ただの思い付きなので続きません。そして雑です。むしゃくしゃしてやった。すまないなぁ猗窩座殿!
―――柱合会議。
半年に一度、鬼殺隊の当主と、鬼殺の剣士の中でも最高位の階級である柱の者達が一堂に会して行う定例会議である。
本日はその柱合会議が開かれる日だ。
広大な敷地を持つ産屋敷の屋敷。鬼殺隊本部に集まった柱の面々の顔は、しかし一人を除き一様に沈鬱であった。
「おうおう、どうしたどうした。折角の柱合会議だというのに、みんな顔が暗いじゃないか。俺は優しいから心配しちまうぜ。悩み事があるなら相談してくれないか?」
周りの面々を一瞥し、軽薄に笑うのは氷柱・童磨である。
童磨は鬼殺隊に入隊する以前は、万世極楽教という宗教の教祖をやっていた男だ。
その時分の癖なのか、彼は何かにつけて相談に乗ろうと持ち掛ける癖があった。ただし本人に悩みを解決する気は毛頭なく、ただ暇潰しのために聞いているだけに過ぎない。そして周囲の人間もそのことを察しているが故に、彼のことを快く思わない者は多かった。
雪柱・猗窩座もその内の一人である。
「そうだ、この会議が終わったらうちに遊びにおいでよ! 皆でどんちゃん騒げば悩みも吹っ飛ぶだろう。うん、これは名案だ! そうは思わないか猗窩座殿!」
「うるさい、腕をどかせ」
馴れ馴れしく這ってくる童磨の腕を、猗窩座は乱暴に払う。
育手の下で全集中の呼吸法を習得する前は道場にて徒手空拳の武術を習っていた猗窩座だ。何気ない動作であっても常人には回避することは能わず、それが意識した攻撃であれば猶のこと必中である。しかし童磨はこれを苦もなくひらりと躱してみせた。
そして何事もなかったかのように、別の柱へ水を向ける童磨。
その態度が猗窩座を苛立たせる。そして当然、童磨自身もそのことを理解している。理解した上でやっているのだ。
氷柱と雪柱は犬猿の仲である――というのは、鬼殺隊内でも有名な話である。
「ところで妓夫太郎と珠世殿の姿が見えないが、二人はどこにいるのだろう? もうすぐ柱合会議が始まってしまうぞ」
「ヒョヒョ、ではあのお二人は遅刻ですかな?」
合いの手を入れたのは壺柱・玉壺。
魚のような風貌の大男で、背中に巨大な蓋付きの壺を背負っている。岩の呼吸から派生した壺の呼吸の使い手であるが、元は名うての壺職人であったとか。
ちなみに、鬼殺隊の活動資金の何割かは彼が制作した壺を売った利益によって賄われている……らしい。
「しかしそれにしても随分と数が少ないような。あのお二人を抜いても数が足りませぬ。今の柱は全部で十二。しかしこの場にいるのは我等四人のみとは……これでは会議自体が立ちいきませんなぁ。今回の柱合会議は中止せざるをえないのでは? 中止せざるを得ませんね? 工房に帰ってもよろしいでしょうかな? これはもうそうしてよろしいのでは?」
「いやそれは駄目だろう玉壺殿! たとえ人数が揃っておらずとも、いや揃っていないからこそ、我等四人でお館様に礼を尽くさねば! 俺達は鬼殺の剣士――あの方の子供同然なのだから!」
むしろ中止になってくれ、と言わんばかりに捲し立てる玉壺を童磨が笑顔で制する。玉壺は露骨に顔をしかめるが、しかし童磨の輝かんばかりの笑顔の前には無意味であった。
そんな二人の会話を聞いていた老人が、部屋の隅に縮こまったまま呟く。
「怖ろしい怖ろしい……暫く会わぬ内に玉壺は物忘れが酷くなっておる……」
すすり泣く様なか細い声の主は鳴柱・半天狗。
柱の中でもだが、それ以上に前線で戦う人間の剣士の中でも最も高齢の剣士である。彼の下で剣を学んだ隊士は数多く、憎珀天を始めとして前途有望な継子が五人もいる。
「前回の柱合会議の折、十二人いた柱の半数は力不足と判断され降格処分となっておる……現在の柱の数は七……割り切れぬ数字……不吉な丁……奇数! 怖ろしい怖ろしい……」
「ヒョッ、そうでしたかな?」
「そうだとも玉壺殿。彼ら五人は減俸の上で癸からやり直すよう、お館様から直接言い渡されたんだぜ。今回も誰かが降格になるやもしれぬな!」
