それでは……
本編どうぞ!
ヤバイ……俺はそう思った。今にも鼓動が張り裂けそうだ。近づいて来るたびに鼓動が高まり血管が脈打つのを感じる……
一人の女の子が俺の目の前に居る。その子は段々と俺との距離を詰めていく。その度に俺の鼓動が高まっていく……その女の子から目が離せないでいる俺はこの子に
……んな訳ねぇんだよ。こんなの
「この気持ちがなんなのかわからない……だからこそとりあえず斬ればわかるはずです!だから……私に斬られてください!」
光を反射する程に磨き上げられた刀を俺に向け、今にも命を奪おうとしてくる女の子に恋をするわけねぇだろがぁあああ!!!
何故こんな状況に陥ったのか……と言うと俺にもわからない。一体この少女は何者なんだ!?
これは慧吾がまだ平凡な生活を送ることが出来ていた日の出来事だ……
生者は死後どこへ向かうのか?その一つの答えがここ冥界である。罪の無い死者が成仏するか転生するまでの間を幽霊として過ごす世界であり、ここ冥界にはとてつもなく大きな屋敷が存在していた。その屋敷では綺麗な花が舞い、とても美しい中庭が広がっている。しかしここは死後の世界である為、一体誰がいるのか疑うだろう。
「それでね、慧吾君の自宅に行ったら霊夢とバッタリ会っちゃって……その後は……思い出したくもないわ」
「紫様は自業自得なのです。私みたいに清潔で清らかな心を持っていないから日頃の行いが罰として帰って来るのですよ」
「はぁ?どこが清潔で清らかな心を持っているのかしら?慧吾君が留守の間に下着を盗み取ろうとしたことのどこが清潔なのよ?バカなの?死ぬの?」
「私は下着を盗み取ろうとしていません。ちゃんとその場で
「
「何を言っておられるのですか紫様。慧吾殿は私の夫なのですから、夫で性処理するのは当然なことです」
「慧吾君は私の夫よ!何を勝手に自分の夫にしているのよ!ドスケベクソ狐のあんたなんかには渡さないわよ!!」
「紫様……可哀想に、遂にボケてしまったようですね。妄想と現実がつかなくなってしまってしまうとは……自分が一生孤独で惨めに寂しく干乾びていくのに脳が耐えられなかったのですね……プッ♪滑稽ですね♪」
「んなぁにぃ!?もういっぺん言ってみなさい!!」
「ではもう一度言わせてもらいます……プッ♪紫様のお姿は滑稽です♪ワロスwww」
「クソ狐め!今日こそギッタンギッタンにしてやるわ!!」
「望むところです。私の夫を寝取ろうとする紫様には墓石の下に眠ってもらいます」
「あんたの方が妄想と現実がごっちゃになっているじゃないのよ!!」
紫と藍がその屋敷で口論していた。次第にエスカレートしていき、庭に飛び出し物理の攻防戦が始まった……弾幕勝負しろよと言っても今の二人には届かないだろう。そんな様子を呆れた様子で見守る人物がいた。
「……はぁ」
「幽々子様大丈夫ですかにゃ?」
「ありがとう橙ちゃん、それにしても紫と藍ちゃんは相変わらずね」
ピンク髪のミディアムヘアーに水色と白を基調としたフリフリの着物を着た女性は、三角の形をした布が帽子に付いておりお化けを連想させる。その女性はここ冥界にある『白玉楼』の管理人であり、西行寺幽々子と言う亡霊であった。顔もスベスベで紫や藍にも引けを取らない程に大きな果実が実っていることで醜さを引き立たせる。
そんな幽々子はため息をついて疲れた表情をしていた。最近よく紫が幽々子の元へと現れて愚痴をこぼしていく。昔からの友人関係である二人に遠慮と言うものはないが、あの日を境に紫の様子がいっぺんした。勿論あの日と言うのは紫が博麗神社で慧吾と出会った日である。あの日から紫はちょくちょく慧吾に会いに行く。二人っきりでお話した日の紫は機嫌がもの凄く良く気持ち悪いくらいだ……気持ち悪いのは元々なのだが。しかしそう上手くいかない日もある……霊夢や小鈴に魔理沙と幼馴染連中に遭遇し、霊夢と小鈴に至っては確実に邪魔してくるし逆らえば痛い目を味わうことになる。そんな日はいつも幽々子の元へとやって来るのだ。
愚痴に次ぐ愚痴しか出て来ない日々が続く。それを聞かされている幽々子は友人と言う立場なので快く聞いてあげる……が、藍との醜すぎる争いは止めて欲しいと願っていた。そして今日も愚痴を言いに来た紫とついてきた藍が白玉楼で醜い争いを始めてしまい頭が痛くなる。
そんな自分を唯一癒してくれる八雲家唯一の良心である橙には感謝してもしきれない。
「どうして紫も藍ちゃんも真面目にできないのかしらねぇ……橙ちゃんはこんなに真面目でいい子なのに」
