漆黒の契約者 〜魔法が使えない少年は『死』の運命に立ち向かう〜 作:早見 綿飴
ユナンはまた、何も無い暗闇の空間に立っていた。
そこは前に、大罪の十二宮のニュートンに殺されて、やってきた場所と同じだった。つまり、ユナンはまた死んだのだ。
…前回の時と比べて、かなり落ち着いている。それは幸いにも一瞬で、ユナンの命が奪われたからであろうか。今回の死には、「痛み」というものが無かった。
だが、前回と同じく、死の「喪失感」というものは確かにあった。自分の中の全てが、剥がれ落ちていく様な感覚。あの恐怖は、とても言葉では言い表すことができない。
ユナンの胸の奥から何かが溢れ出し、紫色の「光」が生まれる。
――これについて行けば、みんなにまた会える。
前回は、光に導かれるがまま、まるで光に集まる虫のように、ユナンは無意識でその「光」について行ったが、今回は違う。目に光を宿しながら、確かな「意志」を持って、その紫色の「光」について行く。
正直、この「光」がなんなのかは自分でもよく分からない。おそらく、自分の加護の力だとは思うのだが…まあ今はそんなことはどうでもいい。使えるものは何でも使う。
ユナンは、ジークを失って、悲しみに打ちひしがれていた、アンナの泣き顔を思い出す。
――もう、あんな顔はさせない。絶対にみんなを救ってみせる。
そう心に誓い、ユナンは紫色の扉を開けた。中から、眩い光が溢れ出す。
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「――大罪の十二宮は、契約者、そして女神を殺す事を目的に動いている。実際これまでに、彼らによって殺された契約者は、数えきれないほどいる。」
場所はマイミアのレストランの中。ユナン達がアルムから、大罪の十二宮についての情報を聞いていた時だった。
あれ?ここは…
てっきりユナンは、またあの老人に警告される場面に戻されると思っていた。だが、ユナンの予想は外れ、今回はアルムの話を聞く場面にまで戻っていた。
まあ正直言って、誤差の範囲だ。これでユナン達への脅威が取り除かれた訳では無い。だが、戻る場面がランダムだと、少し不安も出てくる。
――もし、死の直前に戻されてしまったら、ユナンは、為す術なくなぶり殺しにされてしまうだろう。
「なるほど。いわゆる『リスキル』ってやつか。そうなったら笑えるね。」
女神のそんな声が何処かから、聞こえた気がした。何を言っているのかはよく分からないが、凄く楽しそうな声をしているのだけは分かる。…こっちは笑えねぇよ。
「ちょっと!せっかくアンタの為にアルムさんが説明してくれてるのに、ちゃんと聞いてるの?」
完全に自分の世界に入っていたユナンを、アンナはそう言って注意した。アンナの薄紅の瞳は、燃えるように輝いていた。
ユナンは、そんなアンナの瞳をじっと見つめていた。
――やはり、アンナは元気な姿が1番似合っている。
「な、なによ。そんなにアタシのことをじーっと見つめて…アンタ、凄く気持ち悪いわよ?」
「ごめんごめん。やっぱり元気なアンナは素敵だなって」
「――?いきなり何言ってるの?アンタ、本当に大丈夫?」
「ユナンも、オレのように、女性の口説き方が上手くなってきてるんだな。この短時間で…流石はオレの相棒。」
「そんなんじゃねーよ。ちょっとキリマルは黙れ。」
キリマルの茶化しに、ユナンは鬱陶しそうに、そうツッコミを入れる。でも、そんな平和な会話に、ユナンは少なからず癒されていた。実のところ、さっきまで、「死」の恐怖で、ユナンの身体は強ばっていたのだ。キリマルは、普段は頼りないが、本当に辛い時には助けになってくれる、不思議なやつだ。
「えーと、僕の話、大体は理解してくれたかな?」
完全に蚊帳の外状態だったアルムが、困ったように金色の眉を下げ、苦笑してユナンに問いかける。
