それでは……
本編どうぞ!
閉め切った部屋の中で蝋燭の火が周りを照らしていた。そこには一つの影が鎮座している。その影は俯き何かを待っているように見える。
そんな薄暗い部屋の中に一筋の風が舞い込んだ。襖を誰かが開けてその拍子に蝋燭の火が揺れ動く。
遠慮もせずに新たに現れたもう一つの影は開けた襖をそっと絞めて再び場は薄暗くなる。蝋燭の火だけが相手の姿を映し出すものとなっており、二つの影は向かい合う様に畳の上に座る。
「……待たせたわね小鈴」
「……待っていたわ阿求」
鈴奈庵の一室で口角を吊り上げたのは本居小鈴とその友人の稗田阿求だった。稗田家は人里の中で最も有力な家の一つであり、屋敷に多くの使用人を抱え、小作人には農地を貸し、祭事には祝宴を催している。また上白沢慧音と協力して寺子屋の運営に携わっており、阿求自ら教科書を執筆している。阿求と小鈴は仲が良く共通の話題が決め手となりいつしか友人へとなっていた。友人の元へと訪れた阿求の手には風呂敷に包まれた何かがあった。
「頼まれていた
風呂敷の結び目を解くとそこにあったのは……
「こ、これが……アガサクリスQ氏最新の………………小説!!」
数冊の小説の束……それは幻想郷中の女性達を虜にする官能小説の束であった。
稗田阿求……表向きは人間の里にある名家『稗田家』の当主であり、九代目「御阿礼の子」として幻想郷の妖怪についてまとめた書物『幻想郷縁起』を編纂する役目を果たしている。そしてアガサクリスQとは阿求のペンネームであり、アガサクリスQが阿求とはほとんどの人物は知らずにその小説は連載形式で鈴奈庵を発信源に人々の間で話題となっている。
しかし影では極秘裏に数々の官能小説を幻想郷に送り出しており、知る者にはアガサクリスQはエロの伝道師とも密かに呼ばれているとか。
「これで
「チッチッチッ、今の私はアガサクリスQよ?間違えちゃダメよ?」
「そうだったわね。ありがとうアガサクリスQ!」
「いえいえどういたしまして。それよりもまだ謝礼は貰ってないわよ」
「そうだったね。何が欲しい?」
「そうね……
「それはダメ」
アガサクリスQもとい阿求の要求をきっぱり断った小鈴は先ほどまでの笑顔が消えていた。
「ケイ君は私のもの、ケイ君の物は私のもの、ケイ君の童貞は私だけのもの……たとえ阿求の頼みでもそれだけは断わらせてもらうわ」
先ほどまでの明るかったはずの声がドスの利いた声へと早変わりしていた。阿求を見つめる瞳には敵意すら感じ取れる程に豹変している。狙った獲物を横取りされてたまるものかと小柄な背後には百獣の王がオーラとなって睨んでいた。しかし慣れたものなのか阿求は平然と小鈴の視線を受け止めていた。
「わかっているわよ冗談、ちょっとした冗談よ。小鈴が
「阿求……私はとても良い友達を持ったわ!ケイ君のは渡せないけどお詫びにこの使用済みの大人の玩具夜のお供をあげ――『いらない!』そう?残念……」
「もう……それで、もう一つ用件があるんじゃないの?」
「あっ!そうだった!阿求、辻斬り騒動のこと知ってるわよね?」
「勿論よ、家に居たからね。でもあの後、人里で恐ろしい何かがやって来たみたいで私は使用人に連れられて避難させられて何が何だか……小鈴は知っているの?」
「YES!実はね……」
辻斬り騒動のことを阿求に伝えた。阿求も人里に居たためにあの時の出来事は耳に入っている。そして人里全体が恐怖に包み込まれたことも知っている。しかしその恐怖を振りまいたのが目の前にいる友人だとは夢にも思わなかった阿求は呆れた様子であった。
「あれあなたのせいだったの!?」
「ごめんごめん、でもあれは私のせいじゃない。私は被害者……危うくケイ君が奪われるところだったんだから!あの忌々しい庭師め!今度会ったらあいつが持っている刀で全身丸刈りにしてやる……勿論あそこの毛もな!!」
「落ち着いてよ、それで私に何をしてほしいの?」
「あの騒動でケイ君を狙う輩が増えた。そこで阿求にもケイ君が私に釘付けになるような作戦を考えてほしいのよ。例えば阿求の小説で……貸本屋で働く少女と寺子屋で働く教師の息子が恋に落ちる小説を広めて、ケイ君にもその小説を読んでもらって……「小鈴、俺達もこの小説の登場人物みたいな恋人同士にでもなってみないか?」とか言われちゃったりして!!!」