「そ、そんな……橙はいい子じゃ……」
「いい子よ、とってもいい子なのよ。うちの妖夢と交換したいぐらいよ……まったく紫に藍ちゃんに妖夢……本当になんで私の周りには問題児ばかりなの……?」
「幽々子様お呼びで?」
「にゃ!?」
ぬっとテーブルの下から姿を現したのは白髪をボブカットにした髪の先に黒いリボンを付けた短めの動きやすいスカートを履き、胸元には黒い蝶ネクタイを結んでいる女の子。傍にはふよふよと白い塊……半霊が浮かんでいるが、これも彼女の一部であり名は魂魄妖夢と言う。彼女もまた不細工の宿命を受けし者だ。
いきなりこんなところから現れた妖夢に橙は驚いてしまう。
「どこから出てくるのよ……紫じゃあるまいし、普通に出て来なさい」
「そんな些細なことよりも幽々子様、先ほど紫が話していた『
「些細なことって……盗み聞きでもしていたのかしら?」
「話を逸らさないでください。その者は何者なのですか?」
「聞かれちゃったのなら仕方ないわね……紫の話だと変わった子みたいよ」
「ほう、それはどのようにでしょうか?」
幽々子は散々紫から聞かされたことを妖夢に話すことにした。人里に暮らしていて以前に幽々子と妖夢が異変を起こした時にやってきた霊夢と魔理沙に咲夜の友人で、不細工でも隔てなく接してくれる青年だ。そして紫は自分のことが彼には美人に見えるとやたら主張していたが、幽々子はそんなことはスルーしていた。昔からの付き合いなのでうるさいことに構っていたら疲れるだけであると言うことがわかっているからだ。しかし幽々子も興味がある話ではあった。不細工であるはずの紫や藍、そして自分も美人に見える……そんなことが本当にあるのだろうかと疑ったこともあった。一度会ってみようかと思ったこともあったが止めた。
自分は亡霊、既に死した者……彼は人間で生者である。話が本当ならば幽々子自身も彼のことを気に入り好意を寄せるだろう。だが既に自分はこの世から旅立った身であるが故に今更恋など求めるよりも傍に居る友人に幸せになってもらう方が彼女としては良かったのだ。だから彼女は身を引いたのだった。
「……っと言う青年君らしいのよ」
「なんと!?しかし信じられません……して幽々子様、何故今までそのことを私に話してくださらなかったのですか?話てくれたのであるならば私が直接会いに行って真意を確かめていましたのに!」
「今まで妖忌の跡を継ぐためにそれどころじゃなかったでしょ?」
「ぐぬぬ……!」
妖忌と言うのは妖夢の祖父のことである。白玉楼の庭師としての妖忌は珍しいことに男性で、老人であるが剣術に精通しており、幼い妖夢を厳しく育てた程だ。そんな彼が突如として姿をくらませて、彼の遺産である長刀『楼観剣』と、短刀『白楼剣』が妖夢の元へとやってきた。そこからが大変であった。剣術の腕前もまだ未熟であり、成熟まで修行を欠かすことができずに追われる日々が続いていた。そして最近ようやく幽々子の異変を起こすのに付き添って霊夢達の前に立ちはだかるほどまでに成長した。半人前の妖夢(今でもそうだが)にそんな話をしても彼女の成長を邪魔することになりかねないと幽々子は判断した。紫達にもこのことは話さないよう他言無用として黙っていた。
しかしそれだけが理由ではない……妖夢は祖父である妖忌に厳しく育てられた。だが教えも半ばに突然姿を消し、妖夢は未熟真っ盛りである。生真面目な性格と未熟さから何かに影響を受けやすく、そのせいで彼女には問題があった。
「変な気を起こさないでね。あなたの悪い癖が彼を傷つけてしまうことになるかもしれないのだから」
「……わかりました幽々子様、変な気は起こさないと約束します」
「そう、それならば今はいい事にしておくわ。そうだ妖夢、お腹すいたからお饅頭でも持って来てくれないかしら?」
「幽々子様、それならば昨日食べたばかりです。お饅頭の在庫は空ですよ」
「あらそうなの?それじゃ買ってきて……ね?」
「承知しました」
妖夢はその場からサッと退場し、白玉楼門前へと歩を進める。これが運命の出会いになるとも知らないで……
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「ありがとうございました」
両手の袋の中には饅頭が、背中の風呂敷にも饅頭が、半霊に乗っかっているのも饅頭が……饅頭だらけの少女は数々の店から饅頭を買い占めた。魂魄妖夢は主である西行寺幽々子の為に人里で買い物をしていた。
