漆黒の契約者 〜魔法が使えない少年は『死』の運命に立ち向かう〜 作:早見 綿飴
「というわけで、第1回ユナンの服装変えちゃおう大作戦開始!頑張るぞー、えいえいおー!」
「なんだそのテキトーなネーミングセンス…」
「返事は?」
「え、えいえいおー。」
「そうそう。えいえいおー!!」
セーナがドヤ顔で、その可愛いこぶしをぎゅっと握りしめながら、気合いの入った声を出した。その様子はとても微笑ましいものだが、内容が内容なだけに、素直には喜べない。ユナンは複雑な気持ちのまま、何故か異様に元気な少女を眺めていた。
…というか第1回ってことは2回目もあるのか!?
もちろんユナンは大歓迎である。もっとも、本人はそんなことを全く意図せずに、言葉の響きだけでつけた可能性が高いが。まあ、セーナのネーミングセンスの無さについては放っておこう。
ちなみにユナンの服装は、黒いシャツの上に黒いジャケットを羽織り、下には黒いズボンという全身黒ずくめの格好だ。もし殺人現場に居合わせたら、真っ先に犯人だと疑われそうな程、怪しい格好なのだが、本人はそれをさほど気にしてはいない。
一応、寝巻きや下着は旅先で買ったのだが、普通の服は1着も買っていないのだ。洗って、寝て起きたら乾いているので、換えの心配が必要ないからである。
それに何よりも、ユナンは服にそこまでこだわりがない。着れればなんでもいいのだ。
だがこの先、王都に到着すると、人に見られる機会も多くなる。ちゃんとした服を着てみるのもいいだろう。
――ちゃんとした服ってなんだろうな…
「ここ、男性用の服屋さんみたいね。」
セーナが、とある店の前で足を止める。それは民家3軒ぐらいの大きさの木造建築の建物であった。結構大きな方だと思う。正面のガラスの中には、三体の木のマネキンがあり、男性用の服が着させられていた。年齢層は特に絞っていないように見える。
「すみませーん。」
セーナが木製のドアを開けた。細長いガラスが埋め込まれていて、ドア越しに中が見えるようになっているのだ。そして、ドアが開いた瞬間、カランカランという鈴の音が鳴り響き、ユナン達の入店を知らせた。
「いらっしゃいませ。おや可愛い嬢ちゃんと兄ちゃんかい。まあゆっくり見ていってくれ。」
接客に応じたのは、中年の男性。頭の正面が全部禿げていて、周りにしか黒い髪が残っていない。まあどこにでもいる、普通のおっちゃんだ。赤朽葉色の大きなエプロンを来ており、ところどころには白い糸が引っ付いていた。
「じゃあ色々と店内を見て回りましょう。わたし、ユナンにぴったりな服を選んでくるわ!」
張り切って、セーナが店の中を意気揚々と駆けていく。
そういえば、セーナには、ファッションセンスというものがあるのだろうか。
ユナンは、何度か大きめの白いローブを脱いだセーナの姿を見たことがある。白と青を基調としたその服装は、セーナの白い肌と銀色の艶やかな美しい髪を存分に引き立たせていた。彼女の美しさが、よりいっそう輝くその服装は、まさに「ピッタリ」であった。それを自分で選んでいたのだとすれば、セーナのファッションセンスは相当に高いものだろう。
――だが何故か、ユナンにはそんな風な印象を彼女には持てないのだ。
彼女はその美しい女性の見た目の割には、中身がまだ幼い気がする。変な所だけ大人びているため、一概にもそうは言えないのだが、オシャレをする乙女という感じには全く見えない。
だからこそ、ユナンは少し不安にも感じる。
彼女に任せっきりでいいものか。自分の服なんだから、少しは自力で選んでみるか…
そう思い、店内を見て回ろうとした時だった。
「ユナン、来て来て。これはどう?可愛いわよ!?」
店の奥からセーナの楽しそうな声が聞こえてきた。
…ちょっと選ぶの早くね?
