※注意 こちらはPixivで公開している『仮面ライダークウガ アナザーエピソード「淫夢」』の引用版です
こっちの方が読みやすいかもしれません

https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=12229150

Pixivでは、こちらの作品の解説も載せているので、ぜひよろしくお願いします

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仮面ライダークウガ エピソード『淫夢』(Pixiv引用版)

西暦2000年頃。日本の主要都市、東京都では、突如出現した人々を無差別に殺害する未確認生命体、「グロンギ」によって脅威に晒されていた。

 

しかし、ある心優しき青年と勇敢な警察官達が、日々未確認生命体に抗っていた。

 

これは、心優しき青年、仮面の戦士「クウガ」の、失われし戦いの記録の一部である......。

 

[newpage]

 

──東京都文京区 喫茶ポレポレ。

 

「......はいできましたっ!俺の810番目の技!おやっさん、飲んでみてよ!」

 

威勢のいい笑顔でアイスティーの入ったグラスを置く青年。

 

彼は[[rb:五代 雄介 > ごだい ゆうすけ]]。心優しき青年で、2000の技を持つ男。そして、ある時は戦士クウガとして戦う勇敢な男である。

 

「810番目の技ねぇ......で、これただアイスティー注ぐだけじゃあないのか」

 

差し出されたアイスティーを飲む前に疑問を投げかける中年の男。

 

彼は喫茶ポレポレのマスター、おやっさん。本名を[[rb:飾 玉三郎 > かざり たまさぶろう]]という。

 

「もっとこう、810っていやぁ.....野獣、とか読めるだろ。もっとなんか、......ガルルッて感じの技だったりしたほうが数字の語呂合わせ良かったんじゃないか?」

 

おやっさんはそう言いながら、指を折り曲げて野獣のイメージを表現する。

 

しかし、当の五代はなんとも不服そうな表情であった。

 

「うーん、まぁそれが一般的な野獣のイメージって感じだよね。でも、あえてそういう語呂合わせにこだわらなかったって言うか......。番号は順番だしね。考えたらキリないし。

とにかくまぁ飲んでみて!」

 

笑顔でアイスティーを勧める五代。そこに、ひょっこりと店内掃除を抜け出してきた女性の店員が話に入ってきた。

 

「うん、五代さんは優しいから、野獣なんてイメージの技似合わへんよ!

でももちろん野獣っぽい五代さんも素敵やと思うけどね!」

 

彼女は[[rb:朝比奈 奈々 > あさひな なな]]。関西から女優を目指し上京している、おやっさんの姪である。

 

「おやっさんが飲まんなら、私が飲むわ!いただきま〜......」

 

「あっ、待って!奈々ちゃんにはこっち!」

 

朝比奈がおやっさんのアイスティーを横取りしようとすると、五代は焦って別のアイスティーを差し出した。

 

「えっ......なんなん?なんか違いあるん?まさかおやっさんもう口つけた後やった!?」

 

「あー違うよ奈々ちゃん!これは俺がその人その年代に合うように仕上げたアイスティーだから」

 

「へーそうなんか......ようわからんけど、いただきます!」

 

朝比奈は差し出されたアイスティーを持って、ぐいぐいと一気飲みする。その様子を見ておやっさんも戸惑いながらグラスを口につけて呟いた。

 

「さっきウチの冷蔵庫のアイスティー入れてたの見たんだがなぁ......気づかれないようになんかやばいもん入れる系の技なんだろかな......」

 

渋々飲むおやっさんをよそに、朝比奈はぷはっ!と一息吐いてグラスを下げた。

 

「いやー美味しかった!ちょうど喉乾いてたから元気100倍!......ちょっと気合い入れて掃除してくる!」

 

朝比奈は元気な笑顔でモップを手に取り、走り出す。しかし、直後にチリンチリン、と小気味よい鈴の音が鳴って店の入口のドアが開き、立ち止まった。

 

「あっ!いらっしゃい!」

 

[newpage]

 

五代は、朝比奈に挨拶された女性の姿を見て笑顔を向けた。

 

「あ、[[rb:桜子 > さくらこ]]さん!おはよう!......今日も徹夜お疲れ様!」

 

「うん、おはよ!ふふ、朝から奈々ちゃんに元気貰った気分!」

 

彼女は[[rb:沢渡 桜子 > さわたり さくらこ]]。城南大学の院生で、九郎ヶ岳遺跡で発見されたクウガやグロンギにまつわる手掛かり、古代文字の解析研究をしている。

 

徹夜明けを感じさせない笑顔でスタスタとカウンター席へ歩いていく沢渡。その際に五代は沢渡に気になっていることを質問した。

 

「はいこれ、桜子さん用のアイスティー、飲んで!......あれからどう?なにかまた新しいことわかった?」

 

沢渡は椅子に座るとアイスティーを受け取り、鞄から資料を探し始めた。

 

「うん、ありがと!そうそう、また別の古文で、気になる一文を見つけたの。もしかして五代くんにも通じることなんじゃないかと思って......そうこれ!見て!」

 

沢渡が資料を広げると、五代は食らいつくように身を乗り出す。

 

その光景を見ておやっさんはあくびをしながらウトウトしていた。

 

「ふーん、最近の若い子は古文に夢中なのか......なんか眠くなってきたな」

 

「あっ、おやっさんそのまま寝ちゃってて!そのアイスティー、おやっさんのにはばっちり疲れ取れる栄養剤入れてたから、ついでにちょっと寝たら元気一杯になるから!」

 

「んじゃま、お言葉に甘えて......」

 

おやっさんが眠気に負けて机に突っ伏すと、五代は満面の笑顔で頷く。

 

「五代くん?」

 

沢渡が五代を呼ぶと、五代はまたすぐ資料に目を向けた。

 

「あぁ、ごめんごめん、で、なに?」

 

「これ、また奇妙な一文があったのよ。読みあげるね。

 

......『邪悪なる黒雲に染められし国、数百の[[rb:民 > リント]]が残虐なる者へと染まる』

 

これには続きがあってね。この碑文なんだけど。

 

『聖なる泉を持つ民の王は闇に落ち、泉枯れ果てし時も民の王だった』

 

......っていう風に解読できたんだけど」

 

五代は理解に時間を要し硬直する。そして、腕を組んで顔をしかめると沢渡に質問をなげかけた。

 

「うーん、これさ、邪悪な雲で数百の人が殺されたってこと?」

 

「ううん、なんか違うみたいなの。この碑文にはグロンギの文字だと思うのも紛れてて......。この残虐なる者っていうのはリントの文字じゃないと思う。

私の推測だけど、殺されたんじゃなくて、人が変わったみたいな表現に感じる。

こっちの碑文はそんな風に読める気がするから。

それと......ね、あの一条さんの言葉」

 

「一条さん?」

 

沢渡は五代の理解してない様子を察し、アイスティーを一口飲み、続けた。

 

「一条さんが未確認生命体B1号から聞いた言葉。

『リントもやがて我々と等しくなる』

っていうやつ。

もしかしたら、この邪悪な黒雲っていうのが、その等しくなるキーワードに繋がるような気がするの。

描き方的には外部の手で染められたっていうようになってるけど......。

それで、こっちの碑文は......」

 

沢渡が資料に指をさして解説を続けようとしたが、突然五代の携帯電話が着信音を鳴らし、遮った。

 

「あっごめん桜子さん、ちょっと待って......あっ一条さんからだ!

......はい!五代です!」

 

はい、はい!と元気に応対する五代を尻目に、沢渡はアイスティーをくいっと飲み干した。

 

すると、五代は突然声色を変える。

 

「えっ!?未確認が......!?」

 

沢渡は目を見開いてガタッと立ち上がり、エプロンを貰いに行こうとする。しかし五代は平手をかざして沢渡を止めた。

 

「はい......はい、了解です。あの、一応ですけど......くれぐれも気をつけて!後で行きますね!失礼します!」

 

五代は電話を切ると、笑顔で沢渡に向き直った。

 

「えっ、未確認、出たんじゃないの?大丈夫?」

 

不安そうな沢渡に対し、五代は落ち着いていた。

 

「なんか、自分のことを未確認生命体だって言ってる人が出頭しに来たんだって。

暴れる感じでもないし、見た感じ普通の人っぽいらしいけど一応未確認生命体関連だから連絡したって」

 

沢渡はそれを聞くと安心したように笑顔で椅子にもたれかかる。

 

「なぁんだ、イタズラみたいなもんかぁ。びっくりした。

ふあぁ......なんかいきなりビックリしてから安心したからちょっと眠くなっちゃった。

......ん?」

 

沢渡は飲みきったグラスの内壁についている粉末状の汚れを見つけ、まじまじと見る。

 

「五代くん、アイスティーになんか入れた?普通に美味しかったけど......」

 

「あ!それは俺の810番目の技!アイスティーにその人に合った仕上げをしてみましたっていう......桜子さんには疲れの取れる栄養剤入れてみたんだけど、ダメだった?」

 

「へぇ〜、てっきり急に眠気きたから睡眠導入剤でも入れたのかと思っちゃった。

単に私の徹夜が効いてて、突然身体が疲れを意識しちゃったのかな。

今日、暇そうだし、忙しくなるまでちょっとだけここで仮眠取ってもいい?五代くん仕事終わりに一条さんに会いに行くなら、私も資料のこと話したいし誘ってくれるかな?」

 

五代は沢渡に笑顔でサムズアップすると、カウンター裏からブランケットを取り出した。

 

「もちろん!じゃあ気にしないで寝てて!おやすみ!桜子さん!」

 

「うん、おやすみ......五代くん」

 

五代がブランケットを沢渡にかけると、とろりととけるようにカウンターに突っ伏してあっという間に眠りに落ちてしまった。

 

その光景を見て、朝比奈が呟く。

 

「そうしてると、なんか五代さんと桜子さん夫婦みたいやんか。私も五代さんに布団かけて貰って寝たいわー」

 

そう言うと、パタパタと掃除を続行する。五代は照れくさそうにあはは......と笑っていた。

 

[newpage]

その頃警視庁、未確認生命体関連事件合同特別捜査本部ではひと騒ぎが起きていた。

 

応接室にて、三人の部外者と刑事一人が向かい合っていた。

 

応対する強面の刑事の名は[[rb:杉田 守道 > すぎた もりみち]]。未確認生命体関連の事件の担当をする捜査一課の一人である。

 

「悪いね三人とも。もう少しでここらの未確認生命体事件の詳しい人間が来るから、お茶でも飲んで待っててくれ」

 

慣れたように親しげにお茶を勧める杉田。三人はお互いに顔を見合わせながら湯呑みを手に取り、少量を飲む。

 

「......ありがとうございます。僕達のお話に時間を割いていただいて......」

 

中心に座る華奢な好青年は湯呑みを置いて頭を下げると、右隣の少女と左隣の体つきの良い男性も頭を下げた。

 

「いやいや......。うーむ......これはどうしたことやら......」

 

杉田は三人の真剣な態度に対し、切り返しを迷っていた。

 

