漆黒の契約者 〜魔法が使えない少年は『死』の運命に立ち向かう〜 作:早見 綿飴
ユナンは暗闇の空間に、ただ1人立っていた。もう、この状況になるのも3回目だ。意味不明な現象ではあるが、それについて考えるのは後だ。
ニュートンの戦闘力は、ユナンの想像を遥かに超えていた。あの男は、シノ達、『白』の王国騎士6人の猛攻さえ、易々と対処していた。戦いの結果、ニュートンは片足を切り飛ばされたが、それは強大すぎる力を持ったが為の、「油断」であろう。彼らでは、ニュートンの命を奪うことは難しい。
ユナンには、無惨に殺された王国騎士6人の姿が、今も頭に焼き付いていた。
…ユナンと関わった人々は、みんな揃って悲しい結末を辿る。軽はずみに人と関わるのは避けるべきなのか。だが、ユナン1人で何が出来る?
そんなことを考えていたら、いつの間にかユナンは紫色の扉の前に辿り着いていた。
次の世界が始まろうとしている。今も「死」の喪失感と、仲間の無惨な死をまた見ることになるかもしれないという恐怖で身体が震えている。しかし、立ち止まるわけにはいかない。
「俺にはまだ、やり残した事が沢山あるんだ。」
そう自分を勇気づけ、震える手でユナンは扉を開けた。
――眩い光が、新たな世界を映し出す。
――――――――――――――――――――――――――
「――大罪の十二宮は、契約者、そして女神を殺す事を目的に動いている。実際これまでに、彼らによって殺された契約者は、数えきれないほどいる。」
場所はマイミアのレストランの中。ユナン達がアルムから、大罪の十二宮についての情報を聞いていた時だった。
…前回の時と全く同じ場面に戻された。とりあえず、ニュートンが目の前にいる場面とかで復活せずに済んだことに、ユナンは安堵する。
だが、それと同時にユナンの頭をある考えがよぎる。
――ニュートンと初めて会う前に戻されたら、自分の存在を知られることもなくなり、彼との戦闘を回避できるのではないか?
もちろんあの男を許したわけじゃない。今でも出来るなら、すぐに彼に斬りかかりたいぐらいだ。しかし、ユナンには今、その「力」が無い。斬りかかっても、犬死するだけである。
…ただ、自殺なんてするほど、ユナンは腐ってはいない。自ら自分の命を投げ出すなんて、愚者のする行為である。
本当にどうしようも無くなった時の最終手段として、ユナンはその考えを頭の隅に押し込む。
ならやはり、彼の問いに見事正解し、ニュートンの機嫌を損ねないようにするのが1番か…
「ちょっと!せっかくアンタの為にアルムさんが説明してくれてるのに、ちゃんと聞いてるの?」
前回と同じく、完全に自分の世界に入っていたユナンを、アンナはそう言って注意した。アンナの薄紅の瞳は、燃えるように輝いていた。
…ここまで同じだと、運命を本当に変えられるのか、心配になってくる。
「何よ、その嫌な目つきは。人の話をしっかり聞かない人は、嫌われるわよ。」
アンナが反応の薄いユナンの様子に、さらに怒りを募らせる。さすがの自分の酷い態度にユナンも反省し、苦笑しながらアンナに謝る。
「あぁ、悪い悪い。話はちゃんと聞いてたよ。これからは、態度も気をつける。」
「…なら別にいいけど。」
そんなユナンの反省する様子を見て、アンナの怒りはようやく収まったようであった。
「えっと、ユナン。もう一度話そうか?」
話が落ち着いたタイミングを見計らって、アルムは、苦笑してユナンにそう問いかける。
「大丈夫だ、アルム。大罪の十二宮の話だろ?あいつら、おっかないもんな。情報ありがとう。俺らも気をつけるとするよ。」
「…まるで、大罪の十二宮と実際に会ったことのあるような発言だね。」
不可解なユナンの言動に、違和感を感じたアルムが指摘を入れる。みんなが、訝しそうな目でユナンを見つめてくる。
…マズイ、口を滑らした。色々説明が面倒臭い状況になってるから、あまりみんなに怪しまれないようにしたかったのだが…。
