「なんだ‥‥‥あれは‥‥‥?」
いま、菊月の眼前には信じられない光景が広がっていた。
「あれは、人間‥‥‥なのか?」
軍服姿の人物が、軍刀を片手にレ級の前に立っていた。そして菊月の目には僅かにその人物が紫色の気を発しているようにも見えた。
(なぜ、艤装も無しに海の上に立っていられるんだ?)
そう、たとえ艦娘であっても偽装無しで水面に立つことは出来ない。しかし、その人物には艤装と思われる装備も見当たらない。身に着けているのは軍服に軍刀一本だけである。
「なっ!?」
その直後、謎の人物がレ級の腕を切り飛ばし、菊月は目を見開く。そして、満身創痍のレ級が撤退を始めるが菊月はあまりの光景に固まってしまい、咄嗟に動けずレ級を取り逃がしてしまった。
その後、大和率いる大本営の艦隊到着とともに敵の本隊が撤退したことで舞鶴での激戦は幕を閉じた。
「霧夜大佐!貴様が何をしたのか分かっているのか?貴様が救援を出さなかった為にこれだけの被害が出たのだぞ!航空支援さえあれば、この様な結果にはならなかったのだ!弁明があるなら言ってみろ!」
舞鶴鎮守府の一室で、霧夜大河は数人の将校等に尋問を受けていた。
「先日、大本営からの指示で我が峯山基地より多くの戦闘機が運び出され、監視網に穴ができました。そのため敵航空機の存在に気づかず基地が襲撃を受けこちらの救援に向かう余裕がありませんでした」
「嘘を言うな!そもそも、峯山基地から戦闘機を移動させるなど、こちらにはなんの連絡もなかったぞ!通常、移動させる場合は舞鶴に一報あるはずだ!よもや貴様、自身が敗北の責任に問われることを嫌い、わざと出撃させなかったのではなかろうな!」
「まさか!そのような事をするはずがありません!調べて頂ければすぐにわかります!」
霧夜がそう叫ぶと、突如扉が開かれ岡田が中に入ってきた。
「そこまでにしておけ。今回の敗戦は全て私の責任だ。責めるのであれば私を責めろ」
「ですが中将‥‥」
「くどい!‥‥‥分ったのならこの下らん集まりを解散しろ」
怒気を孕んだ岡田の言葉に、将校たちはそれ以上何も言えずそそくさと部屋を後にしていく。そして霧夜も皆に続いて部屋を出ようとした瞬間、岡田に引き止められた。
「霧夜、お前は残ってくれ。少し聞きたいことがある」
他の将校たちが部屋を去り、二人だけの空間になったところで岡田は静かに口を開いた。
「霧夜、お前の報告書にも書いていたが峯山の戦闘機の移動は大本営からの指示で間違いないな?」
「はい、およそ一週間ほど前に大本営から枡田大尉と名乗る方がいらっしゃいました。その際には大本営の物を示す押印のされた書面を渡されたました」
それを聞いた岡田は深く息を吐くと、霧夜の前に書類の束を投げ捨てた。
「これを読んでみろ」
岡田にそう言われた霧夜はその書類を手に取った。そしてそこに書かれていた内容を読んだ霧夜は徐々にガタガタと震え出した。
『大本営所属
その書類には確かにそう書かれていた。しかもその日付は‥‥
「半年‥‥‥前‥‥」
そしてその書類に添付されていた枡田の写真は、霧夜があった人物とは似ても似つかない人物であった。
「お前が枡田と名乗る人物から渡された書面は私も確認したが、あの押印は間違いなく大本営の物だった。今回の件、中々に根が深いかもしれんな」
その言葉を最後に、部屋は静寂に包まれた。