それでは……
本編どうぞ!
「むぐむぐむぐ……」
テーブルの上に山盛りのお饅頭が次々と消えていく。一つ、また一つと一人の女性の口に吸い込まれていく。食すスピードは一向に変わらず一定間隔をキープしており衰えることはない……そして山盛りだったお饅頭がいつの間にか残り数個にまで減っていたが、女性は腹いっぱいになるどころか余計にお腹が空いていた。
「もう終わりなのね……悲しいわ。とても……悲しい……あなた達ともうすぐお別れしなくちゃいけないなんて……」
名残惜しそうにお饅頭に語り掛ける女性は白玉楼の亡霊……西行寺幽々子だ。彼女は食べることに幸福を覚え人一倍……いや、何倍もの量を食す。食べることが好きなのだから仕方ないことなのだが、一般家庭ならば彼女の為に払う食費で全ての財産を消費してしまうほどだ。そんな彼女は残り最後のお饅頭へと手を伸ばして口に運び味を堪能する。
「むぐむぐ……ぷはぁ!とっても美味しかったわよあなた達♪でもまだお腹がいっぱいになってないわ……妖夢に頼んで何か作ってもらいましょうか」
これだけ食べても腹が満腹にならないとは恐るべし。満腹にならないので幽々子は白玉楼に住むもう一人の家族にご飯の用意をしてもらおうと名を呼ぼうとした時にふっと思い出した。
「妖夢は出かけていたわね……それにしても遅いわね。いつまでかかっているのかしら?」
一向に帰って来ない魂魄妖夢のことが気になり始めた。彼女がいないと晩御飯が食べれない……それだけは避けねばならない。迎えに行こうかと重たい腰を浮かそうとした時に見覚えのある光景が映し出される。
「紫のスキマ……また愚痴でも言いに来たの?」
「――ッお邪魔しますにゃ!」
「あら橙ちゃん?紫は?それに……そんなに急いでどうしたのよ?」
スキマから姿を現したのは橙であり、幽々子は紫の姿を探すが現れない……それどころか橙の様子がおかしいと気がついた。慌てている様子で何事かと思わせる。
「た、たいへんなんですにゃ!」
「わかったから一旦落ち着きましょう?深呼吸よ、吸って吐いて……」
「すぅーはぁー……ごめんなさい落ち着きました」
「よかったわ、それで何が大変なの?」
「それは……」
「妖夢が……ごにょごにょ……」
「な、なな……ななな………………………………………………ッ!?」
「なにをやっているのよ!!?ようむぅううううううううううううううううううううううううううううううううううううううう!!!」
冥界を震えさせる程の叫びが木霊した。
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「ぜはぁ……はぁ……はぁ……く、くそ……なんて……なんてしつこい少女なんだ!?」
人里で一人の少女に曲がり角でぶつかってしまいその子とは初めて出会った。それが俺の不運の始まりだった……
少女と別れて俺は買い物を済ませて帰ろうかとした時に出会ってしまった。出会った途端に俺が手にしていた買い物袋が切り裂かれた時は訳が分からなかった。だが命の危機であることは理解できた……「とりあえず私に斬られてください!!」なんて大胆な
「待ってください!何故逃げるのですか!?」
「逃げるに決まっているだろうがぁ!!!」
未だに追いかけられている。人気のない裏通りに逃げて極力人に出会わないようにした。そうしないと周りに危害が及ぶ可能性があったからな。そうして逃げている内にいつの間にか人里から抜け出て今は森の中……刃を光らせ俺の命を奪おうとしてくる少女と追いかけっこ中……なんだよこの状況は!!?
