「岡田中将、菊月少佐をお連れしました」
「うむ、入れ」
「「失礼します!」」
神馬と菊月は、中から返事が聞こえると扉を開けて中へと入る。すると、部屋の奥に厳つい表情の初老の男が座ったままこちらを見つめていた。
「では、私はこれで」
「ああ、ご苦労」
神馬は一言そう言って部屋を後にし、部屋には菊月と岡田だけが残された。
「お久しぶりです。岡田中将」
「ああ、“アイツ”の葬儀以来だな。響は息災か?」
「はい、いつも書類整理に追われています」
「ふん、お前や響ほどの艦娘が書類整理や伝書鳩の真似事か………何とも平和なものだな」
そう皮肉めいた事を言う岡田に、菊月は部屋に入ってから感じていた疑問を投げかけた。
「煙草はお吸いにならないのですか?」
菊月の記憶にある岡田克紀と言う人物は、火が消えた瞬間には次の煙草に火を付けているほどのヘビースモーカーだったはずである。しかし今菊月がいる執務室には灰皿の姿も煙草の煙の香りも無かった。
「ああ……あの日以来煙草をうまいと感じなくなってな、暫く吸っておらん。もはや煙草の味も忘れた」
「そうですか………」
菊月が悲しげにそう呟いたあと、部屋には時計の音だけが鳴り響き、二人は何も言わずに向かい合う。そして暫くしてから岡田は口を開いた。
「それで、態々この鎮守府まで来たのはどんな理由だ?別に挨拶をするためでは無いのだろう?」
岡田は睨みつけるような表情を菊月に向け、言葉を促した。しかしそんな岡田に対して一切怯んだりすることもなく、淡々と要件を言い始めた。
「小松基地の部隊が石川県沖での演習飛行中に敵空母の存在を確認したそうです。しかしその空母は直ぐに行方をくらまし、追跡できなかったとの事。有本元帥は中将にも警戒を強めるようにと」
「この情報はどこまで伝わっている?」
「件の小松基地と大本営の一部の人間、そして中将のみです」
「いらぬ混乱を避けるために元帥が指示したか……」
「はい」
菊月の報告を聞いた有本は暫く考え込むように目を閉じると、静かに目を開き、ゆっくりと話し始めた。
「実はな、先程大浦基地に所属する航空隊が山口県沖で消息を絶ったという報告が入った」
「なっ………!」
岡田の言葉に菊月は驚愕の表情を浮かべ、岡田の次の言葉を待った。すると岡田は菊月を真っ直ぐに見つめたまま口を開く。
「ほぼ同じタイミングの出来事だ。お前は偶然だと思うか?」
「偶然と思いたいですが、恐らくは………」
「そうか……備えておくに超したことはない。元帥には承知した旨を伝えおいてくれ」
「了解しました。では、私はこれで失礼します」
菊月は一度敬礼をすると、執務室を出て足早に鎮守府を後にするのだった。