それでは……
本編どうぞ!
遥か昔々、民から崇められた不細工顔の二人の神様がいました。一人は大和の神の一柱である軍神、もう一人は「ミシャグジさま」と呼ばれる土着神として祟り神達を束ね、王国を築いて国王を務めていました。その二神は初めはお互いに敵対し、数少ない男を巡って争いました。争いは苛烈さを増して敗北を確信したは土着神様は軍神様に国を明け渡すことにしました。しかし、王国の民がミシャグジ様の祟りを恐れて軍神様を受け入れなかったため、軍神様は男を手に入れることはできませんでした。これにて土着神様が男を独り占めにできたことに……にはなりませんでした。民たちは本当は土着神様が怖かったのです。信仰しなければ呪われる……そんな恐怖から従っていただけで国王の民として接していたに過ぎなかったのです。
この争いは痛み分けで終わりました。民からどういった目で見られていたのかを知ってしまった土着神様は落胆しまし、力で男を手に入れようとした軍神様は男達から軽蔑の視線が向けられました。そんな時、落胆する土着神様に軍神様が提案してきました。
軍神様は名前だけの新しい神様『守矢』名乗り、軍神様と土着神様を融合させた神様を信仰させることにしました。しかしそれは軍神様が考えた偽装工作であり、裏では土着神様がそのまま信仰されることになり、土着神様は自分の力で軍神様を山の神としたことで民達から信仰を失わずにすみました。これにより二神は互いに助け合って生きていくようになります。しかし時と言うのは残酷なもので、人々の心から信仰心は次第に失われ神と言う存在は架空のモノと化していきました。
そして時は過ぎ、ある快晴の空の下で、一つの産声が上がります。
一人の赤ん坊が生まれました。その子は女の子で元気いっぱいでした。両親は喜び、愛情たっぷり注いで赤ん坊を育てることになりました。しかし両親は気づいていませんでした。
その女の子の髪が黒色ではなく、緑色であったことを……
赤ん坊はすくすくと成長し、両親の愛情に支えられた女の子は醜く成長していきました。しかし両親は嘆きませんでした。子供が元気であるならばそれでいいと、世の中には赤ん坊さえ育てることができない親もいるのだから比べれば幸福です。この子は時よりこんなことを言うのでした。
「あっちにかみさまがいる!」
実家の近くには名前も知らない古びた神社がありました。初めは神様がいると言った時は子供の発想だと思っていた両親でしたし、自分の髪は緑色と主張する少女に苦笑することもありました。少女が更に成長した頃には神様は架空の存在だとわかる年頃になったはずでしたが、それでも神様がいると言って聞きませんでした。まだサンタクロースを信じていると両親はそう思おうと決めていましたがある日の夜のこと、古びた神社に向かう娘を追って……見てしまいました。
少女が誰もいないはずの神社の空間に語り掛けている……本当にそこには誰かがいるように楽しそうにお話している姿でした。気味が悪くなった両親は神社から少女を遠ざけ、別の学校へと転校していきました。初めは少女は悲しんでいましたが、時間が悲しみを拭い去り新しい学校に馴染んでいく……はずでした。
少女は神様の存在を心から信じているようで、そのことを証明しようと学校で神様は本当にいることを主張していました。初めは冗談かと思われていましたが、信仰や神様はこんなことをしていたなど熱心に語るものですから周りから気味悪がられるようになり、噓つき女と馬鹿にされ始めてしまいました。しかし少女は嘘を言っているのではありません。
古びた神社とは『守矢神社』と言う名前でした。人々から次第に神と言う存在が忘れ去られ、信仰心も失い神様達は人間から『いないもの』として認識され瞳に映らなくなりました。しかし少女には見えていたのです。それもそのはず、少女は土着神様の血を引く子孫だったのです。少女の髪が緑色ではなく黒髪に見えたのは周りの人間から少女の
