漆黒の契約者 〜魔法が使えない少年は『死』の運命に立ち向かう〜   作:早見 綿飴

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第一章16 『幸運な男』

 

 気がつけば、真っ暗で何も無い空間に、ユナンは1人立っていた。何も聞こえない、何も見えない。温度、匂い、感触、何もかもが「無」であった。

 ただあるのは、自分という「存在」だけ。それすらも、今すぐに消えてしまいそうな感覚に陥る。そんな曖昧な空間で、ユナンは思考を巡らせる。

 

 俺は確か、みんなと客船に乗っていて…その後一旦、解散したんだ。でも何だか休める気に慣れなくて、俺は甲板に出て…

 

 その瞬間、ユナンの頭に、あの光景が思い出される。黒いタキシードを着た男。その男の謎の力によって、押し潰された自分。

 

 無意識にユナンの身体が震え出す。永遠にさえ感じられた、拷問の時間。全身の骨が少しずつ折れていく感覚。そして、最後の脳みそが潰れる音まで全て、ユナンの身体には染み付いていた。忘れたくても、忘れられない。

 

 ――「死」の恐怖がユナンの身体に刻みつけられたのだ。

 

 普通の人なら、「心」まで完全に死んでいたであろう。だが、ユナンは違った。ユナンにはまだ、自分の仲間が残されている。ここで腐るわけにはいかない。

 

 ――みんなが、あの「恐怖」に押し潰されるのだけは、なんとしてでも阻止しなくてはならない。

 

 胸の奥深くから熱い「何か」が湧き上がってくる。それは、紫色の「光」となって、ユナンの胸から飛び出した。

 真っ暗な空間に小さな「光」が生まれる。それは、ユナンを導くようにどこかへと向かっていった。

 

 ユナンは何の迷いもなく、その「光」について行く。ただ、何故かその「光」について行かなければならない気がしたのだ。

 

 少しして、ただ進み続けていた「光」の動きが止まった。すると、小さな「光」は紫色の扉へと、姿を変えた。ユナンはその扉のドアノブへと、手をかける。

 

 そしてドアを開く。その先から溢れ出す光が眩しすぎて、ユナンは思わず目をつむった。

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

 

 「旅のお方、今、山を越えるのはやめなされ。」

 

 「…どうしてだ?」

 

 「山で落石や土砂崩れが多発しているのじゃ。これは山の神がお怒りになっているに違いない。あぁ、恐ろしや。」

 

 目を開くと、今日会った老人とジークが話している光景が、ユナンの目の前にはあった。

 この会話に、ユナンは聞き覚えがある。確か、ユナン達は山を越えようとして、マイミアの出口で老人に警告されたのだ。今はその状況と、酷く似ている。

 

 …どういうことだ?俺は確かにあの男、ニュートンとかいうやつに殺された。そして、「加護」の発動によって生き返ったと思ったのだが…

 

 今、目の前には過去の光景が広がっている。タキシード姿の男なんてどこにもいない。なら、あの地獄の光景は、これから起きる未来の出来事なのか?…様々な考えが浮かび、頭が混乱している。

 

 「ちょっと、アンタ大丈夫?さっきからずっと、ぼーっとして突っ立ってるけど…」

 

 放心状態のユナンを見て、アンナが声をかけてきた。薄紅の瞳で、心配そうにユナンを見つめている。

 

 「あ、あぁ。悪い悪い。ちょっと考え事してて。」

 

 「ユナンが考え事なんて、変なの。」

 

 そんな、ユナンの返答に、セーナは首を傾げた。可愛い両目で不思議そうにユナンを見ている。

 

 …確かに俺はじっと考えるのは苦手だが、今は考えなくてはならないのだ。ユナンはそんな気がしていた。

 

 あの記憶が夢で起こった出来事だとは、到底考えにくいのだ。今でも、あの「死」の感覚に、ユナンの身体は震えているからだ。だが、それが表に出ていないのは、震えている場合では無いと、自分で自分に叱咤しているからだ。あの感覚を、仲間にまで味合わせたくはない。