ユナンはさらに不安を募らせながら、店の奥へと進む。そしてその奥で彼は信じられない光景を見た。
セーナは笑顔でクマの着ぐるみを持っていたのだ。それをユナンへと差し出す。彼女の瞳には自信が満ち溢れていた。ユナンは乾いた笑いをしながら、セーナのボケにツッコミを入れる。
「あはは。セーナ、今は仮装パーティーの衣装を選びに来たんじゃないぞ。」
「――?何言ってるの?普段着よ普段着。ユナンも可愛くなって、良いことづくめじゃない。」
「…まさか本気でいってんの!?思わず自分の目を疑ったわ!」
セーナの本気のチョイスに、ユナンは驚きを通り越して、悲鳴を上げた。そんなユナンをセーナはきょとんとした目で見つめている。セーナの様子は可愛いが、今はそれどころでは無い。
ユナンの悪い予感が当たることはよくある。だがその遥か先を行ったのは、これが初めてである。
というかこれ、顔も全て見えないよな!?俺の存在全否定じゃね?…セーナは俺のことが嫌いなのかもしれない。
ユナンがそう思わずにはいられないほどの、酷いチョイスであった。そんなユナンの不服そうな様子を見て、セーナは気を取り直して新しい服を持ってきた。
…正直、あまり期待はしていない。
「なら、これはどう!?結構自信があるの。」
そう言ってセーナが持った来たのは、これまた仮装パーティー用。道化師のピエロの服装であった。
というか、仮装パーティー用コーナーと、上に看板がぶら下がっている。ここで選ぶこと自体が間違っているのだ。
「…セーナ。」
ユナンは重い口を開いた。そんなユナンの次の言葉を、セーナが息を飲んで待っている。
ユナンは必死に頭を高速回転させ、何とか彼女を傷つけまいと言葉を選ぶ。その速度は、ニュートンに「答え」を聞かれた時と同じほどであった。
そうして彼の口から出てきたのは、結局ありきたりな言葉であった。
「一緒に服、選ぼうか。」
お互いに服のセンスが壊滅的な2人は、何度も服選びに挑戦し続けた。
――見られても恥ずかしくない服を選ぶためだけに。
セーナは、その度重なる失敗により、自分には服を選ぶセンスが無いことに、とうとう気がついてしまった。
それからの彼女は、酷く健気で、恥ずかしそうにユナンに服を提案してきた。さっきまで、クマの着ぐるみを持って、自信満々にユナンに提案してきた彼女とは、まるで別人のようである。
店主のおっちゃんからちょくちょく助言を貰ったおかげで、ユナン達は何とか服を選ぶことが出来た。
そのお披露目会が、今まさに始まろうとしていた。
そしてユナンは新品の服を着て、2人の前に出てきた。
「わぁ。結構似合ってるわ、ユナン!」
「意外と似合うじゃねぇか、兄ちゃん。」
長袖の白いTシャツの上に、襟付きの黒いタンクトップを羽織っている。下は紺と黒の間の色の、カジュアルなズボンだ。そしてアクセントに、紫色に光るネックレスを首から下げている。
まあぶっちゃけ普通の服装なのだが、元の黒ずくめの服装からしてみれば、凄い変化である。
そこら辺を普通に歩いていても、別に目立たないのだ。それは彼にとっては、とても大きな1歩である。
「おっちゃん、色々とありがとうな!」
ユナンは今回の1番の功績者に改めてお礼を言った。彼がいなければ、今回の服選びは失敗に終わっていたであろう。店主は綺麗に並んだ白い歯を見せながら、爽快な顔でユナンに返事をした。
「良いってもんよ!兄ちゃんもそろそろ年頃なんだから、オシャレには気を使ってな!」