幻想郷で最も湿度が高く、人間が足を踏み入れる事が少ない原生林……『魔法の森』と言う場所だ。慧吾は少女に逃げる最中知らずにここへと迷い込んでいた。
「首を!あなたのその首を斬るだけですので苦しめる気はありません!だから安心して私に斬られてください!!」
「安心できねえわ!死ぬわ!!」
「――斬ッ!」
「あっぶね!!?」
少女の斬撃を紙一重で避けて冷や汗が止まらない。慧吾はここが『魔法の森』であることを気づいており、別の意味でも冷や汗が止まらなくなっているのだ。
人間の里からの道のりは比較的マシな部類だが、森の中は人間にとっては最悪の環境であることを知っている。この世界を知るために勉強した甲斐があり、ここのことも知識として頭の中に入っていた。ここは化け茸の胞子が宙を舞い、長時間普通の人間がその胞子を吸い込んでしまうと体調を壊してしまう。一般的な妖怪にとっても居心地の悪い場所であり、妖怪も余り足を踏み入れない程だ。地面まで日光が殆ど届かず、暗くじめじめしているし、そのせいで茸が際限なく育つのでただの人間である慧吾がこの森に入ったのは間違いだった。しかし逃げるのに夢中で気づいた時には既に森の中……このままここに居れば体の自由が奪われてしまい背後に迫っている少女の刀の餌食にされるだろう。
絶望の未来が待っていた。それだけは何としても避けたいが逃げるだけで精一杯の彼にはどうすることもできなかった。
「うぅ……もう……体力も……限界だ……はぁ……」
足取りもおぼつかず、もはや体全体に力が入らなくなってきた。走ることもままならない体が悲鳴をあげており遂には木に背を預けて腰を下ろしてしまう。自分の意思で行動したわけではない……もう体が意志とは関係なしに休息を求めている程に限界だったのだ。その状況に更なる追い打ちをかけられることになる。
「見つけましたよ!」
あの後再び撒いたはずの少女に見つかってしまった。状況が悪い方向へと戻ってしまい慧吾の体力はそこを尽きている……体はもはや言うことを聞かず腰を浮かせることができない。そんな慧吾を見つけた少女は好機とばかりに向かって来る。
もう……これまでかよ……御袋、妹紅さん……親不孝な息子で……ごめんっ!
慧吾は諦めるしかなかった。この状況を打破することのできる程の特別な人間ではないのだ。現実は非情であることを示しているかのように命を狩り取ろうとする少女が走り迫って来る。刀を振りかぶり距離が近づくにつれその姿を目にして己の最期を悟る。
「ご覚悟を――おぉ!?」
だが運命は慧吾に味方をしたのか、少女は
「みょん!?」
間抜けな声を出して近くの大岩に頭をぶつけて気を失ってしまう。これには慧吾も唖然としてしまうが、命が助かったことには変わりはない。
「……よ、よかった……助かったんだよな?危うく本当に死ぬところだった……」
九死に一生を得た慧吾だったがこれ以上動けない。少女が起きるか彼が動けるようになるのかによって結果は決まる……はたして運命はどちらを選ぶのか?
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「ふ~ふん~ふ~ふん~♪」
「シャンハーイ!」
「あら?ありがとう上海」
小さなお人形から紅茶が入ったカップを受け取る金髪少女。その少女は鼻歌を歌いながら楽しいクッキー作りに精を出していた。
アリス・マーガトロイド……それが少女の名前だった。容姿は金髪で、一見すると人形のような姿をしているがそんな容姿がこの世界の男達にいい印象を持たれることはない。アリスもまた不細工の運命に準ずるしかない少女であった。そんなアリスはここ『魔法の森』の内部に佇む一軒家に住んでいる。彼女は魔法使いであり、人形師である。その傍にいるのは小さなお人形……名前は上海と言う。他にも人形がこの家の所々に飾られており彼女が人形好きであることが窺える。そんな彼女は今日クッキーを作って食べようとしていた。
「これをオーブンに入れて……後は待つだけね」
「シャンハーイ!」
クッキーが焼き上がるのを楽しみにしている上海の姿に笑みがこぼれる。焼き上がるまで時間があるので用意した紅茶を先に堪能しようかと椅子に座ろうとした時だった。
ダンッ!
扉の方から音がした。鈍い音が聞こえた。
あら?なにかしら……妖精の悪戯でボールでもぶつけられた?でも外からはそんな気配はないし……なんなのかしら?
アリスは音の正体が気になり、扉の傍にある窓からこっそりと外の様子を窺うとそこには男性が一人の少女を背負っていた。その背負われた少女にアリスは見覚えがある。
う、うそ!?あ、あれって……妖夢!?どうしたのかしら……動いている様子はない。それにあの青年は一体誰なのよ!?なんでこんなところに……!!?