「いや、言い間違えただけだよ。本当は、おっかな『そう』って言いたかったんだ。悪い悪い。」
ユナンは額に冷や汗をかきながら、苦しい言い訳をする。アルムは燃えるような蒼炎の双眸で、じっとこちらを見つめてきたが、すぐにいつもの笑顔に戻った。
「いや、釘を刺すような真似をして、こちらこそすまなかった。僕は用事があるから、もう行かせてもらうよ。代金はテーブルに置いておくから、一緒に頼むね。それじゃあみんな、またどこかで会えたら、その時はよろしくね。」
「またな。」
「またね。」
アルムの別れのあいさつに、ユナン達も手を振って応じた。
ユナンはアルムの立った姿を眺める。
前にも1度見たが、アルムの腰にある剣には、とても豪華な金の装飾が施されている。鍔の真ん中には、十字架の紋章。左右には、手を組んで祈っている人の姿が浮かび上がっている。その2人は鍔の中心を向いており、まるで、真ん中の十字架に向かって祈っているようであった。
アルムもただの一般人には見えない。その格好から、身分の高そうな人のようにも見えるが、自分は旅人だと本人は言っていたし、よく分からないな。
ただ、シノのような強者の風格も、彼からは漂ってこない。…おそらくニュートンには勝てないだろう。彼を巻き込むわけにはいかない。
アルムは、笑顔でこちらに振り返り、手を振ったあとに店を出ていった。
「オレたちも早くこの町から出ようよ〜。大罪の十二宮なんて…会ったらオレたち殺されちゃうよ!」
「俺もキリマルに賛成だ。連中によって、騎士団が壊滅させられたなんて噂も聞く。俺たちじゃ、まるで歯が立たないだろう。」
「まあそうね。じゃあ店を出たら出発しましょうか。ここから王都に近いのは…山を越えるルートね。」
そして、キリマルの提案をみんなが受け入れ、アンナが山を越えるルートを提示する。
この光景も3回目。いい加減、見飽きてきた。もちろん、山を越えるルートは老人に警告され、無駄足になるので、予め消しておく。
ユナンは前回と全く同じように、山が危険なことをみんなに伝えた。
「あー。それは危険ね。じゃあ船に乗るルートに変えましょうか。」
アンナが手を合わせる仕草をして、そうみんなに提案する。
王都近くの港へ向かう客船は、今日はあと、『1隻』しか出ない。それは、ユナンがニュートンに初めて殺された世界線で、船の切符を買う時に知った情報だ。つまり、早めの客船に乗るなんてことは出来ないのだ。
――あの船で、必ずユナンとニュートンはまた出会う。
もっとも、早めに出航する客船があったとして、それにユナン達が乗れたとしても、ユナンとニュートンは出会ったかもしれないが…。それが「運命」ってやつだ。前回、ユナンはそれを思い知らされた。
そしてユナン達は船の切符を買いに行くため、アンナに連れられて、レストランを出た。みんなは船着き場に向かって歩き出す。その間、ユナンはずっとニュートンの問いの「答え」に悩んでいた。
――答えはまだ出ていない。
――――――――――――――――――――――――――
金髪の爽やかな青年は、何かを考える仕草をしながら、町の中を歩いていた。
さっき会ったユナンという男。明らかに大罪の十二宮について何か知っているようであった。…だが彼から、あの『狂人』のオーラは感じない。それに、周りに仲間もいた。彼が大罪の十二宮という可能性は限りなく低いだろう。
大罪の十二宮の厄介さは、その「強さ」だけではない。彼らは皆、狂人であるにも関わらず、一般人に溶け込むのが上手い。…そう簡単には見つけられないのだ。
そして、何よりも彼らは―――なのだ。キリがない。
あの男は確実に何かを知っている。…何の手がかりも得られないよりはマシか。彼には悪いが、この仕事を終わらせたら、少し尾行をさせてもらうことにしよう。
さっき念の為、彼に「光」の印をつけたのだ。探せば、すぐに彼を見つけられるだろう。
「これも『世界』を守るためだ。」
そう呟いて、青年は急ぎ足で仕事にかかった。
――――――――――――――――――――――――――