本来であれば人騒がせな一般人の[[rb:悪戯 > いたずら]]には厳重注意の上やめるようにしてもらうか、公務執行妨害として罰するかの対応をするしかないのだが、彼らにはそんな悪戯のような雰囲気は感じられないのだ。

 

その時、静寂の中でコンコンコン、とドアを叩く音が鳴った。

 

「一条です」

 

「あぁ、一条。入っていいぞ」

 

杉田がそう言うと、「失礼します」の一言と共に一条と名乗る若い刑事が入室した。

 

一条は三人の来客を目にすると一礼会釈し、杉田の隣に座った。

 

「初めまして。私は長野県警警備課所属、未確認生命体関連事件合同特別捜査本部捜査一課の[[rb:一条 薫 > いちじょう かおる]]と申します。

......杉田さん、現状は?」

 

流れるように自己紹介をする一条。杉田はほぼ白紙のメモを片手にお手上げのジェスチャーをすると、説明を始めた。

 

「今のところ、彼らから聞いた情報には不明な点が多い。

まず名前だが、日本人としてのフルネームが無い」

 

「フルネームが?所在は......」

 

「所在も不明だな。そもそも住所というものを分かってないというか、身分の証明すら出来ない。

調べても合致する情報は全くない。

現状特定できない限りは存在しない人間......ってことだな。

未確認とは違うが意味合いは未確認生命体みたいなもんか」

 

「そう......ですか。ありがとうございます」

 

一条は煮え切らないような表情でメモ帳とペンを取り出し、スラスラとメモを取る。

 

書き終えると、三人に向き合って真剣な表情で話し始めた。

 

「単刀直入に申し上げます。私たちの捜査している“未確認生命体”は、人間とはまさしく別種の生物です。

姿かたちこそ人間と同じに出来ますが、どんな凶悪犯よりも悪質で、冷酷な殺人鬼であります。

もしもあなた方がそんな未確認生命体であるならば、話を聞く価値はあります。

しかし、これが単なる悪戯で、私達が未確認生命体に対する捜査、対策をする上での無価値なものとなったとすれば、それは公務執行妨害。[[rb:即 > すなわ]]ち、刑罰の対象になります。

今ならまだ、私達はあなた方に刑罰を与えたりはしませんが、本当に私達の時間を割いてよろしいですか」

 

一条は多少の怒りも混じった面持ちで三人に説明すると、中心に座る男は真っ直ぐ一条を見て頷いた。

 

「難しいことは分かりませんが、僕達は本当に世間で言われる“未確認生命体”そのものなのです。

どうか、僕達の話を聞いてください」

 

男が頭を下げると、一条は驚き、少し考えると目を見開いて頷いた。

 

「......なるほど、これが皆さんが特別視するわけか。わかりました。一応話は聞きましょう。

私はこの未確認生命体関連事件のほぼ全てに関わり、目の当たりにしています。

その特徴と照らし合わせ、あなた方が本当に未確認生命体であるという証明を見せてもらってから、今後の方針を決めていくことにしましょう。

それでは自己紹介を願えますか」

 

一条は手を差し出し、中心の男性の自己紹介を催促すると、彼は緊張した面持ちで話し始めた。

 

「僕はオカノと言います。こちらの女性はイキス、こちらの男性はソガドと呼んでください。

ここに来るまでの間は住職という方に匿ってもらいました」

 

「住職......残念なのですがそれは名前ではありません。

何処のお寺に行ったのでしょうか」

 

「お寺......?

すいません、僕達はあまり現在の文化に詳しくなく......。

とても親切なお方で、迷い込んだ僕達を良くしてくれました。

信じられないかもしれないですが、僕達は最近土の中から目覚めたのです」

 

「何......!?」

 

その言葉に驚く一条。ふと杉田を見ると、頷きながら困惑していた。どうやら彼は先に知っている情報のようだった。

 

一条は部外者に未確認生命体に関する確信的な情報を与えないよう、恐る恐る質問を投げかけた。

 

「......皆さんは、自身の呼び名のようなものはありますか」

 

「呼び名......ですか。

それが、すこし思い出しにくくて......

リ......リン......」

 

オカノは頭を抱えて唸る。

 

一条はさらに驚き、言葉を失う。リン......この先に続く言葉次第では重大な問題になる。

 

まさに今捜査している未確認生命体の手がかりには、『リント』と呼ばれる古代人の文字が関わっているのだ。

 

唸り続けるオカノ。その隣の二人は表情ひとつ変えずただ姿勢よく座っていた。

 

「......オカノさん。両隣りのイキスさんとソガドさんの話も聞いてよろしいですか?」

 

オカノは悩むのを一旦やめ、また一条に向き直る。

 

[newpage]

「二人は僕を昔から支える、勇敢な戦士です。

今は何も言わず僕の後を着いてくるだけなのですが、心優しく、強く、賢い仲間だったことは覚えています。

僕の中に残った記憶は、彼らの名前と、少しの昔の出来事だけです。

他はこの時代に順応させるかのように、“神秘の石”がこの言葉を授けてくれました」

 

二人の肩を叩き、感傷に浸りながら話すオカノ。対して一条は動揺していた。

 

まだ信用するには足りないことは多いものの、自分達が調べてきた古代文明にはかなり通じるものがあるのだ。

 

「すいません、神秘の石......というのは」

 

「神秘の石......それは僕の体内にあります。僕は昔、この石を使う権利があったのでしょう。

名前は思い出せませんが、僕を支え続けた大事な体の一部です。

きっと必要になれば僕の記憶を戻してくれると信じていますが......」

 

一条はサラサラとメモを書くと、ペンのノック部分を額に突き立てながらメモ帳の他のページをパラパラと見ながら質問を続けた。

 

「......ここまで信じていない訳ではありませんが、なにかあなた方が未確認生命体であるという証明出来ることはありますか」

 

オカノは突如顔を曇らせると、少々の時間を置いてから両隣りの二人の顔を見て、決意したように頷いて口を開いた。

 

「ボソギダギ.....ザガ、ギラパラザ、ゴガゲサセス......」

 

「なっ......!?」

 

オカノは不気味な声色で、あの未確認生命体が話していたような謎の言語を口にする。

 

それは本能的な恐怖を感じさせ、一条は手が強ばり、ペンを握る手を震わせた。

 

「デゴブセビバス、ラゲビ......」

 

「も、もういい......な、なんだ、それは......?」

 

一条は冷や汗をかきながら、確信に迫る質問を投げかける。

 

オカノは浮かない顔で一条に話す。

 

「これは、僕達がある日、恐ろしき黒い闇に包まれ、大量に仲間だった者達を亡きものにした時に授かった悪しき言語です。

この言葉を使うと......僕達は心が少しずつ闇に呑まれる......」

 

その時、ソガドは突然すっ、と立ち上がる。

 

困惑する一条と杉田。オカノも驚き、困惑していた。

 

「ソガド......?」

 

ソガドはじっと一条を見ると、ゆっくりと口を開き、息を吸い込むとはっきりと呟いた。

 

「ボゾグ」

 

「......は?」

 

一条は困惑して聞き返すも、オカノは驚いて立ち上がり、ソガドの前に立って体をおさえた。

 

「......ギズラセ、ソガド!」

 

「リント......ゴボゾグリント」

 

ソガドはオカノに構わず腕を振り上げる。

 

その瞳は、殺意を感じさせる程の狂気を孕んでいた。

 

「ギズラセ!」

 

オカノが大きな声で叫び、応接室をまた静寂に戻すと、暫く二人の動きが止まる。

 

「......オカノさん......?ソガドさん?」

 

杉田が焦りつつ問いかけると、また少しの間を開けて、ソガドがゆっくりと着席した。

 

しかし、オカノは立ったまま自身の胸を抑えていた。

 

不審に思った一条は、右手を銃にそっと当てながら恐る恐る問いかけた。

 

「オカノさん......大丈夫ですか?」

 

「......ハァ......ハァ......ハァ、ハァ、ハァ......」

 

オカノは返事をするでもなくくらりくらりとよろめきながら椅子に座り込むと、呼吸がさらに早くなっていった。

 

「ハァ、ハァ、ハァハァハァハッハッハッハッハ......」

 

「まずい、過呼吸だ!!一条、緊急ダイヤルするぞ!」

 

「いや!ここは私の指定の病院に任せましょう!」

 

一条は携帯電話を開き、立ち上がって杉田の服をつかんで立ち上がらせ、急いでダイヤルすると、応答を待ちながら速やかに拳銃を三人に向けた。

 

「一条......!?」

 

「杉田さん......」

 

一条は、未だに過呼吸が収まらないオカノに拳銃を向けたまま、冷や汗をかきながらひとつ唾を飲み込み、呟いた。

 

「彼らは間違いなく、未確認生命体です......!私は病院に連絡します、杉田さんは厳重注意の伝達を!」

 

「あ、ああ!わかった!!お前がそう言うならそうなんだろうな!!......五代は呼ぶのか!?」

 

「......緊急招集しましょう!よろしくお願いします!」

 

「わかった!......こちら杉田!!......」

 

非常ベルが突如鳴り出し、警視庁全体が騒がしくなると、冷や汗をひとつ垂らして一条は周りに聞こえないように呟いた。

 

「......困ったな。撃つべきか、撃たないべきか......。

しかし彼らは話が出来る......」

 

[newpage]

その30分後。五代雄介は警視庁から支給された改造バイク、ビートチェイサー2000に跨り、颯爽と現れた。

 

呼び出しのあった警視庁に到着するとすぐさまヘルメットを脱ぎ、包囲している警察官を掻い潜って中に入った。

 

「すいません!失礼します!......一条さんは!?」

近くにいた警察官がその声に反応し、先導を始める。

 

その様子は特に焦った様子ではなく、僅かに困惑しているようであった。

 

「こちらです!五代さん!」

 

「わかりました!ありがとうございます!」

 

五代は即座にコンコンとノックをし、入室する。

 

「失礼します!着きました!一条さん......?」

 

すぐ近くにあった応接室に案内されると、そこには銃を構えながら電話をする一条と、ソファーに座った男女に抱えられてうなだれる男の姿があった。

 

「そこをなんとか......頼む......。

あぁ!五代!今、五代が来た!それなら大丈夫か!?