「あぁ、悪い悪い。大罪の十二宮、気をつけるよ。情報提供ありがとうな!」
「礼を言われるほどのことじゃないよ、ユナン。それじゃあ代金はここに置いておくから、僕はこれにて。みんな、またどこかで会えたらその時はよろしくね。」
「またなー。」
「またねー。」
ユナン達はアルムに手を振る。アルムは自分の代金をテーブルに置いて、笑顔をこちらへ向けた後に、レストランを出ていった。
「オレたちも早くこの町から出ようよ〜。大罪の十二宮なんて…会ったらオレたち殺されちゃうよ。」
「俺もキリマルに賛成だ。連中によって、騎士団が壊滅させられたなんて噂も聞く。俺たちじゃ、まるで歯が立たないだろう。」
「まあそうね。じゃあ店を出たら出発しましょうか。ここから王都に近いのは…山を越えるルートね。」
そして、キリマルの提案をみんなが受け入れ、アンナが山を越えるルートを提示する。前と同じ過程がユナンの目の前で起こる。
やはり、俺の加護の能力は一種の時間旅行のようなものなのだろう。死ぬ前に戻され、死を回避する能力。確かに「生き残る」のに特化した能力だ。
…その場で復活する能力では無くて良かったと、心の底から思う。もし、そんな能力だったら、俺は永遠と、あの謎の力に押し潰され続けただろう。その結末は、想像したくもない。
ユナンは運命を変える力を手に入れた。だからこそ、ユナンは心が痛い。そうなると、前回、みんなを殺したのは自分であるようなものなのだ。
ユナンが無理やり、山を越えようと訴えなければ、あのイカれた男と出会うこともなく、みんなは船に乗ることになった。そうすれば、死ぬのは自分だけだったかもしれない。
だから、今回は山を越えるルートを先に潰しておく。だけど、船に乗って自分が死ぬのも御免だ。山へ行くとみんなが死に、船に乗るとユナンが死ぬ。そうなれば、残された選択はただ1つ。町で1日滞在するというルートだ。
「ちょっと待って欲しい。おそらく、山は越えられない。俺は今朝、ある老人と話をして聞いたんだ。今、あの山は落石や土砂崩れが多発していて、登ることが出来ないらしい。」
「あー。それは危険ね。じゃあ船に乗るルートに変えましょうか。」
ユナンの言葉を聞き、アンナが両手を合わせる仕草をして、そう提案した。だが、その提案は受けられない。ユナンは代わりの案をみんなに向けて提唱する。
「でも、船も危険じゃないのか?アルムの聞いた話だと、今ここら辺に大罪の十二宮がいるんだろ?もしそいつと同じ船に乗ってしまったら、俺たちは逃げられなくなってしまう。…アンナ、この町で1番戦力が集まるところは何処だ?」
「えっ?それは多分、王国騎士の駐屯所だと思うけど…」
王国騎士の駐屯所…そんな場所があるのか。それは嬉しい情報だ。王国騎士がいてくれれば、万が一の事態が起こっても、生き残る確率はグッと上がるだろう。
「じゃあ、今日だけはそこで滞在しないか?」
ユナンは何気なく、そう提案する。前回、ジークに不審な点を鋭く指摘された記憶がユナンの頭をよぎる。心の内をジークだけには悟られたくない。あいつは、少し警戒心が他の人より強いのだ。それに助けられることもあるが、今はそれが障害となる。
だが、ユナンの嫌な予感は的中してしまう。
「待て。確かに合理的な判断だ。…だがユナンにしては、少し冴えすぎている提案ではないか?それに、『今日だけ』というのも引っかかる。」
ジークが鋭い視線でこちらを睨みつけてくる。完全に疑いの目をこちらに向けている。
というか頭に関しては、俺、馬鹿にされすぎじゃね?…まあ確かに、この短時間で俺が思いつく案では無いのは事実だ。
ならやはり、加護の事を正直に伝えるべきか。…だが前回はそれで雲行きが怪しくなった。
