漆黒の契約者 〜魔法が使えない少年は『死』の運命に立ち向かう〜 作:早見 綿飴
その光は暗澹と横たわる大気を射抜く。それは狂人の大罪に対する制裁。全てを飲み込む無慈悲な白光は、神によって罪人に下された光輝の鉄槌のように見えた。
――だがその一撃を放ったのは神ではなく、1人の青年だ。
その威力は絶大である。たとえ常軌を逸した存在であろうと、その白光を前に為す術はない。
しかし、「学び」は時にそんな絶望的な状況さえ覆してしまうことがあるのだ。
ニュートンはその白光を曲げた。全てを飲み込むと思われた光は、彼の横を通り過ぎ、海の彼方へと飛んで行った。だがニュートンは決して余裕だったわけではない。その証拠に、ユナン達にかかっていた力が消えていた。こんな見習い契約者達に構っている暇は無いということだ。
「…驚いた。私の攻撃を捌くなんて、貴方は相当強い手練のようですね。」
空中に浮かびながら爽やかにそう呟いたのは、アルムである。一人称が変わっているが、その右手に持っている剣は、ユナンがレストランの中で見たものと同じだった。それに、戦闘中でさえ崩さないその眩い笑顔が、本人であることを1番に証明している。
「本当の自然現象の『光』であったなら、この程度の重力で曲がるはずがない。僕はとっくに焼け焦げていたよ。僕が生きているという事実が、君が『まがい物』である何よりの証拠だね。」
そんなアルムの賞賛の言葉を、ニュートンは皮肉めいた言葉で返した。ニュートンは契約者の『魔法』の事を『まがい物』だと評していた。その真相までは、ユナンには分からない。
「なら、本物であると証明してみせるまでだ。」
そう言ったアルムは剣を自身の中心で構える。鏡のように磨き上げられた美しい刀身に、光が急速に集まっていく。そして、光が刀身から漏れ出し始めた瞬間、アルムはニュートンに向かってその剣を振り下ろした。
さっきの3倍はある太い白光がニュートンへと放たれる。前の攻撃でも少し曲げるので精一杯だったのだ。流石のニュートンでも、この光を捌くのは無理であろう。
だが、前の時よりも簡単そうにニュートンはその光を曲げてみせた。…この男はやはりバケモノである。
「『感情』を増加させてどうするんだよ。『質量』が増すだけなんだから、逆にさっきよりも対処は楽だったよ。攻撃が通用しなければ、さらに強い力で無理やり押し通そうとする。…これだから脳筋は嫌いなんだ。」
やれやれと首を横に振りながら、ニュートンは今の攻撃の感想を口にする。
ニュートンはどうやら、いちいち目の前で起こった現象の説明をしないと気が済まないらしい。そのおかげで、ユナンも答えを導き出す事が出来たわけだが…。敵に攻略のヒントを必ずあげてしまうのが、この男の最大の弱点なのかもしれない。
「よく『脳筋』だと、他の人にもそう言われますよ。…たしかに、私も少しは成長しないといけないね。」
そう呟いたアルムは、光の速度でニュートンに向かって斬りかかる。ニュートンの背後に一瞬で現れた彼は、剣を振り上げる。その剣は、白光を纏っており、触れたもの全てを焼き焦がすであろう。
遠距離魔法が通用しないなら、己の武器で直接男の命を奪う。その判断は、前回ユナンが出会った白の王国騎士達と同じであった。
――もちろん、ニュートンはそんな単純な攻撃で敗れるほど、甘い敵ではない。
ニュートンの紫色の瞳が怪しく光る。すると、アルムの重心に紫色の点がつき、彼はニュートンの後方へと飛ばされた。もちろん、それだけで攻撃は終わらない。その後ニュートンは、アルムを天高くに上げ、それから暗い海へと勢いよく叩きつけようとする。
ぶつかる場所が地面ではなく海とはいえ、あの高さだ。重症は免れない。それに、ユナンはアルムが海の表面に叩きつけられるだけでは済まないと感じていた。あの『力』なら、海の奥底まで彼を沈めるであろう。
「これは…まずいね。凄い『力』だ。なら私も力を借りるとしよう。――契約の名のもとに。」
アルムは自分の剣を中央で掲げ、そう祈った。すると、彼の周りが金色に輝き始めた。
元々彼は白い大きなコートを着ていた。下のズボンも白く、全身が白いその姿は、まさに『純白』そのものであった。血の色さえ知らない、純粋な青年のようであったのだ。
だが変身後の彼の姿はそれとは違い、幾多の大罪人をその手で裁いてきた、歴戦の『聖騎士』のように見えた。
全身が金色の鎧に覆われていて、それからは眩い光が放たれている。その背中には、真っ青なマントがついていて、さらに、腰から足首にかけても、青い布で覆われている。青い布の正面には、白い十字架の模様が描かれていた。
金と青の組み合わせが、彼の気品さをよりいっそう高めており、それだけでなく豪快さも感じられた。
そして彼の剣も、上品な片手剣から、豪快な両手剣へと姿を変えていた。その刀身も金色へと変化している。だが、両刃の部分だけは白銀になっており、どんなものでも容易く切り裂いてしまう鋭さが感じられた。
アルムは変身後、すぐに姿を消し、一瞬で甲板の上へと戻ってきた。そして、相変わらずの煌めく笑顔でニュートンへと語りかける。その姿は太陽のように眩しい。
「さぁ、そろそろ終わらせようか。」
