漆黒の契約者 〜魔法が使えない少年は『死』の運命に立ち向かう〜 作:早見 綿飴
第二章1 『鍛冶屋の爺さん』
王都を目指すユナン達の旅は順調に進んでいた。大罪の十二宮ニュートンとの戦闘後、命の危険に晒されるような出来事は起こっていない。唯一問題があったとすれば、ユナンとキリマルが船酔いしたぐらいであろうか。
そしてユナン達の王都を目指す旅も、そろそろ終わりを告げようとしていた。王都近郊にある大きな街、ルーラット。ユナン達はこの街で、最後の休息をとることになった。
「新しい街、キター!!新たな女の子がオレを待っている!今行く…ぐぇっ。」
キリマルは新たな街への到着に喜んだ。そしてその興奮のまま、どこかへ走り去ろうとする。しかし、それを強制的にアンナに止められてしまった。キリマルには首輪がつけられていたからだ。
――まさか本当につけることになるなんてな。
そんなキリマルにユナンは憐れみの視線を送る。食糧の確保や魔獣討伐依頼の受注など、ユナン達が旅の途中で町や村に寄ることは多かった。その行く先々でキリマルは必ず問題を起こす。何度衛兵や王国騎士にお世話になったか分からない。
そしてキリマルはとうとう本当に首輪をつけられてしまったのだ。しかし一向に反省する気配はない。…何が彼をあそこまで駆り立てるのであろうか。
「普通、人に首輪とかつける!?人権侵害だよ、人権侵害!」
「アンタは人じゃなくて、もはや野獣じゃないの。心配しなくても、しっかり反省したらちゃんと取ってあげるわよ。」
「キリマル、頑張ってね。わたし、ほんの少しだけ応援してるから。」
「ほんの少しだけなんだ!?セーナちゃんまで…オレに仲間はいないのか。」
そう呟いて、キリマルはユナンの方をうるうるとした目で見つめてきた。そんなキリマルに、ユナンはキメ顔でグーサインを送る。
つまり、とにかく頑張れということだ。
完全に自分に味方がいないことを悟り、キリマルはしょんぼりと項垂れた。少し可哀想だが、これも彼のためである。
「さーて、ルーラットに到着したことだし、買い物にでも行きましょうか。ここが最後に寄る町になるから、みんなも欲しいものとかは各々自分で買うようにね。」
アンナが明るい声でみんなにそう伝えた。みんなも頷いて、それに了解の意を示す。そんな中、ユナンだけが手を挙げた。
「俺は一旦別れてもいいか?鍛冶屋に寄りたいんだ。」
そう話して、ユナンは自分の腰にさしているカタナを見つめる。
これまでの道中、結構魔獣との戦闘もあったからな。こいつを手入れしてもらわないといけない。
「じゃあユナンとは後で合流ね。アタシ達は食料品店にいると思うから、そこでまた会いましょう。」
ユナンの発言に、アンナは軽くそう返した。
ユナンがそのままみんなと別れ、鍛冶屋に行こうとした時、セーナが突然、小さな可愛らしい悲鳴をあげた。セーナの胸の部分が何やらもぞもぞと動いている。
「きゃっ。くすぐったいわ!もう。」
そうしてセーナの白いローブの中から飛び出てきたのは、黒い子猫。くろすけだ。
結局、くろすけはユナン達にずっとついてきたのだ。そして道中歩き疲れたくろすけが休む、お気に入りの場所がここ。セーナの白いローブの中だ。
セーナは自分の小さな青い翼を隠すため、彼女の身体よりもかなり大きめのローブを羽織っている。くろすけの体が小さいのもあって、この子猫にとってはちょうど良い空間になるのであろう。
…羨ましい。俺もくろすけになりたかった。
そんなくろすけが、珍しくユナンの方に近づいてきた。ユナンも動物は好きな方だ。自分から寄ってきてくれるのは大歓迎である。
「おっ、とうとう俺に懐いてくれたか?どれどれ…」
ユナンは近づいてきたくろすけの頭を撫でようとする。
くろすけは小さいくせに無駄に毛があって、もふもふなのだ。可愛いヤツめ。
「ガブッ!」
「うぎゃぁぁぁ!また噛みやがった、こいつ!!」