前回の記憶を整理していたユナンは、ある事に気がついて、周りをキョロキョロし始める。
「――?ユナンは何してるの?」
セーナがそんなユナンの様子を不思議に思ったのか、声をかけてきた。可愛い目で真っ直ぐ見つめられ、ユナンは思わず、恥ずかしそうに目を逸らす。
「え、えーと、猫の鳴き声が聞こえた気がしてさ。その声の正体を探してたんだよ。」
「――?そんな声聞こえなかったけど。でもそれならあの子かも。くろすけー?」
セーナがそう呼ぶと、町の民家の植木鉢の後ろから、黒い子猫が出てきた。…くろすけだ。そして、くろすけはセーナの膨らんだ胸に飛びついて、彼女に擦り寄った。
「きゃっ。くすぐったいわ。もう。」
セーナがそんなくろすけに、嬉しそうに声をかける。子猫と少女が戯れている光景は、微笑ましい。
あんな所にいたのか。そりゃわかんねぇわ。猫の隠密能力ってすげぇな。…そして羨ましいな。
ユナンはそんな事を心の中で呟いた。
そして、ジークとアンナがくろすけの姿に反応した。
「あぁ。そういえばこんな猫いたな。大罪の十二宮の事で頭がいっぱいで、すっかり忘れていた。」
「アタシも完全に忘れちゃってた。この猫はね、朝、私たちにずっとついてきたの。それで凄くこの子が可愛いもんだから、名前を付けてあげたのよ。」
ジークがそんな感想をこぼし、アンナがユナンとキリマルに、その猫について説明してくれた。
2人に完全に忘れ去られていた事を知ったくろすけは、だいぶショックを受けたような顔をしていた。
…そんなにショックなら、普通に俺たちのすぐ後ろに着いてきたらいいのにな。変な猫だ。
「あっ、やっとちょっと元気そうな顔に戻った。」
ユナンの様子を見て、セーナが少しからかいも含んだ、優しい声でそうユナンに言ってきた。セーナに、いつもとは違う自分の様子を見破られ、ユナンはドキッとする。自分は正常な「フリ」が出来ていると思っていたからだ。
「お、俺、そんな酷い顔してたか?」
「ふふん。わたしを甘く見ないで。みんなの様子の変化くらい、わかっちゃうんだから。」
セーナが、可愛く胸を張って、自慢げにそう言った。
その会話を聞いて、他のみんなもユナンに心配の声をあげる。
「そうよ。アンタ、アルムの話を聞いてから様子が変よ?大丈夫?」
「大罪の十二宮が恐ろしいのは俺も同じだ。心配なら、相談に乗るぞ。」
「ユナン大丈夫?オレと一緒に、女の子をお茶会に誘いにでも行く?」
そんなみんなの温かい言葉に、ユナンは本当に泣きそうになる。だが、グッとこらえる。まだ泣いてなんかいられない。
みんな、本当に良い人達なのだ。…だからこそ、ユナンは今回の事を仲間に相談することはできない。
――みんなに、あの「死」の恐怖を体験して欲しくないから。
「ありがとな。でもその言葉だけで、十分だぜ!」
ユナンは元気そうにみんなにそう告げる。だが、彼の頭の中にはずっとこの言葉が回っていた。
「どうして、リンゴは下に落ちるのか?」
そして時刻は夕方になる。あの客船が船着き場に到着した。その船が、これから向かう先は「死」か「未来」か。それは、ユナンの「答え」によって決まる。
「俺、船を乗るの、初めてなんだよなぁ!」
無理やり笑顔を作って、元気そうにユナンは言った。心臓が恐怖によって悲鳴をあげている。今まで3回、ユナンは死んだが、別に死に慣れたわけでは無い。怖いものは怖いのだ。
そんなユナンの顔を、セーナはじっと見つめている。だが、可愛い女の子に見つめられているにも関わらず、彼は全くその視線に気が付かない。これから起きる出来事に、頭を全て支配されていたからだ。
そうして、ユナン達は船に乗り、客船が動き出した。
「はぁ。今日は色々あって疲れた〜。オレは客室で寝てくるよー。」
キリマルがだるそうにそう言って、自分の部屋へ入っていく。みんなも、すっかり疲れ切っている様子だ。そのままみんな、自分の客室に入って身体を休ませるだろう。
――それでいい。
