漆黒の契約者 〜魔法が使えない少年は『死』の運命に立ち向かう〜 作:早見 綿飴
さかのぼること、15年前。
当時、人と竜は、熾烈な争いを繰り広げていた。後に語り継がれることとなる、王国と竜との大戦争。『竜人戦争』の幕開けの物語である。
場所はラムザ王国王都、その住宅街にひっそりと佇む家の中。ダントラは、妻のカーラ、娘のナナと一緒に朝食をとっていた。
そんな中、カーラが茶色の眉を少し下げ、心配そうな表情で、ダントラの身を案じる声をあげる。
「あなた、また遠征ですって?お身体の方は大丈夫なんですか?」
「身体の方は心配ねぇよ。いつも美味しい飯をカーラが作ってくれるおかげで、元気いっぱいだ!ちょっとルダール平原で、竜が暴れてるってんでシバいてくるだけだ。」
ダントラは力こぶを見せつけながら、自信満々にそう返した。
「それならいいんですが…。なるべく早く帰ってきてくださいね。もうすぐ、ナナの5歳の誕生日なんですから…」
「そうだぞー!もうすぐ、ナナの誕生日だよ!早く帰って来なかったら、ナナが父ちゃんをシバくから!」
「おい、シバくとかいう言葉、どこで覚えてきやがったんだ。まったく…」
「あなたがさっき、使っていらしたと思いますけど。」
ダントラの発言に、すかさずカーラが冷たい声でそうツッコミを入れる。
――マジか。俺のせいかよ。
親の口調が、そのまま子供の口調に表れるって本当だったんだな…気をつけねぇと。
朝食を食べ終わった後、ダントラがナナに向かって、こう言った。
「ナナ、俺が遠征から帰ってきたら、家族みんなで、旅行にでも行こうじゃねーか。ロゼッタの町なんかどうだ?あそこには王都には無い、珍しいもんも沢山あるぞ。」
ナナが青い目を輝かせて喜ぶ。
「やったー!久しぶりの旅行だ!!父ちゃん、大好き!早く帰ってこなかったら、ぶっ殺すからね!」
「なんで、もっと過激になってんだ…」
「あなた、いいんですか?仕事の方は?」
カーラがダントラに冷静を装いながら、そう言った。だが、旅行に対する興奮を隠しきれていない。カーラはもともと、旅をするのが大好きなのだ。
「あぁ。この遠征が終わったら、しばらく休みを入れてもらえることになったんだ。久しぶりの家族揃っての旅行だ!楽しもうぜ。」
「はい!わたし、色々準備してきますね。」
そう言って、カーラが鼻歌を口ずさみながら、ウキウキでリビングを出ていった。
…子育てに忙しくて、まともに遠出なんて出来て無かっただろう。カーラが嬉しそうで良かったぜ。
「それじゃあ、父ちゃんはお仕事に行ってくる!ナナは、父ちゃんがいない間、良い子にしてるんだぞ!」
「ナナはいつでも良い子だよ!えっへん!」
ドヤ顔で小さい胸を張りながら、そう断言したナナの姿を見ながら、ダントラは家を出た。
…早く帰ってやらないとな。
目的地のルダール平原は、王都から馬車で1日かかる、何も無い、ただただ短草だけが一面に広がっている場所だ。
ーーそう。そんな何も無い場所で何故、多くの竜が暴れているのか。
馬車の中でダントラは険しい顔をしてそう考えていると、隣から声をかけられた。
「ぼーっとして、どうしたんですか副団長。もしかしてまた奥さんに叱られたりでもしましたか?」
明るく陽気な女性の声で、元気にそう語りかけてきたのは、フレアだ。
薄茶色の髪を首元まで伸ばし、赤い瞳をキラキラと輝かせている。その顔にはまだ、幼さが残っており、気の抜けた印象を感じさせる。
フレアは16歳になって、赤の王国騎士団に入団してきたばかりの新人。ダントラはその教育係だ。
「叱られてねぇよ。ちょっと考え事してただけだ。」
「えー!?副団長が考え事とか、似合わないですよ~。もっと気楽に行きませんか?気楽に。」
「うっせぇな!お前はもうちょっと考えろ。そんなヘラヘラしてっと、竜にはらわたを食いちぎられるぞ。」