......あぁわかった、後で連絡する!協力を感謝する!」

 

一条は電話を切ると、五代を手招きし、近くに呼び寄せる。

 

「一条さん、今これはどういう状況ですか......?」

 

「この三人は未確認......かもしれない。奴らと同じ言語らしき言葉を口にした。

それに、奴の言う話はどこか古代文明と繋がりのあるキーワードばかりだ。

危険性は感じないが......奴らが未確認と同一の存在なら危険だ。椿の所へ行って見てもらおうと思ったが、俺たちでは手に負えない。

だから来てもらったんだ。すまないな、いつも呼び出してしまって」

 

申し訳なさそうに目を閉じ、顔をしかめる一条。しかし五代は首を横に振って笑顔を向ける。

 

「大丈夫ですよ!これもみんなの笑顔のためですから!」

 

──ドクン。

 

その時、五代の体に脳天から足先まで一直線に電流が走り、心臓が強く唸った。

 

「んぐっ......!?」

 

「五代!?大丈夫か!?」

 

五代が突然の動悸に胸をおさえる。一条がその様子に戸惑いつつも気遣う。

 

それと同時に、ビクン!とオカノが痙攣し、大きく目を開いた。

 

「......みんなの......笑顔のために......?この共鳴は......アマダム......」

 

オカノは頭を乗せていたイキスの太ももを掴んで立ち上がろうとしたが、ずるりと滑って床に転げ落ちた。

 

ドンッ!という音に驚き、チャキッと音を鳴らして銃を再度向ける一条。

 

「オカノさん、意識が戻ったのなら......一旦席に掛け直し、敵意がないことを証明してください......」

 

一条は警戒しつつオカノの次の出方を伺う。しかし、その隣にいた五代は大きく息を吸い、深呼吸すると迷いなくオカノの元へ歩き、抱き起こした。

 

「なに!?五代ッ......」

 

驚く一条だが、五代はオカノに優しい微笑みを向けていた。

 

「オカノさんと言うんですね。俺は五代 雄介って言います」

 

その五代の微笑みを見るオカノは、次に五代の腹部を触る。

 

すると、また五代に大きな心臓の唸りが響いた。

 

「ぐっ......!?」

 

「大丈夫です。五代さん。......あなたはどうやらこの時代の戦士......霊石を手にする者ですね。

......安心しました」

 

オカノは一瞬白色にパッと輝くと、次の瞬間にはスクッと立ち上がり、五代に手を差し伸べた。

 

「僕はオカノ。あなたに会いに来ました。」

 

「......俺に?オカノさん、あなたは一体......」

 

一条はその光景を見ながら、危機を感じつつ混乱していた。

 

「彼は......味方なのか......それとも、敵なのか......?」

 

一条の言葉が聞こえてか、オカノは一条に目を合わせ、切なそうに眉を下げ、微笑んだ。[newpage]

五代がオカノの手を取り、痛む腹部を押さえて立ち上がると、突如ゾロゾロと銃を持った武装警察が入室し始めた。

 

そのうちの一人が一条の隣に立つと、オカノに警戒しつつ話しかけた。

 

「一条さん。大丈夫なんですか、この状況は」

 

「......わからない。神経断裂弾は装填してあるのか?」

 

「もちろんです。一条さんにもカートリッジを......」

 

そんな会話のうちにも、部屋の隅々に武装警察が待機し、オカノと五代、そして依然として着席したままの二人を円形に囲みこんでいた。

 

オカノは静まり返る応接室をぐるりと見渡し、ボソリとつぶやく。

 

「......この僕らに向けられた敵意。今にも気が......狂ってしまいそうだ」

 

歯を食いしばってぶるぶると身震いするオカノ。イキスとソガドの様子はまったく変わらず、ただただ不気味なまでの無表情で座っているばかりだった。

 

オカノの様子を気にかけた五代は大きく深呼吸すると、オカノの肩を叩いて笑顔を向ける。

 

「大丈夫、オカノさん。......皆さん、銃を下ろしてください!」

 

武装警察達が戸惑う中、一条は一瞬考えこんだが、率先して銃を下ろす。

 

その様子を見た武装警察達は次々に銃をおろし、全員が構えを解くと、五代はにこりと笑い、「ありがとうございます‪!」と言って頭を下げた。

 

オカノは安心したようにホッと一息つくと、五代はオカノに向き直って話しかけた。

 

「......オカノさん。こっちの二人も一緒で大丈夫なので、俺とゆっくり話しませんか。オカノさんの知っていること、思い出しながら!

 

今日は天気が良くて、綺麗な青空です。屋上があるので、そこでアイスティーでも飲みながらのんびりしましょう!」

 

オカノは顔を曇らせて返答を迷ったが、頷いて五代の手を取った。

 

「そうですね。行きましょう。イキスとソガドも着いて来てください」

 

オカノが二人に目を向けると、彼らはすくっと立ち上がり、五代をじっと見つめた。

 

五代は視線に少し戸惑いつつも軽く微笑むが、二人の手を見て表情を変えた。

 

「あの......二人共、手が震えて......大丈夫ですか?」

 

イキスとソガドは五代を無表情で気力なく見つめるが、それとは全くの対象的にガクガクと手を強ばらせて震わせていた。

 

二人は五代の問いかけにしばらく無反応だったが、オカノが二人に視線を向けると、ようやく五代に向けて首を縦に振り、頷いて反応を示した。

 

五代はなおも心配そうにしていたが、また微笑みを返した。

 

「まぁ、大丈夫ならいいんですけど......」

 

しかし、一条は二人を不審に思い、スタスタと歩いて五代の隣に立った。

 

「どうにもそちらの二人は様子がおかしいようですが、お身体の具合の程は大丈夫なのでしょうか。

もしこちら訪ねる際にお疲れのようでしたら仮眠室がありますが......」

 

イキスとソガドはゆっくりと一条の方を見る。しかし、彼らの代わりに口を開いたのはオカノだった。

 

「眠れる場所があるのでしたら、是非ともお願いしたいのですが......。

私は大丈夫ですが、二人は睡眠が必要でして......」

 

「そういうことでしたらご案内します。

......誰か、二人を仮眠室へお願いします」

 

二人は後ろから警察官に肩を叩かれてピクリと反応し、そのまま「どうぞこちらへ」と声をかけられ、先に応接室の外へ連れられていった。

 

[newpage]

五代は続いてオカノの手を引き、応接室を出るとそのままエレベーターへ向かって屋上へと向かった。

 

その最中、歩きながら五代は探るように岡野に話しかけた。

 

「オカノさん、俺、五代 雄介でもあるんですけど......クウガでもあるんです」

「クウガ......。そうですか。その力、その霊石にはやはりクウガが宿っていたのですね」

 

オカノは驚いたりするわけでもなく、その言葉を知っているように受け入れる。

 

五代はオカノの反応に驚く。

 

「知ってるんですか!?クウガのこと......!?」

 

オカノは頷くと、顔をしかめる。

 

「ええ。ただ......まだ僕の記憶は曖昧でして......。

思い出したら話します。僕の知っていることは、あの青空を見ながら話しましょう」

 

「......でもほんとにオカノさん、あの未確認生命体と同じなんですか?

あいつらは話が通じるやつらじゃないって思ってたんですけど、オカノさんはこうして話が出来るじゃないですか」

 

そう言いながらエレベーターのボタンを押す五代。直後に扉が開いて二人は誰もいないエレベーターに乗り込んだ。

 

そして、オカノはその扉が閉まると、また話し始める。

 

「ええ。そうですよ。紛れもない、僕はあの未確認生命体と同じ存在だと思っています」

 

オカノは悲しそうな眼で自分の手のひらを見つめる。

 

しかし五代はその様子を見て、その手のひらを両手で覆い包むように閉じて掴み、向き合った。

 

「......そんなことないですよ。きっと。

俺もあいつらと同じかもしれない力を持って、頑張って仲間を守るためにあいつらを......いや、彼らのいのちを奪ってきた」

 

オカノは目を見開いて驚き、五代と目を合わせた。

 

「彼らを......殺したのですか」

 

オカノの目を見ていた五代だったが、改めてその言葉を聞くと歯を食いしばり、手を離して目を背けてしまった。

 

直後にエレベーターの扉が開き、二人の前に光が差し込む。

 

「......そうですよ。僕も、殺したんです。そうしなきゃ、僕の仲間も、もちろん僕も殺される。そう思ったから殺したんです。

 

......着きました!行きましょう、オカノさん」

 

五代は表情を無理やり笑顔に切り替え、オカノの手をとると、明るい屋上へと飛び出した。

 

[newpage]

屋上は綺麗に晴れた青空と太陽に晒され、日の光で輝く都市が見渡せる。

 

「わぁ......」

 

オカノは景色に目を奪われ、柵に手をかけて放心する。

 

五代はふっと笑い、その横に立った。

 

「ここはまだ階数も少ないからそんなに高い建物は見渡せないけど、ここから見る景色は眩しくて綺麗ですよね」

 

オカノは静かに頷き、柵を背にして腰掛け、空を見上げる。

 

「......世界は随分と変わってしまった。でも、この僕の大好きな青空だけは変わらない。透き通るような青空は自分が吸い込まれていくような......」

 

そう言ってオカノは青空を見つめる。五代もその切なげに微笑む横顔を見て、一緒になって空を見上げた。

 

「うん、オカノさんは本当に古代から来たんですね。俺も好きなんですよね。青空。

俺、よく旅するんですけど、なんか寂しくなったりしたらこの青空を見るんですよ。

この空はどこに行っても繋がってる。青空の続く先に俺と出会った人達がいるんだって思うんです。

オカノさん、あの青空を吸い込むように一緒に深呼吸しましょう」

 

オカノは首を傾げて五代を見ると、五代はゆっくり大きく息を吸い、空に向けて息をゆっくりと吐き出した。

 

それを真似て、オカノもゆっくりと息を吸い込み、空に吐き出す。

 

「なんか、こうすると俺も青空になって広がっていくような気がするんですよね。

そうしたら、俺のやってる事なんて何でもかんでもちっぽけで、よし、まだまだ何でも沢山やれるぞ!俺!って、なる気がするんですよ」

 

「......ハハハ。五代さんはなんだか大きな人ですね。

ふぅー......。なんだか暖かくて眠くなってきました。

どこか腰かけて居眠りなんてしたいくらいですけど」

 

オカノは目を擦りながら近くのベンチに座ると、うとうととし始める。

 

すると五代は笑顔で見つめ、また青空を見上げると、はっと思いついたようにオカノに話しかけた。

 

「俺喉乾いたな。喉渇かないですか?俺、飲み物持ってきますよ。待っててください!」

 

「良いんですか?僕を一人にしたら、五代さん怒られたりとか......」

 

「大丈夫!」

 

五代は心配するオカノにサムズアップを向ける。

 

「この青空が好きで、穏やかなオカノさんが危険な人なわけないって俺、信じてますから!それじゃ!」

 

五代はそう言うと、いそいそと来る時とは違う場所の階段をかけ降りていった。

 

五代が見えなくなり、足音も聞こえなくなると、オカノはまた青空を見上げて呟いた。

 

「......信じてます......か。

僕は......いや、今は気にしなくていいか......」

 

オカノは眩しい空を見上げたまま、目を瞑り、すうっと眠りに落ちていった。

 

[newpage]

五代は階段を降りた先でこちらに走ってくる一条を見ると、笑顔で立ち止まった。

 

「一条さん!ここで待ってたんですか?」

 

「ん!?一人なのか!?オカノさんは......」

 

五代は不安げな一条をなだめる。

 

「屋上で休んでますよ。それで俺が飲み物を持ってこようと降りてきたんです。

大丈夫ですよ。オカノさんは危ない人じゃないです」

 

「......なぜそう言いきれる?やつは自分から私は危険人物ですと自己紹介をしたような立場の人間だぞ」

 

「俺さっき、オカノさんと青空について話したんです。

あの人、青空が好きだって言ってました。

今も昔も変わらない綺麗な青空が好きだって。

俺、そんな人が悪い危険な人間だと思えなくて、信じてみようかなって思ったんです」

 

一条は五代のその真っ直ぐな眼を見て、困り顔で腕を組み、唸った。

 

「五代......お前は......」

 

忠告の言葉を言わんとした次の瞬間、館内に突然、ジリリリリ!と非常ベルが鳴り響いた。

 

続けて館内放送が流れる。

 

『緊急事態発生!緊急事態発生!仮眠室にて例の二名が暴走!変異して脱走しました!!繰り返します!......』

 

「なんだって!?五代!一旦オカノのところへ!!俺は脱走した彼らを追跡する!!」

 

「わ、わかりました!

