漆黒の契約者 〜魔法が使えない少年は『死』の運命に立ち向かう〜 作:早見 綿飴
「えーと…その人は?」
集合場所には全員が集まっていた。しかし、人数が1人多くなっている。ジークの背中には、金髪の見知らぬ男が背負われていた。
「まあそういう話も、とりあえず食べながらしましょ。」
動揺するユナンとキリマルの背中を押して、アンナがレストランの中へ入るように促す。
そういうわけで、アンナ達とユナン、キリマルは無事合流を果たし、そのままレストランで食事をしている。
…だが、何故か知らない男が1人混じっているという状況だ。
「本当に助かったよ。お腹が空きすぎて、気を失ってしまってね。でも、君に踏んでもらったおかげで、意識を取り戻すことができた。ありがとう。」
セーナに爽やかな笑顔を向けてそう言ったのは、騎士の姿の格好をした男だ。
蒼炎のように青い、純粋な瞳をしている。整った顔立ちで微笑む姿は、太陽のように眩しい。腰には、豪華な装飾が施された剣を携えている。
一見、王国騎士のようにも見えるが、マントはしていない。
そんな男を、セーナはとても怯えた目で見つめている。男の事を凄く警戒しているのだろう。席も、男から1番遠く離れた位置に座っているほどだ。
…まあなんか、踏んでくれてありがとうとか言ってる人だし、怖いよなぁ。怯えるのも無理はない。
「えーと、俺はユナン、そんでこっちの黄色い髪のやつがキリマル。俺とキリマルは、あんたと初対面だから、自己紹介をしてくれると助かる。」
ユナンは一応、男に説明を求める。アンナ達が連れてきたから、大丈夫だとは思うが、名前も知らない男と食事をするのもいい気分ではない。
「おっと、君達にはまだ自己紹介をしていなかったね。すまない。僕の名前はアルム。1人で旅をしている身でね。」
アルムはこちらに笑顔を向けて、そう答える。
…単に、旅をしていると答えたということは、やはり王国騎士では無いのだろう。王国騎士なら所属の色などを名乗るはずだ。
「そうか。俺たちも、5人で旅をしている最中なんだ。よろしくな。」
「よろしく。ユナン。」
そう言ってアルムが、こちらへ手を差し出してくる。ユナンは少し戸惑いながらも、アルムと握手を交わした。
俺も人のことは言えないが、アルムは、人との距離の詰め方が異常に早い気がする。でも少しも違和感を感じないのが不思議というか…変わった人であるのは間違いない。
食事をしながら、色々な話をして、ユナン達はすっかりアルムと打ち解けた。…セーナを除いては。
そんな中、アンナが、自分達の旅の目的について語り出す。
「まあそういうわけで、私たちは騎士団に入るために王都へ向かってるのよ!」
すると、アルムが少し心配そうな表情を浮かべた。
「なるほど。やはり君たちは契約者だったのか。なら気をつけた方がいい。最近ここら辺で、『大罪の十二宮』の1人が目撃されたという情報が出ている。」
その瞬間、ユナン以外の4人の顔が凍りつく。
しかし、ユナンにとっては、初めて聞く名前だ。何か、極悪人の指名手配犯みたいなものだろうか。
「大罪の十二宮?なんだそれ。超ヤバい犯罪者の名称?」
「えっ!?あんた、その名前も聞いたことが無いわけ?」
ユナンの発言に、アンナが驚く。それくらい、有名人ってことだろうか。
「まあ、ユナンの予想は大体合ってるよ。大罪の十二宮。世界を脅かす極悪集団の名称だよ。彼らは、契約者でもないのに特殊な能力を使う。そして…」
アルムは珍しく、真剣な表情をこちらへ向けた。
「――大罪の十二宮は、契約者、そして女神を殺す事を目的に動いている。実際これまでに、彼らによって殺された契約者は、数えきれないほどいる。」
ユナンはその発言を聞いて、息をのむ。
さながら、契約者専門の殺人集団といったところか。
確かに俺たちにとって、脅威以外の何者でもない。数えきれないほどの契約者を殺しているということは、おそらく、とてつもなく強い連中なのだろう。
