漆黒の契約者 〜魔法が使えない少年は『死』の運命に立ち向かう〜 作:早見 綿飴
ユナン達は目の前で起こった現実を飲み込めず、ただぼーっとその場に突っ立っていた。それは当然である。
いきなりユナン達の前に現れた狂人。自分達を襲う不可視の力。ピンチに駆けつけた光り輝く超人アルム。そして何よりも、目の前で起こった狂人とアルムとの超次元の戦闘。
あまりの怒涛の展開に、ユナン達の頭はキャパオーバーしていたのだ。
そんな絶句するユナン達の様子を見て、アルムが心配そうな表情をしてこちらに語りかけてきた。
もう彼の変身は解けており、いつもの大きな白いコートを身につけている姿へと戻っていた。
「君たち、怪我はないかい?」
そんな彼の問いかけに、最初に返事をしたのはユナンだ。彼らの中で、こういう混沌とした状況に1番慣れているのは、もちろんユナンである。
「俺は大丈夫だけどよ。他のみんなは…」
自分の状態をアルムへと伝えたあと、ユナンは心配そうにセーナ達の方へ振り返る。あんな辛そうな悲鳴だったのだ。骨の何本かは折れているのかもしれない。
幸いな事に、セーナ達はみんな普通に立つことが出来ていた。先に、アンナが元気そうなポーズをとり、口を開く。
「ちょっとまだ痛むけど、アタシはこの通りピンピンしてるわ!他のみんなも大丈夫?」
そう言ってアンナはセーナ達を見る。3人は大丈夫と言った風に首を縦に振った。無事だった仲間の様子を見て、ユナンはほっと息をつき、安堵する。
――誰かが死んでしまっていたら、またやり直さなければならないところであった。
「それは良かった。大罪の十二宮の攻撃を受けて無事だなんて、君たちは凄いじゃないか。あれは、僕も苦労するほどの強敵だったんだよ。」
そんなユナン達の平気な様子を見て、アルムは蒼炎の瞳を見開き、賞賛の声をあげる。…彼は、戦闘時と通常時で一人称が変わるようだ。何故かは分からない。
ニュートンは戦いによって、「力」の制御をずっと「学び」続けていたに違いない。まずは対象を張り付けにして無力化。そしてそれから、対象が壊れるちょうどいい「強さ」の力を加える。ユナン達はその張り付けの段階であった為、痛みはあれど、身体が壊れることは無かったのだ。
その中間段階であったユナンの全身の骨は結構痛んでいるのだが、本人はあまり気にしていない。いや、痛みの感覚が麻痺しており、気づいていないのだ。
ユナンはそれから、アルムの正体について考える。明らかに異常な強さを持った青年。何か特別な存在であるに違いない。
ニュートンは「光の守護者」とか言っていたっけ。それも、ユナンは聞いたことのない言葉であった。
「それで、アルムの正体って俺たちが聞いても良いものなのか?」
ユナンが額に汗を流しながら、恐る恐るアルムにそう質問する。
「正体を知られてしまったからには、君たちを生かしてはおけないね。」
なんて言葉が彼の口から言われてしまった日には、大罪の十二宮ニュートンよりも強い彼に、俺たちは為す術なく皆殺しにされてしまうだろう。
だがユナンのそんな心配は杞憂に終わり、彼は笑顔をこちらへ向けて、軽々しく自分の正体について語った。
「僕の本当の名前はアーサー。一部の人からは、光の守護者と呼ばれている存在だ。大罪の十二宮『など』、世界の存在を脅かすものを倒す使命を背負っている身なんだ。…そしてさっきの男は、大罪の十二宮ニュートンだろう。あの押し潰す様な『力』は彼で間違いないよ。」
アーサーは軽々しく語っているが、その使命はおそらく、世界一重いであろう。世界を『守る』という使命。それは言葉にするのは簡単だが、実際に行うとなると、どれほどの苦悩、苦痛が伴うのであろうか。ユナンには想像さえ出来ない。