少女と偶然にも出会った神様……それは昔お互いに争い合った土着神様と軍神様でした。お互いに認識し合えるようになり、自然と会話が弾み仲良くなるのに時間はかかりませんでした。しかし周りには神様達が見えないので運悪く少女はおかしな子として認識されてしまったのです。両親が神社から少女を引き離すのは仕方ないことだと神様達は少女のことを思って寂しいですが自分達を納得させました。
神様達は少女があれからどうなったかはわかりません。信仰心を失い、力を失った神様達は古びた守矢神社で退屈な日々を送っていました。そして時が過ぎ、少女がなんと守矢神社を訪れたのです。少女は更に成長し醜さに磨きを加えた姿になったようです。その姿に神様達は容姿は自分達も同じなので気にも留めず、彼女を迎え入れようとした時に気づいたのです。あんなに元気だった子が、今では人生に絶望し生気を失った顔をしていました。これに驚いた神様達は何があったのかを知ることになります。
学校から変人扱いされていじめを受けていた。そんな日々に塞ぎこんでいると差し伸べられた手がありました。なんと男性だったのです。体育館の裏で泣いていた彼女を心配して声をかけたとか……しかもその男性は女子からもの凄い人気者で顔もよく、スタイル抜群のエロスを醸し出していました。当然彼女もそんな男性に恋する一人でしたが、自分が不細工で周りからも変人扱いされているので声すらかけることが出来ないでしました。しかしこの出会いがきっかけで、彼の方からお付き合いしたいと衝撃の告白があったのです。これには彼女は大いに喜び人生の最高潮にまで達していた気分になりました。
当然周りから嫉妬の目を向けられ、陰口を叩かれましたが彼が
「そんなの金目当てに決まってんじゃん。神様なんていないものを信じ、ブスのお前のことが好き?嘘に決まってんじゃんか。誰がブスと好きで付き合うかってんだよ?そうとも知らないで散々貢いでくれたお前の姿に毎度笑いをこらえているこっちの身にもなれよ。まぁ、一応礼は言っておいてやるよバカ女♪」
嘘だったのです。その男は金目当てで近づいただけに過ぎなかったのです。彼女はフラれてしまいました……それもこっぴどく酷いフラれ方をしてその夜は涙を流しました。しかも辛いことに翌日には学校中の笑い話となって広まり彼女の居場所はもうありませんでした。
これには神様達は大激怒しました。その男を見つけ出して呪ってやると鬼の形相で怒りに身を落としました。ですがそれを実行しても彼女の心は救えません。居場所がない彼女……何とかして救えないかと考えた神様達、そこで軍神様が一つの案を出しました。それが幻想郷移住計画でした。
忘れ去られた者が集う楽園……幻想郷。元々神様達はそこに移り住む予定でした。信仰心がなくなった神様達はその内現代社会から完全に忘れ去られ消えてしまう。その前に幻想郷へと移り住もうと考えていたのですが、見るに堪えない姿に心を痛め、この子を救うために自分達が守ろうとしたのです。そしてその意思を伝えると頷き三人で幻想郷へと移り住もうとなったのです。しかしそれには時間が必要……それまで神様達は彼女を勇気づけようと必死になりました。バカな神々のお遊びで笑わせたり、三人で昔ながらのカルタや花札をやったりと次第に彼女の笑顔を取り戻していきました。その姿を見て、神様達はこの子を現代に残しても良いかもと考えを改めようともしましたが彼女は首を縦に振りません。幻想郷への移住計画……その意思は固かったのです。
神様達も彼女に言われるまで知らなかったことですが、彼女は両親からも気味悪がられていたのです。だから「お二人が私の親なのです」と言われた時はとても複雑な心境でした。そんな彼女のことをますます放っておけなくなった神様達は自分達がこの子の親を務めてみせると決意を決めたのです。
そして時が来て三人は幻想郷へと旅立ったのでした。
