔に埋めて夢の中へと旅立った……
「ねぇお姉様、咲夜のあのハンカチってずっと前から洗ってないよね?汚いのに顔を埋めちゃったよ?」
「シッ!そのことは言っちゃダメよフラン。知らないフリをする方がいいこともあるのよ」
夜のトイレから帰って来たお子様吸血鬼姉妹が扉の隙間から覗いていたことなど咲夜は知らない……