いきなりの見ず知らずの訪問者、そしてその見ず知らずの訪問者は男性と言う驚愕の出来事だった。
当然のことだが、ここは『魔法の森』なのだ。好き好んでこの場所に来るのは相当のバカか用事がある者だけだろう。後者ではあるはずなのだが、男性がこの場所に来るなどあり得ないことだった。この辺りには少なからず妖怪や悪戯好きな妖精が住んでいる。もしも見つかれば良くて悪戯され、最悪の場合は
「上海!!?」
慌てて上海を抱くが時すでに遅く勝手に扉が開いてしまった。そこには汗だくの青年とぐったりとしている妖夢の姿……見れば気を失っていた。
「え……えっと……その……」
アリスは口をパクパクさせる。子供相手ならまだしも青年ほどの歳の男性を相手にしてまともに会話したことなどない。一応魔理沙の知り合いに変わった道具を扱う亭主とは話したことはあるがその程度だ。しかも目の前の青年は顔も整っており、汗から漂うフェロモンにアリスの脳が刺激され今にも野獣へと変貌しそうだ。
汗の……香り……だ、だめよ!男性に対して女性は優しくしてあげないといけないのに体がムズムズして……お、おちついて私の体よ!襲ってしまったら今までの人生を棒に振ることに……!
ガクガクと足が震えるが恐怖ではない……理性が脳を正常に保とうと一生懸命に訴える……が、野生の本能が子孫を産めよ増やせよと体を欲情させてくる。僅かながらの理性と快楽を求めようとする野生がアリスの中でぐちゃぐちゃに入り混じり天秤のように左右に揺れ動く。次第に体が我慢できなくなり血走った目がそこにあった。
も、もう……むりぃいい!!!
理性が敗北した……
……かに思えた時だ。
ドサッ!と目の前で音がした。野生に支配され女としての性的欲求が雄たけびを上げようとしたが、そうはならなかった。
………………………………………………えっ?
気分が高揚してしまい興奮状態にあったアリスの肉体は停止した。青年が床でうつ伏せ……正確には倒れ伏したと言った方がいいだろう。突如として妖夢を背負った青年が倒れたことに脳が刺激され、アリスは自分自身の行動に冷静さを取り戻していた。
わ、わたし……危うく道を踏み外すところだったわ……
間一髪のところで野生に理性が打ち勝ちアリスは自分自身の威厳を守ることに成功する。しかし新たなる問題へと直面することになった。
「ちょ、ちょっと大丈夫!!?」
「シャンハーイ」
「ありがとうね上海」
「シャンハーイ!」
青年と妖夢を一緒に寝かせるわけにはいかないので、青年はベットに、妖夢はソファへと寝かせることにした。レディファーストならぬボーイファーストだ。自分のベットに青年を寝かせて自分のにおいを嗅いでもらおうとか青年の汗をベットに沁み込ませて後で堪能しようとか不埒な考えはアリスには無かった。他の連中ならばそんな考えはあっただろうが、純粋に力無く倒れた青年を心配しての行動であり、水に濡らしたタオルをそれぞれに優しく額に乗せてあげた。とりあえずアリスは安堵のため息をつく。
ふぅ……危うく大罪人になるところだったわ。でも仕方ないじゃない!あんな香りを漂わせて玄関の前にイケメンがいたら心臓に悪いに決まっているわよ……言い訳に聞こえるかもしれないけれど、私は彼を襲うつもりはなかったのよ。本当よ?ただ野生の本能には逆らえないってことね……でも彼が気を失ってくれたおかげで理性が戻ってよかったわ。あのまま襲っていたら今頃豚箱の中で、みんなからボロクソに言われ冷たい視線の中で一生を過ごすことになっていたはず……ほ、ほんとうに助かった。
アリスは隣で何も知らない無垢なる上海に内心鼓動がバクバクの姿を見せないように平静を装っていた。
それにしても何故見ず知らずの彼は妖夢を背負っていたのかしら?まさか妖夢と彼が逢引……なんてことはあり得ないわね。妖夢にそんなお