しかしくろすけは、そんなユナンがさし伸ばしてきた手を思いっきり噛んだ。絶対に甘噛みではない。普通に血が出るほど痛かった。
くろすけは何故かユナンだけには厳しいのだ。
「みんなには懐くのになんで俺はダメなんだよ!ちょっとぐらいモフらせてくれてもいいだろ!?」
「わたしには可愛くお腹まで見せてくれるのに、変なの。……ユナンの目付きがちょっと悪いから?」
「結構考えてそれ?セーナまで俺の心を噛むのか…」
「しっかりと心から向き合えば、動物は必ず心を開いてくれる。いつだって悪いのは人間の方だ。」
へこんでいるユナンに、ジークがさらに追い討ちの説教をしてきた。ジークはそのクールな顔に似合わず、動物が大好きらしい。
ユナンだって、くろすけには心から向き合っているつもりなんだが。言葉が通じない相手というのはやはり難しいものである。
「はいはい、分かりましたよ。悪いのは俺です。んじゃあ鍛冶屋に行ってくるとしますか。」
ユナンは不貞腐れながらみんなと別れた。鍛冶屋を目指すユナンの後を、くろすけがとことこついて行く。
「懐かないのに、こういう時はユナンについて行っちゃうのよね。ユナンもくろすけも、ほんとに変な子。」
そんな1人と1匹の後ろ姿を、セーナは首を傾げて不思議そうに眺めていた。
変な子同士、案外仲が良かったりして。
そして鍛冶屋の前にユナンは辿り着く。ルーラットの明るい街並みには似合わない、古びた石造りの建物だ。煙突からは煙が上がっており、鋭く鉄を打つ音が、外にいるユナンの耳にまで入ってきた。
この街の鍛冶屋は凄腕であると、旅の途中に聞いたのだ。ユナンは寝る前や戦闘の後に、カタナの手入れをしているが、それは素人の手入れである。やはりその道のプロに頼んだ方が良いであろう。王都も目前に迫り、丁度良いタイミングでもあるのだ。
作業中であるからか、入口は空きっぱなしだった。中からは熱気がぼわっと伝わってきた。
「すみませーん!」
そう言いながらユナンは中へと入る。中にいたのは60代くらいの男性だった。頭には白いバンダナ、茶色の袖がないシャツに、下は灰色の短パンと質素な格好をしている。腕や足には長年の重労働によって鍛え上げられた筋肉がついており、真剣な顔にはたくさんのシワが入っている。作業着やバンダナは煤で真っ黒に汚れており、男からは作業にのみ集中する職人の貫禄が感じられた。
男はユナンの声を聞いても全く反応せず、作業にのみ没頭していた。ユナンも結構大きな声で呼びかけたのが、この人には本当に聞こえていないのかもしれない。それくらい、男は集中していた。
彼の周りには、己と鉄のみ。それだけで十分なのだ。
ようやく作業を一通り終えた男がユナンの存在に気づく。彼は目をまん丸にして驚いた。
「びっくりしたわ!!声ぐらい掛けんかい!」
「いや掛けたよ!爺さんが反応しなかっただけ!」
男の馬鹿でかい声に、ユナンもつられて大声をあげる。さっきの、貫禄がある職人の姿はどこへ行ったのやら。作業を終えた男の姿は、ただのビビりな爺さんだった。
「えーと、俺はユナン。このカタナを研いでもらいにきたんだ。もちろん、お金は払う。」
落ち着きを取り戻したユナンは、腰にあるカタナを指さしてそう言った。男も仕事の依頼だと分かり、落ち着きを取り戻したようであった。
「なんじゃ、そんなことかい。てっきり儂を殺しに来た暗殺者なのかと思ったわい。ほらよこしな、研いでやっから。」
「爺さん、なんかヤバい借金でもしてんの?」
不審そうな目をしながら、ユナンはカタナを男へと預ける。それを受け取った男は、やっと自己紹介をしてくれた。
「そんなわけあるかい。儂の名はガンテツ。善良な、どこにでもいる鍛冶屋じゃ。」
ガンテツはウィンクしながらそう言った。ユナンの彼に対する初対面の印象は、「お茶目な爺さん」であった。
