漆黒の契約者 〜魔法が使えない少年は『死』の運命に立ち向かう〜   作:早見 綿飴

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第一章10 『魔獣ネコマタ』

 「なんで、加護持ちを殺す必要があるんだ?」

 

 「…まあ殺す理由はいろいろだな。最も多いのは、恨みによるものだが。それだけではない。契約者が加護持ちを殺すと、その加護を引き継げるんだ。まあ引き継げるのは、加護を持ってない契約者に限るが…もう分かるだろ?」

 

 「マジかよ。仲間同士で殺し合いとか、シャレになんねぇぞ…」

 

 「契約者に仲間も何も無い。自分以外は『他人』だろ?」

 

 少し尖った意見だが、それが普通なのだろう。

 でもマジか。願い通り不死身の加護だったとしても、相手に奪われたら元も子もない。気をつけよう。

 

 「気をつける。ありがとうジーク。おまえ、良い奴だな。」

 

 「ふっ。礼は要らないさ。」

 

 少し顔を逸らして、ジークがそう返す。

 

 

 

 ユナンは魔獣「ネコマタ」の住処に行く道中、その魔獣について、3人から情報を聞いておくことにした。

 

 「それでネコマタってどんなやつなんだ。」

 

 「ただの大きい猫らしいわよ。楽勝ね。」

 

 「ただ大きいだけじゃない。普通の猫を攫って、仲間を増やすらしい。数が多ければ、厄介だ。」

 

 「大きい猫がいっぱいとか、怖いだろぉ!オレ、もう帰りたいよぉ!」

 

 3人が魔獣に対して、それぞれの反応を示す。

 …キリマルは、森へ入ってからずっとビビりっぱなしである。こいつ、本当に契約者か?

 でもどうやら、聞いてみた限り、あの黒い怪物よりはマシでありそうだ。

 ユナンは、ホッと胸を撫で下ろす。

 

 

 

 辺りはひっそりと静まり返っている。もうすっかり夜になり、大きな丸い月がユナン達を照らしている。

 …今夜は満月か。綺麗だな。

 そんな事を思っていると、突然、茂みからガサゴソと、何かがうごめく音が聞こえてきた。

 

 「来るぞ。」

 

 ジークが弓を引いて構える。ユナン達も戦闘態勢に入った。

 

 「シャァァァァ!」

 

 威嚇のような鳴き声をあげ、茂みから魔獣が飛び出す。体毛は黒く、赤い目で、こちらに殺気のみを向けて睨みつけている。

 …でかい。猫なんかじゃない。あれは虎の大きさだ。…ただの大きい猫とは一体なんの事だったのか。

 

 魔獣がこちらに飛びかかろうとした刹那、

 

 「はぁ!」

 

 ジークが掛け声と共に矢を放つ。放たれた矢は「青」い光を帯びており、空中でそれは、鋭く尖った氷の柱へと変化し、魔獣の脳天を貫く。

 魔獣は一瞬にして、霧となって消えていった。

 

 …凄い。ジークの弓の腕もそうだが、改めて契約者の「力」の凄さを実感する。俺も「力」が使えたらなぁ…

 

 「ひえぇぇぇ!でかぁぁ!?何がただの大きい猫だよ!バケモンだよ、サーベルタイガーだよ、こんなの!!」

 

 キリマルは魔獣の鳴き声よりも大きな声で、そう叫ぶ。うるさいが、まあ気持ちは分かる。

 

 「ギャーギャー叫ぶな。…次が来る。」

 

 とてつもない数の「赤い目」がこちらを睨みつけている。…これはヤバそうだ。

 

 先程と同じ魔獣が、群れをなして、一斉に鋭い爪で襲いかかる。ユナン達は互いに背中を預け、円のような陣形で、魔獣と対峙する。

 

 飛びかかって来た魔獣に対して、ユナンは右前に身を捌いて躱し、魔獣にカタナだけを合わす。魔獣の勢いと相まって、カタナの刃が容易く、魔獣の横腹を搔っ捌く。

 魔獣は唸り声をあげ、黒い霧となって消えた。続けざまに何体も魔獣が飛びかかってくるが、同じように最短の動きで対処する。肉質が柔らかい上に、捻りもなく勝手に飛び込んで来てくれるので、意外と楽に対処できた。

 ひと通り、捌ききったので周りの様子を見る。

 

 

 「なるほど、案外脆いのか。なら、威力を落としても大丈夫そうだ。」

 

 ジークの放った矢は、先程のように氷柱となった後、さらに3つの柱に分かれ、それぞれ魔獣の脳天を貫く。

 

 

 「くたばりなさい!!」

 

