漆黒の契約者 〜魔法が使えない少年は『死』の運命に立ち向かう〜 作:早見 綿飴
「なんで、加護持ちを殺す必要があるんだ?」
「…まあ殺す理由はいろいろだな。最も多いのは、恨みによるものだが。それだけではない。契約者が加護持ちを殺すと、その加護を引き継げるんだ。まあ引き継げるのは、加護を持ってない契約者に限るが…もう分かるだろ?」
「マジかよ。仲間同士で殺し合いとか、シャレになんねぇぞ…」
「契約者に仲間も何も無い。自分以外は『他人』だろ?」
少し尖った意見だが、それが普通なのだろう。
でもマジか。願い通り不死身の加護だったとしても、相手に奪われたら元も子もない。気をつけよう。
「気をつける。ありがとうジーク。おまえ、良い奴だな。」
「ふっ。礼は要らないさ。」
少し顔を逸らして、ジークがそう返す。
ユナンは魔獣「ネコマタ」の住処に行く道中、その魔獣について、3人から情報を聞いておくことにした。
「それでネコマタってどんなやつなんだ。」
「ただの大きい猫らしいわよ。楽勝ね。」
「ただ大きいだけじゃない。普通の猫を攫って、仲間を増やすらしい。数が多ければ、厄介だ。」
「大きい猫がいっぱいとか、怖いだろぉ!オレ、もう帰りたいよぉ!」
3人が魔獣に対して、それぞれの反応を示す。
…キリマルは、森へ入ってからずっとビビりっぱなしである。こいつ、本当に契約者か?
でもどうやら、聞いてみた限り、あの黒い怪物よりはマシでありそうだ。
ユナンは、ホッと胸を撫で下ろす。
辺りはひっそりと静まり返っている。もうすっかり夜になり、大きな丸い月がユナン達を照らしている。
…今夜は満月か。綺麗だな。
そんな事を思っていると、突然、茂みからガサゴソと、何かがうごめく音が聞こえてきた。
「来るぞ。」
ジークが弓を引いて構える。ユナン達も戦闘態勢に入った。
「シャァァァァ!」
威嚇のような鳴き声をあげ、茂みから魔獣が飛び出す。体毛は黒く、赤い目で、こちらに殺気のみを向けて睨みつけている。
…でかい。猫なんかじゃない。あれは虎の大きさだ。…ただの大きい猫とは一体なんの事だったのか。
魔獣がこちらに飛びかかろうとした刹那、
「はぁ!」
ジークが掛け声と共に矢を放つ。放たれた矢は「青」い光を帯びており、空中でそれは、鋭く尖った氷の柱へと変化し、魔獣の脳天を貫く。
魔獣は一瞬にして、霧となって消えていった。
…凄い。ジークの弓の腕もそうだが、改めて契約者の「力」の凄さを実感する。俺も「力」が使えたらなぁ…
「ひえぇぇぇ!でかぁぁ!?何がただの大きい猫だよ!バケモンだよ、サーベルタイガーだよ、こんなの!!」
キリマルは魔獣の鳴き声よりも大きな声で、そう叫ぶ。うるさいが、まあ気持ちは分かる。
「ギャーギャー叫ぶな。…次が来る。」
とてつもない数の「赤い目」がこちらを睨みつけている。…これはヤバそうだ。
先程と同じ魔獣が、群れをなして、一斉に鋭い爪で襲いかかる。ユナン達は互いに背中を預け、円のような陣形で、魔獣と対峙する。
飛びかかって来た魔獣に対して、ユナンは右前に身を捌いて躱し、魔獣にカタナだけを合わす。魔獣の勢いと相まって、カタナの刃が容易く、魔獣の横腹を搔っ捌く。
魔獣は唸り声をあげ、黒い霧となって消えた。続けざまに何体も魔獣が飛びかかってくるが、同じように最短の動きで対処する。肉質が柔らかい上に、捻りもなく勝手に飛び込んで来てくれるので、意外と楽に対処できた。
ひと通り、捌ききったので周りの様子を見る。
「なるほど、案外脆いのか。なら、威力を落としても大丈夫そうだ。」
ジークの放った矢は、先程のように氷柱となった後、さらに3つの柱に分かれ、それぞれ魔獣の脳天を貫く。
「くたばりなさい!!」
アンナの振るった両手剣は炎を帯びている。一気に4体の魔獣を切り裂き…魔獣達は炎に包まれ、消えていく。