「ヒィィィィ……!」
「おやおやどうしたどうした、半天狗殿。そんなところで縮こまっていないで、こっちで仲良く皆で話をしようじゃないか! ほら、堕姫も後輩だからと遠慮しないでこっちへおいで!」
笑顔で半天狗を引き摺り寄せつつ、童磨は部屋の隅に陣取ったもう一人の同僚に声を掛けた。
花柱・堕姫。十六歳の少女である。
彼女はその美しい容貌を如何にも不機嫌そうに歪めて、溜息を吐いた。
「アタシのことは放っておいてください、童磨さん。……こんなオヤジばかりの空間に居続けるなんて耐えられないわ。はあ、お兄ちゃんの継子だった頃に戻りたい。柱になってから全然一緒にいられないし。あーあ、柱になんてなるんじゃなかったー!」
「悲しいことを言うなよ堕姫。俺とお前の仲じゃないか」
「童磨さんに拾って貰ったのは感謝してるけど、それとこれとは話が別ですー!」
ぷい、と素っ気なくそっぽを向く堕姫。
堕姫と彼女の兄――蟲柱・妓夫太郎は実の兄妹だ。童磨が吉原へ任務に赴いた際に、鬼に襲われていた二人を救出しそのまま引き取ったという経緯がある。そして妓夫太郎と堕姫は恩人に導かれる形で自然と鬼殺隊に入隊し、今では両名とも柱に名を連ねていた。
「ヒョヒョッ、堕姫様はあのお二人の遅刻の理由をご存じで?」
「ええ。遅刻っていうか欠席よ、あの二人は。二人共お館様の命令で屋敷に残ってるわ。『柱合会議に顔を出す必要はないから、その分の時間でさっさと鬼を人に戻す薬を完成させろ』って手酷く脅されたみたい。前の会議での大量降格のこともあってか、二人共なりふり構わず徹夜三昧の仕事三昧。そのままだと死んじゃいそうな勢いよ」
不満気に堕姫がぼやいた。
妓夫太郎は卓越した技量を持つ剣士であるものの、それでも現役の柱の中で言えばその実力は下から数えた方が早い。しかしその一方で薬学に精通しており、藤の花から鬼を殺す毒の抽出にも成功している。その効能は折り紙付きであり、十二鬼月でも下限であれば有効打となり得ることが実証されていた。
そして
彼女は人体医学は勿論のこと、鬼の身体構造にも詳しくその仕組みを熟知している。故に鬼殺の任務以外にも医療などの後方支援を担当することが多い柱だ。
医学薬学に精通したこの二人は、お館様から特別な極秘任務――つまりは『鬼を人に戻す薬』の探索及び開発を命じられているという。その実情は一般の隊士はおろか、他の柱にすら知らされていない。しかしながらその任務の存在そのものはおぼろげながら周知されていた。
「長時間労働……過労……倒れ……そのまま息を……怖ろしい怖ろしい……」
「ちょっとそこのおじいちゃん! 縁起でもないこと言うのはやめてくれる!?」
「おいおい、それは大変だな。俺も手伝いに行こう」
「真顔で言ってるけど童磨さんは邪魔しかしないでしょ! 絶対だめよ!」
甲高い喧騒が場に満ちる。
口を閉ざしているのは猗窩座と、お館様の従者である鳴女のみ。
瞑想していた猗窩座が不意に目を開く。
座したまま眼球のみを動かして部屋を一瞥し、猗窩座は内心で疑問符を浮かべる。この場にいるのは四人、欠席が二人――これでは柱が一人足りぬ。
「月柱は何処だ? 奴が会議を欠席するなどということはあるまい。まさか、誰かに頸を斬られて死んだか?」
「おお、確かに黒死牟殿の姿がない! しかしそれはあるまいよ猗窩座殿! 黒死牟殿は鬼とはいえ我等柱の中でも最古参の強者。手加減して頂いたとはいえ、彼と手合わせして一本取れたのは柱の中でも俺だけしかいないからなぁ。その俺が黒死牟殿を斬っていないのだから、彼は壮健だと考える方が妥当だろう!」
「うるさい、黙れ」
射抜くように睨めつける猗窩座の視線を、涼し気にいなす童磨。
一触即発の空気を感じ取り半天狗が委嘱し、逆に玉壺が拳を握る。堕姫はうんざりしたとばかりに溜息を吐き、そして玉壺が背負った壺の蓋がひとりでに開いた。
『―――――私は……ここにいる……』
壺の中から、鬼殺隊最強の剣士が現れた。
