「お前も話は聞いていたな」
霧夜との話が終わり、岡田は部屋を出たところで足を止め、そう呟いた。すると廊下の曲がり角から菊月が姿を表す。
「はい、先程の話をふまえた上でこちらでも調査を進める予定です」
「今回の援軍の件は礼を言っておく。援軍が来なければ、確実に全滅していただろう」
「私には礼をいわれる資格はありません。目の前の味方を見殺しにしたのは事実です」
「確かに、お前が戦えば被害は極力抑えられたのかもしれん。だが、お前にはお前の任務がありその任務の為に最善の選択をしたのだと私は思う。よくぞ激情に駆られず任務を全うしたものだ。軍人として尊敬する」
そこまで言うと、岡田は一度も振り返る事なく廊下を歩いていく。菊月はそんな岡田の背中に対して、静かに敬礼をするのだった。
窓から夕日が差し込み、菊月の持つグラスに反射する。
(あの後に大本営から発表された件)
舞鶴での戦闘の後、その当事者達が大本営へと招集され、軍法会議が行われた。その軍法会議の主な議題は、木川三春、三浦亮介の命令違反及び上官に対する脅迫、傷害そして上官を差し置いての席巻行為。順当に行けば、良くて終身刑、悪ければ死刑。そしてどんなに譲歩されたとしても全権の剥奪は免れないはずだった。しかしその結果は、『上官に対する脅迫、傷害及び席巻行為の事実は無く、岡田中将の失神は足を滑らせたことで後頭部を強打したことが理由であり、岡田中将に突きつけたという拳銃は落ちていた拳銃を拾った際に偶然そのような形になった。そして席巻行為については、神馬少佐が指示した事が判明している為、その責は神馬少佐が負って然るべきである。よって木川、三浦両提督には命令違反の責のみを追求するものである』として、両名ともに処罰は降格と一ヶ月の謹慎のみだった。当然だが、その結果に対して多くの異議が申し立てられたのは言うまでもない。
そしてその次に行われたのが、神馬少佐の席巻行為に対する会議が行われたものの、結果としてその判断によって事態が好転した事を鑑み、三ヶ月の謹慎で済むこととなった。
こうして軍法会議が進み、ついに最後の人物である岡田の会議が行われた。そして下されたのは『岡田中将は敵艦隊の戦力を見誤り、無謀な作戦によって貴重な戦力を多く失った。また、全軍を指揮する立場にありながら大事な作戦中に足を滑らせ失神するという失態を冒した。これらの罪はあまりに重く、決して許されるものではないが、貴殿がこれまで積み上げてきた多大なる功績を鑑み、舞鶴総司令の任を解きこれもって処罰とする』というものであった。恐らく、この後はどこか他の鎮守府への左遷となるだろう。
(予想通り中将が二人を庇った。だが、周りはそう納得はせんだろうが‥‥まあ、これを見てもまだ異論を唱えられる者もそういないか)
そう考えながら、菊月は軍法会議報告書と書かれた一枚の紙に目を落とし、下の方に書かれた文字を眺めた。そこには『大日本帝国元帥海軍大将
(この二人に意見が言えるのは、『あの人』しかいないからな)
「失礼いたします。ご夕食の用意の方が完了しましたので、お運びしても宜しいでしょうか?」
「ん?あ‥‥はい、お願いします」
部屋の外から聞こえた声に菊月は、すぐさま考えるのをやめ、報告書とウィスキーをバッグにしまった。