京都のとある旅館で、革のジャンパー着た長い白髪の少女が受付をしていた。
「本日から御一泊ですね?では、こちらの用紙にご記入をお願いします」
そう言って渡された紙に少し目を通した少女はスラスラと名前を書いていく。
『菊川月夜』
『年齢、21』
用紙にそう書いた少女はカウンターの女性に用紙を手渡した。するとその用紙を確認した女性は少し不思議そうな表情でちらちらと少女を見る。しかし少女は特に気にせずに女性の言葉を待っていた。
「はい、
「いや、『つくよ』だ」
「あ…申し訳ありませんでした!『つくよ』様ですね?では、ご説明に入らせていただきます。大浴場は夜の23時まで、朝は5時からになります。夕食は17時、17時半、18時、18時半とお選びいただけますが?」
「では、17時で」
「畏まりました。17時ですね?では、お時間になりましたらお部屋の方にお食事をお持ち致しますので、お時間までお寛ぎくださいませ。こちらがお部屋の鍵になります」
少女は女性から鍵を受け取とり部屋へと向った。
部屋に入った少女は、荷物を部屋の隅に置き、押し入れに入っていた浴衣に着替えると、荷物からウィスキーのボトルを取り出してグラスに注いだ。
「ふぅ………全く、『奴ら』の手掛かりを一つも手に入れられないとは……『桜吹雪』の艦娘が不甲斐ない話だ……」
少女、菊月は窓の外を眺めながらそう呟くと、グラスに入ったウィスキーを口に含み、味わうように飲み込んだ。
(私もあまり悠長にはしていられんな……早く手がかりの一つも見つけねば司令官や響に顔向け出来ない……)
菊月は再びグラスに口をつけるが、その表情は少し険しい物になっており、肘掛けに置いていた左手は無意識のうちに強く握りしめ少し震えていた。
(あの時、私は司令官を守れなかった……だが、今度は必ず……奴等を……!)
「ッ!」
暫く窓を睨んでいた菊月は突然我にかえり、自分の左手を見つめ息を吐いた。
(はぁ……私としたことが……)
菊月はグラスに残っていたウィスキーを呷ると、また深く息を吐いた。
(それにしても、先日のあれは何だったんだろうな)
菊月は空になったグラスを見つめながら、先日の舞鶴での戦いを思い出すのだった。
ある日菊月は有本の指示で、京都にある峯山海軍航空基地を訪れていた。この基地は舞鶴基地の防衛を目的として作られており、今回はその防衛戦力の調査の指令をうけたのだった。
「うむ、まさかここまでとは……これでは戦力としては心許ない……」
「はい……資材が少ない事もあり、戦闘機の配備も間に合っていない状態で、しかも一月ほど前に大本営からの指示でこの基地から五十機もの機体を千歳基地に移送されました。そのため、いざ舞鶴の防衛をするにしてもこの基地から直ぐに向かえるのは、雷電が二十、紫電が十二くらいです。まあ…無理矢理飛ばすのであればあと十機ずつといったところでしょうか……」
菊月が険しい表情で呟くと、この基地の司令である
「では、私から資材を手配してもらえるように伝えておきましょう。霧夜大佐、お忙しい中ありがとうございました」
「いえいえ、菊月少佐も本日はありがとうございました。やはり、最前線と違い資材の支給は後回しになりますから、少佐から大本営に口添え頂けるのはありがたいことです」
そう言って深く頭を下げる霧夜に後ろの方から声がかけられる。
「お?大佐殿がナンパしてら」
「若いねぇ」
霧夜がその声に慌てて振り向くと、中年の軍人達がこちらを見てニヤニヤと笑っていた。
「み、皆さん!今は大本営の方がいらしてるんですから、そんな冗談は止めてください!」
「おっと、大佐殿がお怒りだ!さあ、仕事に戻るか〜」
「そうだな!あ、そうだ、大佐殿!今夜皆で飲み行きましょうや!奢りますぜ?ガハハハ!」
豪快に笑いながら歩き去っていく軍人達を見ていた霧夜は笑顔で手を振り、呆れたような嬉しそうな表情を浮かべて菊月に謝罪した。
「全く、あの人たちは……」
「面白い方々ですね」
「あ、はい……皆さん本当に良い方達です……少佐殿もこの基地を見ていて気づいているかと思いますが、ここにいるのは皆いくつもの戦いを経験した壮年の方々なんですが、戦いを録に知らないこんな若者が上官になっても、嫌な顔をせずに付いてきてくださるんです。それどころか……飲みに誘ってくれたり、私に至らないところがあれば、叱ってくれる。最高の仲間ですよ」
「そうですか……」
嬉しそうに話す霧夜に、見ていた菊月も自然と笑みを浮かべると同時に悲しい表情を浮かべ、我に帰った菊月はその感情を振り払うように言った。
「では霧夜大佐。私はこれで」
「ええ、『あの人』にもよろしくお伝えください」
その言葉に小さく頷いた菊月は、愛車のバイクに跨ってその基地をあとにするのだった