「そんな都合よくいかないと思うわよ?」
「と・に・か・く!阿求も考えてよ、ちゃんと考えてくれればお礼はするからさ。ただしケイ君以外のだけれどね」
「はぁ……面倒なことを……まぁ、謝礼がもらえるなら考えるだけタダだから付き合ってあげるわよ」
「ぐふふ、流石は私の友ね!」
小鈴は友人の阿求と知恵を絞って一人の異性の心を掴もうと作戦を考案し、後日実行に移すのだが全てが周りに邪魔されてあえなく撃沈……彼女が密かにつけている復讐日記に新たなページが書き記されることになった。
これもまた幻想郷に生きる一人の少女の日常なのである……
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「まったく小鈴のやつには困ったぜ」
「あの子なりに彼に振り向いて欲しいのでしょうね。手段はあれだけど」
魔理沙はアリスの家に遊びに来ていた。遊びに来てもクッキーを頂いたり、紅茶を飲んだりとのんびりとした時間を過ごしていた。
小鈴のやつ、阿求の知恵を借りて慧吾にあの手この手を使って独り占めにしようとしやがった。一度だけで懲りるようなやつじゃないのは昔から知っている。挙句の果てには慧吾の寝室に侵入しようとしたぐらいだからな。幼馴染の間柄でもそれは黙認できないぜ。霊夢は勿論のことだが、慧音と妹紅も小鈴討伐に参加してとっちめてくれたおかげで私は要らなかった気がするぜ。なにも活躍していなかった私だったが、小鈴が絞められている間は慧吾と二人で話ができてラッキーだったがな♪
話していてやっぱりあいつは変わっている。寝室に侵入されそうになってもあいつは平気な顔をして許したし、辻斬り騒動以来あの妖夢とも仲良くなった。命を狙われたが謝ったから許したとか俺が許したいから許したとか……普通なら考えられない行動だったが慧吾はそういう奴だ。容姿だけじゃなく中身もカッコイイんだぜ♪もし……もしそんな慧吾に言い寄られたら……私ならどう返すだろうか……?
慧吾を狙う奴らが増えている。あいつは他人を蔑ろに扱うやつじゃないし、全員と仲良く接するだろうな。でも慧吾も男だからいつか誰かと添い遂げるはずだ。未来慧吾の隣にいるのは誰なんだろうな……
「……魔理沙、紅茶冷めているわよ?」
「ん?あっほんとだ」
魔理沙の手に持っていたティーカップの中身は気づいた時には既に冷めていた。少し考え事をしていたつもりが結構考え込んでいたようだ。
……あいつと誰かとくっついたら……この冷たくなった紅茶のように私の心の熱も冷めてしまうのか……?
「……」
「シャンハーイ?」
「どうしたのよ魔理沙?考えごと?」
上海とアリスは何も言わずに紅茶を見つめる魔理沙を不思議そうに見ていた。
「……わるいアリス、もう帰るぜ」
「あら……そう?何を考えていたか知らないけどあまり思いつめないでね?」
「ああ、サンキュー!」
「シャンハーイ!」
「上海もまたな!」
「おっす、
「いるよ。それで今日は何しに来たんだい?」
香霖堂……幻想郷で唯一外の世界の道具や多種多様な商品を扱う道具屋で、販売だけでなく買い取りも行っている。人妖ともに拒まれず、誰でも利用できるお店である。ここにはよく霊夢や魔理沙が入り浸っている。
魔理沙はここに道具を買いに来たわけでも売りに来たわでもない。目当ては店のカウンターの席に座る青年こと森近霖之助に会いに来た。
一目見れば好青年とわかる外見でこの世界では極上のイケメン……
それは彼が人間ではなく、人間と妖怪のハーフであり実力もそこそこの腕前を持っている。並みの弱小妖怪相手なら返り討ちにしてしまい、男を求める
「また
「……」
この二人は昔からの知り合いで、魔理沙の父親の元で修行を積んだのが霖之助で、魔理沙は歳の離れた兄のような存在だと見ている。霖之助の方も顔はどうであれ、昔から可愛がっていた。妹のような存在で、信頼の証か何度もここへ足を踏み入れていた。
そんな霖之助からの一言で魔理沙は帽子を深く被って顔を隠してしまう。照れていると傍で見ているだけで理解してしまうぐらいにわかりやすい。それも霖之助が言うに