魔獣討伐に行く道中で、アンナは加護マニアだとジークが言っていた。2人は色んな加護を知っているからこそ、そんな俺の、『時間遡行』という常識離れした加護の存在を認めてくれないのかもしれない。しかし、何も言わなければ、それこそ船ルート直行だ。
「…俺が『時間遡行』の加護持ちとかって言ったら、みんなは信じるか?」
ユナンは恐る恐る、みんなに向かってそう問いかける。そんなユナンの発言に、ジークとアンナは少し驚いた様子を見せたが、やはり訝しげな表情を浮かべた。
すると、アンナは自分のリュックから、何かを取り出した。中から出てきたのは、古びた厚い本であった。
「そういえば、ユナンは契約者になって少ししか経ってないのよね。ならこれも知らないわね。…これは加護辞典。現在までに確認された全ての加護の能力が、一覧になって載っているの。」
ユナン、セーナ、キリマルは目を見開いて驚く。
そんな辞典がこの世に存在していたなんて…だがなんでそんなものをアンナは持ち歩いてるのだろう。それに、
「加護って、その契約者の願いの事だろ?そんなの無数にあるんだから、参考にならなくね?」
そんなユナンの問いかけに、アンナは首を横に振って否定する。
「それは、少し違うわ。…人が叶える願いなんて、大体同じようなものになるのよ。この辞典にはね、およそ1000年間の加護持ちの記録が保存されているのよ。けれど、その中に『時間遡行』の加護なんてのを持った人は1人もいない。…それに、この辞典の冒頭にも書いてあるわ。アンタも女神に言われたんじゃないの?」
そしてアンナは、普段は見せない真剣な表情でこう言った。
「人が叶えられる願いには、『限界』がある。」
その言葉を聞いて、ユナンは息を飲む。確かに、似たようなことをあの女神は言っていた。俺も1度はその理由で、ある願いを断られたのだ。
――君はその『器』ではない。
今でもその言葉の意味はよく分からない。でもその『器』というのがアンナの言う『限界』なのだとしたら、辻褄も合う。
…だが実際、俺は『時間遡行』のようなものをした。あれが全部夢だったとはとても思えない。このまま船に行けば、俺は確実に死んでしまう。そんな気がするのだ。
「…信じてもらえなくてもいい!だけど今日だけは、俺の提案に乗ってもらえないか?」
ユナンが地面に頭を擦り付ける勢いで、みんなに懇願する。いつにも増して必死なユナンの様子に、アンナ達は戸惑った。
――そんな中、ユナンの願いを1番最初に受け入れたのは、意外な人物であった。
「…まあ、ユナンの策はそんなに悪いようには見えない。特別急いでいる訳でもないしな。俺は別に構わないぞ。」
ジークのその発言につられて、セーナとキリマルも続けて賛同する。
「わたしもユナンを信じるわ。嘘をついているようには見えないもの。」
「オレはまだこの町でゆっくりしたいしな〜。」
「おまえら…」
そんなみんなの様子に、ユナンは涙が零れそうになる。この短い間にも、確かに「絆」はユナン達の間で生まれていたのだ。
アンナも、少しため息をついた後、ユナンの方を見た。
「…まあいいわ。ユナンの加護のことは後回しにしましょう。駐屯所はこっちよ。」
そう言ってアンナが先導して歩き出す。ユナンも、みんなの優しさに心の中で感謝しながら、アンナについて行く。
状況は好転。このまま、ニュートンが船に乗ってどこかへ行ってくれれば、ユナン達は生き残れる。あの山も、この町とは結構距離がある。でっかい古龍がまた現れても、ユナン達は逃げて、後は王国騎士にでも任せればいいだろう。
ユナン達は王国騎士の駐屯所にたどり着く。想像していたより、かなり小さい。もっと、砦のようなものを想像していた。
民家が4軒入るくらいの敷地が、石の塀によって囲まれている。そして、奥には木製の屋敷が一邸だけ建っていた。手前には藁の人型の人形が、三体設置してあり、どうやら小さな練兵場のようになっているようだった。
「思ったより、小さいんだな。」