......そんな、オカノさんは......!?」

 

二人は反対の方向へ走り出し、各々の苦悩の表情を浮かべていた。

 

[newpage]「オカノさん......オカノさん!!!」

 

階段を登りきり、大声で名前を叫ぶ五代。すると、それに驚いてオカノは飛び起きた。

 

「うわっ......なんですか、五代さん......」

 

「あっ......よ、よかった、オカノさんは普通なんですね......それより!」

 

五代はオカノの元へ走り寄る。

 

「今、オカノさんと一緒だった二人が、変異して脱走したっていう知らせが入ったんです!一条さんが現場に走っていったので、オカノさんの様子を見に来たんです!!」

 

「えっ......ま、まさか......くっ、すいません!五代さん!!」

 

オカノは歯を食いしばって焦燥し、立ち上がると、突然黒い“モヤ”を身に纏い、柵に向かって走り出した。

 

「おっ、オカノさん!!?危ない!!!」

 

彼は五代の静止を無視し、柵の頂点に足をかけて飛び降りていった。

 

五代は焦りながらも冷静に携帯電話を取り出す。

 

「オカノさん......本当に......。

やるしかないのか......。

もしもし一条さん!オカノさんが飛び降りて脱走してしまいました!俺、追いかけます!」

 

『ああ、わかった!こっちも追跡の準備が整ってる!頼んだぞ五代!』

 

「了解です!!」

 

五代は電話を切って衣服にしまうと、両横腹に手をかざす。すると、たちまち煌めくような蜃気楼が発現し、一瞬にして腰に不思議な力を宿したアイテム、“アークル”が巻きついた。

 

五代はゆらりと右手を正面に出してかざすと、息を吸い込み、気持ちを切り替えるように叫んだ。

 

「変!身!!」

 

そして、両手をアークルの左部分に寄せ、内部の力を広げるように全身を大の字にすると、瞬く間に五代雄介は青の“クウガ”へと変身した。

[newpage]

クウガが飛び降り着地する頃には、パトカーやバイクが数台先に追跡を開始しており、次々に後方から発進していた。

 

しかし、クウガは辺りを見回すと、戸惑って立ち尽くしてしまった。

 

「......いない。オカノさんを見失った......」

 

その後方から一条が近づき、クウガに話しかける。

 

「五代。報告によると、飛び降りたオカノはふわりと煙のように消えてしまったそうだ。

......やはり未確認生命体であることは間違いないらしい。

今手分けして逃亡した二人......もとい三人の捜索を開始したが、五代。お前はどうする」

 

クウガは変身を解き、五代 雄介の姿に戻ると、近くに停めてあったビートチェイサー2000に跨った。

 

「探すしかないと思います!本当は空から緑で探そうと思ったんですけど......相手がどんなやつか分からないと......。

だから俺も走り回ります!なにかわかったら連絡ください!!」

 

「あぁ、わかった!そっちでも発見次第教えてくれ!力になる!」

 

「はい!」

 

五代は力強く返事をして頷くと、ヘルメットを被り、グリップを捻って道路を駆け抜けていった。

 

 

 

 

 

 

その頃、ソガドとイキスは人間の姿に戻り、誰もいない廃工場のひと部屋で向かい合っていた。

 

はじめに、ソガドが口を開いた。

 

「私達の他に、ゲゲルを行える者は残っていないようだ。

......私もゲゲルに参加したい」

 

イキスはふっと笑うと、警察の持っていた銃を懐から取り出した。

 

「リントの武器を奪って正解だった。

私もヌの名を持つ者。これの消耗品の複製は出来る」

 

イキスは銃を地面に向けると、引き金を引いて弾を発射して見せた。

 

「......ゲババブザバサ、ボセゾヅバゴグ」

 

イキスは銃を投げてソガドに手渡すと、ソガドもにやりと笑って銃を眺めた。

 

「バダギン、ザジレデンゲゲル。

スススロビレデブセ。

"ヌ・イキス・ギ"」

 

ソガドは銃をズボンのポケットにしまうと、興奮した荒い息遣いでにやけながらイキスを見る。

 

「......バギンドドググ、ビヂバボンバギサセダ、ズゴゴジバン。

ゴボガギザビ、バギングバギングギブグドバギンググシギドパパンジド」

 

「ギギザソグ」

 

不気味な言葉を流暢に操る二人には、最早普通の人間とは形容しがたい邪悪な雰囲気が漂っている。

 

その疎通の直後。

 

「やめろっ!!!!その言葉を使うな!!!」

 

部屋に二人とは違う声が響いた。彼はオカノだった。

 

二人は無表情でオカノを見ると、ピタリと動きが止まる。

 

「......そんなことをしようとするな。11日間の、限られた4時間で、514人?

そんな数のリントを、仲間たちを殺して、何になるって言うんだ......?」

悲しそうな表情でソガドやイキスに訴えかけるオカノだが、ソガドは尚も呟いた。

 

「バダギバ、グロンギ......」

 

「違う!!!君は、ソガドだ!!悪しき民族じゃない!!!」

 

「バダギバ、グロンギ、"ク・ソガド・バ"......」

 

「違う!!!!!」

 

──違わないよ

 

「なっ!?」

 

オカノの脳に響くような青年の声。

 

導かれるように視線を建物の外へ向けると、そこには真っ白な衣服を着た青年が立っていた。

 

──君もそうだ。そうなったんだ。待ってるよ。君たちの決めたゲゲルのその先で。

 

「なっ、何を馬鹿な......」

 

オカノが言葉を発した直後には、見えていたはずのその青年の姿は消え、振り返ると、いたはずだったソガドとイキスの姿さえも忽然と姿を消してしまっていた。

 

取り残されたオカノは、目に涙を浮かべながら床にへたりこんだ。

 

「そんな......止めなければ......しかし、私自身も......」

 

オカノは自分の右手がかすかに震えているのを見ると、左手で必死に抑え込んだ。

 

しかし、結局はその左手も一緒になって震えるだけであった。

 

オカノは一人、震えを抑えるように縮こまっていた。[newpage]

 

捜索を始めて数十分。機動警察隊の焦りとともにけたたましくサイレンが鳴り響く。

 

その中、ついにひとつの通報が入った。

 

呼出音が五代の乗るバイクから鳴り、回線をオープンにすると、一条の声が響く。

 

「五代!一人目の被害者が出てしまったようだ!

場所は下北沢駅周辺!そこで多くの男性が、股から胴にかけて鉛玉を撃ち込まれ絶命していると報告があった!」

 

「もう被害者が......わかりました!すぐ行きます!!」

 

五代は悔しさにヘルメットの中で顔をゆがめ、現場に急行する。

 

 

 

現場、下北沢駅周辺の一角にある路地裏にて、残虐なゲームは行われていた。

 

全体的に黒く、毛深い、赤い複眼のハエのような怪人が茶色のヘドロを逃げ惑う男に投げつけ、ブブブブと不快な羽音とともに加速しながら接近する。

 

小刻みに動く二枚の羽は微量に怪人の移動速度を上げているようで、走り続ける男に対してどんどん高速で近づいて行った。

 

「だ、誰かたすけ......」

 

男は何度も建物の間を縫うように曲がり、加速し続ける怪人を何とか引き離そうとするも、ついに大きなヘドロを後頭部に投げつけられ、倒れ込んでしまった。

 

「ぐあっ!く、くさい!やめ、やめてくれ!!」

 

彼の元に近づく不快な羽音。徐々に大きくなり、風を感じるほどになるとピタリと音が止まる。

 

後頭部から垂れてきたヘドロで視界が侵食された男には何が起こっているか分からなかった。

 

「ダラサベベゼ」

 

「ひっ......」

 

怪人の発した不気味な言語を耳にした男は恐怖で体が硬直し、四つん這いのまま動けなくなっていた。

 

そこに、無慈悲にバァン!と快音が響き渡り、どしゃりと倒れ込む男の音を最後に静まり返る。

 

怪人は人間の姿に変化すると、路地をぬけて道路へ出ていった。

 

すると、遠くからサイレンの音が続々と集まり、あっという間にパトカーは彼を包囲した。

 

「目標......ソガド氏を発見しました!」

 

警官の一人が叫ぶと、次々に六人の警官が銃と盾を構え、ソガドに警戒を始める。

 

等のソガドはニヤリと笑みを浮かべると、どこからか取り出したヘドロを体に塗りはじめ、あたりにはたちまち酷い悪臭がたちこめた。

 

「うっ......撃て!!」

 

銃を持った警官達は一斉に神経断裂弾を発射し、見事に全弾がソガドに着弾する。

 

「ビロヂゲゲンジャ」

 

一度は怯むような姿勢を取ったソガドだが、カランカランと銃弾が地面に落ちると、何度か小さく跳躍し、包囲を抜けるように警官を飛び越すほどのジャンプを繰り出した。

 

「うわっ!ばかな、神経断裂弾を受けて動けるなんて......」

 

直後の跳躍で、道路をせきとめる警官二人を飛び越す。しかし、その方向の先から聞こえるエンジン音とともに、掛け声が響き渡った。

 

「おりゃぁーっ!!」

 

「ングゥ.....!」

 

警官らの頭上高くでぶつかりあった音がすると、ソガドは包囲網の中心に背中から転げ落ち、続いて仮面ライダークウガ、マイティフォームこと、赤のクウガが二人の警官の前にしゃがみこむように着地した。

 

「第四号!......いえ、五代さん!!」「四号!助かった!」

 

恐怖と緊張に包まれていた警官らはクウガの到着によってそれぞれ安堵するが、一人の警官が五代に忠告する。

 

「五代さん!そいつの身体には、人間態でも神経断裂弾が効きませんでした!充分に気をつけて戦ってください!」

 

クウガは彼に振り向くと、頷いて反応し改めて腕を広げてソガドへと向き直った。

 

[newpage]

ソガドはゆっくり起き上がると、その間に近づいてきたクウガに殴りつけられ、後退りする。

 

「グゥ......アァーッ!」

 