幽々子様は相変わらず食いしん坊ですね。これだけ食べても太らないのはお可哀想です……永遠に不細工で生きていかなければならないとか拷問ですよ。あっ、幽々子様は既にお亡くなりでしたねうっかりでした。
内心自分の主に毒を吐いている妖夢はこう見えても大真面目な性格である。物事を真正面から捉えて問題を解決していく少女は一つの考え事をしていた。
紫様が話していた『
鼻で笑ってしまいそうになる……いや、既に笑ってしまっている。話に聞く限り妖夢はその謎の青年『
まぁ、その特殊性癖野郎など私の知ったことではないですけどね。会うこともないですし、早く幽々子様の元へ戻らないとうるさいですからね……あのピンクの悪魔……だから醜いのですよ幽々子様。
表に出すことはないが、主に対して悪態をついているところは藍とよく似ていた。昔から付き合いがあった藍の影響を受けたのかもしれないし、元々妖夢がこんなだったのかもしれないが真相は闇の中である。
妖夢はせっせと饅頭を抱えて走り出す。そして曲がり角を曲がろうとした……
「今日の晩飯は鍋にでもするかな……って!?」
「――ッな!?」
運悪く曲がり角から人が現れてしまった。妖夢は気がついたが既に時遅し……
「きゃっ!?」
曲がり角から現れた人物にぶつかり尻もちをついてしまった。その拍子に饅頭が無残にもばら撒かれてしまい包み紙で守られて汚れることはなかった。ばら撒かれた饅頭が汚れることもなく、潰れることもなかったのは運がいいのか人にぶつかってしまい運が悪いのか、どちらにせよぶつかってしまった人物に謝らなければならなかった。
「悪い!大丈夫か!?」
ぶつかってしまった人物も謝らなければと思ったらしく妖夢に手を伸ばしている。
「いたたっ……すみません、私が不注意だったものですから……」
妖夢は意外とお尻が痛かった。饅頭を大量に抱えていたので尻もちをついた時に反動が来たのか痛みを感じたのだ。痛みを我慢しつつ、相手の顔も確認せず差し出された手を握り立ち上がる。
「俺もボケっとしていて……本当に悪かった。拾うの手伝うよ」
「いえ……そんなことしていただかなくても……」
「いいさ、俺の不注意でもあるんだ。それに女の子にぶつかっておいてその場を離れるなんてことはできないからさ」
「あなたも女……ではない……のです……か……」
ここでようやく妖夢は手を差し出された人物の顔を見た。初めは相手が女性だと思っていた。声はどう聴いても男性なのだが、いきなりぶつかって頭が正常に判断されていなかったらしく顔を見て気づいた。
「俺は女性ではないぞ?それよりもこの饅頭拾おうぜ」
「……あっ……はい……」
二人はばら撒かれた饅頭を拾い集めた。その時、妖夢はどこかボーっとしていたのだが青年は気づくこと無く饅頭を拾い集めて妖夢に手渡した。
「こんな量一人で……傍にいるのはなんだ?まぁいいや、大丈夫なのか?」
「あっ……はい……大丈夫……です……」
「本当に大丈夫か?なんか様子が変だが?」
「大丈夫……大丈夫ですから……それでは……」
「あっ」
青年の横を通り過ぎていく。青年は止めようと思ったが、妖夢はそのまま何も言わずに去って行ってしまった。
「……大丈夫か?まぁ、本人が大丈夫と言うから問題はないのだろうが……おっと!御袋が帰って来る前に買い物を済ませないとな!」
妖夢はまだ知らない……この青年が『
「妖夢おかえりなさい……妖夢?」
白玉楼に到着すれば紫達は既にいなかった。醜い争いを引き起こした紫と藍はダブルノックアウトで地に伏した。その醜い亡骸を橙がスキマに放り込んで頭を何度も下げて帰った後だった。そして待っていた幽々子はやっと帰って来た妖夢のお饅頭が待ちきれない様子だったが、ここで妖夢の様子がおかしいことに気づく。
「……」
「どうしたの妖夢?ねぇ……妖夢?」
「……幽々子様、すみませんが饅頭勝手に食べてください」
「えっ?まぁ……いいけど……」
「ちょっと忘れ物をしてきました。もう一度人里へ行ってきますので……」
「あらそう?気をつけていってらっしゃい」
「……では……」
饅頭を幽々子に押し付けるとその足取りで再び人里へと戻って行ってしまった。しかし妖夢はどこかボーっとした様子で足取りもフラフラしていたのが気になった。
「何かあったのかしら?そんなことよりもお饅頭ね♪今からあなたたちを美味しく食べてあげるから覚悟しなさいよ♪」
妖夢とは対照的にルンルン気分でお饅頭を抱える幽々子……この時に妖夢を無理にでも引き止めていれば後の災いに繋がることもなかっただろうに……
なんだろう……このフワフワする感覚は……?