 アンナの振るった両手剣は炎を帯びている。一気に4体の魔獣を切り裂き…魔獣達は炎に包まれ、消えていく。

 

 

 「猫ちゃんを、返して!」

 

 セーナの周りの、何も無い場所から、たくさんの尖った氷の柱が生み出される。それらは一気に噴射され、前にいた魔獣達を一掃する。

 …ホントに俺より強いわ、これ。

 

 

 「ひぇぇぇ!こないでぇぇぇ!後で魚あげるからぁぁ!」

 

 そう言って、数十体の魔獣に追いかけられているのは、キリマルだ。

 …尋常じゃないくらい、逃げ足が速い。それはキリマルの身体能力だけでは無く…

 キリマルの足元から小さな電気が発生している。

 なるほど、こういう魔法の使い方もあるのか。…いや、その腰のカタナはなんの為にあるんだよ。

 しかし、魔獣達も知能が低いとはいえ、馬鹿ではない。集団で囲ってキリマルを追い詰める。

 

 「ぎゃぁあぁ!もう、終わりだぁぁ!!」

 

 そう叫んだキリマルの周囲に、大量の電気が発生。辺りに青い稲妻が走り、大放電を撒き散らす。

 周囲にいた魔獣達は、全て焼き焦げた。

 …うわぁ。1番戦闘中に、近寄りたくない。

 

 

 

 「全部片付けたようだな。大体は…キリマルがやってくれたな。」

 

 そう言って、ジークが矢を矢筒へ戻そうとする。

 

 その時、森のカラスが一斉に飛び立った。辺りの空気が一瞬にして変わり、森の木々がざわめく。

 肌がひりつく感覚、それは黒い怪物が現れた時と似ている。

 …親玉がやってきたのだ。

 

 

 「ニャァァァオォォォ!!」

 

 低いのに、その鳴き声は猫によく似ている。どことなく、悲しんでいるように聞こえるのは気のせいだろうか。だが、そいつは猫ではない。魔獣だ。

 ドシ、ドシと重々しい足音をたてながら、森の中から姿を現した。

 体毛は黒いが、大きさが、さっきの猫魔獣の4倍はある。4足歩行で、足は分厚い筋肉で覆われている。発達した鋭利な牙は、噛み付いたものを決して離さないだろう。鋭く光る赤い目と、何本にも分かれた尻尾が、動物ではなく、魔獣である事を物語っていた。

 

 珍しく、キリマルが何も叫んでいない事に驚き、ユナンはキリマルの方をちらっと見た。

 …顔を真っ白にして、気絶している。

 

 「多少大きくなろうが、関係ない。くらえ!」

 

 ジークがそう言って矢を放った。先程よりも大きな氷の柱が、魔獣の脳天を狙う。…さっきのは本気じゃ無かったのか。この大きさなら貫けそうだ。

 だが、その氷柱は魔獣の脳天に突き刺さる前に、鈍い音とともに出現した、「紫」色の魔法陣のようなものによって、防がれる。

 

 「はぁ!?対魔法術式を魔獣が使うなんて、反則よ!反則!」

 

 アンナが地団駄を踏んで、そう叫ぶ。

 対魔法術式?つまり、この魔獣には魔法が効かないってことか?この大きさの相手に物理で勝てるとは、到底思えない。

 

 「チッ。一時、撤退するぞ。ほらキリマル、起きろ。」

 

 ジークは失神しているキリマルを背負い、撤退を提案する。

 

 「分かった。」

 

 そう言ってユナン達がその場を立ち去ろうとした時、

 

 「ニャフン」

 

 魔獣が変な声を出した。それと同時に、ユナン達の退路は灰色の岩壁によって、塞がれる。

 ドーゼルと同じ岩の魔法!?まずい退路を塞がれた!ここで決着をつけるしかないか。

 

 「魔法も効かない、退路も塞がれた。絶対絶命よ…」

 

 「…クソッ!」

 

 アンナとジークがそれぞれ、そんな声をあげる。

 

 「いや、まだだ!岩壁には効果時間があるはず。時間を稼いで、岩壁が消えた後、また退路を塞がれる前に逃げるぞ!時間は…俺が稼ぐ。」

 

 そう言って俺は、カタナを構えて魔獣と対峙する。

 目の前で見るとでけぇなぁ。怖いなぁ。だが、弱音なんて吐いていられない。

 

 「ニャァァァゴォ!」

 

 魔獣が悲しみを帯びた唸り声をあげ、前足の爪で襲いかかる。

 でかいくせに、動きが速い!これは避けられない、受けるしかないか。

 ユナンは魔獣の爪にカタナを合わせて、ガードしようとする。だが、

 

 ――攻撃が、重い!