「……っと、これが昔話だよ」
「すると……土着神様と軍神様と言うのは……」
「土着神が私、軍神が神奈子だよ。そして彼女と言うのが……」
「東風谷早苗……か」
「……そうだよ」
静まり返る居間で幼い姿の諏訪子は顔を伏せた。諏訪子が昔話を語る際、表情には枯れた笑みが現れるのを何度も見せた。男の話をした時なんかは憎しみが表情から読み取れるぐらいに憎悪しているようで、その男のせいで早苗は男性に対して恐怖心が植え付けられトラウマとなったようだ。実の両親にも気味悪がられてしまうとは何とも救われない話……これには慧吾は何とも言えない心境に陥ってしまう。
「トラウマを持ちながらも布教活動を早苗さんがしているのは……お二人の為ですか?」
「そうだよ。私達は信仰心が無ければ存在が消えてしまう。だから早苗は私達の為にって自ら布教活動をわざわざ人里まで行って披露しているんだよ。男がいるのを我慢してまで……ね」
「でも酷いフラれ方をしただけであれ程の発作が起きるものなのですか?」
「君には先ほどの話で詳細を伝えてなかったけど、早苗のいじめは陰湿だったみたいでね。でもその時は糞男がいたから早苗は我慢できたんだ。周りの糞女から何をされようと頑張ろって……しかも学校に早苗がフラれた噂を流したのはその糞男だったんだ。早苗が笑いものになるのを傍から見て楽しんでたみたい……最悪な男に騙されたんだよ!!」
「す、すみませんでした……そこまでとは思わなくて……」
諏訪子から感じる邪気を身で感じた慧吾は咄嗟に謝った。しかしその気持ちはわかる。慧吾自身もはらわたが煮えかえりそうだったのだから。
「いいよ、君に怒っている訳じゃないからね」
「それで、その男はどうなったのですか?」
「どうなったと思う?私達の早苗をあんな目に遭わせた男を黙って見ているのが神様だと、私がそんな生易しい神様だと思っているのかな?ねぇ……知ってるかな?神様ってとっても我が儘なんだ。でね、私って祟り神達を束ねてたんだけど、ミシャグジ様の呪いって凄いんだよ」
無邪気な笑みを浮かべる表情とは裏腹に漂って来るのは邪気。それを見ている慧吾の全身に警戒心がアラームとなって警報を鳴らしており、唾を呑み込むのを意識してしまっている。
「そう怖がらないでよ。大丈夫だ、男は死んじゃいないよ。命を奪うなんて非道なことは私だってしない。本来ならしたかったけどね。まぁ、日の目を見ることなく死んだ方がマシだって思うかも知れないけどね……ケロロッ♪」
蛙のような長い舌が目の前を通過した。それはまるでハエを狩ったかのように命が餌となる瞬間を連想させる。舌は少女の口へと姿を隠す……男は狩られてしまったのだろうと予想することは容易だ。神様は怒らせてはならない……触らぬ神に祟りなしとはまさにこのことだろう。
「まぁそれはそれとして、君はどうしてここに来たの?」
「それは……」
事情を説明すると諏訪子は「やっぱり……」とため息をつく。様子のおかしい早苗に何かあると感じていたがまさか男との出会いを餌に信者を得ようとは思わなかった。諏訪子は早苗が自分達の為に自ら行動を起こしてくれるのは嬉しく思う。しかしこのままでは早苗の為にならない。また外の世界のように同じ目に遭ってしまう……そのことに危惧しているようだ。
「それで早苗を説得……君の場合は早苗に興味を持ったからここへ来たって訳だね?」
「大体そんなところです」
「なるほどね、早苗に興味ね……」
諏訪子は慧吾の体をまじまじと見つめる。まるで品定めするかのように……
「……君ならもしかして……」
「えっと……どうしましたか?」
「ねぇ、君……名前は慧吾君だったね?私に……いや、早苗に力を貸してほしい」
「貸してほしいとは具体的にどういったことをすれば?」
「早苗のトラウマを克服する為に……」
「早苗の彼氏になってほしいの」
「――はっ?!」
神様はどうやら無茶ぶりがお好きのようだ。