苦痛に怯んだソガドは暴れるように何度もクウガに向けて拳を振るう。

 

何度か打ち合い、お互いに怯み距離を取ると、ソガドは視線を警官の一人に向け、走り出した。

 

警官に危害が加えられると察したクウガは声を上げて走り出す。

 

「あっ、危ないっ!!みんな離れて!」

 

あと一歩で警官を捕まえられてしまうところでクウガの渾身のタックルが間に合い、体勢を崩すソガド。しかし唸り声を上げながらクウガに掴みかかると、どこからか生成した悪臭を放つ茶色の物質を塗りつけながら激しく攻防する。

 

「くっ......くっ!!!」

 

「あぁ〜......ダラザベベゼ!!!」

 

クウガは振りほどくように大きく体を振り、殴りつけて抵抗するものの、段々と動きが鈍くなっていく。

 

パリパリ、パキパキと音を立て、その茶色の物質が固まり、動作を阻害していた。

 

距離を取りつつ悪臭に鼻を[[rb:摘 > つま]]む一人の警官が、クウガの拳から剥がれ飛んだその物質を慎重に採集してまじまじと観察をして呟く。

 

「ひどい臭いだ......これを科学警察研究所に持って行っていきます! 」

 

彼はその物質を密閉容器に詰めるとパトカーに乗り込み、去っていった。

 

そのまま続いて全員が去るかと思われたが、クウガが劣勢で苦戦を強いられる状況に退くに退けず、一同は銃を構える。

 

その様子に気づき、クウガは大きな声で呼びかけた。

 

「俺なら大丈夫です!!!それより、こいつを倒した時の爆発はどのくらい広いか分かりません!!避難をお願いします!!」

 

しかし次の瞬間、ソガドはクウガの顔に物質まみれの平手をぶつけ、怯ませてそのまま顔面を殴りつけて張り倒し、横たわったクウガに向けてその物質を連続で生成して投げつける。

 

あまりに劣勢。その危機的状況を見て退く者は誰一人いなかった。

 

「全員!一斉に撃て!!撃てぇーっ!!」

 

一人が叫ぶと、警官全員がソガドに向けて神経断裂弾を発砲し、ありったけの銃弾を装填して撃ち込む。

 

だが、そんな銃弾は全弾が命中するはずもなく、命中したものもその身体中の茶色の物質に弾かれて落ちてしまう。

 

健闘もむなしく、ソガドが横たわるクウガの元にたどり着くと、大きく息を吸い、勢いよく息を吐き出した。

 

「うっ!か、固まる!?」

 

クウガは焦り、声を上げる。息が当たった物質はパキパキと固まり、クウガをより動けなくするように縛り付けていた。

 

警官の一人がその様子を見て驚き呟いた。

 

「物質を固めている!?」

 

何度も放たれる銃弾を浴びるソガドだが、効いている素振りを一切見せずにクウガを拾うように小脇に抱えると、ソガドは不快な羽音とともに上空へ飛び去ってしまった。

 

[newpage]

クウガは身動きが取りづらいながらも必死に体を動かそうと力を入れる。

 

しっかりと羽交い締めで飛行するソガドに抵抗するため、思い切り体をくねらせようと力を込めると、腰のヘドロが砕けて剥がれ落ち、お辞儀の要領で頭突きをお見舞いした。

 

「グウオ!!!」

 

「やった!......おりゃあ!!」

 

もう一度渾身の頭突きを浴びせると、ソガドは飛行が安定しなくなり、手を離してしまった。

 

ソガドは緩やかにジグザグと飛行しながら墜落していたが、クウガは身動きが取れないまま凄まじい勢いで落下していく。

 

「あっ......やばい......うわあああ!!」

 

運悪く川の土手の下に叩きつけられ、凄まじい砂塵が撒き上がる。

 

背中から着地し、バウンドしてヘドロは砕けたものの、立ち上がることが出来ない。

 

「くっ......ぐは......うぅ、うぅー!」

 

ブルブルと痙攣する腕で立ち上がろうとするが、激痛でひれふす。その数十歩ほど離れた距離にふわりと着地するソガド。

 

そこに、川の中からザバァンと音を立てて顔を出す蟹のような甲殻類の生物に似た怪人が姿を現し、人間の姿に戻った。

 

「あ、あれは......イキスさん......。

未確認が二体......う、うう!!」

 

クウガは渾身の力で立ち上がり、ガクガクと震えながら構えを取るが、立つことに精一杯で目の前の脅威に気づけていなかった。

 

「ジャダダゼ。」

 

「あぐぅ!!!」

 

突然の重い一撃を顔面に貰い、弾き飛ばされるように地面に叩きつけられるクウガ。

 

ソガドが振るった拳は固まったヘドロで硬質化しており、殴った衝撃でバラバラと砕けて地面にヘドロが落ちる。

 

クウガは苦しそうな息を上げながらなおも立ち上がろうとするが、その身体はみるみる変化し、グローイングフォームこと、白のクウガに変貌していた。

 

その姿を見て、イキスは不敵に笑い、一言呟いた。

 

「すっげぇ白くなってる。はっきりわかんだね」

 

クウガはその嘲笑じみた言葉に憤り、拳を固く握りしめて立とうとするが、限界を迎えて力尽きてしまった。

 

その姿は五代 雄介に変化し、無防備になってしまうと、ソガドは嬉しそうに人間態へと変化しながら銃を取り出して近づいてゆく。

 

「ログギヂゾジャシダギゼ」

 

ソガドが呟き、五代の前でしゃがみこもうとすると、突然ソガドは対岸からの衝撃で弾き飛ばされた。

 

「グァッ!!?」

 

銃弾を放ったのは一条だった。

[newpage]

「......ジャラグスバ!」

 

イキスは姿をまた怪人の姿へ変化させると、高速で川に走り、沈む。

 

川底を走っている様子が分かるほどに水面が分断され、あっという間に対岸の水面から水しぶきを上げて飛び出し、着地すると一条に襲いかかった。

 

「くっ!」

 

一条は銃弾を一発当ててイキスを一瞬怯ませるが、すぐさま体勢を立て直して襲いかかってくるのを見て両腕で身を守ろうと身構える。

 

しかし、その瞬間に襲いかかったのはイキスではなく謎の強烈な眠気であった。

 

「はっ......!?な、なんだ、意識が......」

 

ゆらゆらとふらつき、膝を着く一条。しかし目の前の怪人から目を背けてはいけないと、必死に目を開けて状況を確認する。

 

「なに......?どういう......ことだ」

 

視界に映っていたのは、同じようにふらつき、ついには昏倒した怪人だった。

 

対岸には、五代の前で無防備に倒れ込むソガド。五代はこの眠気からかそれとも戦闘の疲労からか、同じように気絶している。

 

「ご、五代......うっ......」

 

一条も襲いかかる眠気に抗いきれず、ガクリと倒れ込み、気を失ってしまった。

 

 

 

彼らが静まり返ってから忍び寄る者。

 

彼は一条と五代をそれぞれ驚異的な身体能力ですぐさま抱えあげて回収し、怪人の元から消えていった。

 

[newpage]──五代くん!

 

「......ん?」

 

──五代!

──五代さん!

──お兄ちゃん!

 

「みんな......?」

 

みんなの声が聞こえる。色んな人の声が聞こえる。

 

五代はゆっくりと身体を起こし、見たことの無い綺麗な自然の景色の中で輝く、大勢の人達の笑顔を見る。

 

「どうしたの?みんな?」

 

──たのしい!

──うれしい!

──一緒に遊ぼう!

 

五代が受け止められないほどの大勢の人の気持ちが、怒涛に押し寄せてくる。

 

五代がこの最近の地獄のような世界から、心の底でずっと見たかったような光景がここにあった。

 

「......はははっ!もう大丈夫!じゃあこんなときは俺の1919番目の技!絶対みんな楽しくなる!いきますよ!1919〜!」

 

 

 

 

 

 

「五代ーー!!!」

 

「......うえっ、えっ?一条さ......ゆ、夢......?」

 

突然に響いた大きな声で、世界が大きく切り替わるように目が覚める。

 

五代は起き上がると周りを見回す。ここは警視庁の一室だった。

 

「本当に、いい夢だったなぁ......」

 

五代は緩みきった表情でため息をひとつ吐くと、一条もふっ、と笑顔になる。

 

「どんな夢かは聞かないが、よっぽど良かったんだな。

一段と顔が緩んでるぞ。

......だが五代。おまえは2日間も目を覚まさ無かった。

俺はなんとか起きたんだが......」

 

「えっ、2日間も......?まさかその間に未確認は!?」

 

不安に顔を青ざめさせる五代。一条も顔を強ばらせると、水の入ったペットボトルを手渡して手を引っ張り立たせ、部屋から出るように促した。

 

「わからないんだ。

......情報が完全に途絶えている。

 

とにかく歩きながら説明しよう。分かってることは本当に少ないんだがな」

 

「あっ、はい!」

 

五代は寝起きの乾いた喉を水で潤し、一条の後ろへ着いていく。

 

部屋を出ると、足音が一段と大きく響くほどの静寂が待っていた。

 

「......人の声がしないだろ。いつもなら未確認対策で常に騒がしかったというのに」

 

「そんな......まさか......」

 

五代は顔をゆがめ、拳を握りしめて震えるが、一条は肩を叩いて首を横に振った。

 

「違う。未確認にやられていなくなった訳じゃない。誤解を産んでしまって悪かった。

 

その答えはこの先の仮眠室で分かる」

 

「仮眠室......?」

 

一条は早歩きで仮眠室へ辿り着くと、五代が着いてきているのを確認して扉を開ける。

 

すると、そこには無造作に警視庁の面々が横たわっていた。

 

「皆さん!?......寝てる。一体何が......?」

 

「わからないんだ。俺も気がついたらここで寝ていたんだが、あまりの悪臭で目が覚めた。五代。わかるか?」

 

一条は鼻をつまむが、五代は恐れずに匂いを嗅ぐ。

 

「......たしかに、なんか臭いですね。これはいったい......」

 

一条は迷い、当たりを見回しながら考えるが、ふぅ、と一息ついて答える。

 

「言いづらいが仕方ない。男どもの夢精だ。五代も見たかもしれないが、恐らくここにいる全員が......淫夢を見ている」

 

「淫夢!?......ってなんです?」

 

「えっ......」

 

五代の純粋に聴く眼差しに、一条は戸惑って目を逸らすと部屋の外へ出てしまった。

 

五代は部屋を見渡すと、寝ている全員が安らかな満足感のある笑顔で寝息を立てている。

 

「......いい夢ってことかな」

 

五代は自然と笑顔になり、追いかけるように部屋の外へ出ていった。

 

[newpage]

一条は小時間考え込んでいたが、五代が様子を見ていることを察してやめ、スタスタと歩き出した。

 

「......椿も連絡はつかない。榎田さんが起きてくれたので、昨日から回収した物質の調査を続けてくれている。

そして、もう少しで桜子さんも来る。昨日警視庁に顔を出しに来て下さったんだ。碑文の解読結果と考察の話をしにな」

 

その話を聞くと、五代は「あっ......」と情けない声を漏らして顔をゆがめる。

 

「しまった、桜子さんに一条さんのところ行くなら連れてって、ってお願いされてたんですけどすっかり忘れて置いていっちゃいました......。

 

桜子さん、怒ってなかったですか?」

 

一条はふふっと笑うと、五代に向き合う。

 

「そうだな、謝った方がいいかもしれない」

 

「ですよね......」

 

五代は頭をポリポリと掻いて俯くが、一条は前へ向き直り、笑顔で呟いた。

 

「噂をすれば、来たぞ。桜子さんだ」

 

一条は五代に見えるように通路の端に寄り、右手で入口を指し示す。そこにはちょうど今入ってきた沢渡が立っていた。

 

「えっ、もうですか!......桜子さーん!ごめん!ほんとに!」

 

五代は沢渡を見るなり走り出す。しかし沢渡はすこし顔を膨らませる程度で、笑顔で迎えてくれていた。

 

「もう、いいのよ私怒ってないし。

一条さんになんか言われたんでしょ!

