漆黒の契約者 〜魔法が使えない少年は『死』の運命に立ち向かう〜 作:早見 綿飴
家を出ると平和でのどかな風景が広がっていた。ここはムルクという村で、50人程度の人々が暮らしている小さな村だ。段々畑が広がっていて、この村名産の「ナナンの実」をつける木が綺麗に植えられている。
ユナンは村の人に挨拶をしながら、待ち合わせ場所である村の中心の井戸を目指す。
みんな俺の誕生日を心の底から祝ってくれて、少々照れくさかった。
目的地に辿り着くと、既に他の3人は集まっていた。
「ごめん!遅くなった。」
「あっユナンだぁー、遅かったね~」
ゆったりとした可愛らしい声が返ってきた。薄桃色のふわふわした髪を肩まで伸ばしている女の子がフィーナだ。
「つーかまたいつものヘンテコな格好かよ。おれさまより年上になったってのに、ファションセンスは雑魚のままだな。」
褐色肌に、焦げ茶色のくせっ毛。陽気な声で茶化しながら、そう言ってきた男の子がドータだ。
「もう、すぐそうやって人の悪口を言うんだから。ホントに服のセンスは無いけどそんなこと言ったらダメでしょ。それにドータはユナンよりちっちゃいんだから、しっかり年上扱いしなきゃダメじゃない。」
とフィーナが少し頬を膨らまして、ドータに注意する。
…フィーナが1番俺の心を傷つけた事については触れないでおく。
「なんで身長で偉さが決まるんだよ。というかおれさまよりチビなおまえに、身長のことなんて言われたくねーよ!」
すかさずドータが反論する。そんな2人をなだめるようにして、茶髪の男の子が間に割って入った。
「まあまあ。2人ともそこまでにして。今日はユナンを祝う日なんだから。」
落ち着いた声で2人に語りかけた男の子がアベルだ。この4人の中で1番身長が高い。明るい茶髪がすらっとしていて、綺麗に長さも整えられている。服装も襟のある白いシャツを、ピシッといつもしっかり着こなしている。
ドータとフィーナはまだ15歳だが、アベルはもう16歳になり、家のナナンの実販売の手伝いをしている。
「はーーい」
2人が同時に返事をして静かになる。喧嘩はよくするが、案外、仲の良いやつらだ。
この3人が、俺と同じ年にこの村で生まれた幼なじみ達だ。
「それじゃあ、いつもの場所に行こうか。」
そう言ってアベルが先頭を歩く。その後ろにフィーナが、そしてさらにその後ろにドータがいて、俺とフィーナにちょっかいをかける。いつもの光景だ。
村はずれの森の中に、大きな開けた場所がある。空気が澄んでいて涼しく、俺たち4人のお気に入りの場所だ。そこでいつもだべったり、遊んだりしている。
今日は4人の中で、もう2人も16歳になったということで、これからの俺たちの未来について話し合っていた。
16歳になると成人ということで、世間的には自分の職業を決める時期にあたる。フィーナは花が好きで、花屋を村で開きたいらしいし、ドータは王都の騎士団に入りたいらしい。
「おまえの父ちゃんと母ちゃんって、両方契約者なんだろ?おまえの母ちゃんの、魔獣から村を守る姿…いつもカッコいいよなぁ。美人で、そのうえカッコいい母ちゃんなんて…お前が羨ましいぜ」
ドータの言うとおり、母は契約者だ。父とは契約者の仕事の中で出逢って、結婚したらしい。
本来、契約者は王都の騎士団以外は、傭兵であったり、旅人であったりして、その行く先々で問題を解決してお金を稼ぐものらしい。
しかし母は、村の村長からお金を貰う代わりに、専属で村を守っている。
「でもお前の母ちゃん、見たことない魔法使うよな。
…どの色なんだろうな。騎士団マニアのおれさまでも、全くわかんなかったぜ。」
「俺も知らねーんだから…そんな目したって教えらんねーぞ。」
「ちぇっ。つまんねーの」
契約者は、「力」の出力が、大まかにそれぞれ5色の系統に分かれる事が一般人にも知られている。たまに、例外もいるらしいが…母はそれなのだろうか。
赤、青、緑、黄、白 そしてこのラムザ王国では各色の王国騎士団が存在する。
「でも~、ユナンも契約者になってみんなを守るんだよね?ちいさい魔獣なら追い払ってくれるもんね~」
「いや、それが…俺はまだ決めてないんだよ。」
確かに12歳の時からユナンは、母による戦闘の訓練を受けている。
突然、「というか父さんが帰ってきたら、また旅に出るわけなんだから。ユナンも強い男にならなきゃダメよね。」と母が言い出し…
ーーそこから地獄の様な特訓が始まった。
母から木刀で、手加減抜きにビシバシ叩かれる。それが終わったと思ったら、犬の魔獣の巣窟である山に放り出され、帰ってきてまた木刀で叩かれる。
…あれ?俺、もしかして母さんから虐待受けてない?