 

 予想以上のパワーに身体が吹き飛ばされる。ユナンは、吹っ飛んだまま、木に激突する。意識が遠のく…

 

 「ユナン!!」

 

 セーナのそんな叫びを聞いて、ユナンは意識をかろうじて、取り戻す。

 …幸い激突の仕方が良かったのか、骨は折れて無さそうだ。まだ動ける。

 

 俺はふらふらと立ち上がり、カタナをまた構える。

 ゆっくりと魔獣が近づいてくる。

 

 「ユナン!無理をするな!一旦逃げろ!」

 

 「そうよユナン!アタシが変わってあげるから。この両手剣で魔獣なんかぶっ飛ばしてやるわよ!」

 

 ジークとアンナの俺を案じる声が聞こえる。

 こいつら、ほんとに良いヤツらだよなぁ。短い間だったが、それでも十分によく分かる。

 …ここで俺が負けたら、ジークやアンナまで傷ついてしまう。それに、

 

 「ユナン!死んじゃったら許さないんだから!」

 

 ――何より心の底から、彼女を守ってあげたい。

 

 ユナンは、自分の胸の内から、「思い」がとめどなく溢れ出ているのを感じる。みんなを守りたい。そんな「思い」が。

 

 ユナンの身体の周りを、「紫」色の「光」が覆う。しかし、それはジークやアンナ、セーナには見えていない。

 その「光」は日常で見る光とは違う。己の中にある「光」だ。

 

 「ニャァァァゴォォ!」

 

 魔獣が悲鳴のような鳴き声をあげながら、ユナンに襲いかかる。次はユナンの首元を狙った、完全に殺すつもりの一撃だ。

 

 ――『世界』の全てが灰色に見え、遅く感じる。魔獣の唸り声、動き、呼吸、その全てが。

 

 ユナンはその刹那、魔獣の胸に、結晶のようなものがあるのを見つけた。――これしかない。

 

 ユナンは魔獣の攻撃を容易く躱し、カタナで、その結晶に向かって、突きを放つ。

 

 「おりゃあぁあぁ!!」

 

 ピキッという音を立て、結晶が割れる。それと同時に魔獣の体は、ガラスのようにひび割れ、黒い霧となって消え去る。

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 「くろすけは本当に、石ころで遊ぶのが大好きだな。」

 

 小さな男の子が、黒い子猫に話しかけている。黒い子猫は、石を咥えたまま駆け寄り、男の子の手に石を乗せた。

 

 「また投げて欲しいのか?くろすけは、猫なのに、犬みたいな事をしたがるなぁ。それ!」

 

 そう言って男の子が遠くへ投げた石を、黒い子猫は楽しそうに追いかける。猫と子供が遊ぶ、ただただ、平和な光景だけがそこにはあった。

 

 ――視界が暗転する。

 

 「村に魔獣が攻めてきたぞ!みんな、逃げろ!」

 

 男が走りながら、そう叫ぶ。平和な光景は一変。燃えさかる、小さな村の様子が映る。目の前には、あの子猫と血まみれになって倒れている、男の子の姿があった。

 

 「くろ…すけ……お前は逃げ…て。」

 

 そう言い残して、男の子は力尽きる。黒い子猫の目から、涙が零れる。

 

 「にゃーん!にゃーーーん!」

 

 黒い子猫は炎の中、屍となった男の子の前で泣き続ける。泣いて泣いて、やがて子猫の涙が枯れてしまったころ、

 

 「ニャァァァゴォォ!」

 

 ――子猫は、獰猛な魔獣の姿へと変わっていた。

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 …今の幻は、なんだ。あの魔獣の記憶?いや、普通の動物が魔獣になるなんて、聞いたことが無い。きっと…気のせいだろう。気のせいであると、信じたい。

 

 「た、倒した。」

 

 「やった!アンタはやる男だって信じてたわよ!」

 

 そんなジークとアンナの驚きと喜びの声聞いて、緊張が抜けたからか、ユナンはその場に力なく座り込んだ。

 

 「ユナン!怪我はないの!?」

 

 そう言ってセーナがユナンに駆け寄り、抱きついてきた。

 嬉しいが…痛い。いたいいたい。抱きしめる力が強すぎる。さっきの吹き飛ばされた衝撃のダメージが、モロに響く。

 

 「ああ。幸いどこも骨折して無――」

 

 「良かったー!ほんとに!こんな無理して、やっぱり馬鹿じゃないの!?」

 

 「ぐえっ。」

 

 さらにセーナに強く抱きしめられ、ユナンは苦しそうな声をあげる。

 