 

確かに連れてってくれなかったのはちょっとだけムッとしたけど、それより五代くん、目を覚まして良かった。ほんとに心配したんだからね!」

 

そこに一条が歩み寄り、会話に入り込む。

 

「桜子さんは五代が目を覚まさない事に心配して昨日は夜遅くまで付きっきりだったんだ」

 

「あぁ、ごめん心配かけちゃって......でも、すごいいい夢見たからもう元気100倍!大丈夫!」

 

五代は満面の笑みでサムズアップを向けると、沢渡はすこし驚いてみるみる赤面し、顔が強ばった。

 

「あっ、ご、五代くん、いい夢見たんだ!......えーと、どんな夢、とか聞いてもいい?」

 

一条はその質問に一瞬慌てたような様子だったが、ごほんと咳払いを一つしてどこか遠くを見る。しかし当の五代は二人の様子に首を傾げつつ、躊躇いもせずに話し出した。

 

「えっと、今まで会った人達みんなと、楽しく遊んでる夢......だね。

もちろん一条さんも、桜子さんも、榎田さんも、椿さんも......もうみんな!

みんなが笑顔で、楽しい、嬉しいって言ってくれる夢だったなぁ」

 

五代は斜め上を向いて夢を思い出して頷く。沢渡は不思議そうに五代に質問をする。

 

「みんなで......?五代くん、聞きにくいんだけど......えっちな夢見なかった?」

 

「えっちな夢......?そんな夢じゃなかったよ?」

 

「えっ......」

 

一条と沢渡は驚き、動きが止まる。その様子に五代は二人よりもさらに驚いていた。

 

「じ、実はね五代くん、今までで起きた人全員に共通するポイントなんだけど......

みんなえっちな夢を見ていたの。それが何を意味するのか分からないんだけど......」

 

「桜子さん、ここで立ち話も疲れるでしょうし、応接室へ行きましょう。空いてますよ」

 

一条は沢渡と五代を自分の前に立たせるように回り込み、手を広げて応接室へ誘引した。

 

[newpage]

沢渡は歩きながら五代に話しかけるが、目を合わせると照れくさそうに目を背け、前を向きつつ話し続けた。

 

「ごっ、五代くんがそういう夢を見てなかったのはなにか別の理由があるかもしれないんだけど......。

今のところ起きることが出来た人達はみんなそういう夢、いわゆるえっちな......なんかなんていえば恥ずかしくないのかわかんないんだけど......」

 

応接室の入口で先にドアを開けながら待つ一条が言いにくそうに口を挟む。

 

「淫夢、とよんだ方がいいと思いますよ。

少なくとも榎田さんと私はそう呼んでます」

 

「そ、そう、ですね!

夢の内容までは詳しく聞かないんだけど、淫夢であることは確かみたいなの。

それでね、こんな文献もあったから見てもらいたいの。一条さんにも。解読した結果なんだけど......」

 

応接室の長椅子に五代と沢渡が並んで座り、反対側に一条が座ると、沢渡はバッグから資料のコピーを取り出してテーブルに並べた。

 

「ここは五代くんには話したんです。

その続きで、資料の4枚目。読みますね。

 

『邪悪に染まりし民の王、その力は心を操り欲望を解放させ、やがて民は野獣とならん』

 

きっとこの民の王は未確認、グロンギに変えられてしまったリントの王様......。

 

1枚目にある『邪悪なる黒雲』がきっかけだと思うんです。

 

それがグロンギの力なのか、なんなのか分からないんですけど......」

 

「待て......いや待ってください桜子さん。

 

それって、リントは、人間はグロンギに変わるってことなんですか」

 

一条は明らかに血相が変わり、不安を感じていた。

 

「私は、B1号にリントはいずれ我々と等しくなると言われたことがあった。

 

そんなはずはない。奴らは我々とは別種の生命体だ。

 

人間態があったとしてもそれは人間態であって、あの凶悪な素質は我々には理解できない。

 

そう思っていた。

 

しかし......あの、彼らは......」

 

「彼ら......?」

 

「......いや、どうぞ続きを」

 

沢渡はその言葉に疑問を呈したが、一条は渋って言葉を続けず、首を横に振って手を差し出し、資料の続きを聞くことを選んだ。

 

「その、資料の5枚目なんですけど......。

 

『民の王は心を取り戻し、全てを忘れ、自らを戦士と共に封印した』

 

とあるんです。戦士は二人、それもどちらも名のある戦士で、女性と男性のリントみたいです。名前の記述もありました」

 

「なんだって......!?それじゃあ......」

 

一条は驚きの声を上げて目を見開く。五代も息を飲み、手が震えていた。

 

「次の資料です。6枚目に書いてあります」

 

沢渡はすぐに資料をめくるが、五代と一条は恐る恐るページをめくる。すると、読むことの出来ない古代文字が印刷され、その下に残酷な読み仮名が振られていた。

 

そして、沢渡はそれを読み上げた。

 

「上から右に『オ・カ・ノ』。

『イ・キ・ス』。

『ソ・ガ・ド』。

です。

この民の王はオカノという名前で......」

 

「なんてことだ」

 

一条はわなわなと資料をテーブルに置き、頭を抱える。

 

五代も困惑し、動揺を隠せない表情であった。

[newpage]

「オカノさんが......あの人たちが......本当に......」

 

「え?五代くん今オカノさんって......」

 

その時、一条の携帯電話が震え、着信音が鳴る直後に電話に出て、五代と沢渡も静かになった。

 

「はい。こちら一条。榎田さん、何かわかりましたか」

 

電話の相手は[[rb:榎田> えのきだ]]ひかりだった。彼女は科学警察研究所の責任者であり、様々な研究で未確認生命体対策のサポートをしている。

 

「──回収した物質の正体なんだけどね、ありとあらゆる毒素を含んでいて、成分自体は人糞に似ているわ。

まともに人が触れると大変なことになるし、あまりの悪臭でハエが寄ってくるからもう処分するわね。

とりあえずそれ以上にわかったことは無いから、私とりあえず一旦戻って家族の様子を見に行くわ。

[[rb:冴 > さゆる]]が心配だもの......」

 

榎田にはひとり息子の榎田 冴がいる。こんな状況では心配で気が気でなくて当然である。

 

最も、この業務も本人の希望で行っていたのだろうが、人類の危機のために尽力する姿勢はひしひしと伝わってくる。

 

一条は電話口ながらも敬意をこめて頭を下げつつ、応える。

 

「ありがとうございます。榎田さん。あとはこちらで何とか動いてみます。

 

今は是非、冴くんの傍にいてあげてください」

 

「──ありがとう。人不足も人不足な状況本当に申し訳ないんだけど、そうさせてもらうわね。

 

何かあったら電話して。私もすぐ駆けつけるから」

 

「ありがとうございます。それでは......」

 

電話が切れると、一条はまたも6枚目の資料に目を通す。

 

「五代。これが本当ならオカノは......」

 

「......でも俺、信じられないです。

 

あの人は青空が好きで、優しくて.....。

 

あんな人が未確認と一緒だって......」

 

五代の手はますます震え、表情も強ばる。

 

沢渡はその五代の様子を察しながらも、資料を置いて両手で震える右手を包む。

 

「五代くん。

 

この碑文通りなら、オカノさん、つまり民の王は優しいグロンギだった可能性が高いの。

 

もしかしたら、無責任で申し訳ないんだけどね、話せば分かるんじゃないかって思うの......。

 

また勝手な私の勘なんだけどね」

 

「桜子さん......」

 

五代は潤んだ目で沢渡と目を合わせると、決意したように立ち上がった。

 

「......桜子さん、資料、もうこれで終わりですか」

 

「えっ、そ、そうだけど......」

 

「俺、行きます。どこにいるかなんて分からないですけど、オカノさんと話に!

居てもたってもいられないんです!

 

優しい人なら、きっと彼も人を殺したくなんかないって、そう思うんです!」

 

そう言うと、五代はギリッと歯を食いしばり、走り出して応接室を出ていった。

 

「ちょっ、五代くん!......一条さんも行くんですか?」

 

「......ああ。今回の未確認は3体だ。万が一囲まれてしまったら五代が危ない。

なにか他に伝えたいことはありますか」

 

沢渡は資料の4枚目を手に取り、碑文を指し示した。

 

「これ、野獣とならんっていう意味なんですけど、私たちの先人は理性を失い、野獣と化したんです。

 

それで多くのリントは理性のない野獣になってしまった。

 

だから、この淫夢はその能力のひとつじゃないかって思うんです。

 

五代くんには言いづらかったんですけど、一条さんも淫夢を見てから......理性はどうですか?」

 

一条は動揺して目を背けると、照れながら話す。

 

「......確かに、その通りです。

 

段々と自分が獣になっていくような思考に恐怖すら覚えます。

 

ですので、これ以上の接触はいくら桜子さんでも危険です。

 

無事でいたければ、なるべく目覚める人間のいないところに待機していないと、何が起こるか予想がつきません。

 

これも、私の残す理性ができる助言ですが、速やかに、できるだけ寄り道をせずに帰宅してください。

 

......私は五代の元へ向かいます。それでは、ご無事で」

 

「......はい。

 

そうですよね。私も、少しだけ。ほんのちょっとどうかしていました。

 

これも民の王のグロンギの力だとすると危険ですよね。

 

脳に作用してくるなんて、もはや防ぎようがありません。

 

他の昏睡した方々が目を覚ますまでに倒さなければきっと......大変なことになります。

 

なので、五代くんのところに行くのでしたら、宜しくお願いします」

 

沢渡が頭を下げると、一条は沢渡の頭にそっと手を伸ばすが、固く手を握ってポケットにしまい、一礼して応接室の外へと走っていった。

 

静まり返った応接室でぺたりと床にへたりこむと、心臓が高まる胸を抑えてふーっふーっと、息を荒らげ始める。

 