「食いちぎられる!?ふ、副団長。私、もう帰りたいです…」
「なんのために騎士団に入ったんだよお前は!…安心しろ、新人の命を守るのが教育係の務めだ。俺の傍を離れすぎるなよ。」
「副団長~。一生ついて行きます!」
「ちょっ。離れろ!暑苦しい!」
フレアが目に涙を浮かべながら、ダントラにその豊満な胸を押し付けて、抱きついてくる。
…まためんどうな新人だな。アホそうに見えるが、というかアホだが、コイツには才能がある。俺がそこまで気を張らなくても、そうそう死ぬことはないだろう。
「まったく、騒がしいヤツらだ。」
馬車の壁に寄りかかって、低くイケメンな声でそう呟いたのは、赤の王国騎士団長、ディルムントだ。
女性のように長く、赤い髪。先は少し跳ねているが、後ろの髪を束ね、全体的にはまとまっている。顔は中性的で、整っていて、クールな美丈夫の王国騎士として、王都の女性からの人気も高い。本人はそういう話には全く興味が無いのだが…
「すみません、団長。こいつ、新人なもんで。」
「…まあそんなことはどうでもいい。それよりもダントラ、お前も今回の遠征に何か違和感を感じていないか?」
「…まあ感じないと言えば、嘘になっちまいます。」
「実は、俺もそうだ。赤、黄、白の騎士団、総動員での遠征。確かに竜は強敵だが、数十体くらい、俺ら赤の騎士団だけでもどうにかできる。過剰戦力だ。」
「まあ炎の竜相手とかだと、俺らに分が悪いですし、属性を分けて、リスク分散とかいう目的じゃねぇですか?」
「…ならいいんだがな。まあ竜を狩る事においては、ダントラ、お前の武器と相性がいい。頼りにしてるぞ。」
「任せてくだせぇ!」
ダントラはそう言って、自慢の「大剣」を掲げた。もちろん総合的な実力はディルムントの方が遥かに上だ。だが、竜を狩る速さだけはダントラの方が上である。竜を一刀両断する剣技、この剣技のおかげで、副団長にまでのし上がったといっても過言ではない。
「副団長の剣技、カッコいいですよね!私も副団長みたいに、竜を一刀両断できるようになりますかね?!」
「お前の武器はレイピアだろ…」
意気揚々と語るフレアに、ダントラは呆れながらそう釘を刺した。そんな会話をしながらも、馬車は着々とルダール平原へと向かっていく。
2日目の朝、ダントラ達を乗せた馬車は、ルダール平原に到着した。遠くから獰猛な竜の雄叫びが聞こえてくる。
…酷く、竜がご機嫌ななめなようだぜ。
「着いたようだな。赤の騎士団!全部隊、かかれ!」
「うぉぉぉ!」
ディルムントの合図とともに、ダントラ達は馬車から一斉に飛び降り、暴れ狂う竜に向かって走っていく。
チラッと周りに目を向けると、黄と白の騎士団も同じく、突撃の合図をした所だった。
赤の王国騎士15名、黄と白の王国騎士がそれぞれ、十数名。対して、向かい側には、赤、青、緑、色とりどりな数十頭の竜が暴れ回っている。
ダントラに対して雷のブレスが向かってくる。ダントラはそれを、最短の動きで躱す。ダントラの横を、速度が乗った雷の球が、もの凄い風圧と共に通り過ぎていく。だがそれには動じない。彼は一直線に、黄色の竜へと向かっていく。
ダントラの大剣が、マグマのように赤く光って、熱を帯びる。その刀身に触れたものは、たとえ竜の鱗だろうと、一瞬で溶けてしまう。さらに、その刀身が炎の刃となって、さらに大きくなる。その大きさは竜にすら匹敵するほどだ。
そのままダントラは、黄色い竜の身体を縦に真っ二つにした。
「この炎刃に、断てぬもの無し。」
ダントラは斬心をとって、そう呟いた。
「か、カッコいいです!!」
フレアのそんな声を聞いて、ダントラはすぐさま怒声を彼女へと浴びせる。
「馬鹿野郎!よそ見なんかしてる暇ねぇだろ!!」
「へ?きゃぁぁあ!」
そう叫んだフレアへ、水色の竜が大きな牙で、襲いかかる。
