漆黒の契約者 〜魔法が使えない少年は『死』の運命に立ち向かう〜   作:早見 綿飴

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第一章13 『旅の目的』

 ユナン達はダントラ率いる傭兵団「ドラゴンスレイヤー」の追っ手から逃れるため、ロゼッタの町を去ることにした。

 

 だいぶ遠くまで逃げてきただろうか。

 辺りはすっかり暗くなり、月の光がユナン達を照らしていた。

 

 そんな時キリマルが、息を切らしながら、愚痴をこぼした。

 

 「ぜぇ…ぜぇ……もうオレ疲れたよ〜。昨日からロクに寝てないしさ〜。ここで一旦睡眠とらない?」

 

 確かにキリマルの言うことも、一理ある。みんなの顔には、睡眠不足と連戦による疲労の色が、濃く現われていた。

 

 「キリマルの言うとおりね。今日はここで野宿にしましょうか。」

 

 キリマルの提案に賛成して、アンナがそう口にした。

 まあどうやら、もう追っ手もやって来なさそうだし、休むのも時には大切だ。俺も、正直言って寝たい。

 

 「それじゃあ俺は、クッションにできる葉っぱとか集めてくるわ。」

 

 そう言ったユナンに対して、アンナは自慢げに胸を張る。

 

 「ふふん。そんな必要無いわ。これを見なさい。」

 

 リュックからアンナは、何やら三角柱の形をした、手のひらサイズの金属の塊を2つ取り出した。それには、何やら幾何学的な模様が描かれている。

 

 「なんだそれ?」

 

 ユナンは首を傾げながら、アンナにそう問いかける。

 

 「まあ見てなさいって。驚くわよ〜。」

 

 そう言ってアンナは、その金属の塊を地面に向かって投げた。

 すると金属の塊は、不思議な赤い魔法陣を浮かべた後、大きな黒いテントへと一瞬にして姿を変えた。

 

 「すげぇぇぇ!!」

 「すごい!!」

 

 ユナンとセーナは感動のあまり、思わずそう叫んだ。

 

 「魔法道具『セリオン』の1種よ。セリオンは、中に術式が編み込まれていて、誰でも簡単に魔法を使うことができる優れものよ。アタシは昔、魔法学院都市マグノームに行ったことがあってね。その時に買ったものなの。」

 

 「誰でも!?ってことは俺も使えたり?」

 

 「まあ使えるけど…でも攻撃系の魔法道具とかは、希少で、目ん玉が飛び出るほど高いわよ。ユナンじゃ買うのはまず無理ね。」

 

 「ですよねー。」

 

 世の中そう簡単には行かないか。魔法学院。たしか前にもジークが同じ名前を言ってたな。そこに行けば俺も魔法が使えるようになるだろうか…

 

 「じゃあ、オレとアンナとセーナちゃんはこっちのテントで寝て…」

 

 「なんでアンタが女子の方に入ってんのよ。このエロマル。アンタはあっち!」

 

 「あひん!」

 

 そう言って、アンナは鬼の形相でキリマルを蹴飛ばした。

 …懲りねぇなぁ。キリマルのやつ。

 

 

 

 こうして、ユナン達はテントの中で睡眠をとることになった。その夜…

 

 「おい。起きろユナン。」

 

 「うーん。なんだよ、キリマル。」

 

 キリマルに起こされたユナンは眠そうにそう呟く。

 時間は真夜中。こんな時間に起こすなんて、余程のことがあったのだろうか。

 

 「なに寝てんだよ。それでも男か。」

 

 「いや、意味わかんねぇし。それに俺は疲れてるんだ。緊急の用がある時だけ言ってくれ。」

 

 そうやって、ユナンがまた寝ようとした時、キリマルが真剣な顔でこう告げた。

 

 「…セーナちゃんの寝顔。見たくねぇか?」

 

 ユナンの耳がピクッと反応する。ユナンの頭にセーナの可愛い寝顔が思い浮かぶ。

 …見てぇ。超見てぇ!

 

 ユナンは寝袋から出て、飛び起きた。

 

 「ほう。いい面構えだ、ユナン。お前今、最高に光り輝いてるぜ。」

 

 「あぁ。行こうぜ相棒。」

 

 ユナンとキリマルは意気投合して、テントから出ていこうとする。

 

 「はぁ。お前らほどほどにしとけよ。」

 

 そんなユナン達に、寝ていると思っていたジークが声をかけてきた。

 

 「お、起きてたのかよ。…止めないのか?」

 

 「どうせ、止めたって聞かないだろ…。それに寝顔を見るだけなんだろ?チキンのお前らにそれ以上の事が出来るとは思えんしな。」

 

 …なんか軽く煽られた気もするが、どうやらジークは見て見ぬふりをしてくれるらしい。

 

 

 ユナン達は女子テントの前までたどり着く。

 

 「それで?どうやって寝顔を見るつもりなんだ?相棒。」

 

 「決まってるじゃんか。そのままこっそり入口から忍び込んで入るんだよ。やるなら、正々堂々だ。」

 

 …どこが正々堂々か、1ミリも分からないが。だがお前は正真正銘の「漢」だよ。キリマル。

 

 「さあ、夢の世界へ。レッツゴー。」

 

 そう言ってキリマルが、テントの中へ入ろうとした時だった。

 爆音とともに、巨大な爆発がキリマル達を襲った。

 

 

 

 次の日の朝、ユナン達は出発の準備をしていた。

 