「......やだ。私はもうダメかも。

 

ふーっ......ふーっ......五代くん......お願いね......」

 

胸を抑えながら立ち上がり、応接室の内鍵を締めてドアにもたれかかった。

 

「......暑い。

 

ここ......カメラとかついてないよね......」

 

部屋の隅々を見回すと、天井の隅にカメラを見つけ、唇を噛み締める。

 

「あるんだ......」

 

沢渡はひとり、応接室のソファに飛び込み、目を瞑る事にした。

 

[newpage]

五代はビートチェイサー2000で道路をひた走る。

 

しかし、その光景は凄惨なものであった。

 

「ここも、ここも事故......。

 

もう既に、大勢の人が亡くなっている」

 

五代の呟くとおり、歩道には無防備に寝てしまっている人もいれば、歩道に突っ込んで煙を上げている車も、車道で正面衝突して惨事になっている事故も起きている。

 

しかし、その全てはそれがその通りの空間であるかのように誰も騒がず、ただひたすらに全員が昏睡し、静かで不気味な光景を作り出している。

 

大半の歩道で眠っている人間は低体温症か、瀕死か死亡しており、反応のない人間はカラスが襲っていた。

 

既に少なくとも五代自身が眠っていた期間で2日間はこの状態が続いているとしたら、寒い夜を越して寝続けては命が持ちはしない。

 

既に大変な状況になってしまっている。

 

その気持ちが五代をつき動かし、高速でバイクを走らせる。

 

その時、拓けた一本道の橋の先で、一人立つ青年がいた。

 

「......あれは、ソガドさん」

 

五代は目先に立っていたソガドの手前に停まろうと減速するが、ソガドはこちらを見るなり、怪人態へと変態して橋を飛び降りてしまった。

 

「変身!......くっ!!ゴウラム!!」

 

五代は同じように橋を飛び降りて追いかけるべく、クワガタ型の機械生物のような物を遠くから呼び寄せ、ビートチェイサーと合身させると同時にドラゴンフォームこと、青のクウガに変身し、バイクを走らせてフェンスを突き破って飛び降りた。

 

そのままのスピードで滑空し、ふわりと川沿いの走れる道に着地すると、猛スピードでソガドを轢き、連れながらやがて海へと辿り着いた。

 

砂浜でソガドを跳ね落とすとクウガもバイクから降り、持ち手から警棒を取り出して叫んだ。

 

「超変身!」

 

空気を唸らせるように鳴る音とともにクウガは色を変え、紫の鎧を纏ったクウガ、タイタンフォームへと姿を変えた。

 

警棒は煌めく重剣へと姿を変え、剣士の風防を思わせる。

 

すると、目の前が蜃気楼のようにぐにゃりとまがり、イキスとオカノが姿を現した。

 

「......五代くん」

 

「オカノさん!イキスさん!

 

......なんで!!!!!」

 

クウガはソガドに振るおうとした剣を引き、握りしめて叫ぶ。

 

ソガドは傷つきゆっくりと起き上がると、オカノの元へ歩き、イキスと対照の位置に立つ。

 

無言でこちらを見る3人に、1度剣を降るのを躊躇するクウガだが、自分を奮い立たせ、ソガドに向けて剣を振り下ろす。

 

「お、おりゃあ!!」

 

突然その剣は空中で突然止められ、それ以上動かせなくなる。

 

しかしそれは止められたのではなく、自分の体が止まってしまったのだ。

 

困惑するクウガだが、オカノはその剣の刀身を受け止め、すっと引き抜くように剣を奪い取ると、持ち手に持ち直し、剣を構えた。

 

「や、やられる!?」

 

クウガはその体勢のまま動く事が出来ず、無防備に固まるしか無かったのだが、オカノはイキスとソガドのもとへ向き直ってクウガに背を向けていた。

 

「......僕は全てを思い出したよ。

 

起きた時から僕は既に最低で最悪の王だったんだ。

 

だから、今の今までお疲れさま。ソガド。イキス。

 

そして、本当にごめん」

 

「えっ......?」

 

オカノの言葉にクウガは困惑する。そして、身体の硬直は解けて、同時に変身が解けてしまった。

 

その直後、オカノはソガドに剣を突き刺して引き抜き、イキスを斜めに斬りつけた。

 

「ヴふっ......」

 

「がはっ......」

 

ソガド、イキスはそれぞれ断末魔もあげず、ただ血液を口から吐き出して倒れ込み、そして動かなくなり、絶命した。

 

「どうして......オカノさん!」

 

五代が叫んで歯を食いしばる。

 

オカノはゆっくりと五代に振り向くと、悲しそうな表情で涙を流していた。

 

[newpage]

 

「五代君。改めて自己紹介するよ。

 

僕の名前はン・オカノ・シタ。

 

最低俗なるグロンギの王。

 

そしてこれが僕の本当の姿」

 

オカノは一瞬空間が歪むようにぐにゃりと周辺を歪めて消え、再び現れると変わり果てた姿となった。

 

全体的に白っぽく、肩に不気味な男女の顔のような物が一対になっている。

 

顔は様々な顔が四面に付いた阿修羅のような面様に。

身体じゅうにグロテスクな脳のような装飾が施され、関節それぞれに人間の顔がそのまま模したような部位がついていた。

 

彼のその姿はまさしく、“人間のグロンギ”の様相である。

恐怖、禍々しさを感じさせるその姿に怯まず、五代は一歩前に出て対話を試みた。

 

「オカノさん......僕の話を聞いてくれませんか」

 

「話すことなどない。戦え」

 

「信じてたんです!!

 

......オカノさんは青空が好きだって言ってましたよね!!

 

あなたは優しくて、思いやりがあって、人間の心があるって、俺勝手に信じてました!!」

 

オカノはその五代の真剣な叫びに、ただ押し黙っていた。

 

拳をギリギリと握りしめ、今にも襲いかかりそうなその姿を見ても、なおも五代は怯まず、叫ぶ。

 

「でも、グロンギだってわかって、ショックでした!

 

それでも、あなたは人を殺すような酷い人じゃないって、殺したくて殺すような人じゃないって、俺思うんです!!

 

......話せば、話せば俺たちって分かり合えませんか!

 

......オカノさん!!!!」

 

「分かり合えはしない!!」

 

「そんなことないです!!!

俺、納得出来なきゃ、きっと後悔します!!

 

それじゃあオカノさんは今ここで、俺を殺せるんですか!!!」

 

五代の叫びの後、しばらくの静寂が続いた。

 

流れる海の波の音。

 

変わりなく鳴く鳥の声。

 

自然の音に包まれて、やがて静かにオカノは人間の姿に戻った。

 

「オカノさん......!」

 

五代は笑顔で喜ぶが、オカノは歯を食いしばって静かに涙を流し続け、口を開いた。

 

「ソガドとイキスは、僕のことを支えてくれた優秀な戦士でした。

 

2人とも、僕の教育係として、色々なことを教え、支えてきてくれた仲間でした。

 

ですが、今は違う。グロンギに成り果て、人を殺すことしか考えることができない」

 

「でも、僕達と会ってた時は落ち着いてたじゃないですか」

 

五代が言葉を挟む。しかし、オカノはそれを首を降って否定する。

 

「2人は僕が最初から操っていたんです。

 

僕の意志とは関係なしに、グロンギになった2人を昔のように動かしていたんです。

 

だから自分から喋ることがなかった。

 

徐々に思い出して、僕にはその力があることに気づいてしまったんです。

 

そして、リントやグロンギの理性を無くさせ、自由に操り、破滅へと導いた過去をも思いだしてしまったんです」

 

[newpage]

五代はその言葉一つ一つを理解し、考えると、呟いた。

 

「じゃあ......無意識に人を暴走させてしまうなら、どうしようもないんですか。

 

僕が......僕が戦わなきゃならないんですか」

 

オカノはゆっくり縦に頷くと、同時に変貌した。

 

「僕を倒さない限り、リントは欲望のままに暴走し、野獣のように争い、そして最悪の結末を迎える。

 

今は僕がリントを眠らせているんだ。

 

その夢はまさしく欲求の具現化。

 

リントの求める本当の欲求そのままの世界。

 

本当に僕の抑えが効かなくなって、皆が理性を失えば、僕自身も本能のままにリントを殺し始める」

 

「そんな......」

 

「だから......僕が僕のままでいる間に......」

 

「嫌です......!オカノさんなら分かるんじゃないですか!?

 

僕は、オカノさんを殺したくない!!殺したりなんかできないですよ!

 

暴力は嫌いで、悲しい気持ちになる!!

 

命を奪うのは......本当は......本当に......嫌なんですよ」

 

五代は右拳を握りしめると、その拳を左手で包み込み、震えながら胸に押さえ込んだ。

 

しばらくの沈黙の中、オカノは呟いた。

 

「......じゃあ、五代さんなら分かると思います。

 

僕が、明確な悪意なんてなんにもない、罪もない人を大量に殺すことがどれだけ嫌なことなのかを」

 

「......うっ、くっ......オカノさん......」

 

五代は歯を食いしばり、涙を浮かべて膝をつき、砂浜を力いっぱい殴り付けた。

 

「どうして、どうして俺、クウガなんだ!!!

 

くっ、くぅ......ううーーーっ!! 」

 

殴り付けた拳はうっ血するほどに握りしめられ、ガクガクと震えていた。

 

「五代さん、だから、僕のために、戦ってください。

 

僕を殺して、大勢のリントを救うんです。

 

五代さんは、僕を救う、リントを救う力があるんです」

 

「うっ、うっ......ああーーーっ!!

 

......やります、やりますよ!

 

......だから、見ていてください!!俺の!!変身!!!!」

 

五代は地面を殴り付けて立ち上がると、右腰に両手をあてがい、手を広げて、クウガへと変身した。

 

[newpage]

渦巻く光に包まれ、現れたクウガは、白のクウガだった。

 

「くぅぅ......!やぁあっ!」

 

クウガは拳に力を込めてオカノを殴りつける。

 

しかし、その威力では全くもって歯が立たず、オカノは微動だにしなかった。

 

「五代さん......。

 

本気で僕と戦ってください!」

 

オカノは力を込めて真っ直ぐに右脚を突き出し、蹴りつけるとクウガはゴロゴロと転がって吹き飛ばされた。

 

「うぐう!......うううう!!はっ!!」

 

掛け声と共に両腕を開き、構えを取ると、右脚に力を溜めて走り出して、三歩ほど走ると跳躍し一回転し、オカノに右脚を突き出して飛びかかった。

 

「うおりゃあぁーーっ!!!」

 

ドンッ!!と鈍い音が鳴り、クウガは岡野の身体でバウンドして跳ね返り、着地する。

 

オカノに命中した部分に小さな橙のエネルギーの紋章が現れるが、シュルシュルと音を立てて吸収されるかのように消えてしまった。

 

「五代さん......できませんか。どうしても」

 

オカノは全く効いている反応を見せず、クウガに悲しげに話しかけ、ゆっくりと近づいていく。

 

対してクウガはそれに応えるように立ち上がり、拳を固く握りしめて全身に力を込め、ギリギリと音を立てながら震えている。

 

「俺は......やらなきゃ......俺が......うわあああ!!!」

 

息を荒らげながら変身のポーズをし、更なる力を持つ姿に変身を試みるクウガだが、その力強い叫びに、姿は呼応しなかった。

 

全身全霊の超変身。しかし、空気は唸らず、光を発さない。クウガは白の姿のまま、がくりと膝を落として地面を殴る。

 

「......くっ......違いますよ......オカノさんはグロンギじゃありませんよ!!!

