漆黒の契約者 〜魔法が使えない少年は『死』の運命に立ち向かう〜 作:早見 綿飴
「いや、お前誰だよ!」
いつの間にかセーナ達の輪の中に溶け込んでいた見知らぬ少年に向かって、ユナンはツッコミを入れる。そんなユナンの様子に、黒髪の少年は驚いたようであった。…いや、驚いているのはこっちの方なんだが。
少年の年齢はユナン達と同じくらいであろうか。癖のない真っ直ぐな黒髪と純粋な黒い瞳が、好青年の印象をユナンに与える。顔は普通。可もなく不可もなくといったところだろうか。
ただファッションセンスは少し奇抜であった。全身真っ赤で、袖に三本の白い縦線が入った服装。通気性が良さそうな素材でできている。ユナンはこんな生地を今までに見たことが無かった。そして左胸の辺りには奇妙なマークのようなものと、聞いたことの無い名称が白色で書かれている。
真ん中の留め具のようなものも、ユナンは見たことがなかった。どうやらボタンでは無いようだ。上着の中心を割くようにそれはついていた。簡単に開け閉めができそうであるが、彼はそれを全開にしている。中からは白いシャツが見えていた。そのシャツの素材は普通の布であるようだ。
全身がほぼ黒いユナンも人の事は言えないが、この少年の真っ赤な服装はどう見ても異質である。セーナ達もその服装のせいで彼を警戒しそうに思えるが、もうすっかり仲良くなっているようであった。
それにユナンは少し違和感を感じるのだが…
「やだなぁ。僕のこと忘れてしまったんですか?酷いじゃないですか。」
ユナンの全力のツッコミを、少年は軽く流そうとする。しかし流すには少々無理がある。
セーナとは違う意味で俺がこんなやつ、忘れるわけないだろ!全身真っ赤な服装してるんだぞ!?
出会っていきなり大声を上げたユナンに向かって、セーナがその可愛い瞳で睨みつけてくる。彼女の声には、たしかな怒りが宿っていた。
「ユナン!そんな事言ったら失礼じゃないの。ちゃんと謝って。」
何故かおかんみたいな説教だが、たしかにセーナの言うことは正しい。いくら服装がヤバいとはいっても、それだけなのだ。初対面でいきなり大声を上げるユナンの方が、ヤバいやつなのかもしれない。
「えーと、いきなり大声出して悪かった。…そんで自己紹介とかしてもらえたら助かる。」
ユナンはぎこちない笑顔を浮かべながら、穏便に少年と話を済ませようとする。ニュートンに殺された時の教訓である。ヤバいやつほど、丁寧に付き合わなければならない。
まあこの少年からは、そんな『狂人』のオーラを微塵も感じられないが。
少年は何かを確信したような顔をした後に、ドヤ顔を決めて、自分の名前を明かす。
「僕の名前は前田優太です。趣味はゲームとアニメ鑑賞。どうぞよろしくお願いします!」
「マエダユウタ?なんか長い名前だな。それに、げぇむ、あにめ?…」
ユナンは少年の長い名前と、聞いたことの無い趣味に困惑した。ユナンは田舎の村出身である。都会のことはよくわからないので、同世代ぐらいの人とも話が通じないのが恥ずかしい。
「ユナンも流行の波に乗っていかないと、すぐお爺さんになっちゃうわよ?」とか母さんに言われてたっけ。…たしかにそうなのかもしれない。王都に行ったら色々と学ぼう。
そんなユナンの困惑する様子にマエダユウタは気にしていないようだった。寧ろ、ユナンの反応で何かを確信したように思える。
彼は苦笑しながら申し訳なさそうに、ユナンに語りかけた。
「すみません。ユウタって呼んでくれていいですよ。…やっぱりアニメやゲームとかは無いのか。」
どうやらユウタと呼べば良いらしい。まあその方がユナンもしっくりときた。後半はぶつぶつ呟いていて、よく聞こえなかったが、まあいいだろう。
さて、こっちも自己紹介をしないといけないな。
ユナンもキメ顔をして、ユウタに語りかける。
「俺の名前はユナン。趣味は魔獣退治と武器の手入れ!どうぞよろしく!」
ユウタの自己紹介をユナンは真似てみた。こういうのは初対面の印象が肝心なのである。…まあユナンが叫んでしまったせいで、彼のユナンに対する印象は、だだ下がりであるとは思うが。
「ず、随分と物騒な趣味をお持ちですね…」
そんなユナンの自己紹介にユウタは少しドン引きしていた。彼は笑顔が上手いが、流石に今回のユナンの発言を聞いて、顔が少し引きつっているようであった。
母に鍛えられておよそ4年。ドータ達と遊ぶ以外の青春を全て、戦闘訓練に注いでしまった悲しい少年は、まともな趣味などほとんど持ち合わせてはいなかったのだ。
――それはユナン自身が1番自覚している。
…王都へ行ったら新しい趣味が見つかるかも。
彼はまだ見ぬ王都に、全てを託したのであった。