なんだろう……鼓動が高まるこの心臓は……?
なんだろう……何故あの人の顔を忘れられないのだろうか……?
フラフラと人里へと戻って来た。時間はまだ昼過ぎで人々で賑わっている。妖夢はボーっとしながら人々へと視線を向けては別の人へと視線を変えていく。
違う……違う……こいつも違う……女ばかり……男……あの人はどこに……?
おぼつかない足取りで人々の顔を確認していき、目当ての人物を探していた。その人物と言うのは買い物した帰り道にぶつかってしまったあの青年だった。しかし妖夢は何故自分がぶつかった相手を探していたのかわからなかった。
ぶつかったことを謝りたい?違う……そんな感情じゃない……この感情……この空に浮かんでいる気分は……一体なんだと言うの……?
まるで地面にいるのに空を飛んでいるみたいな感覚に襲われている。そして青年の顔が頭から離れずに鼓動がドクンドクンと高まりつつあるのが感じられる。体が自然に青年を求めていた。
どこに……どこに……どこ……
「よし、買い物を済ませたし帰って掃除でもするか」
どこ……!?い、いた……!!!
妖夢の視線の先にいたのはあの時の青年だ。買い物を済ませたらしく手には買い物かごを持っていた。
見つけた!?でも……私は何故……あの人を探していた?どうして会いたいと思った?男なんて不細工な私を見て唾を吐いて嫌な顔をするだけなのに……
妖夢はそう思ったが、記憶にある青年は笑顔で妖夢に接してくれていた。その顔を思い出すと胸が苦しくなる。
この鼓動はなに……?こんなにも苦しい……あの人は何故私にあの笑顔を向けてくれる……?わからない……わからないよぉ……この感情は一体なに……おじいちゃん……教えてよぉ……!?
妖夢は次々と湧き上がる謎の感情に振り回されていた。自分の下から去った祖父がこの場にいたら何て言うだろうか?祖父の意思を継いだつもりだったが、何もわからない自分の感情に不甲斐なさを感じてしまう……そんな時だった!
『「妖夢よ」』
「おじいちゃん!?」
妖夢の目の前に去ったはずの祖父の姿が映し出された。しかし本人がこの場にいるはずはなく、これは妖夢が自分自身に向けて映し出した幻影だったが、本人はそんなこと知ることもできない。
『「妖夢よ、お主はなにもわからないのじゃな?」』
「……はい……私が胸に感じているこの思い……なんなのかわかりません。私はどうしたらいいのですか!?」
妖夢は
『「妖夢よ、ワシはお主に何を教えた?」』
「何を……ですか?」
『「そうじゃ、ワシはお主に何を教えたと聞いたのじゃ」』
「えっと……刀の扱い方に家事と幽々子様の扱い方とそれから……」
『「そうではない、ワシはお主にわからなければどうしろと言った?」』
「わからなければ……はっ!?」
妖夢は思い出した。厳しい指導を受けても彼女は必死に教えを学んだ。その中に祖父から教えてもらったことがあった。
『「思い出したのであるならばワシはもう消える」』
「そんな?!折角おじいちゃんに出会えたのに!!」
『「何を言っておる?いつもワシは傍にいる……妖夢、お主の心の中にな」』
「おじいちゃん……!」
一人で
「おじいちゃん……ありがとうございます!この魂魄妖夢、行動で示してみせます!」
『「うむ、それでこそワシの孫じゃ……期待しておるぞ!」』
「はい!」
「おじいちゃん……今こそ、この魂魄妖夢はおじいちゃんを超えてみせます……いざ!!」
妖夢の表情は変わっていた。おぼつかなかった足取りも今では地面に力強く立っていた。そしてその足取りは一直線に一人の青年へと向かって行く。
「ん?確か君は……」
青年が妖夢に気づいたようだ。彼も妖夢のことを憶えていたらしく声をかけようとした時だ。
ヒュンッ!
「………………………………………………へっ?」
青年が持っている買い物かご……それが真っ二つに裂け中身も二つに分かれてしまった。一瞬何が起こったのかわからなかったが、妖夢はいつの間にか刀を手にして……
「わからない時は……斬ればわかる……おじいちゃんから教わったこと……この思いがわからない……だからあなたを斬ればこの思いが何かわかるのです。だから……」
「とりあえず私に斬られてください!!」
青年の悲鳴が人里を駆け抜け、青年と刀を持った少女の鬼ごっこが始まったのであった。