 「今回は、ほんとうに助かった。礼を言う。」

 

 「ありがとね。ユナン!」

 

 ジークとアンナも近づいてきた。

 

 「いや、俺の方こそ、みんなには本当に世話になったぜ。ありがとう。」

 

 ユナンがそう返した時だった。

 

 「にゃーん。」

 

 黒い子猫が、セーナの元に擦り寄ったきた。

 …これがちゃんとした猫の鳴き声だよな。やっぱり本家は可愛いわ。

 

 「あっ、ユナン!探してた猫ってこれじゃない?可愛い!」

 

 「かもな。女の子の家へ持って行って見ようぜ。」

 

 

 

 こうして、ユナン達は全員揃って、ロゼッタの町へ無事、帰ろうとしていた。

 

 「カッ!あれ?オレ何してたんだ?」

 

 キリマルが目を覚ました。

 

 「アンタは魔獣の親玉を見てから、ずっと失神してたのよ!ほんと、大変だったんだから。」

 

 「ってことは魔獣の親玉は討伐したのか。まさか、寝ている間に、オレの超スーパーな力が覚醒して…」

 

 「そんなわけないでしょ!ほら。ここに結晶。これが討伐の証。ちゃんと拾って来たわ。」

 

 「へー魔獣の親玉ってそんなものを落とすのか。知らなかった。」

 

 ユナンはアンナの手に握られている、紫色の結晶を見つめて、そう言った。結晶の中央に、白い光の線で、あの魔獣の顔が描かれている。

 

 「アンタそれも知らなかったの?…ってアンタは契約者成り立てだから仕方ないか。」

 

 アンナが呆れたふうにそう言った。

 

 「ユナン、オレのように理知的な男でないと女の子にはモテ――」

 

 「いいから、俺の背中からはやく降りろ!キリマル!」

 

 そう叫んだジークの声が森中に響き渡った。

 

 

 

 

 ユナン達が、ロゼッタの町に帰って来たのは、朝日が昇った後の事だった。

 ユナン達は黒猫を連れて、女の子の家へと向かう。

 

 「あれ?アタシ達の依頼人の家と、同じじゃないの。」

 

 アンナが不思議そうにそう言った。

 …すごい偶然だな。

 

 「あっ、お兄さんとお姉さんだ。ヌコちゃん見つかったの?」

 

 茶髪の女の子がはしゃいだように、家の中から出てきた。

 

 「はい。これかな?」

 

 セーナは優しくそう声をかける。その時、セーナが抱えていた黒猫が、女の子へ飛び移った。どうやら、本当にその猫で合っていたようだ。

 

 「お帰り!ヌコちゃん!寂しかったよね、ごめんね。ありがとう、お兄さん!お姉さん!」

 

 「あら。魔獣討伐だけでなく、うちの娘の、子猫探しまでしてくれたの?本当に助かるわ。」

 

 妖艶な大人の女性の声でそう言って、奥から、この子の母親らしき人物が出てきた。艶やかな紫色の髪を首元まで伸ばしている。

 …親子で髪の色が違うのか。この子の髪の色はお父さん似かな。

 

 「いえいえ、子猫探しは、そこの2人がしてくれたので、私たちは関係ないです。これが、討伐の証です。どうぞ。」

 

 そう言ってアンナは女性にあの結晶を渡す。

 

 「助かるわ。これで町の人たちも安全に王都へ向かえるわ。はい、これが報酬よ。あなたたちにも。」

 

 「えっ。いいんですか?こんなに…」

 

 ユナンは驚き、そう口にする。袋の中には、金貨10枚が入っている。大金だ。

 

 「いいのよ。うちの娘も凄く心配してたし、受け取って。」

 

 女性は右手で自分の頬を触りながら、そう言った。

 

 「あ、ありがとうございます。」

 

 ユナンは礼を言って、頭を下げた。

 

 「ばいばーい。お兄さん、お姉さん。またね!」

 

 「おうまたな!」

 

 「もう猫から目を離しちゃダメよ?ばいばい。」

 

 ユナン達は家をあとにする。金貨を10枚手に入れ、女の子の笑顔も見れた。色々大変だったけど、これでよし、だ。

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 ユナン達が去っていった後、女の子は首を傾げる。

 

 「あれー?ネコマタちゃんって、確か、急所の結晶を隠してる筈なのに、なんであのお兄さんは1発で貫けたんだろう?」

 

 「決まっているじゃない。あの男の子が―――だからよ。」

 

 女性が女の子に、呆れたふうにそう言った。

 その言葉を聞いて、女の子が目を輝かせる。

 

 「そっかー!じゃあまた会えるかもね!お兄さん!」

 

 




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