「それじゃあ、船は明日の朝到着だから。一旦解散ね。」
アンナがそう言って、みんながそれぞれ自分の部屋に入っていく。だが、セーナとユナンだけはその場に留まっていた。セーナは真剣な表情で、ユナンを見つめてくる。
「どうした?セーナ。そんなに見つめられると、男は勘違いしてしまうから、気をつけるんだぞ。」
そんなセーナの様子をユナンは茶化した。だが、セーナは相変わらずじっとこちらを見つめている。
そして口を開いた。彼女の美しい声には、人の心を震わせるような力がある。
「今日のユナン、なんか変。何かあるなら、わたしに話してみて。」
セーナの力強い発言に、ユナンは一瞬心が揺らぐ。だが、ユナンは彼女が押し潰される姿を想像してしまった。
…セーナには悪いが、『今回』は俺1人でやってみる。
「言っただろ?俺は船に乗るのが初めてなんだ。あー、マジで興奮してきたわ。ちょっと甲板にでも出てみるか!」
そう叫んで、ユナンはその場から逃げるように立ち去ってしまう。セーナはそんなユナンに手を伸ばし、声をかけようとするが、それよりも、ユナンの逃げるスピードの方が速かった。
セーナは、逃げるように去っていく彼の後ろ姿をじっと見ていた。
やっぱりレストランでアルムさんの話を聞いてから、ユナンの様子がちょっと変だ。何か隠しているのかも。わたしだけじゃダメなら…
そう思って、セーナはアンナのいる部屋の前に立つ。
その行動は、今までのセーナからすれば考えられないものであった。彼女は何回、こうやって「人間」に助けを求めて、そして裏切られたか分からない。いつしか、彼女は「人間」を一切頼らなくなった。
そんな彼女が今、「人間」を、仲間を、頼ろうとしていたのであった。
――1人の大切な仲間の命を救うために。
「アンナ、ちょっといい?」
少女の銀鈴のような声音が、客船の廊下に響いた。
ユナンは重い足取りで甲板に出た。ずっと心臓の鼓動が鳴り止まない。人間はトラウマを思い出し、フィードバックしてしまう事があるらしい。つまり、身体が必死に警告しているのだ。
――そこに行ってはいけないと。
そんなことはユナン自身もよく分かっている。だがどの道、自分から行かなくても、奴はユナンに会いにくるだろう。まるで運命によって引かれたように。
そうなれば、「死」に晒されるのは、ユナンだけでは済まない。だからこそ、こうして震える足をなんとか動かし、ここにやって来たのだ。
波のさざめきも、心臓の音が邪魔して、あまりよく聞こえない。
だが、目の前に広がる景色はよく見える。
地平線に沈む太陽が、赤く光輝いている。海の反射によって、その光は拡散され、神秘的な光景がそこには広がっていた。
その赤すぎる光は、これからのユナンの未来を指し示しているかのように感じる。…不可視の力によって押し潰され、血塗れになるユナンの未来を。
これだけ美しい、海一面に広がる夕焼けの景色を前にしても、ユナンの心は落ち着かない。
でもユナンはずっと夕焼けを眺めていた。この景色を目に焼き付けて、何事もなく明日を迎えたかったのだ。
――そんな事を運命が許してくれるはずがない。
ユナンは後ろから声をかけられた。低く、理知的な、そして密かな狂気を含んだ男の声であった。
「やあ、また会ったね。それで、答えは出たのかな?」
ユナンは振り向きたくなかった。あんな狂人を見るよりも、この目の前の素晴らしい景色を見た方がよっぽど有意義だ。…しかし、ユナンが振り向かなければ、狂人の機嫌はたちまち悪くなってしまうだろう。
ユナンは振り返り、そして、様々な激情を含んだ目でニュートンを睨みつけた。
「あれ?なんか2回目なのに、僕は随分、君に恨まれているようだね。初対面での印象は、そこまで悪くなかったと思うんだけど。」
…初対面でも相当変人に見えたが、本人はそれに気づいていないようだった。だが、ニュートンはそんな感想を自分には求めていない。求めるのは「答え」だけだ。
「…答えが聞きたいんだろ?整理しながら、少しづつでもいいか?」