たが、悲鳴をあげているフレアのレイピアが赤く光り、竜の強靭な胸に向かって大きな炎の突きが放たれた。
胸を貫かれ、悲鳴のような咆哮をあげて、水色の竜が怯む。ダントラはすかさずその隙に、水色の竜を一刀両断した。
「副団長~。やっぱり一生づいで行ぎまず~。」
フレアが泣きじゃくりながらそう言った。
いや、実際あの竜にとっては、フレアの突きが致命傷であっただろう。16歳でこの力。本当に恐ろしい娘だ。
「…2頭か。俺は3頭狩ったぞ、ダントラ。…まあ新人を連れていたら仕方ないか。」
そう言いながら、ディルムントが、竜の血がついた剣を片手に歩いてきた。後ろには無惨に首だけはねられた、3頭の竜の死体が転がっている。
ちなみに、ディルムントは意外と負けず嫌いだ。
「流石だな、団長は。」
ダントラはそう言って、やれやれと首を横に振った。実際、もう竜を狩る速度に関しても、ダントラよりディルムントの方が上なのかもしれない。
周りを見ると、他の王国騎士が既に、全ての竜を片付けていた。辺りには雷や炎で焼け焦げた草や、風によって上半分だけ切られている草などの戦闘の後が残っている。
そして、竜たちの死体だけが、何も無い草原に横たわっていた。
「死にかけましたよ~。竜って怖いですね。」
帰りの馬車の中、フレアが目に涙を浮かべながらそんな感想をこぼす。まあ普通の人なら竜を間近で見ただけで、失神するレベルの恐怖だ。それくらいで済ませられるだけ、彼女も人より度胸があるのであろう。
だが、彼女に1つ言わなければならない事がダントラにはあった。
「これからは、よそ見だけはするなよ。」
泣きそうなフレアに向かって、ダントラは怒った顔でそう注意した。戦場でのよそ見は死に直結する。そうして死んでいった仲間を、ダントラはこれまで何人も見てきたのだ。
「…ごめんなさい。」
フレアがしょんぼりしてそう謝った。
…少し言い過ぎたか。まだほとんど子供みたいなもんだしな。これからは気をつけるとするか。
「まあそれにしても、古龍もいなかったし、やはり予想通り楽勝だったな。過剰戦力にも程がある。」
「死者が1人も出なかっただけ、いいんじゃないですかい?」
「…それもそうだな。最近は各色の新人も増えてきている。多すぎに、越したことはないだろう。」
ダントラとディルムントは今回の遠征を、そう評して話し合いを終えた。馬車はゆっくりと、王都に向かって進んでいる。
3日目の朝、ダントラは家族の顔を、馬車の中で思い浮かべていた。夕方には王都に着いている頃だ。
カーラとナナ、久しぶりの旅行を楽しみにしているだろうな。ロゼッタの町で買い物をして、その後はどこへ行こうか。マタノの村に行って、温泉に入るなんてのもいいだろう。その後は…
ダントラがそんな旅行のプランを考えていると、何やら1両の馬車が、急いでこちらへやってくる。
「緊急事態です!王都が、大量の竜によって攻められています!!青と緑の騎士団が応戦中も、竜の数が多く…至急、援軍を!」
使者が緊迫感のある顔をして、そうダントラ達に伝えた。衝撃の報告にダントラ達は一瞬固まってしまった。その後に思考が追いつく。
「なんだって!?」
思わずダントラは、馬車から身を乗り出してそう叫んだ。
まずい!カーラとナナは無事なんだろうか…頼む、無事でいてくれ!
「クソッ!平原の竜は陽動だったというわけか。こっちが本命か。おい、ダントラ!」
「言わなくてもわかってますぜ!…俺にも守らなきゃならねぇ家族がいるもんで。フレアは後で合流だ!お前はついて来れねぇからな。」
そう言ってダントラ達は馬車を飛び降り、炎で速度をつけながら、道を走り抜けていった。
「待ってください!副団長、私も!!」
フレアのそんな声が遠くから聞こえてくる。
ただ待ってはいられない。1秒でも早く王都へ向かわなければ。カーラ、ナナ!