ユナンとユウタの2人のやり取りを、他の4人は不思議そうに眺めていた。そんなに酷い会話だったであろうか。周りの変な視線に、ユナンは思わず冷や汗をかく。
「2人とも茶番はそこまでにして、次の店に行くわよー。」
そんな沈黙をアンナが破ってくれた。ユナンはほっとして、アンナに心の中でお礼を言った。ユウタを含めたみんなは、何事も無かったかのように歩き出す。
――そんな様子に少し違和感を感じていたのはユナンだけであった。
ユナン達は雑貨屋に足を踏み入れた。少し狭い店の中には、日用品やら何やらがギュウギュウに押し込まれていた。
旅に必要なものについて、ジークとアンナが話し合っている。王都近郊と言っても、道があまり整備されていないせいか、ここから王都まで歩いて1週間ほどはかかってしまうそうだ。あと少しだけ、旅は続く。
そんな2人の様子を、セーナが唇を綻ばせて、柔らかな視線で見つめていた。ユナンもセーナが何を考えているのかが分かった。
「2人とも本当に仲が良いよな。まるで熟年夫婦みたいだぜ。」
「うん。…少し羨ましいなって。」
ユナンの意見にセーナも同意する。彼女の水色の瞳は、晴天の空の色に似ている。しかし、今回はその空に様々な感情が浮かんでいるのが分かった。その感情の中身までは、ユナンには読み取れなかった。
けれども、そんな互いに心から信頼し合える関係を、ユナンはセーナとも築いていきたいと思っている。「種族」の壁を乗り越えるのは難しいが、セーナとなら何故か出来る気がする。
そんな温かな2人の視線に気づいたアンナ達が訝しそうに、こちらを見つめる。アンナは赤い眉を顰め、口を尖らせて文句を言ってきた。
「何よそのニヤニヤした視線は。2人とも、何かあるならいいなさいよ。」
「いや、2人のあまりの熟年夫婦っぷりに笑ってたんだよ。」
「アンナとジークって本当に仲が良いのね。」
「なっ!?馬鹿言ってんじゃないわよ。腐れ縁ってやつよ。く・さ・れ・え・ん!」
「そ、そうだ。俺たちは同じ故郷で育ってな。」
ユナンとセーナの軽い茶化しに、2人は顔を赤らめ、揃って恥ずかしそうにしている。そういうところだ。
だけどやっぱり2人は幼なじみってやつか。どうりでたった2ヶ月の信頼関係には見えないと思った。幼なじみだと、やはりそういう関係を意識してしまうのであろうか。ユナンにも女の子の幼なじみが1人いるが、彼女は妹のような認識に近い。
――ユナンはまだ、まともに恋愛をした経験が無かったのだ。
そしてユナンは、恋愛『する』経験だけなら、星の数ほどありそうなキリマルを見た。何やらユウタと、こそこそ奥で何かをしているようであった。
「ほう、『これ』に目をつけるとは。ユウタ君もお目が高い。」
「『これ』はあるんですね。驚きというか呆れたというか。」
「呆れ?いやいやユウタ君。オレ、『これ』には男の『夢』が沢山詰まっていると思うね!」
「うわ!本物のケモ耳娘とか初めて見ましたよ!」
「ふっ、まだまだだな。ユウタ君は。」
2人が隠れながら見ていたのは「オトナ」の本であった。男2人、目を輝かせながらそれを眺めていた。
どうやって、この商品の山の中から見つけ出したのであろうか。ここまで来ると、一種の才能である。そう言った意味ではこのキリマルという男、大罪の十二宮レベルの『狂人』なのかもしれない。
「どうしたの?みんなで楽しそうにして。」
「うわぁ!!」
セーナが3人に期待の視線を向けてくる。だがこれはセーナには見られたくない。というか見せたくない。ユナンは慌てて、誤魔化そうとする。
「なんでもないよ、男の『夢』を探してたんだよ。なっ!?キリマル。」
「お、おう。セーナちゃんにはちょっと早いかも…」
「――?わたし、これでもキリマルより少しだけ歳上なのよ?」
「あー!分かったから。ちょっと面白いものがあっちにあるから、一緒に見に行こうぜ。」
ユナンは本から彼女を遠ざけようと必死だった。そういえばさっき、猫用のグッズを見つけたのだ。セーナと一緒にそれを見に行こう。…多分ユナンには使えないが。
「ユナン、今日は一段と変ね。大丈夫なの?」
そんなユナンの様子に、セーナは綺麗な眉を少し下げて心配していた。だが今回の行動は、ユナンの方が正しいのである。彼女に何と言われようが、ユナンは構わない。
――これも、彼女を守るためだ。
そしてテキトーな商品をセーナと一緒に見て、はしゃぎながら、ユナンは時間を潰す。その途中、2人は奇妙な物を見つけた。
「なんだこれ?木で出来た人形?」
「ふふっ、変な顔ね。ユナンみたい。」
「流石にここまで酷くはねぇよ!?」
それは木で出来た、人形であった。手や足は無いが、顔が描かれているため、人を模しているのであろう。胴体にも何やら花のような模様が描かれていた。そんなおかしな人形でわいわいしていると、珍しくユウタから声を掛けられた。