ユナンは慎重に、そう問いかける。じっと狂人の様子を観察する。ユナンの発言に、狂人は嬉しそうな表情だ。
「もちろん、いいとも!むしろ最初からいきなり答えを言うなんて無粋な真似、僕はあんまり好きじゃないんだ。論理的に、少しずつ証明していき、答えを導く。…君とは、気が合いそうだ!」
俺は全くそうは思わない…。だが、どうやらそういう答え方がニュートンの好みらしい。これは、『生存』に1歩近づいた。そして、ユナンは今までの経験を思い出しながら、少しずつ答えを導き出していく。
「リンゴが落ちる、それは世界中で変わることの無い現象…」
そう呟いて、ユナンはあの戦闘を思い出す。もちろん、思い出したくはない。だが、これも生きるためだ。
タルクのサーベルが下に、そしてシノが下に落ちていくあの光景は、リンゴが下に落ちていく光景とよく似ている。
――つまり、ニュートンは自分の「力」の正体をユナンに答えて欲しいのだ。
「リンゴだけじゃなく、他のものだってみんな、同じく下に落ちる。つまり、どんなものにでも、下に落ちる自然現象が働いているってことか?」
「いい感じだよ。今の君は、理知的で素晴らしい顔をしているよ。」
シノやダントラ、その他の契約者の魔法も、「自然現象」の起り得る可能性を引き出しているのだ。ユナンだって、寒い冬、村の人たちと薪を組んで、火をおこした事がある。同じように、アンナも旅の途中、魔法で、火を木の枝につけていた。過程は違えど、あの現象に、ほとんど違いはない。
――つまり、ニュートンの有り得ない「魔法」も世界で起こり得る現象の1つ。
日常は、世界の真理を解く鍵で満ち溢れている。
ユナンはニュートンのその言葉を思い出す。
――もしかしたら、ニュートンの「力」は、常に身の回りで起こっている現象を強めたものなのかもしれない。
だからこそ、俺たちはそれに気づかない。それを当然の事と思っているからだ。
「つまり、全てのものには常に、何らかの『力』が働いてるってことか!?」
「ブラボー。そこまで言ってくれたなら、もう正解にしといてあげるよ。『力』の名前なんてどうでもいいからね。実験して、証明して、それを見た人々が勝手に名前をつけるだけだ。」
ユナンの「答え」に、ニュートンは手を叩いて賞賛する。
…どうやら満足してくれたみたいだ。俺はこの「死」の難問に立ち向かい、「生」を手にしたのだ。
ユナンの「答え」を聞いて、ニュートンはとても上機嫌だ。殺意が微塵も感じられない狂人の様子を見て、ユナンも少し気が抜ける。…ニュートンから『力』の正体について、もう少し詳しく聞いてもいいのかもしれない。
――いつか、この男を殺すために。
「その『力』ってやつをお前は扱えるんだろ?マジで凄い『魔法』だもんな。俺もちょっと興味があるんだ。」
ユナンはニュートンの『力』に、興味を示すような発言をした。ユナンの経験では、そういう「学ぶ」姿勢を、この男は快く思うはずである。ユナンには、この男について、だんだんと理解してきた自信があったのだ。
――だが、狂人を理解するなど、不可能に近いのである。
「『魔法』?…ふざけるなよ。僕の『発見』を、そんなまがい物と一緒にするな!!」
ニュートンは殺意全開のオーラを放ち、ユナンに向かってそう叫ぶ。ニュートンが右腕をあげた。
ユナンはその瞬間、攻撃が来ることを直感的に感じ、後方へ大きく下がった。
ユナンの元々立っていた場所に、空間の歪みが発生する。
「…避けた。この『力』に気づいたのなら当然か。だからこそ、本当に惜しいよ。君のような人材が、僕の『力』を、よりにもよってあの『魔法』と同じものとして呼ぶなんて。」
なるほど、ユナンがニュートンの『力』のことを『魔法』呼びしたことが気に食わなかったらしい。
人生最大の失言に、ユナンは後悔する。欲張らずに、おとなしくしておくべきだった。そうすれば、ユナンは「生」を手放さずに済んだのに。
――次の世界では気をつけよう。「答え」が分かったのなら、希望はまだある。