「座りなよ魔理沙、ゆっくり聞いてあげるから」
「……」
コクリと頷きポツリと話し始めた……
「なるほど……未来慧吾君の隣に誰がいるのか気になる年頃になったようだね魔理沙♪」
「か、からかうなよ!私は真剣なんだぞ!!」
魔理沙は顔を赤くして犬の威嚇のように吠えた。
ちくしょうこーりんのやつめ、揶揄いやがって!こっちは真面目に相談しているんだぞ!初めて悩みを持ちかけた時は唖然としていた癖に今じゃ面白がって遊んでやがるぜ。もう帰ろう……慧吾と同姓のこーりんならば何か答えが出るかと思ったが無駄のようだな。
揶揄う店主を余所に諦めて帰ろうと背中を向けた。
「まぁ待ちなさい魔理沙、そんなこと僕にだってわからない。未来のことなんて誰もわからないだろ?ああ、紅魔館のお嬢さんは未来が見えているように言っているけど、確定した未来じゃないのさ。だから誰にだってわからないんだ……魔理沙自身もそう思うだろ?」
「……ああ」
「だったら、彼の隣にいるのは誰なのか気にするよりも魔理沙が誰の隣に居たいと思うのか、隣にいるにはどうしたらいいのか……そっちを考えるべきだと思うけど?」
……こーりんがまともなことを言った。誰なのか気にするよりも誰の隣に居たいか……確かにそうだよな。こんな小さなことで悩んでいた私が馬鹿らしい。やっぱり相談して正解だったぜ!いつもこれぐらいの真剣さで聞いてくれれば嬉しいのによ……いつもは相談してもそのことで揶揄ってくるからうっとおしい。
「いい顔になったじゃないか。いつもの魔理沙になったね」
「へっ!こーりんは役立つときは役立つんだな」
「失礼だね、いつも悩みを聞いてあげているじゃないか?」
「いつも揶揄われて適当に返されていたから、今日も同じなら香霖堂に来なくなっていたかもな」
「おや、それは危なかったね。僕も運がいいのかな?」
「まず真面目に相談に乗れよ」
「それじゃ面白くないじゃないか」
「お前な……」
それから一杯のお茶を飲み干す間、魔理沙は霖之助のくだらない道具自慢の話を聞かされ続けた。
「ふぃ……こーりんの話は長くて訳がわからないぜ……」
香霖堂から逃げ帰った魔理沙は自宅のベットで横になる。しばらく天井とにらめっこをしていたが、ベットの下へと潜り込みそこから取り出した大きな箱の中身を漁ると……傷んだ一冊の本が出て来た。それは小鈴から譲り受けた(土下座して譲ってもらった)慧吾が読んだ本であった。小鈴いわく慧吾のにおいがついているとか……嘘は言っていない……言っていないのだ。
慧吾……霊夢や小鈴、咲夜に妖夢……他にも狙われている。男は顔が良くても性格に難があって他人を見下したりする奴だっている。不細工だからって石を投げつけて来る奴だっていたんだ……けど慧吾は一度も私を不細工だと言わないどころか……か、かわいい……って言ってくれたんだ。霊夢も霊香お姉さんも容姿を褒められたし、紫や藍なんかは暴走して手がつけられないぐらいにハイになっている。気持ちはわかるぜ……私だってお前におかしくされちまったからな。
少しでも一緒に居たい、話がしたい、顔が見たい……いつの間にかお前に夢中になっていた。子供の頃、霊夢と慧吾と一緒に買い物に行った時のこと憶えているか?確か初めて小鈴に会った日でもあったな。霊夢が慧吾に色目を使った女に睨みを利かせていた……昔はわからなかったが、今では霊夢の気持ちもわかるんだ。慧吾を取られてしまうのではないかって不安になる。知らない奴なら尚更だ。もしも霊夢や小鈴だったとしたら……
魔理沙は傷んだ本を抱きしめてベットへと潜り込む。
……こーりんに相談し、自分で悩みが解決した気になっていた。慧吾の隣に居たいと思うことができるようにはなったが、今度は霊夢達はどうなるのか?慧吾の隣に私が居ることで霊夢達の居場所がなくなってしまうのではないかと……そのことが頭に思い浮かんだ。
「……また、こーりんに聞いてもらうか……」
魔理沙は一つ解決した。しかし悩みは尽きることなく生まれて来る。胸に抱かれた傷んだ本を更に強く抱きしめて今は悩みなど忘れて眠りたかった。
幻想郷で暮らす一人の少女の日常……異性を想い、友を思う白黒魔法使いは今日も悩みから逃れるように深い眠りへと落ちていく。