というか、あの女神にも「死」という概念があるのだろうか…まあなんにせよ、そんな危ない連中には会わないに越したことはない。
「なんかすっげー怖いヤツらってことは分かったよ…それじゃあ、次の町に早く行った方がいいな。」
「そうだな。アルム、情報提供感謝する。」
「助けてもらったお礼だよ、ジーク。それじゃあ代金はここに置いておくから、僕はこれにて。みんな、またどこかで会えたらその時はよろしく。」
「またなー。」
「またねー。」
ユナン達はアルムに手を振る。アルムは自分の代金をテーブルに置いて、笑顔をこちらへ向けた後に、レストランを出ていった。
「オレたちも早くこの町から出ようよ〜。大罪の十二宮なんて…会ったらオレたち殺されちゃうよ。」
「俺もキリマルに賛成だ。連中によって、騎士団が壊滅させられたなんて噂も聞く。俺たちじゃ、まるで歯が立たないだろう。」
「まあそうね。じゃあ店を出たら出発しましょうか。ここから王都に近いのは…山を越えるルートね。」
ユナン達はレストランを出て、山へ向かうこととなった。しかし、ユナン達は、山へ続く道に繋がる町の出口で、老人に止められた。
「旅のお方、今、山を越えるのはやめなされ。」
「…どうしてだ?」
「山で落石や土砂崩れが多発しているのじゃ。これは山の神がお怒りになっているに違いない。あぁ、恐ろしや。」
その言葉を聞いて、キリマルが震え上がる。
「落石!?アンナ、他に道は無いの〜?」
「あるにはあるけど…少し遠回りになっちゃうわね。船に乗るルートよ。」
「まあ、命の危険に晒されるよりはマシだろう。俺は船のルートの方が良いと思う。」
「じゃあ、そうしましょうか。」
船に乗るために、ユナン達は引き返すこととなった。
道中、ユナンはみんなが不安になっているのを感じ、暗い雰囲気を変えようとする。
「それにしても、アルムって変な奴だったよな。セーナは結局、最後までアルムを警戒してたみたいだし。まあ仕方ないっちゃ仕方ないけど。」
「…ユナンも人のこと言えないと思うけど。でも最後まで警戒しちゃったのは本当。良い人そうなんだけど、なんか、少し違和感があるっていうか。理由は特に無いんだけど…」
「いや、セーナの勘は正しいと思うぞ。なんせ、女の子に踏まれて、笑顔になる変態だからな。」
キリマルの誘いに乗った時は心配だったが、セーナにもちゃんと、女性の「勘」というやつが備わっていて安心した。これから先、怪しい男にポンポンついて行かれては、こちらの身がもたない。
「そういう意味じゃないんだけど…」
ユナンの発言に、セーナは苦笑した。
ユナン達は船着き場に到着し、大型の客船に乗ることとなった。
何気にユナンは船に乗るのは初めてだ。海の上の景色はどんなものなのか。期待に胸が膨らむ。
「はぁ。今日は色々あって疲れた〜。オレは客室で寝てくるよー。」
キリマルがだるそうにそう言って、自分の部屋へ入っていく。みんなも、すっかり疲れ切っている様子だった。どこに、自分達を殺す暗殺者が潜んでいるのか分からない状況だったのだ。精神が摩耗するのも仕方がない。
「それじゃあ、船は明日の朝到着だから。一旦解散ね。」
アンナがそう言ってみんなはそれぞれの部屋へ入っていった。
ユナンはというと、客室のベットで眠れないでいた。
なんか今日は色々あったな。疲れているはずなのに、何故か眠れない。…初めての船旅だからかな。甲板にでも出てみるか。
ユナンは1人で甲板に出た。甲板には誰もいなかった。ただ、波のさざめきだけが聞こえてくる。
時刻は夕方。地平線に沈む太陽が、赤く光輝いている。海の反射によって、その光は拡散され、神秘的な光景がそこには広がっていた。それはさながら、海に浮かぶ巨大な宝石のようだった。
ユナンがそんな光景に目を奪われていると、後ろから声をかけられた。低く、知的な男の声だった。
「やあ、また会ったね。それで、答えは出たかな?」