「まあいい。避けられないほど、範囲を広げればいいだけの話だ。」
ニュートンが冷たくそう言い放ち、再度右腕を上げる。ユナンは、自分の周囲に広範囲の空間の歪みが発生したのが分かった。
ユナンはどうやら、『力』の正体に近づいたことで、彼の攻撃を見れるようになったらしい。
ユナンは自分のできる限りの力を振り絞って、その範囲から逃れようとする。だが、空間の歪みは広く、逃れることは出来なかった。ユナンは彼の力によって、甲板に張り付けにされた。
その攻撃を受けて、ユナンはまた新たな「学び」を得る。
――謎の力で押し潰されたのではない。自らが、下に引かれて潰されに行ったのだ。…まるで、木から落ちるリンゴのように。
ニュートンが再度力を加え、ユナンを肉片に変えようとする。そして、ユナンは「死」を受け入れた。
――そんな時だった。
「…誰か知らないけど、ユナンを痛めつけないで。わたし達の、大切な仲間なの。」
美しく、透き通った女性の声が辺りに響き渡った。その声は、聞く者全員の心を震わせる。だが、狂人にその声は届かない。まるで何事も無かったかのように、ユナンへ攻撃をしようとする。だが次の瞬間、
「メーザ!」
「えいや!」
「はっ!」
「ひいぃ!」
燃えさかる火球、大量の氷の礫、氷の矢、小さな青い電撃がニュートンへと一斉に放たれる。
だが、この狂人にはそんな攻撃、一切通用しない。ニュートンはつまらなそうにため息をついて、その攻撃を下へと逸らす。
常軌を逸した謎の力を前に、セーナ達は言葉を失う。
しかし、彼らはすぐに正気を取り戻し、仲間を救うため、男に攻撃を放つ。…それは無意味な行いなのだ。
――もういい、やめてくれ。俺らではこいつに歯が立たないんだ…。俺なんか放って、みんな逃げてくれ。
ユナンは心の中で必死にそう叫んだ。彼の力によって張り付けにされ、息もほとんどできない状況だ。動けず、声も出せない、絶望的である。
「契約者、つまらない存在だな。邪魔しなければ執拗に殺しはしないのに、何故戦うのか。僕には本当に理解ができないよ…」
…お前には決して理解なんてできないだろう。理解できるなら、あんな「殺戮」なんて、絶対にしない。そもそも、彼は人の感情を「学ぼう」とすらしていない。
ニュートンが腕を上げる。その瞬間、セーナ達の周辺に、空間の歪みが生じる。…その事にセーナ達は気づいていない。
――世界の真理に気づけない者の末路はたった1つ。
「――!?」
セーナ達はそのまま、彼の力によって、甲板に引かれて、張り付けにされる。いや、少し力が強い。
「きゃああぁあ!」
「あぁあぁああ!」
仲間の悲鳴がユナンの耳の中で響く。ユナンは目の前の現実を直視出来ずに、目をつぶった。
やめてくれ、もうやめてくれ!俺が悪かった!俺の失言がこんな事態を招いたんだ。殺すなら、俺だけでいいだろ!なんで仲間を傷つける。お前にとって脅威でも何でもないだろ!気に食わないなら、まず俺から殺れ!俺を殺してくれ!
…なあ女神。見ているんだろ?俺たちを助けてくれよ…
――人はどうしようも無くなった時、最後は神に『祈る』のだ。
そんなユナンの様子を見たニュートンが、さらに怒りを爆発させる。
「…何故君は、目をつぶっているんだい?逆だよ。この失敗の現実を、その目で『見』ないと。何かを変えたいなら、目をつぶって神に『祈る』のでは無く、目を開けて、前を見ろ!世界を見ろ!そして考えるのだ、少年よ!」
…ニュートンの言っていることは正しい。だけど、どうしようもない時だってあるのだ。今、仲間の苦しむ様子を見て何になる?何の解決策が生まれる?いや、何も生まれない。自分の「心」が壊れるだけだ。壊れるわけにはいかないのだ。だって、
――俺には、「次」の世界が待っているんだから。
「じゃあ君は、この輝きを前に、目を開けていられるかな?」
――爽やかな青年の声が辺りに響き渡った。
そして次の瞬間、全てを焼き焦がす正真正銘の光が、ニュートンに向かって放たれた。