 

俺は、みんなの笑顔のために......オカノさんも笑顔にしたい!!!!だから......そう思うと......。

 

力が......俺に力がなくなるんですよ......」

 

「でも、僕を殺さなかったら大勢のリントが......笑顔が失われる。今僕を倒すことが出来るのは、クウガである五代さんしか居ないんです。

 

だから、僕を送ってください。僕の最後のお願いです」

 

「俺は......俺が......ううううう!!!」

 

「......。」

 

ただ無言でクウガを見つめるオカノ。

 

そこに、一筋の閃光とともに煙が上がり、轟音が鳴り響く。

 

すると、オカノの体の一部が弾け、よろめいた。

 

「うぐっ!?これは......?」

 

オカノがその攻撃の方向を向くと、そこには大型のライフルを構えた一条の姿があった。

 

「はぁっ、はぁっ......五代!!!なにをしている!!!」

 

「一条さん!?」

 

一条はさらに神経断裂弾をライフルに装填し、走って距離を詰めながら次々に発砲し、オカノの身体に命中させていった。

 

「いっ、一条さん!!彼はっ!この未確認は!!」

 

「わかっている!!!

俺だって、そんなことは!!!

 

でもな!!お前だけに背負わせたくはないんだ!!!この長かった戦いを全部なんて!!!

 

だから、五代!!お前は決して一人で戦ってはいない!!彼らを殺した罪も、一人で背負っているわけじゃない!!!

 

俺も!!お前と一緒に罪を背負って生きていくんだ!!!」

 

そう言って次々に銃弾を撃ち込む一条の眼からは、一筋の涙が流れる。

 

腕も震え、歯を食いしばっている。必死に自分を押し殺して、殺したくもない彼に銃弾を浴びせているのだ。

 

「一条さん......俺は......」

 

「五代!金の力を使え!!この間まではずっと金の力を使っていられたあの正義の力はどうした!!」

 

「金の......力......」

 

そう。五代 雄介は、未確認生命体を倒すため、力をつけ、金の力を獲得した。

 

しかし、無尽蔵に使いこなせるようになったはずのその力は、オカノら3人に対して使うには、覚悟が足りなかった。

 

「五代さん......。良い仲間を持ちましたね。

 

僕から、ひとつ言わせてください」

 

激しい銃撃はその一言の直後に止み、一条は素早くリロードすると、泣きながら構えたまま静止した。

 

オカノはクウガの肩に手を置き、呟いた。

 

「五代さんには、優しさゆえに振るうことが出来る力があります。

 

それは、リントたちの笑顔を守りたいという、様々な己の欲望や本能を超えた真の願いを叶える、堅い決意と想いの力です。

 

そして、ひとつここで乗り越えて貰いたいんです。

 

ここに、グロンギに支配され、悲しき存在になった哀れなリントがいます。

 

ですが、優しき戦士に彼が倒されることで、彼の望む平和が訪れるのです。

 

それが、僕の願い。五代さん、一条さん。そして僕が紡ぐ、新たな歴史です。

 

......お願いします。五代さん。一条さん」

 

オカノはクウガの肩から手を離すと、後ろへ下がって距離を取り、迫真の叫びを上げた。

 

 

「さぁーっ!!」

 

[newpage]

クウガは波の音しか聞こえなくなった静寂の中、地に足を着け、ゆっくりと立ち上がった。

 

胸に手を当て、深呼吸すると、青空、そして海を見る。

 

「......俺は、この青空、そして青い海が好きです。

 

そして、みんなの笑顔が大好きです。

 

だから、みんなの笑顔のために、この世界のために、俺、戦います」

 

クウガはオカノに視線を向けると、身構えて右腰に両手をあてがい、叫んだ。

 

「超変身!!!!」

 

その掛け声と共に両手を開くと、轟く雷鳴とともに黒の金の戦士、アメイジングマイティフォームへと変貌を遂げた。

 

その姿はかつての五代のクウガとしての姿とは一線を画す、常に身体にバチバチと漲る火花のような稲妻を纏い、黒き雷雲の如し風貌である。

 

「俺、もう......迷いません。

 

一条さん。離れてください。そして、ありがとうございます。

 

オカノさん、もう、安心してください。俺が、送りますから」

 

一条は銃を降ろし、クウガのこちらに向けられた赤い複眼と視線を合わせると、サムズアップして頷き、離れていった。

 

クウガは、オカノに決意を込めた視線を送ると、一挙一動にバチバチと弾けるような稲妻の音を響かせながら構え、両足の轟音とともに走り出した。

 

踏み込む度に地面に大きな紋章が起こる。

 

6歩ほど走り込んだ後、背後に青黒く続く稲妻の残像と共に跳躍し、一回転すると真っ直ぐ赤熱化した両足を向けてオカノへと突撃した。

 

「おりゃああーーーっ!!!」

 

ズバァン!!!と苛烈なまでの弾ける音が鳴り、その場は雷が落ちたかのように真っ白に輝いて光り、煌めきが晴れたあとにはオカノの立っていた場所に抉れるような大きな穴が出来ていた。

 

その数歩分ほど先で、オカノは特大の封印の紋章が二つ身体に付けられ、バチバチと音を鳴らしていた。

 

クウガはしゃがみこむように着地して静止していたが、パチパチと音を立てながら煙を上げ、点滅するように赤の金の姿、ライジングマイティフォームへと変化した。

 

「......まだ、終わらないか」

 

クウガが呟くとおり、オカノは確かによろけていたものの、致命傷に至らず紋章は消えてしまった。

 

オカノは肩で呼吸をしつつも、未だ次の攻撃を受けるべく、身構えていた。

 

「......いきます!!うおおお!!」

 

クウガはまたも身構え、右脚のみにある金のすね当てが眩く光り、金色の稲妻を帯びると、またも走り出す。

 

「これで......!おりゃあぁーー!!」

 

先程とも見劣らない程の跳躍と、回転をかけた渾身の飛び蹴りをオカノにぶつけると、今度も砂塵が舞い上がるほどの衝撃波が起こり、特大の紋章を浮かび上がらせた。

 

しかし、やはり今度も同じように消えていく。オカノには効いている様子ではあるが、威力がまだまだ足りていない様子であった。

 

尚も走ろうとするが、右脚への衝撃が伝わりすぎたのか、ガタガタと震えだしていた。

 

「......うう!俺が!俺が送ります!!だから!!!」

 

クウガはオカノに大胆に接近すると、次々にエネルギーを込めたパンチをぶつけ、何度も殴り付け始めた。

 

その音には、弾けるような痛快な衝撃音と、混じる泣き声、すすり泣く嗚咽が何度も響いていた。

 

[newpage]

数分にも渡る殴打。

 

様子を見に一条が元の場所の近くに戻ると、未だに延々と殴り続けるクウガの姿があった。

 

身体中に紋章の跡が残るオカノ。

 

そしてクウガは金の力をとうに失い、赤き戦士、マイティフォームへと変化していた。

 

「......五代、俺にも見届けさせてくれ。

 

たとえ理性が飛ぼうと、俺にはお前と共に過ごしたいという本能がきっとあった。

 

だから俺はきっと正気を保っていられるんだ

 

......お前のことが好きだったんだよ。人としてな」

 

クウガは涙声で唸りながら、渾身の拳をぶつけると、ついにオカノはふらふらとよろめき、膝をついた。

 

「うう、うう、オカノさん......!」

 

クウガは握っていた拳を開き、震え始める両手を見て狼狽えていた。

 

オカノは幾多の紋章の跡で黒く変色し、ガクガクと弱り、痙攣を始めている。

 

「五代さん......。何してるんですか。やめてくださいよ、本当に......。

 

こんな所で諦めたら、ダメですよ......。

 

さぁ、これできっと終わりです。僕に、最後の......一撃を......」

 

オカノは最後の力を振り絞って立ち上がり、手を広げる。

 

その姿を見て、クウガは拳を握り、頷くと、数歩下がり、構えを取った。

 

「はっ!

 

......オカノさん!!!いきます!!!!」

 

クウガは、走り出すと同時にあるイメージが鮮明に頭に映し出された。

 

 

 

今の自分と同じように走る、4本角の黒き戦士。

 

しかし、その姿には一切の邪悪を感じない。

 

優しさ、慈愛、信じる心を持った綺麗な赤き眼を持つ黒き戦士が、五代 雄介と重なり、跳躍する。

 

同時に赤き戦士クウガも飛び上がり、一回転し、赤熱化する右脚部を向け、突撃する。

 

「......おりゃあーーーっ!!!!」

 

オカノの肉体にクウガの脚部が交わる瞬間、また赤き眼を持つ黒き戦士が重なり、普段とは異なる大きな力を生み出していた。

 

穏やかな気持ちになるような温かさに包まれ、ぶわあっと熱気が広がると、砂塵が広く巻き上がり、波は逆方向へと押し込まれて丸いクレーターを作り上げた。

 

音が消え、瞬間的に時間の流れが遅くなる。

 

封印の紋章が光り、叩きつけた脚の反動で弾かれ、空中で受け身の体勢をゆっくりと取り、地面へと降りる。

 

その最中、オカノは倒れ込みながら、クウガに向けて右手を差し出した。

 

「あ......り......が......」

 

身体が崩壊し、巨大な爆発を引き起こす直前に、オカノの右手は綺麗なサムズアップを向けていた。

 

 

 

カッッ!!と大きな光を放つと、辺り一面に暴風と轟音が響き渡り、天を引き裂くほどの巨大な火柱がそびえ立った。

 

火柱が収束すると、そこにはすすにまみれて肩を合わせ座って眠る、五代と一条の姿があった。

 

彼らが目覚めるのは、そこから数時間が経ってからであった。

 

 

 

 

五代雄介は、日が落ち、肌寒さで目を覚ますと、呑気に一言呟いた。

 

「......え?一条さん......?

 

あれ?俺、何してたんだろ......」

 

[newpage]

 

 

 

 

 

 

──ふふふ

 

 

「いい夢、見たなぁ。

 

 

本能のままに、欲望のままに遊ぶ夢。

 

 

リントの苦しむ姿が楽しかった。

 

 

力で全てを壊すのは最高だった。

 

 

さぁ、次はこの夢を叶えるよ。

 

 

楽しい戦いになりそうだね。クウガ......」

 

 

 

[newpage]

 

Episode 淫夢

Fin...

 

 

 

……To be continued?



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