漆黒の契約者 〜魔法が使えない少年は『死』の運命に立ち向かう〜   作:早見 綿飴

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第一章 『旅立ちの決意 〜始まりの物語〜』
プロローグ 『終わりの始まり』


 

 黒髪の目付きの悪い少年が小高い丘の上に立っていた。丘といっても草木などは全く生えていない。ただ灰色の荒廃した大地が、辺り一面に広がっているだけである。

 だからこそ、そんな場所に唯一建っているあの塔は、圧倒的な存在感を放っていた。

 

 天高くそびえる石塔。少し遠くに建っているあの塔が少年の目指す場所である。しかし簡単には辿り着けないであろう。なぜなら、

 

 「何度見てもこの景色はゾッとするな~。」

 

 武器を持った1万の軍勢がその行く手を阻んでいるからである。彼らは皆、契約者である。そして世界を守るため、少年の前に立ちはだかる。

 この『世界』を愛する者として、平和を脅かす大罪人へと刃を向けるのだ。その行いはまさしく『正義』と呼ぶにふさわしいものである。

 

 「けど勝てば官軍、負ければ賊軍ってな。つまり勝った方が正義なんだぜ。」

 

 少年は自信満々にそう豪語した。しかし、その後ろにいる仲間の数はせいぜい百人程度。1万の軍勢からしてみれば、それは虫けら程度の集団にしかすぎない。

 それなのに、何故かその少年に不安の色は一切見られなかった。

 

 「俺は仲間を信じてる。だからマジで全速力で突っ走るぞ。そんなわけでフォローよろしく!」

 

 黒髪の少年は仲間に向かって軽々しくそう言った。それはこの場の重々しい雰囲気とはあまりにもかけ離れたセリフであった。しかしそのおかげで、仲間達の雰囲気は少しだけ柔らかくなる。

 

 「全く最後の作戦が正面突破ですか。あなたらしいというか、なんというか…」

 

 そんな少年のセリフに、灰色の髪の美丈夫がやれやれと肩を竦めた。いつもの少年の無茶ぶりに呆れた様子である。

 しかし少年は気が狂ったわけでもなんでもない。彼にとってはこれが今回の最善策なのであろう。そう信じられるくらい、仲間たちと彼との間には深い絆があったのだ。

 

 「っても世界を守るっていうのに、集まったのは契約者たったの1万かよ。つまんねぇナ。」

 

 少年の仲間の1人、赤髪の屈強な男が目の前の軍勢を見て、気だるげにそう言い放った。そんな男に向かって少年は、首を横に振った。そして狂気じみた笑顔で男に向かってこう告げる。

 

 「それは見当違いだぜ。これから化け物がわんさか現れるんだ。頼りにしてるぞ。」

 

 「そりゃァ、良い朗報だぜ。血が騒ぐ。」

 

 それを聞いて赤髪の男がその身に宿る闘志を滾らせた。彼からは猛々しい獣のオーラを感じる。それは決して比喩ではない。

 赤髪の男の頭からは虎耳が生えている。彼は獣人、それも猛獣の血を引き継ぐ者であったのだ。

 

 そして黒髪の少年は仲間一人一人の顔を確認してから、最後にこう言った。

 

 「それじゃあ俺から言えることはたった一つ。みんな絶対に死ぬなよ!1人でも死んだらその時点で作戦は失敗だ。」

 

 

 黒髪の少年は塔を目掛けて全速力で戦場を駆け抜けていた。燃えさかる火球、鋭い風刃などが乱れ飛ぶ。その威力は人の身体など、いとも簡単に壊してしまう程であろう。脆弱な人間がそれから身を守るには、同じく魔法で対抗するしかない。

 

 ――しかしその黒髪の少年は契約者でありながら、魔法が全く使えなかった。

 

 そんな少年が戦場を走っていたら、もちろん「死」がやってくる。

 肌が凍りつくような感覚。冷気を纏った鋭い無数の氷柱が、少年に向かって放たれたのである。だがその少年には身を守る手段がない。そのまま氷柱に貫かれ、無惨な死体となってしまうだろう。

 

 「おいユナン。速度が落ちている。もっと足を動かせ。」

 

 しかしその無数の氷柱を1つの巨大な竜巻によって吹き飛ばされた。その竜巻は、氷柱を放った契約者、いやそれどころか周りにいた他の契約者までもを巻き込んで、彼らの身体を切り刻んだ。

 そんな常軌を逸した絶技。それを放ったのは少年の仲間の1人である。

 少年は契約者の中では弱い部類に入る。だが、

 

 ――少年の仲間達は『世界』を相手にできるほどの力をもっているのだ。

 

 少年の仲間達が化け物じみた強さを持っている事は、誰の目から見ても明らかである。一方で黒髪の少年は、目には見えない力を持っていた。

 