 だからこそユナンは、ニュートンに遭遇しない方法を考える。

 

 「まあ、命の危険に晒されるよりはマシだろう。俺は船のルートの方が良いと思う。」

 

 話し合いの末、ジークがそう結論づけた。やはり、前と同じ結果だ。アンナも頷き、その意見に賛成しようとする。…だが、あの客船には、恐るべき悪魔が乗っているのだ。

 

 「待ってくれ。爺さん、落石とかの情報って誰から聞いたんだ?」

 

 ユナンは老人にそう問いかける。船がダメなら、山を越えるルートしかない。何か、安全なルートの情報を少しでも聞き出せれば、状況は変わるかもしれない。

 

 「それは、命からがら、山を越えてマイミアへたどり着いた旅人からじゃ。」

 

 その老人の発言に、ユナンはここぞとばかりに考えを述べる。

 

 「…つまり、危険でも、山を越えられない事はないって事だな。何とか注意して行けば――」

 

 そう、意気揚々と語るユナンへ、ジークが横槍を入れる。彼は、ユナンへ鋭い眼光を向ける。

 

 「待て、ユナン。どうしてお前はそこまで山を越える事にこだわるんだ?…さっきから様子もおかしい。その理由が知りたい。」

 

 「そうだよ。オレ、岩が降ってくるところへなんて行きたくないよ。」

 

 ジークの鋭い指摘に、ユナンは戸惑う。実際、これが加護によるものなのか、あまり確証は持てていない。はたして、そんな曖昧なもので、仲間を危険に晒していいものか。…だが不思議と、船に乗れば、また確実にニュートンに遭遇してしまうような気もしていた。

 

 「…俺の加護が発動したみたいなんだ。俺は船に乗った先で、大罪の十二宮に殺された記憶がある。」

 

 ユナンは正直に仲間へそう告げる。みんなはユナンの発言を聞いて、若干の戸惑いを見せた。そしてまず、ジークが口を開いた。

 

 「『みたい』とはなんだ。確証がない。それに、お前が前に話した『生存に特化した加護』というのでは、今の話の辻褄が合わない。その話では、お前は『死んで』しまっているではないか。」

 

 ジークの発言に、周りのみんなも納得の様子だ。確かに、ジークの発言には筋が通っている。それに比べてユナンの話は、曖昧な「夢」のようなものだ。それでは、みんなを説得することなんて、到底できない。

 

 「とにかく、ユナンには悪いが、そんな戯言で仲間全員を危険に晒すことなんてできない。ここは、船のルートに変えるべきだ。」

 

 ジークがそう結論づけ、周りのみんなもそれに賛成しようとした時、低く、わざとらしい演技じみた声でユナン達に声がかけられた。

 

 「おや、僕と同じく山を越えようとする人達がいるなんて。1人で寂しかったんだよ。僕はなんてツイているんだ。」

 

 その男は、白い髪に薄緑色の瞳をしている。白いシャツの上に黒いコートを身につけていて、見るからに怪しい男だ。

 すると、キリマルが驚いたように声をあげた。

 

 「お、お前は今朝会った、運だけの男!」

 

 「運だけの男、とは少し傷つくなぁ。…まあ事実なんだけどね。」

 

 男は片手で顔を隠し、少し切なそうな声でそう呟く。どうやら、キリマルとこの男は、1度会ったことがあるようだ。

 

 「キリマル、この男性は?」

 

 「オレが女の子をナンパしてたら、この男が突っかかってきたんだよ。運試しのゲームをしようって。それで、オレはこいつに全敗したんだよ…思い出しただけで、へこむなぁ。」

 

 「アンタ、またナンパしてたわけ?ほんとに、次からは首輪が必要ね…」

 

 アンナがキリマルの発言に、呆れる。そんな様子を男は笑顔で見ていた。

 

 なんか胡散臭い男だな。…だがこの男の登場のおかげで、状況が変わるかもしれない。

 

 「俺の名はユナン。よろしくな!君の名前は?」

 