ガンテツは慣れた手つきでユナンのカタナを手入れしていく。まずカタナの柄をはずし、布で軽く汚れを取る。それすらもユナンより遥かに速く、そして丁寧であった。それから、先にもふもふがついた道具で謎の粉を刀身にムラなくかけていく。そしてまた刀身を布で丁寧に拭いて、その後に油をムラなく塗った。
その手入れの間だけ、ガンテツはまた無口な職人の姿へと戻っていた。そしてガンテツの手によって、ユナンのカタナは見違えるほど美しくなった。刀身が鏡のように光輝いている。
「すっげー!」
まるで新品のようになったカタナを見て、ユナンは思わず感嘆の声をあげる。やはり、自分の手入れとは格が違う。
「爺さん、すげぇな!カタナがこんなに光輝くなんて。さすがプロだぜ。」
「儂はちょっと手を加えただけにしか過ぎぬ。…良いカタナじゃ。『魂』が宿っておるわい。」
「魂?武器なのにか?」
ガンテツの呟きにユナンが反応する。武器に魂が宿るなんて、おかしな話だ。するとガンテツはまた真剣な表情になり、貫禄ある職人の雰囲気へと戻った。
「そうじゃ。武器には持ち主の生き様、言わば『魂』が宿る。『思い』と言う時もあるな。つまり人生の結晶じゃ。それが放つ輝きは美しいにきまっておろう。」
そんな壮大な話を聞いて、ユナンは息を飲む。なるほど、道理でこいつは光輝いているわけだ。
ユナンの脳裏に、いつも明るい笑顔を周囲にふりまいていた女性の姿が思い浮かぶ。元気すぎて、一緒に暮らしているとうんざりするほどだ。
「母さんの人生ってんなら、光輝いていて当然だわな。」
ユナンはカタナを見つめながら、しみじみとそう呟いた。
母さん、元気だろうか。黒い怪物の出現は、俺が来てからだった。母さんは村の人達とみんなで避難したに違いない。今頃、父さんと幸せな暮らしを送っているだろう。...そう信じたい。
――俺がいなくなったの、母さんは怒ってるだろうな。
おそらく俺は行方不明扱いだろう。早く戻って、元気な顔を母さんに見せてやりたい。そのためにもまずは王都に行って、ムルク村へ帰る道を聞かなければ。
しばらく会っていない母親のことを思って、ユナンはしんみりとしていた。それを見たガンテツが口を開く。
「やはり譲り受けたものか。…なら代金は今回はいらん。大事なカタナなんじゃろ?また研いでやる。」
「えっ…ああ、また来る。ありがとな爺さん。」
そんなガンテツの発言に、ユナンは戸惑いながらもお礼を言う。ガンテツは何故か悲しそうな表情をしていた。…なんか勘違いしていないか?
「爺さん、これ形見とかじゃないぞ?借りてるんだ、母さんとまた来るよ。」
そんなユナンの発言に、ガンテツは驚いた表情を見せたが、彼はそれに対して何も言わなかった。ユナンに背中を見せ、
「…また来るんじゃぞ。仕事の邪魔じゃ。もう行ってくれ。」
ただそう言って、ユナンを追い払った。なんかぱっとしない別れ方になってしまったが、また来るしいいか。
ユナンはあまり気にせずに鍛冶屋を出て、食料品店へと向かう。予定よりも早くに終わった。みんなと合流して買い物でもするか。
ユナンは、食料品店から出てくるセーナ達を見つけた。
食糧はもう買い終えたのか。意外にも早かったな。
「おーい!みんなー!」
ユナンはそう叫んで、みんなに呼びかける。みんなもユナンに気づき、笑顔をこちらに向けた。
「速く来てー!もう次の店行くわよ!」
ユナンは、手を振ってこちらを呼んでいる5人に向かって、走って近づいていく。
――ん?5人!?なんか1人多くね?
「遅いですよ、待ってたんですからね!」
アンナ達の隣に、明らかに知らない男の子が1人立っている。そんな黒髪の少年に、ユナンは出会ってそうそうツッコミを入れた。
「いや、お前誰だよ!!」
ユナンの渾身のツッコミが街中に響き渡った。
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