「猫ちゃんを、返して!」
セーナの周りの、何も無い場所から、たくさんの尖った氷の柱が生み出される。それらは一気に噴射され、前にいた魔獣達を一掃する。
…ホントに俺より強いわ、これ。
「ひぇぇぇ!こないでぇぇぇ!後で魚あげるからぁぁ!」
そう言って、数十体の魔獣に追いかけられているのは、キリマルだ。
…尋常じゃないくらい、逃げ足が速い。それはキリマルの身体能力だけでは無く…
キリマルの足元から小さな電気が発生している。
なるほど、こういう魔法の使い方もあるのか。…いや、その腰のカタナはなんの為にあるんだよ。
しかし、魔獣達も知能が低いとはいえ、馬鹿ではない。集団で囲ってキリマルを追い詰める。
「ぎゃぁあぁ!もう、終わりだぁぁ!!」
そう叫んだキリマルの周囲に、大量の電気が発生。辺りに青い稲妻が走り、大放電を撒き散らす。
周囲にいた魔獣達は、全て焼き焦げた。
…うわぁ。1番戦闘中に、近寄りたくない。
「全部片付けたようだな。大体は…キリマルがやってくれたな。」
そう言って、ジークが矢を矢筒へ戻そうとする。
その時、森のカラスが一斉に飛び立った。辺りの空気が一瞬にして変わり、森の木々がざわめく。
肌がひりつく感覚、それは黒い怪物が現れた時と似ている。
…親玉がやってきたのだ。
「ニャァァァオォォォ!!」
低いのに、その鳴き声は猫によく似ている。どことなく、悲しんでいるように聞こえるのは気のせいだろうか。だが、そいつは猫ではない。魔獣だ。
ドシ、ドシと重々しい足音をたてながら、森の中から姿を現した。
体毛は黒いが、大きさが、さっきの猫魔獣の4倍はある。4足歩行で、足は分厚い筋肉で覆われている。発達した鋭利な牙は、噛み付いたものを決して離さないだろう。鋭く光る赤い目と、何本にも分かれた尻尾が、動物ではなく、魔獣である事を物語っていた。
珍しく、キリマルが何も叫んでいない事に驚き、ユナンはキリマルの方をちらっと見た。
…顔を真っ白にして、気絶している。
「多少大きくなろうが、関係ない。くらえ!」
ジークがそう言って矢を放った。先程よりも大きな氷の柱が、魔獣の脳天を狙う。…さっきのは本気じゃ無かったのか。この大きさなら貫けそうだ。
だが、その氷柱は魔獣の脳天に突き刺さる前に、鈍い音とともに出現した、「紫」色の魔法陣のようなものによって、防がれる。
「はぁ!?対魔法術式を魔獣が使うなんて、反則よ!反則!」
アンナが地団駄を踏んで、そう叫ぶ。
対魔法術式?つまり、この魔獣には魔法が効かないってことか?この大きさの相手に物理で勝てるとは、到底思えない。
「チッ。一時、撤退するぞ。ほらキリマル、起きろ。」
ジークは失神しているキリマルを背負い、撤退を提案する。
「分かった。」
そう言ってユナン達がその場を立ち去ろうとした時、
「ニャフン」
魔獣が変な声を出した。それと同時に、ユナン達の退路は灰色の岩壁によって、塞がれる。
ドーゼルと同じ岩の魔法!?まずい退路を塞がれた!ここで決着をつけるしかないか。
「魔法も効かない、退路も塞がれた。絶対絶命よ…」
「…クソッ!」
アンナとジークがそれぞれ、そんな声をあげる。
「いや、まだだ!岩壁には効果時間があるはず。時間を稼いで、岩壁が消えた後、また退路を塞がれる前に逃げるぞ!時間は…俺が稼ぐ。」
そう言って俺は、カタナを構えて魔獣と対峙する。
目の前で見るとでけぇなぁ。怖いなぁ。だが、弱音なんて吐いていられない。
「ニャァァァゴォ!」
魔獣が悲しみを帯びた唸り声をあげ、前足の爪で襲いかかる。
でかいくせに、動きが速い!これは避けられない、受けるしかないか。
ユナンは魔獣の爪にカタナを合わせて、ガードしようとする。だが、
――攻撃が、重い!