「ほんとね。意外と小さくてびっくり。」
「当然よ。ただの待機所だもの。それに、一応塀で囲ってはいるけれど、王国騎士に防衛設備なんて要らないでしょ?…彼ら自身が強いんだから。」
駐屯所を見たユナンとセーナの感想に、アンナがそう説明を加える。
確かにアンナの言う通りだ。好き好んで、契約者にちょっかいをかけようだなんて思うやつは、そうそういないだろう。それも、王国騎士なんて、言わば「戦闘のプロ」だ。そんなやつの命を狙うなんて、それこそ「大罪の十二宮」ぐらいのものだろう。
ユナンがそんな事を考えていたら、中から王国騎士が1人出てきた。
「…何か用?」
屋敷の中から出てきたのは、白色の艶やかな長髪を腰まで伸ばした少女だ。右のサイドの髪には編み込みがあり、先が赤いリボンで結ばれている。赤い眼鏡を掛けていて、水色の瞳が綺麗に輝いている。その幼く可愛い顔だちにはあまり似合わない、大人びた、おとなしめの女性の声に、不思議な印象を覚える。
一見、その少女は戦闘とは全く縁が無いように見える。だが、彼女は騎士の正装に白色のマントを羽織っていて、王国騎士である事がうかがえた。
「えーと、俺たちほとんど、見習い契約者みたいなもんでさ。ある人から、大罪の十二宮がここら辺を彷徨いてるって情報を貰ったんだ。今日だけ、ここで匿ってもらえないか?」
ユナンは少女に向かって、そう説明する。だが、少女はほんの少しだけ眉をひそめ、
「…やつらの目撃情報は、大体嘘。契約者なら、自分の身は自分で守って。」
と言って追い払おうとする。そんな彼女の様子にユナンが困っていると、
「まあまあ、シノちゃん。嘘をついてるようには見えないし、それに可愛い新人だぞ?ここは契約者の先輩として、それくらいの頼み、受け入れてやってもいいんじゃない?」
そう言って屋敷の中から出できたのは、金髪のサラッとした髪を首元まで伸ばした男性だ。陽気な声で話しかけてきたその男性は、片耳に緑のピアスをつけていて、服装も騎士の正装をだらしなく着ている。端的に言ってチャラい。
「シノって呼んでいいのは団長だけ。…副団長って呼ばないと、次はタルクを斬るから。」
「おお、怖い怖い。サーセン副団長。」
おどけた調子でタルクはシノに向かって、上辺だけの謝罪をする。
…この女の子、副団長なのかよ。人は見かけによらないな。
そして、タルクは再びユナン達の方へと向いた。そして、ウィンクをして、明るくこう言った。
「俺はタルク。よろしくな、新人。」
ユナン達は屋敷の中へ入ってそれぞれ自己紹介をした。中には、シノとタルクを含め、6人の王国騎士がいた。みんな、「白」の王国騎士団所属らしい。
「最近、魔獣の被害がここら辺で多発していてねー。それで俺らの出番ってわけ。団長は単独で、他の大型魔獣狩り。まあ頭おかしいほど強いからねーあの人。」
タルクがソファに座って、自分達の今の状況をユナン達に説明してくれた。
魔獣の活発化。あの古龍の影響なのだろうか。
「そういえば、大罪の十二宮の目撃情報が大体偽情報っていうのは、ほんとなのか?」
ユナンはタルクに向かって、さっき気になっていた質問をぶつけた。今回のは本当だが、普通はどれくらい、信用できるものなのかは聞いておきたい。その情報は、これから先も役にたつだろう。
「まあ偽っていうよりは『分からない』って言うのが本当だな。確かにあいつらが契約者を襲うのは事実だが、行動に一貫性が見られねぇのよ。別に血眼になって契約者を殺すわけじゃない。実際、大罪の十二宮に遭遇したけど、何もされなかったって言う契約者も結構いるしな。」
確かにニュートンも最初は攻撃してこなかった。攻撃してきたのは多分、俺が彼の「逆鱗」に触れたからだ。そう思うと、俺って相当運が無かったんだな。叶えてもらう願い、『幸運』とかにしておけば良かったかもしれない。