 「まったく。男ってほんとにバカね。セリオンを甘く見すぎよ。防衛機能ぐらい、ついてるにきまってるじゃないの。」

 

 アンナが呆れたような顔をして、そう言い放った。

 

 「オレ、ここ最近で1番死ぬかと思ったよ。」

 

 キリマルがげっそりしたような顔でそう呟く。

 

 …ほんとよく、無傷で済んだよな。キリマルは不死身なのでは。

 

 「でもユナンも起きてただなんて、ちょっと意外。2人とも夜中に何しようとしてたの?」

 

 セーナが不思議そうにユナン達にそう聞いてきた。まったく疑いを持たない、純粋な眼差しが、よりいっそうユナンに罪の意識を芽生えさせる。

 

 「えーとだな、2人で夢を追いかけてたんだよ…」

 

 「へぇー。ユナンとキリマルって仲が良いのね!」

 

 辛い。彼女のその笑顔が俺の胸に突き刺さる。いっそ、怒ってくれた方が幾分かマシである。

 

 「そういえば、アンナ達はなんで旅なんかしてるんだ?」

 

 なんとか話の話題を変えようと、ユナンは前々から思っていた質問を口にする。

 

 「ああ、話してなかったな。俺たちは騎士団に入りたいんだ。そのために王都を目指している。」

 

 なるほど、アンナ達は騎士団に入るつもりなのか。確かに自分から契約者になる理由なんて、それくらいしか無いよな。

 

 「そういうユナン達は、何の目的で旅を?」

 

 「わたしは、世界を見て回りたくて。」

 

 「俺は…復讐したい相手がいる。」

 

 アンナの質問に、ユナンとセーナがそれぞれ自分の目的を口にする。

 

 「復讐?誰にだ?」

 

 「俺も実はそいつの正体についてはよくわかってねぇんだ。多分魔獣に似た何かなんだが。…俺の友達がそいつに殺された。」

 

 「なるほど。まあ契約者にはそういうやつも多いさ。」

 

 「ということは、2人とも目的地とかは無いんでしょ?なら、アタシたちと一緒に王都まで行かないかしら?」

 

 むしろ、こっちからお願いしたいくらいだ。俺は今、実質魔法が使えない状態だ。道中、仲間がいると心強い。それに、旅は人数が多ければ多いほど楽しいものになる。

 

 「あぁ。こちらこそ、よろしく頼む。」

 

 「わたしも、1人旅は不安だったから…よろしくね。」

 

 もちろんユナン達は、アンナの提案を受け入れる。断る理由なんてない。

 

 「やったぁ!男ばかりのむさ苦しい旅に、もううんざりしてたの!」

 

 そう言ってアンナはセーナの胸に向かって抱きついた。慣れない人の温もりに、セーナは頬を少し赤らめている。

 

 …良い目の保養だなぁ。

 

 「なんか、ユナンの目、気持ち悪いんですけど。」

 

 「えっ!?気のせいだって。あははは。」

 

 アンナの鋭い視線に、ユナンは思わず顔を逸らす。

 

 アンナは結構、勘が鋭いな。気をつけねぇと…

 

 「それでさ、次の目的地はどこなんだ?」

 

 ユナンが気になって質問をする。

 次は平和そうな所がいいなぁ。また、傭兵団に追っかけられるなんてのは御免だ。

 

 「次は貿易港マイミアだな。立地的に交通の要となっていて、ラムザ王国で重要な都市のひとつだ。世界中から色んな人が集まってくる場所でもある。」

 

 ユナンの質問に、ジークがそう解説してくれた。

 

 「へぇー。それはワクワクするぜ。」

 

 「なら、色んな美女とも出会えるかな。オレ楽しみだよー。」

 

 「また衛兵でも呼ばれたりしたら大変よ。次、問題を起こしたら、ほんとに首輪買うからね。」

 

 「く、首輪?それはそれでアリかも…」

 

 アンナとキリマルの会話をよそに、ユナンは次の目的地への期待を膨らませていた。

 新しい人との出会いだってあるかもしれない。

 最初はお金もなくてひとりぼっちで、不安がいっぱいだったが、今はこれからの事が楽しみでしょうがない。

 

 「なんか楽しくなってきたぜ!」

 

 ユナンが生き生きとした表情でそう叫んだ。

 セーナはそんな様子のユナンを見て、頬を緩めて笑っている。

 

 貿易港マイミア。その地でユナン達に待ち受けているの希望か、はたまた絶望か。その答えは誰にも分からない。

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

 黒いシルクハットを被り、黒いタキシードを身につけた男が、森の中をさまよっている。

 

 「貿易港マイミア。この道で合ってると思ったんだけど。参ったな、私としたことが、道に迷ってしまったようだ。」

 

 だが、男に困惑した様子は一切見られない。

 

 「まあ、世界の真理が決して変わらないのと同じだ。たどり着けない目的地なんてのは、この世には無いのさ。」

 

 そんな訳の分からない事を言って、男は歩き出す。そんな男に虫型の魔獣が数匹、襲いかかってきた。

 

 「はぁ、さっきと襲い方が同じじゃないか。もっと考えたまえ。『感情』に任せて動くものは、思考を放棄する。これだから『感情』は邪魔なのだよ。」

 

 虫型魔獣たちの攻撃が男の元へ届く前に、魔獣達は不可視の力によって押し潰され、黒い霧となって消えていった。

 

 「さあ、なぜ君たちは押し潰されてしまったんだろうね。」

 

 男の不敵な笑い声が、森中に響き渡った。

 




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