ダントラは王都へ向かって走る中、カーラとナナの笑顔を思い浮かべる。家なんか燃え尽きてもいい。ただ、カーラとナナが生きてさえいてくれたら、それでいい。
…なあ女神様。あんたが本当に神なんだったら、一生に1度のお願いだ。どうか家族を…助けてくれ…
ダントラ達はなんとか王都へとたどり着く。まだ、太陽は頭上にある。
だがそこに広がっていた光景は、悲惨なものだった。
家は崩れて燃えさかり、たくさんの人の悲鳴の声があちこちから聞こえてくる。
ダントラは、一直線に自分の家へと向かった。
もう城へ避難してくれていたら、それが1番良い。だが、万が一の事を考える。万が一、ナナ達が逃げ遅れていたら大変だ。
行く手を阻んでくる竜を大剣で両断し、炎で燃えさかる路地を抜け、自分の家へと…
――そこで目にした光景は、今でもダントラの頭に焼き付いて、離れない。
ダントラの見た先には、家の瓦礫で下敷きとなって、下半身が潰れ、絶命しているカーラの姿があった。そして、崩れ去った家の前には一頭の赤い目をした黒竜がいた。
――その竜の口には、噛みちぎられ内蔵が飛び出している、ナナの姿があったのだ。
「と…父ちゃ……ん…」
腕を弱々しくダントラの方へ伸ばしたナナを、黒竜はさらに噛み砕く。肉と内蔵が飛び出る音と、大量の血しぶきをあげる音が、脳内にこだまする。そのまま、小さな女の子の命は儚く消えていった。
…その後の事はよく覚えていない。ただ後から聞いた話だと、俺は怒り狂った様子で王都にいた竜たちを、片っ端から真っ二つにしていったらしい。
人々はそんな彼をこう呼んだ。
――燃えさかる鬼と。
俺の家族を奪った竜を、俺は決して許さない。
――俺は、この世全ての竜を、必ずこの手で狩り尽くす。
そう、心に決めたのだった。
―――――――――――――――――――――――
そう、俺はあの日、そう心に誓ったのだ。
まだこんな所で止まるわけには行かない。
ダントラはなんとか身体を起き上がらせる。もう肋骨が何本も折れている。だが、痛みなんてものは、もう感じない。あの日に受けた心の傷、あれより痛いものなんかこの世に存在しねぇ。
…だが、ここで立ち上がって、1人の竜人を殺して、何になると言うのだ。この世全ての竜を殺したところで、もうカーラとナナは戻ってこない。
セーナは何も持たずに、ダントラに向かって、ゆっくりと歩いていく。その姿は凛々しく、可憐でダントラは黙ったまま彼女の方を見ていた。
「わたしは、この力であなたをこれ以上傷つけたくないの。…だからお願い、輝石を返して。」
水色の瞳が、真っ直ぐにダントラを見つめる。少女は純粋で良い眼をしている。こんな少女が人を殺すはずなんて無い。この歳になればそれくらいの事は分かる。
…綺麗な瞳だな。ナナも、今頃はこんぐらいの年齢で、可愛い女の子になってたんだろうな。
ダントラは、無言でポケットから水色の輝石を取り出し、セーナに向かって投げた。それを受け取ったセーナは嬉しそうに目を輝かせた。その様子はまるで、さっきまでのダントラ達の行いを全て許したかのようであった。
「――!ありがとう。おじさん。」
「早く行け。俺は骨が何本も折れちまってて今は動けねぇだけだ。…だが、動けるようになったら、次はお前を、竜を、確実に殺す。」
そう言ってダントラは壁にもたれかかった。もう今、戦う意思はない。そう示したように。
「今のうちだ!町から出るぞ!」
ジークにそう言われ、ユナン達は急いで酒場から出ていく。そんな彼らの様子を見て、部下がダントラに向かって訴えてきた。
「団長!?いいんですかい?」
「…よくねぇよ。でもお前らで勝てるのか?契約者であるあいつらに。」
「それは…やって見なきゃわかんねぇです。」
「…まあ好きにしろ。」
ユナン達は、町の中を駆けていく。そんな彼らの背中を、夕日が照らしている。彼らの物語はまだ始まったばかりだ。
「面白い」「続きが気になる」と思ってくださったら、タイトル右下のお気に入り、広告下の評価から応援お願いします。やる気が出ます!