「…でもあいつらに殺られた契約者はたくさんいる。最近だって『黄』の王国騎士が大勢殺られた。敵であることに変わりはない。」
そんなタルクの発言に、シノが険しい顔をしながら、補足を入れる。
…それは俺も同感だ。自分勝手に人を殺すなんて行為、許されるはずがない。
「まあ、ゆっくりしていけよ。もし大罪の十二宮が現れたとしても、うちの副団長ちゃんがやっつけてくれるから、安心しな。」
「…タルクも少しは働いて。」
タルクの胸を張った宣言に、シノがため息をついた。
やはりドーゼルの時もそうだったが、王国騎士が傍にいるという頼もしさは尋常ではない。自然と、ユナン達の緊張も解けていく。
駐屯所内で滞在している間、ユナン達は自由に過ごしていた。
ユナンはやることも無く、暇になって周りの様子を見る。
アンナとジークは、タルクを含めた5人の王国騎士達と楽しそうに話していた。4人の王国騎士は、男3人、女1人、みんな10代から20代くらいまでの年齢だ。王国騎士に入団するつもりのアンナとジークにとっては、歳の近い先輩のようなものだ。自然と、会話も弾むのだろう。
キリマルは…意外にも1人で屋敷前のミニ練兵場にいた。
ユナンはそんなキリマルを不思議に思い、声をかける。
「どうした?いつもみたいにシノさんにナンパとかしないのか?」
「しないよ。可愛いけど、ナンパしたら多分オレ、死んじゃうよ。」
…なんだその妙な勘は。でもそれくらい、シノさんが強いってことなんだろうか。
「他の人とも話さないのか?」
「あの楽しそうな輪の中にいきなり入れる?オレ、こう見えても人見知りなんだよ…」
キリマルの意外な側面を知って驚く。そういえば、女の子関係以外で、キリマルが自分から、初対面の人に話しかけにいく光景を、ユナンはこれまで、1度も見たことが無い。
「ま、まあ俺もあの輪の中に入るのはちょっと無理だわ。」
ユナンは苦笑しながらそう答える。実のところ、ユナンもそこまでコミュニケーション能力が高い方ではない。田舎育ちで、今まで、狭いコミュニティの中で生きてきた。
…ただ、ここ最近は生きるのに必死だった。右も左も分からない、そんな場所にいきなり放り出されたのだ。初対面の人相手に緊張するなんて言っていては、野垂れ死にするだけである。1つ1つの出会いを大切にしていかなければ、未来はないと思ったのだ。
キリマルと話していたユナンは、練兵場の端っこで、屈んで何かをしているセーナを見かけた。
まあ、セーナもあの輪に溶け込むのは無理だろう。でもあんな所で何をしているのか。
「セーナ、そんな所で何してるんだ?」
ユナンの呼び掛けに、セーナは振り返る。セーナは黒い猫を嬉しそうに抱き抱えていた。猫もユナンの呼び掛けに反応して、鳴き声をあげる。
「えっとね、くろすけと遊んでいたの。」
「くろすけ?」
ユナンは首を傾げる。
「あっ。そういえばユナンはその時いなかったわね。アンナ達と朝、町を見て回っていたらね、この子がわたし達について来ちゃったの。ずっとついてくるもんだから、ジークも根負けしちゃって。」
「へぇー。」
ユナンは意外だなと思った。あのジークが猫を連れていくのを許すなんて、とても思えないからだ。…まあおそらく、アンナにでも強く言われたのだろう。
というか、前々回と前回、俺は1回もくろすけの存在に気づけなかったのはどうしてだろう。
「くろすけ、可愛い名前。」
「うぉわ!」
ユナンはいつの間にか、隣にいたシノの存在に驚き、変な声をあげた。…いつの間に移動したのだろう。気配さえ感じなかった。
シノは、さっきまでとは別人のように優しい顔で、くろすけの頭を撫でている。くろすけも、気持ちよさそうに目を細め、ごろごろと喉を鳴らしていた。
――こういう普通の女の子の顔もするんだな。