月柱・黒死牟。彼は人間ではなく鬼である。
元は戦国時代を生きていた人間で、始まりの呼吸の剣士と呼ばれた者達の一人だ。しかし彼は鬼舞辻との戦いの最中に鬼へと変貌させられてしまう。だが黒死牟は強靭な精神力によって今に至るまでの四百年もの間ずっと食人衝動を抑え込み続けた本物の侍だ。
ちなみに黒死牟には弟がいたのだが、彼は鬼となっても尚人のために戦い続ける兄を誇り尊敬の念を抱きながら天寿を全うしたという。
そんな弟のことを気味悪く思っていた黒死牟だが、そのことを知るのは当人唯一人のみである。
「そんなところにいたのか黒死牟殿! しかしなぜ玉壺殿の壺の中にいたのだ?」
『私は……鬼であるため……日が出ている内は動けぬ……故に……昼間の移動は……こうして玉壺や……「隠」の者に……頼んでいるのだ……』
鬼は自身の体型をある程度操作できる。それは黒死牟も同様で、彼は今まで体を縮めて玉壺の壺の中に隠れていたのだ。
「ヒョヒョッ、そういえば前回の任務で御一緒した時に壺の中に入られたのでしたかな。今まで全く動かれませなんだので忘れておりましたぞ」
『体力を消費したため……眠りについていた……それよりも……お館様が……御見え―――』
―――べべん!
黒死牟の語尾が琵琶の音に掻き消される。
間髪入れず襖が開き、その奥からお館様が現れた。
「頭を垂れて蹲え。平服せよ」
入室するや否や、高慢に言い放つお館様。彼の鋭い眼差しは、畳に額を擦り付けんばかりに頭を下げる五人を睥睨している。
「これはこれはお館様! ご壮健でなによ―――」
「―――黙れ。誰が喋って良いと言った? 貴様共の下らぬ意思でものを言うな。私に聞かれたことにのみ答えよ」
朗らかな笑みを浮かべる童磨の挨拶を、お館様は切って捨てた。
「私が問いたいのは一つのみ。『何故に鬼殺隊士の質が落ちていく一方なのか』。先の那田蜘蛛山での不始末を始め、近頃の
脈絡なく名を呼ばれる猗窩座。
ここで「そんなこと俺達に言われても」などと考えてはいけない。お館様は相手の顔の筋肉の動きなどを観察することによって思考を読み取る読心術を備えているからだ。
「はい。件の隊士とその育手であった者は既に手打ちにしております」
「で?」
「今後はこのような事態はないものと思われます。那田蜘蛛山の鬼は討伐して参りましたので、ご安心くださいますよう」
「お前は何か思い違いをしているようだな、猗窩座。たかが下弦……それを始末したから何だと言うのか? 柱が鬼を討つのは当然のことだろう」
お館様が放つ強烈な威圧感に圧され、猗窩座の体が軋む。
無論、彼の言葉を言うは易いと切り捨てる者はこの場にいない。仮にこの場の全員が束になってお館様に挑んだとしても勝つことは出来ないのだと、重々承知しているからだ。身分云々は関係なく、それ程の実力差が存在している。
ならば彼こそが前線に立つべきではないのか――などと不遜なことを考えてはいけない。組織の総司令官を戦線に加えるなど言語道断の愚策であるし、それ以前に彼は武術に優れども病症の身なのだ。他の者との協調性も含めて、前に出していい人物ではない。
「我ら鬼殺隊の悲願は鬼の殲滅。一匹残らず叩き殺して二度と人界に入らせないこと。複雑なことではないはずだ。それなのに未だ叶わぬ。どういうことなんだ? お前は得意気に不埒な隊士を手打ちにしたと報告するが、お前の後進はどうなっている? なぜ雪の呼吸の使い手が育たないのだ。童磨の継子であった妓夫太郎、妓夫太郎の継子であった堕姫は柱になったというのに……猗窩座。猗窩座、猗窩座、猗窩座―――!」
―――ゴフッ
興奮が体に障ったのだろう、お館様が吐血した。
口から溢れた血が猗窩座の頭を直撃し、顔面に垂れる。
「お前には失望した」
侮蔑に満ちた目でお館様に見下ろされ、猗窩座の肩が屈辱でわなわなと震えた。
あまりにも無体な言葉の雪崩。しかしそれはまだ、ほんの序曲に過ぎない。柱合会議は、まだ始まったばかりなのだから―――――!