元気よくそう言って、店主はセーナとユナンの様子を眺めていた。なんか意味深な表情をしているが、残念ながら、ユナンとセーナとの間には何も無い。もちろんユナンは、これからそれくらい、セーナと仲良くなりたいとは思っているのだが。
まだ2人は出会って1ヶ月ほどしか経っていない。そういうのはずっと先の話である。
セーナはそんな店主のよく分からない様子を理解出来ずに、きょとんとしていた。
セーナの精神年齢は少し幼さ過ぎる。今はそれでいいのだ。成長を急かして良いことなんて、1つもない。
ユナン達は代金を払った後、店主に別れのあいさつをして、店を出た。ユナンは上機嫌だった。セーナのおかげでとても有意義な時間を過ごすことが出来たからである。
セーナの方はというと、自分の服選びのセンスが無いことに余程こたえたのか、まだ少ししょんぼりとしていた。白いローブで見えないが、彼女の青い翼も下に垂れ下がっているように感じる。
「ユナン、ごめんなさい。わたしがユナンの服のセンスの事、全然言える立場じゃなかったよね…」
「いや、いいんだよ。まずは己の力量を知ることからってね。…また一緒に服を見に行こうぜ。今度はセーナの服も選ぼう。」
ユナンはへこたれて、萎れているセーナに向かって前向きな言葉を投げかける。そんなユナンの発言に、セーナは目を大きく見開いたあと、素敵な笑顔を咲かせた。
「うん。約束よ、ユナン!」
そしてユナンとセーナは指切りをして、そう約束を交わした。
「竜人」にとっての指切りは、非常に大きな意味があるのだが、その事をユナンはまだ知らない。ユナンは、彼女について、知らないことが沢山あるのだ。だが、そんなに急がなくても、だんだんとお互いを知ることになるであろう。少年が彼女の隣にいる限り。
セーナは、どんどんこれからも成長をし続けていくだろう。つまりまだまだ、美しく、魅力的な女性になり得るということだ。それを俺は隣で少しずつ手助けしていきたい。
そう思いながら、ユナンはセーナと共に街を歩き出す。花が綺麗な街と、ルーラットは呼ばれているのだ。色とりどりの花々は、ユナン達に微笑んでいるようであった。彼らには、ユナン達が綺麗な花を咲かす前の蕾に見えているに違いない。
――途中で枯れてしまわずに、綺麗な花を咲かせることができるのか。それはユナン達の行動次第である。
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場面は変わり、キリマル達へ。ユナン達が服選びに葛藤していた頃、キリマルは平和な様子に飽き飽きとしていた。
オレ、そんなに悪いことしたかなぁ。一期一会の出会いは大切だって、婆ちゃんも言ってたし、オレ自身もそう思うんだけど…
ジークやアンナと行動を共にすることが出来たのも、そうした1つ1つの出会いを大切にした結果である。アンナをお茶会に誘って、色々あって一緒に旅をすることになったのだ。オレが1人だったら、王都にたどり着けていたかどうかさえ、分からない。
今はアンナ達と一緒に、ルーラットの有名なスポットに来ている。段々畑に果樹では無く、花を植えているのだ。辺り一面に咲く黄色い花々。確かに綺麗ではあるが、どうせなら女の子と2人っきりで来たい。花は素敵だが、女の子が隣にいて、初めて真価を発揮するものだと、キリマルは思うのだ。
「うわぁ!1度来てみたかったの!すっごく綺麗ね。」
「そうだな。他にもこんな所があれば行ってみたいもんだ。」
しかもジークとアンナが2人で勝手に盛り上がっていると来た。ユウタとオレは置いてけぼり。2人は完全に花畑に心を奪われていた。
――今なら抜け出せるのではないか?