予想以上のパワーに身体が吹き飛ばされる。ユナンは、吹っ飛んだまま、木に激突する。意識が遠のく…
「ユナン!!」
セーナのそんな叫びを聞いて、ユナンは意識をかろうじて、取り戻す。
…幸い激突の仕方が良かったのか、骨は折れて無さそうだ。まだ動ける。
俺はふらふらと立ち上がり、カタナをまた構える。
ゆっくりと魔獣が近づいてくる。
「ユナン!無理をするな!一旦逃げろ!」
「そうよユナン!アタシが変わってあげるから。この両手剣で魔獣なんかぶっ飛ばしてやるわよ!」
ジークとアンナの俺を案じる声が聞こえる。
こいつら、ほんとに良いヤツらだよなぁ。短い間だったが、それでも十分によく分かる。
…ここで俺が負けたら、ジークやアンナまで傷ついてしまう。それに、
「ユナン!死んじゃったら許さないんだから!」
――何より心の底から、彼女を守ってあげたい。
ユナンは、自分の胸の内から、「思い」がとめどなく溢れ出ているのを感じる。みんなを守りたい。そんな「思い」が。
ユナンの身体の周りを、「紫」色の「光」が覆う。しかし、それはジークやアンナ、セーナには見えていない。
その「光」は日常で見る光とは違う。己の中にある「光」だ。
「ニャァァァゴォォ!」
魔獣が悲鳴のような鳴き声をあげながら、ユナンに襲いかかる。次はユナンの首元を狙った、完全に殺すつもりの一撃だ。
――『世界』の全てが灰色に見え、遅く感じる。魔獣の唸り声、動き、呼吸、その全てが。
ユナンはその刹那、魔獣の胸に、結晶のようなものがあるのを見つけた。――これしかない。
ユナンは魔獣の攻撃を容易く躱し、カタナで、その結晶に向かって、突きを放つ。
「おりゃあぁあぁ!!」
ピキッという音を立て、結晶が割れる。それと同時に魔獣の体は、ガラスのようにひび割れ、黒い霧となって消え去る。
――――――――――――――――――――――――――
「くろすけは本当に、石ころで遊ぶのが大好きだな。」
小さな男の子が、黒い子猫に話しかけている。黒い子猫は、石を咥えたまま駆け寄り、男の子の手に石を乗せた。
「また投げて欲しいのか?くろすけは、猫なのに、犬みたいな事をしたがるなぁ。それ!」
そう言って男の子が遠くへ投げた石を、黒い子猫は楽しそうに追いかける。猫と子供が遊ぶ、ただただ、平和な光景だけがそこにはあった。
――視界が暗転する。
「村に魔獣が攻めてきたぞ!みんな、逃げろ!」
男が走りながら、そう叫ぶ。平和な光景は一変。燃えさかる、小さな村の様子が映る。目の前には、あの子猫と血まみれになって倒れている、男の子の姿があった。
「くろ…すけ……お前は逃げ…て。」
そう言い残して、男の子は力尽きる。黒い子猫の目から、涙が零れる。
「にゃーん!にゃーーーん!」
黒い子猫は炎の中、屍となった男の子の前で泣き続ける。泣いて泣いて、やがて子猫の涙が枯れてしまったころ、
「ニャァァァゴォォ!」
――子猫は、獰猛な魔獣の姿へと変わっていた。
――――――――――――――――――――――――――
…今の幻は、なんだ。あの魔獣の記憶?いや、普通の動物が魔獣になるなんて、聞いたことが無い。きっと…気のせいだろう。気のせいであると、信じたい。
「た、倒した。」
「やった!アンタはやる男だって信じてたわよ!」
そんなジークとアンナの驚きと喜びの声聞いて、緊張が抜けたからか、ユナンはその場に力なく座り込んだ。
「ユナン!怪我はないの!?」
そう言ってセーナがユナンに駆け寄り、抱きついてきた。
嬉しいが…痛い。いたいいたい。抱きしめる力が強すぎる。さっきの吹き飛ばされた衝撃のダメージが、モロに響く。
「ああ。幸いどこも骨折して無――」
「良かったー!ほんとに!こんな無理して、やっぱり馬鹿じゃないの!?」
「ぐえっ。」
さらにセーナに強く抱きしめられ、ユナンは苦しそうな声をあげる。
「今回は、ほんとうに助かった。礼を言う。」
「ありがとね。ユナン!」