アルムの周囲には、沢山の金色の粒子が漂っている。その粒子の正体は、あのニュートンですら分からない。ただ、それらがアルムに絶対的な勝利を与えることが、何故かユナンには分かった。それくらい、あの粒子、1粒1粒からは強い「思い」を感じる。
「まだ僕は終わるわけには行かないんだ!死ぬのは君だよ、光の守護者!」
そう叫んだニュートンの手に、謎の武器が現れる。全身が黒く、引き金のようなものがついている。ニュートンが人差し指で引き金を引いた途端、連続する爆音と共に、細い筒の先端から、瞬間的な光とともに沢山の何かが放たれた。辺りにはユナンがこれまで嗅いだことの無い異臭が漂う。ただその臭いは危険であると、脳が警鐘を鳴らした。
今の攻撃はまるで魔法のようであるが、ニュートンは魔法が大嫌いである。これも「学び」によって生み出された武器なのであろうか。
そんなニュートンからの攻撃を、易々とアルムは躱す。いや、躱してはいない。その放たれた何かが、まるで生きているかのように軌道を曲げて、彼だけを避けたのだ。
その『幸運』にユナン達は驚く。
「普通なら弾が蒸発するほどのエネルギーが必要なんだけど…。君たちはどれだけ世界の真理に抗えば、気が済むんだい?」
ニュートンには『幸運』とは違う、別の何かが見えているようであった。ただそれを理解していようがなかろうが、ニュートンの攻撃をアルムが避けた事実だけは変わらない。
――そしてニュートンはゆっくりと右腕をあげた。
それを見たアルムは両手剣を構え、ニュートンと対峙する。それは、敵に斬りかかる為の動作。一見、それは自然な動作に見える。「普通」であれば、彼におかしい所は何一つないであろう。
しかし、ユナンとニュートンだけは、アルムの「異常性」に気がついていた。アルムの周りには強烈な空間の歪みが生じている。それは、光すら捻れて見える程の凄まじい歪みだ。
ニュートンはこれまで、本気を出していなかったのだ。この強烈な歪みを発生させた『力』こそ、彼の本気である。
――なのに、そんな『力』を受け続けてなお、アルムは武器を構えて立っている。彼の額から汗が流れたが、決して膝はつかない。
ユナンはこれまで、黒い怪物や大罪の十二宮ニュートンなど、常軌を逸したバケモノに出会ってきた。敵にバケモノがいるんだから、味方にバケモノがいたとしても、何ら不思議ではない。
そうだとしても、アルムの強さは「異常」である。それと同時に納得もいく。大罪の十二宮というバケモノがいるにも関わらず、この世界が滅びていない理由に。
――それは、彼らより強い者が、なんとか世界を守っているからだ。
アルムの身体に、更なる負荷がのしかかる。大罪の十二宮は、やはり強敵なのだ。
だが、私は決して負けられない。私が負けるということはすなわち、世界の「死」を意味する。だからどんなに辛くても、立ち上がるのだ。世界の為に。
彼はまだ青年である。そんな若い身で、とてつもなく大きな『使命』を背負わされているのだ。だからこそ、彼は昔から重圧には慣れている。こんな『力』に、押し潰されるわけにはいかない。
そんな苦しむ男の子を心配するように、様々な「色」の光が彼の周りに集まってきた。
――そう、彼は決して『独り』でこの強敵に立ち向かわなくてもいいのだ。
「みんな、力を貸してほしい。君たちの『思い』をここに!」
そう叫んだアルムは、金色に輝く両手剣を頭上へと振り上げる。アルムの周りから、「赤」「青」「緑」「黄」「白」色の多くの光が集まってくる。それらは、剣の刀身に集まり、天まで届くほど巨大な「虹」色の光の柱を生み出した。
その光の柱は、かつてこの世界で生きていた全ての契約者の「希望」そのもの。その「思い」を、この青年は一身に受ける。そして彼は、肉体が無い彼らの代わりに、その「思い」を、世界を脅かす大罪人へとぶつけるのだ。
「大罪の十二宮!私『達』の光を受けるがいい!!」
そう高らかに叫び、アルムはニュートンへと虹色に光る両手剣を振り下ろした。虹色の光の柱が、ニュートンに放たれる。それをニュートンは、紫色の球体で自らを覆うことで、凌ごうとする。
前回ユナンが見た、彼の切り札だ。それはどんな攻撃だろうと跳ね返してしまう。だが、
――「思い」は時に「理」を超える。
その光の威力に球体は耐えきれず、崩壊する。
「思い」が強いほど「質量」は大きくなる。だが、ニュートンにはその光を捌けない理由があった。
それは、「思い」の数である。端的に言って、多すぎるのだ。その光を曲げるには、一つ一つの「思い」に力を作用させる必要があるのだが、それではキリがない。その前に、ニュートンの身体が光によって消滅してしまうだろう。
「全く、無駄な真似を。世界の真理を『発見』する者は、また現れるというのに。例えば…あの子とかね。」
そう呟いて、ニュートンは黒い髪の少年を見る。ただ、その視線に少年は気づいていない。彼の目には虹色の光だけが映っていたのだ。
そして、ニュートンは不敵な笑みを浮かべたまま、虹色の光に飲み込まれた。彼の肉や骨は一切残らない。彼は光によって、「消滅」していたのだ。
ユナン達を美しい夕焼けの光が照らす。そして波の音に合わせて、夕日に向かって飛んでいく白い海鳥が高らかに鳴き声をあげていた。
――世界が勝利の雄叫びを上げる。
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