 「もうすぐ右から突然竜が現れる。頼んだぞ!」

 

 「――!ほんとに来たな!オラァ!俺様と力勝負なんて百年早いんだよ。竜はおとなしくブレスでも吐いときやがれ!」

 

 少年の指示に従うように赤髪の男が右側に立って迎撃体勢をとる。すると少年の予言通り、深紅の鱗を持った竜が突然右側から姿を現し、その強靭な炎爪を少年へと振り下ろしたのである。

 

 もちろんその攻撃は赤髪の男によって防がれた。彼はその爪を肥大化させて、深紅の竜と対峙したのである。炎爪同士の衝突に、赤い熱風が巻き起こる。

 男の爪は竜と同じく火炎を纏っていた。さらにその炎は竜のものよりも激しい。彼の闘争心は炎竜のブレスよりも熱く燃え上がっているのだ。

 

 そして赤髪の男はとてつもない力で炎竜に向かって体当たりをした。その竜の体長は5メートルを優に超えているであろう。それなのに彼はその竜を後方へと吹き飛ばしたのである。

 体勢が大きく崩れた炎竜。もちろんその竜に向かって続けざまの連撃が叩き込まれる。

 

 「くたばりやがれ!」

 

 そして男はその爪で炎竜の胸を抉りとった。男の爪には竜の赤黒い心臓が突き刺さっている。それは抜き取られてなお鼓動を続けており、竜の生命力を高らかに証明していた。

 しかし竜とはいえ、所詮は生き物である。心臓を抜き取られた深紅の竜はそのまま力なく倒れた。

 

 「第一関門突破!ナイスだぜ。」

 

 黒髪の少年は赤髪の男に向かってピース。状況は一旦落ち着いたように見えた。しかしさらなる困難が少年の前に立ちはだかる。

 

 少年の周りに先程のような大きな竜が無数に出現したのである。そして塔の前には、2頭の巨大な古龍が鎮座していた。

 

 マグマを帯びた黒龍と雷雲を操る黄龍。古龍は自然災害そのもの。つまり噴火する火山と天をも貫く落雷が、意志を持ってこちらを攻撃してくるという事なのである。それは悪夢以外の何物でもない。

 

 しかし少年はその足を止めなかった。そんな彼に向かって、赤熱する溶岩と轟雷が放たれた。

 自然は手加減というものを知らない。如何なるものであれ平等に、その自然の災禍で飲み込んでしまう。だが、

 

 「夢を追いかける少年よ。古き者を土台に先へと進め!」

 「雷龍ヤクサノイカヅチ。そいつはオレが倒すからユナンは先に行って!」

 

 赤熱する溶岩を、40代くらいの男がマグマを帯びた大剣で弾く。

 轟雷を、黄色い髪の少年が青白い稲妻でかき消した。

 

 少年の頼もしい仲間たちは巨大な古龍とすら張り合う事ができるのである。そしてそんな仲間たちは自分を信じてくれている。

 

 ――だからこそ黒髪の少年は、どんな強敵が目の前には立ちはだかろうと、その足を決して止めないのだ。

 

 1万の契約者の軍勢の中を抜け、凶暴な竜の群れを突破し、巨大な2頭の古龍の相手を仲間に任せて、黒髪の少年は先に進む。

 そして目標の塔の入口が、すぐ目の前にまで迫った時であった。

 

 「――!危ない!」

 

 そう聞こえた瞬間、少年は灰色の髪の男によって突き飛ばされた。それはユナンの仲間の1人である。

 振り返ると鈍い音が鳴り、その男の胸が光の柱によって貫かれ、血しぶきをあげていた。

 同時に少年も、光の柱によって、左の太ももを貫かれてしまったのである。

 

 ――少年の前に最後の壁が立ちはだかる。

 

 それは黄金の光を纏った金髪の青年。彼は『世界』を守る正義の化身、そして同時に世界最強の存在でもあった。そんな彼は、目の前にいる黒髪の少年、そしてその仲間達を決して許さない。

 

 「やっぱり最後はお前が立ちはだかるよな。…でも俺は先に進むぜ。」

 

 そう言って黒髪の少年は足を引きずりながら、塔の入口へと目指す。そんな彼に向かって正義のヒーローは、はっきりとした爽やかな声でこう告げた。

 

 「残念だがここまでだ。君に恨みはないが…これも『世界』のためなんだ。」

 

 「そうかよ。なら俺たちは敵同士だな。『また』会おうぜ。」

 

 そして眩い光が少年の全てを焼き焦がした。

 その最期まで少年の目には闘志が宿っていた。

 

 ――少年はまだ諦めてはいない。

 

 これは「死」の運命に立ち向かう少年の、始まりからその結末までを描いた物語。

 そして願いとは何であるかを問う物語である。

 




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