ジークとアンナも近づいてきた。
「いや、俺の方こそ、みんなには本当に世話になったぜ。ありがとう。」
ユナンがそう返した時だった。
「にゃーん。」
黒い子猫が、セーナの元に擦り寄ったきた。
…これがちゃんとした猫の鳴き声だよな。やっぱり本家は可愛いわ。
「あっ、ユナン!探してた猫ってこれじゃない?可愛い!」
「かもな。女の子の家へ持って行って見ようぜ。」
こうして、ユナン達は全員揃って、ロゼッタの町へ無事、帰ろうとしていた。
「カッ!あれ?オレ何してたんだ?」
キリマルが目を覚ました。
「アンタは魔獣の親玉を見てから、ずっと失神してたのよ!ほんと、大変だったんだから。」
「ってことは魔獣の親玉は討伐したのか。まさか、寝ている間に、オレの超スーパーな力が覚醒して…」
「そんなわけないでしょ!ほら。ここに結晶。これが討伐の証。ちゃんと拾って来たわ。」
「へー魔獣の親玉ってそんなものを落とすのか。知らなかった。」
ユナンはアンナの手に握られている、紫色の結晶を見つめて、そう言った。結晶の中央に、白い光の線で、あの魔獣の顔が描かれている。
「アンタそれも知らなかったの?…ってアンタは契約者成り立てだから仕方ないか。」
アンナが呆れたふうにそう言った。
「ユナン、オレのように理知的な男でないと女の子にはモテ――」
「いいから、俺の背中からはやく降りろ!キリマル!」
そう叫んだジークの声が森中に響き渡った。
ユナン達が、ロゼッタの町に帰って来たのは、朝日が昇った後の事だった。
ユナン達は黒猫を連れて、女の子の家へと向かう。
「あれ?アタシ達の依頼人の家と、同じじゃないの。」
アンナが不思議そうにそう言った。
…すごい偶然だな。
「あっ、お兄さんとお姉さんだ。ヌコちゃん見つかったの?」
茶髪の女の子がはしゃいだように、家の中から出てきた。
「はい。これかな?」
セーナは優しくそう声をかける。その時、セーナが抱えていた黒猫が、女の子へ飛び移った。どうやら、本当にその猫で合っていたようだ。
「お帰り!ヌコちゃん!寂しかったよね、ごめんね。ありがとう、お兄さん!お姉さん!」
「あら。魔獣討伐だけでなく、うちの娘の、子猫探しまでしてくれたの?本当に助かるわ。」
妖艶な大人の女性の声でそう言って、奥から、この子の母親らしき人物が出てきた。艶やかな紫色の髪を首元まで伸ばしている。
…親子で髪の色が違うのか。この子の髪の色はお父さん似かな。
「いえいえ、子猫探しは、そこの2人がしてくれたので、私たちは関係ないです。これが、討伐の証です。どうぞ。」
そう言ってアンナは女性にあの結晶を渡す。
「助かるわ。これで町の人たちも安全に王都へ向かえるわ。はい、これが報酬よ。あなたたちにも。」
「えっ。いいんですか?こんなに…」
ユナンは驚き、そう口にする。袋の中には、金貨10枚が入っている。大金だ。
「いいのよ。うちの娘も凄く心配してたし、受け取って。」
女性は右手で自分の頬を触りながら、そう言った。
「あ、ありがとうございます。」
ユナンは礼を言って、頭を下げた。
「ばいばーい。お兄さん、お姉さん。またね!」
「おうまたな!」
「もう猫から目を離しちゃダメよ?ばいばい。」
ユナン達は家をあとにする。金貨を10枚手に入れ、女の子の笑顔も見れた。色々大変だったけど、これでよし、だ。
――――――――――――――――――――――――――
ユナン達が去っていった後、女の子は首を傾げる。
「あれー?ネコマタちゃんって、確か、急所の結晶を隠してる筈なのに、なんであのお兄さんは1発で貫けたんだろう?」
「決まっているじゃない。あの男の子が―――だからよ。」
女性が女の子に、呆れたふうにそう言った。
その言葉を聞いて、女の子が目を輝かせる。
「そっかー!じゃあまた会えるかもね!お兄さん!」
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