漆黒の契約者 〜魔法が使えない少年は『死』の運命に立ち向かう〜 作:早見 綿飴
時刻は夕方。ユナンとセーナは時間になったので、アンナ達と合流する為に食堂へと向かっていた。
その間、ユナンの顔はずっとニヤニヤとしていた。その理由は、別にセーナとずっと一緒に昼を過ごしたことだけでは無い。
ユナンは新しくなった服装に対するみんなの反応が、楽しみであったのだ。
服装にうるさいのは、案外キリマルである。キリマルは、黄色と緑色を基調としたあのハオリを、三領も持っている。しかも毎日しっかりと、それらを手入れをしているのだ。彼のハオリにシワが寄っている日を、ユナンは1日も見たことが無いほどである。説得力がある分には別にいいのだが…
「おいおい、ユナン。服装がだらしないと、紳士失格だぞ。モテないよ、そんなんじゃ!」
――キリマルの注意はとにかく「ウザイ」のだ。
ドータと同じレベルでうざい。しかも、「毎日」だ。こっちの気が狂いそうになる。
しかし今日でそんな日ともおさらばだ。ユナンはセーナとおっちゃんの協力のおかげで、「普通」の格好をした少年に生まれ変わったのだ!
ユナンの様子を見て、セーナがジト目でこちらを見つめてくる。セーナは「目」で訴える事が多い。だが、さすがのユナンもそれだけでは、彼女の考えを完璧に理解することは不可能だ。だからこそ、彼女にはそろそろ、言いたいことを口にする癖をつけて欲しい。
「どしたの?なんかやっぱり、俺の格好おかしいか?」
「いや格好はもう大丈夫。…おかしいのは顔?」
「それはもう直しようが無いじゃん!俺の目付きの悪さは生まれつきだよ!!」
とうとうセーナから、生まれ持った体質の事まで言われ始めた。ユナンは自分のことを結構図太い性格であると、自負しているつもりだが、これは流石に心が折れそうである。
そんなユナンの心からの叫びを、セーナは否定した。
「いやそうじゃないの。目付きとかの話じゃなくて。…ユナン、わたしに何か隠してるでしょ。」
セーナは少し怒ったような声で、ユナンを責める。その言葉を聞いて、ユナンの表情が一瞬固まった。
――セーナはさすがとしか言い様がない。
セーナにはユナンの事がなんでもお見通しのようだ。正直、怖いくらいである。隠さなければいけない時まで、彼女には勘づかれそうな気がするからだ。
もちろんユナンは、服装に対するみんなの反応を楽しみにしていた。だが、彼の頭を本当に支配していたのは、それでは無いのだ。
――それはユウタのことである。
ユナンからしてみれば、明らかに彼の存在は「異常」であるのだ。たった半日ほどで、アンナやキリマルはともかく、ジークまで心を許すはずがないからだ。
しかしユナンには、どうにも彼が悪い人には見えない。だからこそ、困っている。
敵か味方か曖昧な状態にいる彼を、どう扱うべきかを。
ただ残念ながら、今回の件もセーナには相談できない。彼女もまた、ユウタの存在を当然と思っている人の1人であるからだ。だから、嘘ではないギリギリの言葉で、ユナンは説明した。
「…セーナには隠せないな。実は、ユウタの事で悩んでるんだ。上手く付き合えなくてさ。」
「そうなの?ユウタとユナンは、結構仲が良いようにみえるけど…。そんなことで悩むなんて、やっぱりユナンは変な人ね。」
いつもと同じ言葉。だが、今回に限っては彼女達の方が「変」だ。本当に正常なのはユナンの方である。
彼のことについて考えていると、遠くから男の子の、必死に誰かを呼ぶ声が聞こえてきた。
「ユイちゃん!ユイちゃん!聞こえたら返事してくれよー!」
走りながら、男の子は喉が枯れるほど必死に呼びかけていた。10歳くらいの男の子であろうか。
真っ青な半袖のシャツにクリーム色の短パンを履いている少年だ。茶色の髪が、鳥のトサカのようにとんがっている。
迷子の子を探しているのであろうか。
――もちろん、助けないはずがない。
まあユナンが、平気で泣きそうな男の子を見捨てるような性格でも、セーナがそれを許すはずがない。仲間を守るため、どちらにせよ、ユナンはこの男の子を助けたであろう。
ユナン達は男の子の元へ駆け寄った。
「どうした?俺はユナン。そしてこの美人なお姉さんがセーナ。君の名前と、困っている内容を聞かせて欲しい。」
ユナンは落ち着いた声で男の子に話しかける。もう、こういうのにも慣れたもんだ。
外に出るまでは分からなかったが、世界には毎日、無数の問題が起きている。旅に出てみると、それがよく分かるのだ。