それを現実でやっていた凄い存在が、悲しそうな表情をして、ユナン達に頭を下げた。
「そして、君たちに偽名を使っていたことは謝罪しよう。君たちを驚かせても悪いし、何より大罪の十二宮に僕の存在を知られてしまって、逃げられたく無かったんだよ。」
そんな彼の謝罪に、ユナンは慌てて返事をする。
「いやいや、なんで謝るんですか。こっちこそ助けてもらって、感謝してもしきれないほどですって!」
「ユナンの言う通りだ。アーサー、俺達はあなたに感謝しかない。」
「アタシ達にもなんかできないかな?一緒にまたご飯とか行きません?ご飯代奢りますよ!」
「大罪の十二宮ってやつ、怖かったよー。オレ、イケメンなお兄さんからもう離れたくないよ!」
「アーサーさん。わたし達を助けてくれてありがとう!」
ユナンに続いて、みんなもアーサーにお礼を言う。そんなユナン達の様子に、彼は少し驚いた表情を見せたあと、またすぐ笑顔に戻って、
「…ありがとう。君たちのような人がいるから、僕はいつだって立ち上がれるんだ。」
としみじみと呟いた。
とてつもない強さを持っていたとしても、彼は1人の人間である。ユナン達の言葉で、彼の心を少しでも支えることが出来たなら、それはとても嬉しい事だ。
ニュートンは虹色の光とともに、この世から消え去った。ユナンはアーサーのおかげで、この「死」のループから脱出することができたのだ。
それにしても…
「なんで、俺はニュートンに狙われたんだ?」
「君も彼の被害者になりかけたんだよ。」
ユナンのそんな呟きに、アーサーが反応する。そして、彼はさらにその事について詳しく説明してくれた。
「大罪の十二宮ニュートンは、特定の契約者だけを狙って殺すんだ。殺された契約者の色などに規則性は無いが、ある1つの共通点がある。ユナン、君も彼に質問をされてはいないかい?」
「あ、ああ。リンゴは何故下に落ちるのか、だったな。」
「そんな内容だったのか。とにかく、被害に遭う契約者はニュートンに意味不明な質問をされる。それを気味悪がった契約者の中には、王国騎士に助けを求める者もいるんだが…」
次の内容をユナンは知っている。実際に前回はそうなったからだ。
そしてアーサーは真剣な表情でユナンにこう述べた。
「2回目に彼に会った契約者は必ず殺される。彼に歯向かった王国騎士も、同じく押し潰されて屍となる。」
なるほど、俺以外にもニュートンの被害にあった契約者はたくさんいたのか。そして、みんなあの質問に答えられなかった。そりゃあ、あんな短期間で答えろって言う方が無理である。ユナンも彼の力を実際に何回も見て、ようやく答えにたどり着いたのだ。…しかも彼に妥協される形で。
「なんか、そいつにたまたま出会ったアンタって本当に運が無いのね。」
「しかも、ユナンはまだ契約者になって少ししか経ってないのだろう?」
「ユナン可哀想だな。オレの運、分けてやりたいよ。」
アーサーの話を聞いて、アンナ達がユナンに同情の声をかける。みんなの憐れむような視線がユナンに突き刺さる。
「俺自身が1番分かってるよ!」
ユナンはやけくそになってそう叫ぶ。たしかにここの所、不幸の連続である。黒い怪物に故郷を襲われ、飛ばされた先で「竜狩り」と戦い、逃げた先で大罪の十二宮と出会う。
…もしかしたら、俺のせいで仲間が危険に晒されているのかもしれない。最近は本気でそう思えてきた。
「では、食事にも誘われたのにすまないが、僕にはまだやるべき事がたくさんあるんだ。もう行かせてもらうとするよ。」
そう言ったアーサーの周りに、金色の粒子が集まってきた。彼の使命を考えれば当然であろう。そんなアーサーの様子を見て、ユナン達は残念そうな表情をしたが、人と別れる時にそんな顔をしていてはいけない。笑顔になって、潔く別れを告げる。