「おい、ユウタ。行くぞ。」
「なんです?キリマル。」
「今ならこの場を抜け出せる。オレたちは『夢』を追いかけに行くぞ!」
キリマルとユウタがこそこそと、アンナ達の後ろで話し合っている。そして、ユウタがキリマルの『夢』という言葉を聞いた瞬間、脱出を決意した顔になった。
「リア充をずっと見てるのもイラつきますからね。行きましょう。『夢』が僕たちを待っています!」
「それでこそ、『友』だ。2人目の相棒、行くぞ!」
そうしてキリマルが先頭になって忍び足で歩き出す。キリマルの『友』という言葉を聞いて、表情を固くしていたユウタだが、すぐに正気を取り戻して、彼の後を追った。
「あら、あの2人いつの間に行ってしまったのかしら。」
「まあユウタもいるし、大丈夫だろう。」
「そうね。あいつらに時間を使うのも勿体ないし、次行きましょ?」
アンナ達は、遅れて2人の脱走に気がついたが、それをスルーした。今は、目の前の綺麗な花畑を眺めるのに、集中したかったからだ。
「ふふん。相棒、これを見たまえ。」
「こ、これは…」
キリマル達がやってきたのは、路地裏にある怪しいお店。店の看板には「マッサージ屋」と書かれていた。
ユウタ、17歳で初めて怪しいお店に入る。元の世界にもこういったのはあったが、周りの人の目や法律のせいで、行くに行けなかった場所である。
しかも今回は『異世界』の怪しいお店。ユウタの大好きなケモ耳娘に会える可能性もある。それは向こうの世界では絶対に会えない人々でもある。ユウタは『夢』のすぐ前にいたのだ。
キリマルと共に店の中へ入った。怪しげな鈴の音が鳴り響き、ユウタの緊張が高まる。
カウンターには豊満な胸をした、うさ耳をつけた女性がいた。残念ながら本当の獣人では無いが、それでもテンションは爆上がりである。
「あら、可愛い坊やたち。いらっしゃい。…マッサージが終わった『後』は、極上の快感よ。」
「うひょー!!」
キリマルが聞いた事のない嬉しそうな悲鳴を上げた。
…人間って本当にこんな声が出るんだな。
ユウタは、目をまん丸くしてその場に飛び上がるキリマルを眺めながら、そんな感想を抱いた。しかし、キリマルの気持ちも分からなくはない。ユウタ自身も興奮で心臓がバクバクと鳴っていた。
2人は代金を払って、別々の部屋へと進む。
「これが終わったら、2人とも『オトナ』の階段を登ったことになるな!」
ウィンクしながら、爽やかな声で、キリマルが別れ際にユウタにそう語りかけてきた。ユウタも、ドヤ顔でグーサインをキリマルに返す。
――『夢』を追う2人の姿は、ある意味、光り輝いていたのであった。
ユウタは普通のベッドに仰向けになって寝かされた。そして、女の人から黒いアイマスクを渡される。
「はい、これ。付けておいてね。」
ユウタは少し戸惑ったが、初めてのこういう経験だ。素直に従っておいた方がいいだろう。ユウタは頷いて、アイマスクをつけた。
こういう場面、RPGのゲームにもあったな。それが実際にこうして目の前で起こっていると思うと、すげぇな…
少し経ってから扉がガチャりと開いた音がした。
――キター!!
ユウタは心の中でそう叫ぶ。まさかの初めてが異世界でとは…。誰がそんなことを本気で思うだろうか。だが、ユウタは運命のいたずらで本当にそうなってしまったのだ。
――お父さん、お母さん。僕、大人になります。
そして少年は静かに目をつぶった。
だが次の瞬間、硬い感触とともに、今まで味わったことの無い激痛がユウタを襲う。
「あぁあぁあぁあぁああぁあぁああぁ!」
あまりの痛さに、今まで出したことない声が出た。
僕は何をされているんだ!?新手の敵に騙されたとか?いや、違う。これは…
――ガチのマッサージだ!
その腕はまさに『異世界』級。ユウタも家族旅行の時に、マッサージを受けたことはあったが、それとは比べ物にならない。
――その痛さも、効果も絶大であった。
おっさんに肩や足などを揉まれること1時間。ようやくユウタは地獄から開放された。
たしかに身体は、自分が飛べるのではないかと錯覚してしまうほどに軽くなった。そして同時に、ユウタは思い知らされる。
――異世界怖ぇ〜…
奇しくも、彼の異世界での初の「恐怖」は、この怪しい店で刻みつけられることになったのだ。もう今後、彼は決して怪しいお店に入ることは無いであろう。
やはり、体験が1番の教訓になるのである。
同じタイミングでキリマルも出てきた。キリマルの頬は痩せこけたように見え、あの地獄から何とか生き延びたことが窺える。だが、かける言葉も見つからず、ユウタは一応キリマルに聞いてみることにした。
「1歩、『オトナ』に近づくことができました?」
そんなユウタの質問に、キリマルは涙目になりながら、全身をプルプルと震わせてこう答えた。
「うん。オレ、1歩『大人』に近づいたよ。」
この衝撃的な体験は、彼らに決して忘れることの無い教訓を与えたであろう。
そして2人の少年はまた1歩、『大人』の階段を登ったのであった。
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