「あ、あの。ユイちゃんが…」
男の子はいきなり声をかけられて、慌てふためいているようであった。そんな彼を落ち着かせるように、セーナは地母神のような眼差しを男の子へと向ける。そして優しい声で彼に語りかけた。
「どうしたの?何があったか、順番に説明してみて。」
「…みんなで怪談話をしてたんだ。蜘蛛女がここら辺の森をうろついてるって。普通そんなの信じないじゃん。でも、ユイちゃんだけがその話を本当に信じて行っちゃって!おいらがそんな話しなければ…」
男の子の話を聞いて、ユナンとセーナがお互いに顔を見合わせる。2人とも、大体の状況は把握したようであった。
蜘蛛女の話が特に問題なのではない。今の「時間帯」と女の子の向かった「場所」が問題なのだ。夜に、華奢な女の子が1人で森を彷徨えば、どうなるか。
――答えはただ1つ。魔獣の餌だ。
ただ人を探すにしても、人数が多いに越したことはない。一旦はアンナ達と合流するのが先である。セーナがキリッとした顔で、頼もしそうにその胸を張った。
「大丈夫、お姉さんたちに任せて。君の名前はなんて言うの?」
「ダイって言うんだ。助けてくれるのはありがたいんだけどよ、今の時間の森は危なくて…」
心配そうな表情を浮かべるダイに向かって、セーナがウィンクをした。…少しぎこちない気がする。それを知ったら絶対にへこむので、本人には言わないでおこう。
「お姉さんたち、こう見えても結構強いのよ。蜘蛛女でもなんでもかかってきなさい!」
さすがのユナンでも、そんなバケモノの相手はしたく無いのだが。というかそれ、もはや魔獣じゃないだろ…
ユナンはそんなことを思いながら、ダイを連れて、急いでアンナ達の元へと向かう。
――もうユウタの事なんて、考えている暇は無かった。
ユナン達が集合場所へ戻ると、もう他のみんなは既に集まっていた。ユナンは息を荒くしながら、大声でみんなに向かって叫ぶ。
「おーい!みんな、ちょっと聞いてくれ!」
「あら、ユナン。――!服を買ったのね。似合ってるじゃない。」
「俺もユナンに負けてはいられないな。」
ユナンの服装が変わった様子を見て、アンナとジークがそれを褒めてくれた。本来なら、ユナンはその場に飛び上がって、喜びまくるぐらい嬉しい言葉なのだが、今はそれどころでは無い。時間が惜しいのだ。
「ありがとうな。それはまた後で聞かせて欲しい。今は緊急の用なんだ。」
そう前置きをして、ユナンが手短に状況を説明し始めた。女の子の命は、ユナン達の手にかかっていると言っても過言ではない。
「なるほどね。女の子が1人で森に…。それは大変ね。」
大体の話を聞いたアンナが、深刻そうに赤い眉を顰めて、現状をそう判断する。まだ日は沈みきってはいないが、夕方から活動する魔獣も中にはいるのだ。事態は一刻を争うであろう。
「女の子が1人で森に!?大変だ!」といつもの調子で、話を聞いたキリマルが、まさしく雷神の如きスピードで駆け出しそうなものなんだが、今日は何故だかあまり元気がない。
そんな何故かしょんぼりしているキリマルの様子を見て、ユナンが不思議そうに首を傾げて声をかけた。
「どうしたんだ、キリマル。どこか体調でも悪いのか?」
「あぁ。いや、身体の調子はむちゃくちゃ良いよ。…身体はね。」
「今はそっとしておいてください。僕たちは『夢』に敗れたんです…」
キリマルの言葉に付け足すように、横からユウタも、ユナンに声をかけてきた。ユウタも表には出ていないが、無理に笑顔を作っているのがバレバレなほど、疲れ切っていた。
…何やら気になる2人の様子だが、それも後回しである。最優先事項は一つだけ。
「それじゃあダイ。森へ俺たちを連れて行ってくれ。」
ユナンは力強く男の子に向けて、そう語りかける。その声からは、頼もしさが感じられた。ユナンも、旅によって少しは成長したということだ。…だが、相変わらず魔法が使えないのは同じである。
「森はこっちだよ!」
ダイに連れられて、ユナン達は街外れの森へと向かう。
空気が澱んでいるように感じる。そしてじめじめとした感覚のせいで、背筋に寒気が走った。もう日も当たらなくなった森は、ひんやりと冷たかった。
不気味にねじ曲がった木がたくさん生い茂っている。土が紫色なのも相まって、余計に怖さを掻き立てていた。
ユナンでも少し怖いくらいである。たしかに、怪談話を作る上での場所設定としては、最適である。
「よくこんな場所に1人で入ったな。」
「ほんと。わたしもさすがに夕方からは入れないかも。」