「ありがとう。アーサー!」
そう言いながら手を振るユナン達を見て、アーサーは爽やかな笑顔で返した。そして、彼は黄金の光をその身に纏って、空中に浮かび上がる。
その時、ユナンは1つ、彼に伝えたい事を思い出し、急いで声をあげた。
「アーサー!マイミアにいた爺さんから聞いたんだが、ドラクロス山の様子がおかしいらしいんだ!古龍とかでてきたらおっかないから、ちょっと様子とか見てきてくれないか?」
そんなユナンの頼みに、アーサーは不思議そうな表情を浮かべる。
「――?古龍なんてこの100年、出現の報告はされていないけど。ユナンは心配性だね。…分かった。時間もそこまでかからないし、一応見てくるとしよう。君たちの旅の安寧を心から願っているよ。それでは!」
そして、アーサーは勢いよく空に飛んで行った。それは、微かに暗い薄紫色の空に煌めく、一筋の流れ星のようであった。
「またな!」
「またね!」
ユナン達はその一筋の流星に向かって手を振る。その正体が世界を守る正義の青年であると知っているのは、今ここにいる彼らだけである。
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光の守護者は、世界を見守る希望の星として、今日も夜空を飛んでいる。その正体を知る者は少ない。
「あっ!お母さん。みてみて!流れ星だよ!」
小さな男の子が、目を輝かせながら空を指さして、母親にそう叫んでいた。
「まだ夕方よ?見間違いじゃないかしら。」
そんな男の子の様子を母親は不思議そうに眺めている。そして母親は男の子につられて空を見上げてみたが、既にそこに流星の姿は無かった。
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アーサーが飛び去った後、ユナンは可愛らしくも、少し怒っているように見える視線に気がついた。ユナンをじっと睨みつけていたのはセーナであった。
彼女は珍しく白いローブを脱いでいた。白を基調とした青いラインの入った上着は、真ん中のトグル・ボタンで止めるようになっている。もちろん、背中には翼用の穴が2つ空いている。下は動きやすいようにしているのか、彼女の白い太ももが見えるほど短い、黒いショートパンツだ。そして足には、動きやすそうな黒いブーツを履いている。
「どうした、セーナ?可愛い顔が台無しになってるぞ?」
「茶化さないの。…なんでわたし達に相談してくれなかったの?」
「そうだよー。オレに相談してくれたら、ジークに助けに行ってもらったのに…」
「そこはお前も行けよ。」
セーナの訴えに、キリマルとジークも反応する。
ユナンはそんなセーナの言葉に少し戸惑う。ユナンだって相談できればしたかった。でも、
「いやぁ、ニュートンってやつ、相当変人だったからさ。みんなに何かあったら危ないじゃん?実際、バカほど強かったし。」
そんなユナンの返答に、セーナは大きくため息をついた。そして、また綺麗な水色の瞳で真っ直ぐにユナンを見つめる。
「わたし達だって、仲間の事が心配なのは一緒よ。わたし達が困っていたら、迷わずユナンは助けてくれた。それと同じでわたし達も、ユナンが困っていたら迷わず助けるわ。…それが仲間でしょ?」
セーナの発言にアンナ達も深く頷いて賛同する。みんな、頼もしそうにドヤ顔でユナンを見つめている。
…本当に、良いヤツらなのだ。俺には勿体ないほどの。そして、俺はどんどんセーナ達を好きになってしまう。
――だからこそ、この先何があってもセーナ達は救ってみせる。この『力』で。
ユナンは契約者なのだ。あの日何も出来なかったひ弱な男の子とは違う。
もう誰も、アベルの様に死なせたりなんかしない。
もう誰にも、フィーナの様に泣き叫ぶ顔なんかさせない。