ユナンは振り返り、今日たまたま出会った男との、奇妙な再開に驚く。もう一生出会うことなど無いと思っていた、変な男だ。
「お前は…今朝出会った…」
「そう。今朝出会った見知らぬ男だよ。…君の答えを聞きに来たんだ。」
ユナンは首を傾げて、男に問いかける。
「…答えってなんだ?」
男はやれやれと、呆れたふうに首を横に振る。
「忘れたとは言わせないよ。ほら、これだよ。」
そう言って男は茶色い紙袋から、リンゴを1つ取り出し、それを落とした。リンゴが甲板とぶつかる軽い音が、辺りに響き渡る。
「――どうしてリンゴは下に落ちるのか。」
男は不敵な笑みを浮かべ、面白そうに、そう問いかける。
…正直言って、訳が分からない。男の問いかけも、また、俺に姿を現した理由も。今日は色々あって、疲れているのだ。そんなこと考えたくもない。
「リンゴが下に落ちるなんて、当たり前だろ。俺は上に昇っていくリンゴなんて見たことがないね。」
ユナンはつまらなさそうに、男の質問にそう答える。すると、男の機嫌が急に悪くなった。
「『当たり前』とはなんだ。そんな個人的な感想、無意味な答え、僕は求めてないんだよ!みんなそうだ。日常には世界の真理を解く鍵が満ち溢れているのに、少しもそれに気づかない。何も考えようとしない。何も気づかずに日常を過ごしていく。違うだろ。そんなんだから人類は発展しないんじゃないか。」
…男が早口で意味不明なことを叫んでいる。さっきの冷静沈着な男とは、別物だった。突然落ち着きがなくなり、怒り狂っている。
その、全く人が変わってしまった男の様子に、ユナンは恐怖すら覚える。正直言って、早くここから立ち去りたい。
「お、おいもう部屋で休んだほうが…」
「最後のチャンスだ。もう一度、答える機会を君にあげよう。」
男がさらに低く、静かな怒りを込めた声でユナンに問いかける。…どうみても、この男は異常だ。
「そんなの、どうでもいいだろ?お前、疲れてるんだよ。ちょっとは休め。」
そう言ってユナンは船室へ戻ろうとする。男は下を向いていて、顔がよく見えないが、まあいいだろう。変な奴に、関わらないに越したことはない。
「どう…でもいい…だと?」
男の怒りが沸点に達する。男は右手をそっとあげ、そしてその手を静かに下ろした。
――その瞬間、不可視の力がユナンを押し潰す。
――!?なんだこれ!身体が…潰れる!
その力はどんどん増していく。全身の骨がその力に耐えきれず、徐々にヒビ入っていく。
「ああぁあぁぁあぁ!」
ユナンは今まで経験したことの無い、強烈な痛みに叫び声をあげる。全身の骨がピキピキと音をたてているのが分かる。だが、さらに力は強まっていく。少しずつ近づいていく「死」の感覚に、身体が震える。いや、身体はもう動けない。
――身体ではなく、心が震えているのだ。「死」という恐怖によって。
「ゆる…じで…ぐ…れ」
ユナンはなけなしの力を振り絞り、か細い声で命乞いをする。もう、肺も潰れ、ほとんど呼吸すら出来ない。
「許すわけないじゃないか。なぜなら…」
男は笑顔でユナンへ語りかける。
「僕の名前はニュートン。大罪の十二宮サジタリアスの座に就く者。そして、君たちプライヤーを殺す役目を担う者でもあるのさ。…世界の『解放』のためにね。」
プライヤー?契約者の事か?世界の「解放」?何のことだ。わからない。何も分からない。だから俺はこんな目に遭うのか?…だがもうそんなことはどうだっていい。ただ、早くこの地獄から解放して欲しい。
骨がほとんど砕け散り、肉の潰れる音がする。痛すぎて、もう訳が分からない。それなのに、力はどんどん増していく。ゆっくり、ゆっくりと力が増すに連れて、意識が遠く離れていく。ゆっくり、ゆっくり、ゆっくり…
――頭蓋骨が割れ、脳汁の飛び散る音がした。
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