「昼なら1人でも入れるのかよ…」
走りながら、皮肉混じりの言葉を呟いたユナンに向かって、セーナが勇ましい感想を述べてきた。ユナンは、昼でもこんな森には入りたくない。
そんな森に、何故少女はわざわざ1人で入ったのだろう。ユナンは、ある質問をダイに投げかける。ユイという少女を探す、何かの手がかりになるかもしれないからだ。
「それでその怪談話って、具体的にはどんな話だったの?捜索の手がかりになるかもしれないから、教えて欲しいんだ。」
そして少しの沈黙の後、ダイが静かに語り始めた。
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ある村にリリィという女の子と、その母親が、一緒に仲良く暮らしていました。しかし母親は、村で伝染している謎の病にかかってしまったのです。母親はやせ衰え、日に日に弱っていきました。
そんなある日、リリィは村のお爺さんから、謎の病を治す方法がある事を聞きました。
その方法はたった一つだけ。ワミマーム森林の奥深くにだけ生えているという、光るすずらんの葉を煎じて飲ませるというものでした。
ただその森林には恐ろしい化け物「蜘蛛女」が住んでいて、そのすずらんを守っているという噂があったのです。けれどリリィは、森へ行く事を少しも迷いませんでした。なぜならリリィは、大好きなお母さんと一緒に、また綺麗な花畑の中を歩きたかったからです。1人で歩く花畑はとても切ないものなのです。
リリィは護身用の短剣を持っていき、その森林へと向かいました。
そしてなんと、リリィは森の奥深くで、光るすずらんを発見したのでした。しかしその前には、本当に噂通り、大きな蜘蛛女が立ちはだかっていました。
ここまで来たからには、リリィは怯みません。決死の覚悟で蜘蛛女の急所目掛けて、持ってきた短剣を突き出したのです。蜘蛛女はその時、何故か抵抗をしませんでした。そしてリリィは無事、光るすずらんを手に入れることができたのでした。
家の前でリリィは、元気な姿に戻る母の姿を思い浮かべていました。
――そして家の扉を軽快に開けた少女の前には、何故か蜘蛛女がいたのでした。
さらに蜘蛛女は醜い声で「おがえり」とリリィに声を掛けたのです。リリィは母親が蜘蛛女になってしまったことを悟り、持っていたすずらんを手から落としました。
蜘蛛女の様子がおかしくなり、リリィに突然襲いかかってきました。しかし、リリィは全く抵抗しません。なぜなら、抵抗すれば、自分の母親を殺すようなものだからです。
それに目の前の、既に母ではなくなった化け物を殺したとしても、リリィの夢はもう一生叶いません。そしてリリィは全てを諦めて、静かに目を閉じたのでした。
――少女の身体から真っ赤な花が咲きました。
――――――――――――――――――――――――――
その壮絶な話の内容に、ユナン達は絶句した。そんな重苦しい雰囲気に耐えきれなくなって、最初に声を上げたのはユナンだ。
「怪談話っていうか、普通にすっごく悲しい話じゃねぇか!つーかその話、本当にダイが考えたものなのか?」
「そんな訳ないじゃん。変な男の人が街の広場で弾き語りをしながら、その話をしてたんだよ!話のネタがちょうど切れてて、つい…」
そんなダイの説明にユナンは納得がいく。どうみても、子供が遊び半分で作った話ではない。吟遊詩人ならそれくらいの話、簡単に作れるであろう。
それにしても、実際に森の名前まで言って、やけに現実味のある話だったな…
「蜘蛛女なんているわけないのにな。全く酷い話だぜ。俺はハッピーエンドの方が、気分が良くなって好きなんだ。」
ユナンは強がりながら、鼻をならしてその悲しいお話を批評した。しかし後半、他のみんなはユナンの言葉を聞いてはいなかった。
セーナ達が、顔を真っ青にしながらこちらを見ている。全く、セーナもあれだけ強がっておきながら、本当は怖がりだなんて可愛いな。
しかし、みんなの視線がユナンの方を向いていないことに、遅れて気づく。あのアンナが顔を青白くして、指を差しているのだ。
――まるで、ユナンに後ろを向けと言わんばかりに。
「なんだなんだ?みんな怖気づいちゃって。後ろがどうし……」
ユナンは後ろを振り向いて絶句した。その時彼は、呼吸すら忘れていたのだ。
――ユナンの身長の3倍ほどある大きな蜘蛛女が、たしかに目の前に存在していた。
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