――この先、傷つくのは俺1人だけでいい。
旅立ちの決意をそう胸に掲げながら、ユナンはみんなに笑顔で語りかける。その顔には希望が満ち溢れていた。
「そうだな、悪かったよ。俺は魔法も使えねぇし、実際みんなよりも弱い。だから俺はこれからも、仲間を頼りにしまくるぜ!」
「なんか、急にダメ男みたいな発言になったわね。…まあ無理するアンタにはそんくらいの方が丁度いいわ。」
そんなユナンのセリフにアンナはツッコミを入れる。みんなも、すっかりいつもの調子を取り戻したユナンの様子を見て、顔を明るくした。
もちろん、嘘はついていない。俺にはアーサーのような凄い力なんてものはない。あるのは、やり直す力だけだ。仲間に頼って、それ以外も利用して、明るい未来を目指す。それが、俺の『願い』の叶え方なんだ。
「うわぁ!ねぇみんな!すっごく綺麗だよ!オレ、こんな景色見たことないよ。」
キリマルがみんなにそう叫んで、夕日を指さす。夕焼けは今、最高潮となっていて、ユナンが見ていた時よりも遥かに綺麗だった。
夕日が地平線の彼方に沈もうとしている。橙色に輝く光を紫色の闇の空がよりいっそう際立てていて、幻想的な風景がつくり出されていた。
その輝く光は、ユナン達のこれからの未来を映し出しているかのように感じた。
そんな光景を、ユナン達は仲良く横一列に並んで眺めていた。すると何を思ったのか、突然セーナが両手を組んで、祈りを捧げ始めた。
「みんなに神の御加護があらんことを。」
そう呟いた彼女にユナンは見惚れていた。彼女の銀色の髪が夕日の光によって、よりいっそう美しい輝きを放っている。そうして祈りを捧げている彼女の姿はまるで、本物の女神のように思えた。
祈りを捧げ終えたセーナが、そんなユナンの視線に気づく。じっと見つめてくるユナンを、セーナは不思議そうにその可愛い目で見返した。
「―?どうしたの、ユナン。わたしの顔になんかついてる?」
可愛い目と鼻と口がついているが、そんなこと照れくさくて言えるはずが無い。ユナンは恥ずかしそうに目を逸らして、代わりの話を投げかける。
「いや、夕焼けに祈りを捧げるってのも珍しいなと思って。」
「あっ、これね。『竜人』の文化なの。竜人は美しい景色を目にしたら、仲間の安寧を願って祈りを捧げるのよ。」
なるほど、また新しく1つ、竜人について知ることが出来た。この調子で彼女について、どんどん知っていきたい。
「…素敵な文化だな。俺らも真似するべきだと思うぜ。」
もちろん、本心からの言葉だった。そんなユナンの言葉を聞いて、セーナは笑顔をこちらに向けた。彼女の笑顔は、夕日以上に眩しかった。
さらに、彼女の青い翼がパタパタと嬉しそうに動いているのが分かった。…犬のしっぽみたいなものだろうか。
「みんなが幸せになる未来を。」
そう呟いて、セーナを真似するように、ユナンも両手を組んで夕日に祈りを捧げる。今まで祈りを捧げたことなんて1度も無かったが、こういうのも悪くない。もちろん直接的な効果なんて期待してはいない。ただの自分を勇気づける為の行いだ。
俺は契約者だ。「契約者」なんて聞こえの良い言葉を使っているが、実際のところ、神に祈って力をもらっただけの人間にすぎない。だけど、
――神に縋ってでも前に進む。それが「人」であると俺は思うのだ。
ユナンの「願い」の物語はまだまだ始まったばかりである。その結末は「神」さえも知らないのだ。
「神に祈る者、プライヤー。君たちはボクに、どんな物語を見せてくれるのかな?」
女神は夕日に向かって祈るユナンを見ながら、ぽつりとそう呟いた。
――その言葉は誰の耳にも届かない。
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