 「僕かい?僕はマイケル。しがない旅人さ。」

 

 「マイケル、いい名前だな。それはそうとしてマイケル、この先の山は落石や土砂崩れで、進むのが危険だって聞いたんだが…」

 

 そのユナンの発言に、マイケルは苦笑しながらこう答えた。その態度には、余裕が満ち溢れている。

 

 「あぁ、それなら問題要らないよ。」

 

 「――!やっぱり、何か安全なルートが…」

 

 「そんなのは知らないよ。だけど僕は『幸運』なんだ。」

 

 そのマイケルの言葉を聞いて、ユナンは絶句する。この男、自分の運だけを信じて、この危険な山に挑むつもりなのか。正直言って、その理由はユナンのさっきの話よりも酷い、説得力に欠けるものであった。これでは、ジークが納得するはずもない。

 しかし、そんな彼の言葉に助言をしたのは、さっきまでへこんでいた、キリマルであった。

 

 「…そいつの言ってることは本当だよ。オレはこの目で確かにその『幸運』ってやつを目の当たりにしたんだ。オレとの運勝負に勝ったやつなんて、これまで1度も出会ったことがなかったのに…」

 

 …キリマルの自分の運に対する自信もなかなか凄いものだが、それを黙らせるなんて、よっぽどの『幸運』の持ち主なんだろうな。いや、その力はまるで、

 

 「なるほど、そこまでの自信。お前、『加護持ち』だな。」

 

 ジークがマイケルに対して、鋭い視線を向けてそう言った。

 

 「…バレてしまっては仕方がないね。そう、僕は契約者だよ。君たちと同じくね。…その少女は違うみたいだけど」

 

 マイケルの発言に、ユナン達は顔を強ばらせる。どうやらマイケルは、契約者かそうでないかを判断することができるようだ。ジークから、契約者の中には加護持ちを狙うやつもいる、と前に聞いたことがある。つまり、加護持ちにとって、他の契約者は「敵」になり得るということだ。

 

 「あっ、図星だった?テキトーに言ってみただけなんだけど、当たっちゃったね。後、そんなに怖がらなくても、僕は自分から人を傷つけたりなんてしないよ。…もちろん、正当防衛はするけどね。」

 

 マイケルは笑顔で、面白そうにそう言った。途端に、ユナン達の緊張が解かれる。

 

 …こいつ、性格悪いな。

 

 この場にいた全員がマイケルに対して、そう思った。

すると、アンナが目を輝かせながら、マイケルにこう問いかける。…完全に自分の利益になる者に媚びる、女の声だ。

 

 「じゃあマイケルさんの周りには、落石とか土砂崩れとかが起きないってことよね。…アタシたちも一緒に同行していいかしら?」

 

 「あぁ、もちろんいいとも。言ったじゃないか、僕も1人で寂しかったって。アンナさんの言う通り、僕には落石や土砂崩れが来ないよ。」

 

 マイケルはアンナに笑顔で優しくそう言った。…何故か、少し含みのある言い方に聞こえたのはユナンの気のせいだろうか。

 

 「じゃあ決まりね!マイケルさんと一緒に山を越えるわよ!私たち、本当に運がいいわね。」

 

 アンナの掛け声で、全員の方針は決定した。ジークも、アンナの言ったことには反論しないのだろう。ため息をついて、その提案を承諾していた。

 

 ユナンも、これでニュートンに会わなくて済むと思い、そっと胸を撫で下ろす。あいつには、いつか復讐したいが、今はまだ時期が早すぎる。我慢も時には必要だ。

 

 

 そうして、アンナを先頭に、みんなは山へ向けて歩き出す。山には暗雲が立ち込め始めていた。しかし、ユナン達は強力な助っ人の登場に慢心し、そんな事に一切気がつかない。

 

 列の最後尾、マイケルはそんな彼らの様子を見つめていた。――不敵な笑みを浮かべながら。

 

 「本当に運がいい…か。それが分かるのは、これからさ。」

 




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