今ぐっすりと眠っている青年の寝顔を覗き込む……これほど近くで男性を生で見れることができるとは思っていなかったアリス。彼女はよく人里で上海達と人形劇を披露しているので美醜概念がまだハッキリとしない子供たちからは人気者である。大人からも人形劇と言う物珍しさからか容姿を気にしなければ、彼女は慧音と同じく人里に馴染めているだろうが、それでも男性と付き合ったことすら皆無。そんな彼女の目の前には顔立ちがいいイケメン男子が無防備な姿を晒して眠っているのだ。普通ならば即気分はエクスタシーな事案が発生し、目覚めたら既成事実が作り上げられてしまっていたりするのだが、幸いにもアリスであったことが彼にとって幸運だった。
目覚めたら色々とお話しないと……で、でもこんな私とお話してくれるのかしら?襲われたと勘違いされて悲鳴を上げられたりなんかしたらショックで立ち直れそうにないわ……不安しかないわね……
青年が目覚めた後のことをあれこれ考えているとソファに横になっている妖夢に変化が起きた。
「ん……ううん……」
「――ッ!シャン、シャンハーイ!」
どうやら妖夢が目を覚ましたようだ。
「……ここは?」
「気がついたのね妖夢」
「アリスさん?どうしてここに?」
「ここに居て当然よ、私の家だもの」
妖夢はまだボウッとする頭で辺りを見回すと確かに見たことのある家だった。自分がソファで寝かされていたことも理解すると同時に視界にベットで眠っている青年を発見する。
「――ッ!あの人!!」
「大丈夫よ、眠っているだけだから。それで妖夢に聞きたいことがあって……って何をしているのよ!?」
傍に置いておいた刀を手に取ると鞘から引き抜いてそのまま青年へと振りかざそうとする恐慌をアリスは阻止する。
「アリスさん離してください!私はこの人を斬らなければならないのです!」
「落ち着きなさい妖夢!それともこの人はあなたに恨みを買う事をしたの?」
「いえ、初対面です」
「やっぱりあなたの悪い癖に巻き込まれたのね彼は!とりあえず落ち着きなさいって!!」
「ダメですアリスさん!一刻も早くこの人を斬らなければ私のこの気持ちが理解できないのです!!」
「理解できないのはあなたの頭の中の方よ!!」
「シャ、シャンハーイ!!?」
しばらくアリスと上海が暴れる妖夢を取り押さえる攻防戦が繰り広げられていた。
「……なるほど、やっぱり妖夢あなたのお
「どうしてですかアリスさん!?」
妖夢から事情を聴いた私は……頭が痛くなった。聴くところによると……
買い物を済ませて帰る途中に曲がり角でぶつかった彼は嫌がる素振りも見せずに妖夢とほんの少しだけ会話したそうで、妖夢はその場を離れたのはいいものの、変な感情に襲われて
ため息が出る。完全に妖夢は加害者で青年が被害者であることを理解した。そして自分の抱いた感情がわからない……ならば祖父の教えに従い斬ろう!っと言ったところだ。迷惑過ぎる話である。
「アリスさんならわかってくれますよね?」
「何故私ならわかると思ったのよ……それに人里で堂々と彼を斬ろうなんて何を考えているのよ?」
「ですがこのフワフワした感情を放って置いたら私がおかしくなってしまうかもしれないのです。だからこの気持ちを知る為にも斬らなければいけないのです!!」
「もう既にあなたはおかしいわよ」
「シャンハーイ!!」
上海も私と同意見の様ね。今の妖夢はいつも以上に厄介だわ……目を離せば彼を本当に斬ってしまうわね。監視しておかないと……それにしても命を狙われているのにどうして妖夢をここまで運んで来たのかしら?
アリスは妖夢の話を聞いて疑問に思った。青年は妖夢に命を狙われており、魔法の森の一部には化け茸が生えており、その化け茸の胞子が宙を舞っている。長時間普通の人間が胞子を吸い込んでしまうと体調を壊してしまうのだが、現に青年は妖夢から逃げるのに体力を使い果たし、更に胞子が体を蝕んでいた。アリスの魔法で何とかなったものの、命を狙って来た相手を助けることをするだろうか?青年の行動がわからないのだ。
気になることばかりね……それに妖夢が人里で彼を斬ろうとしたことは周りが見ているはず……男性を白昼堂々と襲ったことは問題になって大事になるわね。霊夢や魔理沙が動くことになるかもね……早く目覚めてくれないかしら?
アリスはこの後に待っているだろう問題に頭を悩ませながら、不幸にも巻き込まれた青年を哀れに思うのであった。