命がけの釣り
「司令官‥‥本当にやるのかい?」
窓のほうを向いて一言も発しない綾人に、響は恐る恐るそう尋ねる。すると綾人はゆっくりと椅子を回転させ、響の方を向いた。
「ああ‥‥勿論だ」
「使える物は何でも使うってやつかい‥‥?」
「そうだ」
「自分の命も?」
「そうだ。お前達はそれを承知で付いて来ているはずだ」
そして執務室に静寂につつまれる。響は終始無表情であり、綾人は終始微笑みを浮かべている。
「安心してくれ。私も進んで命を差し出すつもりはないよ」
「そうか‥‥なら、私は司令官を護るだけだ。もしまた司令官に何かあれば、菊月や皆に合わせる顔が無いからね」
響はそう言って、綾人が立ち上がるのを助ける。すると扉の向こうから、男性の声が聞こえた。
「波切中将、お車の用意が完了しました!」
「分かった。今いくよ」
綾人がそう答えると、響は壁にかけてあった綾人の軍刀を持って後ろに続いた。
「今回運転を努める
「ああ、よろしく頼む」
綾人と響が乗ったことを確認した運転手は二人にそう伝えて車を動かした。するとその道中、綾人がふと運転手の男性に尋ねた。
「間違っていたら済まないが、もしや茅野少将のご子息では?」
「はい、大日本帝国海軍少将。
「やはりそうだったか。お父君から優秀なご子息が居られると聞いていてね。声もどことなく似ているように聞こえたものだから、もしやと思ったんだ。会えて光栄だよ」
「ありがとうございます。私も、父より波切中将はこの日本の危機を救った稀代の英雄であると、響少佐はあの姫級を初めて倒された伝説の艦娘であると伺っており、お会いするのを楽しみにしておりました」
「ハハハ‥‥私などが英雄などと恐れ多い。茅野少将は私の父の代より前線に立ち続け、この国に多くの功績を残している。そしてその姿は多くの軍人の憧れとなり、目標となった。真の英雄とは少将のように多くの人間に影響を及ぼす人を言うのだよ。私がした事はただの喧嘩にすぎない」
「いえ、波切中将は英雄ですよ。少なくとも、その喧嘩のお陰で多くの人々が救われています」
「そう言ってもらえると、喧嘩した甲斐があったと言うものだね」
「ご武運をお祈り申し上げております」
車を降りて船へと向かう二人を茅野は敬礼をして見送り、二人も敬礼で答える。そして船に掛かるタラップの前に立っている女性の前に行き、女性に対して敬礼をした。
「元気そうで何よりだ」
女性は敬礼を返しながらそう言った。そんな女性に対して、綾人はどこか呆れたように答えた。
「これで元気に見えるなら、眼科に行く事を勧めるよ。姉さん」
「ふっ‥‥その口も相変わらずだな‥‥響も弟が苦労をかけるな。お前もコレと一緒では疲れるだろう」
「ええ、もう少し自分の立場を弁えてくれればいいのですが」
「本人がいる前でよく言えるものだよ‥‥」
目の前にいる女性の名は大日本帝国海軍大将、
陸を離れ、船内の一室で、綾人、綾香、響の三人は今後の話をしていた。
「私はお前の指示通り舞鶴に向かうが、お前達はどうする」
「堺で姉さんを下ろしたあと、呉に向かう予定だ」
「ふむ‥‥だが、なぜ態々目立つように移動する?空路ならば目立たずに行けるだろうに。それではお前の存在がバレてしまうぞ」
「それが目的なのさ。私は公式的に死んだ事になっており『奴ら』もそう思っているだろう。事実、私が一線を離れている間にかなり勢力を伸ばしている。だからこそ、私が生きている事を盛大に公表すれば絶対に放ってはおかないはずだ。何故なら私は『奴ら』にとっての天敵であり『仇』だからな。だが慌てて動いた時が『奴ら』の最後だ。必ず尻尾を掴み、今度こそ根絶やしにする」
そう話す綾人の横顔を見つめ、響はどこまでも付いていこうと改めて決意するとともに、一抹の不安を感じるのだった。