彼は驚いた表情でこちらに語りかけてきた。
「それは、こけしじゃないですか。僕の国の伝統工芸品ですよ。目が黒丸なので、少し可愛くなっていますが。」
「へぇ、ユウタの故郷なのか。それはちょっと気になるな。」
「まあ、もう行けないと思いますけど。…でもこれがあるって事は僕以外にも『いる』ということか。いや、それともパラレルワールドか?」
また後半は、独り言のようなものをぶつぶつと言っていてよく聞こえなかった。彼の癖なのであろうか。
どうやら、彼は故郷に問題があって帰れないらしい。…俺と似たようなものか。
ユナンはそんな彼に親近感を覚える。王国騎士総出なら、あの黒い怪物も倒せそうではあるが。結局どうなったのかをユナンは知らない。
「わたし、これ可愛くて気に入ったわ!おじさん、これください。」
そんな2人の会話を他所に、セーナがこけしの購入を決意していた。彼女はウキウキとしながら、こけしを店の店主にまで持っていった。
…また、セーナは変なものを買う。彼女の趣味は未だによく分からない。
ユナン達は買い物を終え、雑貨屋を出た。そしてそのまま食堂へ行き、みんなで昼食をとった。時刻は昼過ぎ。必要な買い物を終え、後は自由時間である。
「ご飯は普通に変わらなくて安心しました!もっと、魔物の肉とかを使ったゲテモノが出てくるのかと思いましたよ。」
「ユウタはこの国をなんだと思ってるんだ…」
ユウタがお腹を満足そうにして、ふとこぼした発言を、ユナンは聞き逃さない。
しっかり者に見えるが、ユウタは考えが俺以上にぶっ飛んでいる。ユウタの故郷は相当な辺境の地なんだろうか。
「じゃあ後は自由行動ってことで。夕方、またここに集合ね。それじゃあ解散!」
「やった!これでオレは自由の身だぁ!!」
「アンタはアタシ達と一緒に行動よ。」
どこかへ走りさろうとするキリマルの肩を、アンナがキリキリと掴む。その笑顔は何故か怖い。もう首輪は外されているが、キリマルの自由行動を許したわけではないらしい。
…ドンマイ、キリマル。
鍛冶屋の件も終えたし、これから何をしようかユナンが迷っていると、何やらこちらをじっと見つめてくる視線に気がついた。その可愛い視線には何か言いたいことがあるのだろう。それくらいはユナンも、セーナの事を理解してきたつもりである。その言葉を促すように、ユナンはセーナに優しく語りかけた。
「どうした、セーナ?何か俺に用事があるならなんでも言ってくれ。できる限りは手伝うよ。」
そんなユナンの発言に、セーナは一気に顔をぱっと明るくした。
そんなセーナの天使のような笑顔を見ることが出来たことに対して、ユナンは心の中で神に感謝を告げた。
「今なんでもするって言った?」
「いや、正しくは言ってないけど…」
セーナが純粋な笑顔で無邪気に、ユナンの言葉を確認した。
まあ、セーナの頼みならなんだって聞いてやりたい。彼女の笑顔には、それくらいの価値が十分にある。
あんまり、苦しくないお願いがいいな…
そんなユナンの心配は杞憂に終わる。彼女はとても純粋無垢な少女なのだ。
「わたし、ユナンの服を一緒に買いに行きたいな!…実はその真っ黒い服、あんまり好きじゃないの。」
買い物にわざわざ誘ってくれた嬉しさと、ユナンの服のセンスを否定された悲しさとで、おしくらまんじゅうされ、ユナンはよく分からない気持ちになった。もちろん、その頼みは受けるに決まっている。寧ろ、こちらから頼みたいくらいだ。
「お、おっけー。今すぐ行こうぜ!…俺の服装、ずっと気にしてたんだな。」
「うん!すっごく気になってたの!」
セーナの悪気ない素敵な笑顔によって、ユナンは心にダメージを負う。彼女の笑顔でユナンが傷ついたのは、もちろんこれが初めてである。フィーナといい、セーナといい、一切悪気なく人を傷つけてしまう性格というのは本当に恐ろしい。
「じゃあ、僕はアンナさんのグループについて行きますね。」
「分かったわ。じゃあみんな、どこか行きたいところはある?」
ユウタは『数』が多い方のグループについて行くつもりのようだ。そしてアンナ達は相談しながらどこかへと歩いていった。
ナイス!ユウタ!愛してる!
ユナンは心の中でユウタを褒めたたえた。これでセーナと2人きりで行動ができる。この旅で2人きりになるのは、結構珍しい。セーナとグッと距離を縮められるチャンスであるのだ。
「それじゃあ、どこの店に行く?」
セーナがユナンの方を見つめて、笑顔でそう聞いてきた。
このセリフ、そしてこの状況…
――これって「デート」みたいじゃね!?
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