さっきまでのシノは、とてつもない重荷を背負っているような、そんな険しい顔をしていた。だが、今の彼女はそんな重荷から少し解放されているような気がした。
「シノさんは、猫が好きなんですか?」
ユナンの問いかけに、シノは白い頬を紅に染め、愛おしそうに、こう答えた。
「好き。だって団長に似ているから。」
彼女はくろすけを見ているが、その瞳にくろすけは映っていない。今ここにはいない、大切な人のことを思い浮かべているのだ。
こんなに愛されてるってことは、白の団長は凄く魅力的な人なんだろうな。
…こんなに人を愛せるのは羨ましい。俺もいつか、こんな風に誰かを想うことが出来るだろうか。そんな相手に近いのはセーナだが、セーナの事は好きというよりかは、どっちかと言うと「守ってあげたい」という感情の方が大きい。
…多分俺よりセーナは強いが。
そんなこんなで、セーナ、シノ、キリマルと一緒に、くろすけと戯れたり、色々していたら時間は過ぎ去って行った。
そして、いつの間にか時刻は夕方になっていた。
「それじゃあ、俺と…ノリスケ、ナユ。見回りに行くぞ!」
「はい。」
「えー、このメンバー男臭いっすよ。先輩。」
タルクに呼びかけられ、それぞれが違った反応をする。
たしか、夕方になったら2組に分かれて行動を開始するとタルクは言っていた。1組が町の付近の魔獣を狩っている間、もう1組は休憩がてら、この駐屯所で待機。その交代を夜中の間、ずっと繰り返すらしい。
魔獣は昼間は身を潜めていて、ほとんど見つからない。そして、夜になると活発に動き出す。さらに、夜だと、彼らの赤く光る目が見やすいため、普通の野生動物との判別もつきやすい。だから、契約者の魔獣退治は、夜に行われることがほとんどだ。
…夕方。今頃、あの客船に大罪の十二宮の1人、ニュートンが乗ろうとしているところであろう。
後の心配は、明日目覚める古龍だけだ。だがそれも、古龍に近寄らなければ良いだけの話だ。
ユナンはセーナ達の顔を見る。みんな、王国騎士の人達とも打ち解けてきて、楽しそうに会話をしていた。そんなみんなの笑顔を見て、
――やっと、「死」から逃れられる。先に進むことができる。
ユナンはそう実感し、自然と頬が緩む。
あの古龍はそこまで足が速そうではない。信用してくれるかどうかは分からないが、一応、シノにでも古龍の出現の未来を伝えてみよう。そして明日、俺たちは船に乗って、町を離れるか…
――そんなふうに、ユナンがこれからのことを考えていた時だった。
大きな音と共に、駐屯所の塀の一部が謎の力によって粉砕する。そして、崩れ去った石によって生じた煙の中から、黒いタキシードを着た男が現れる。
「ど…うして…だ?」
ユナンは、ここに現れるはずがない、現れてはいけない男の登場に、顔を青白くさせた。そこには、既に客船に乗ったはずのニュートンの姿があった。
「いやぁごめんごめん。塀を壊すつもりは無かったんだけど…僕はこれでも人見知りでね。入口から堂々と入るのは、少し恥ずかしかったんだ。」
明らかに異常な男の登場に、その場にいた王国騎士6人が一斉に武器を構える。
だが、ニュートンはそんな彼らには目もくれず、紫色の双眸をギラつかせて、真っ直ぐユナンを見つめた。
「やあ、また会ったね。それで、答えは出たかな?」
ニュートンが笑顔で、ユナンに向かってそう語りかける。ニュートンはたまたま出会った風を装っているが、そんなはずはない。こんな偶然、起こるはずが…
だがその時、ユナンは本能で気がついてしまった。運命というものは、そう簡単には変わらない。この先、どれだけ違う行動を繰り返したとしても、この男とは必ず出会ってしまうだろう。それこそ、この運命を歪ませられる程の『幸運』を持っていない限り。
――運命の糸は、簡単には解けない。
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