「えぇと…なんかごめんね。」
そんな泣きそうな俺の様子に気づいたフィーナが、謝ってくれた。…自分が情けない。
「というかいくら筋肉つけたからって、限界があるだろ。やっぱり契約して力を貰わねぇことには、デカい魔獣なんかに、かないっこねぇ。」
ドータの言うとおり、契約者には「力」が与えられる。大きな魔獣にはそれを使って戦うのが前提条件だ。でも肝心の契約の仕方がユナンには分からない。
「ドータも騎士団に入りたいのなら、契約者にならないといけないね。でも契約の仕方は知っているのかい?」
考えるような仕草をしながら、アベルが的を射た発言をした。それを聞いたドータが自信満々な目をして、ユナンの方を見てきた。
ドータはユナンに夢を見すぎである。ユナンは別に契約者博士でもなんでもない。
「ばーか。それを今、ユナンから聞くんだろーが。両親2人とも契約者なら知ってるだろ。なぁ?」
「…それが詳しい契約の仕方は、俺もよく知らねぇ。」
「はぁ?なんだそりゃあ」
俺だって、犬の魔獣だらけの場所なんかに放り出されたら1度は考える。契約者になる想像くらい。ただ…
「母さんは、俺に契約に関して具体的な事は何一つ教えてくれなかった。...ただ、強く願えば良いとしか。」
「それにね、私は、ユナンは契約者になんてならなくて良いって思っているの。」 とホントは最後にそう付け足していた。母は、そこまで俺が契約者になる事を望んでいる訳では無かったのだ。
「はっ。強く願うだけでなれりゃあ、おれさまなんて5歳…いや4歳で契約者になってるね。」
まあ確かになんらかの手順は必要なのであろう。それでなきゃ、全世界が契約者で溢れかえってしまう。
「…ったく知らないならしゃーねーか。王都へ行って騎士にでも直接聞くか。」
そんなところでこの話は落ち着いた。
するとユナン達の元に、1匹の黒い子犬がどこからかやってきた。
「くぅーん。」
「わぁ!こんな所に子犬なんて…可愛い~」
フィーナがパッと表情を明るくして、そう言った。昔から、フィーナは動物に良く好かれる。フィーナもまた動物が好きなのだ。彼女も少しづつ子犬へと近寄っていく。そんな彼女をユナンは横目で見つつ……!
「待て、フィーナ!そいつは魔獣だ!」
ユナンはとっさに、傍にあった木の太い棒を掴み取り、フィーナを庇う。
次の瞬間、子犬が牙を剥いて、ユナンに襲い掛かってきた。右手の木の棒でその攻撃を捌いて、残った左こぶしで腹パンを食らわした。ユナンの思いっきりの腹パンに、子犬は低い悲鳴をあげた。
「ギャフン。グルルルル。」
子犬は、さっきまでの可愛い鳴き声とは正反対の声を上げていた。
慌ててドータとアベルも木の棒を持って近寄ってきた。
「つーか、魔獣だって良く分かったな。流石は契約者の息子。」
「犬の魔獣は目が赤く光るんだよ。というかコイツがいるって事はあと何匹かはいるぞ。」
「それは、聞きたくなかったな。」
ユナンの予想通り、5匹の中型犬くらいの大きさの魔獣が俺らの周りに近寄ってきた。
小型犬を囮にしている間に、群れで獲物を囲う。魔獣らしい外道で合理的な戦い方だ。
フィーナを中心に囲って、魔獣と対峙する。
「狙いは――」
「頭か腹、だろ?王国騎士を目指してるおれさまを舐めてもらっちゃ困るぜ。」
「僕にはあまり期待しないでくれると助かるな。
…ただ男として、フィーナの盾ぐらいにはなろう。」
それぞれの決心が伝わったのか、魔獣が一斉に襲い掛かる。1頭目を頭から棒で叩き割り、2頭目の攻撃を躱して、左こぶしで全力腹パンの追い討ち。3頭目の牙が、左の腕に食い込む。ピリッとした痛みが脳へ伝わるが、こんな痛み、あの山では何度も経験した事がある。
逆に俺は左腕の筋肉に力を入れ、牙が腕から離れないようにした。そしてそのまま、
「おりゃあ!くたばりやがれ!!」
と叫びながら腕に噛み付いたままの魔獣を、腹から木の幹へ叩きつける。
「キャイーン」
情けない鳴き声をあげながら、魔獣達は去っていった。
振り返るとドータが自慢げに、そしてアベルが申し訳なさそうに立っている。どうやら、ドータが2体の魔獣追い返したようだ。
フィーナはというと、
「喧嘩はダメでしょー!魔獣も生き物よ!仲良くしなさい!」
ムッとした表情でカンカンに怒っていた。フィーナは魔獣に対しても優しいのである。そんな彼女の考えは少し平和的すぎる。
ユナン達は呆れながら、口をとがらせて訴えてくるフィーナをなだめた。
傷の治療を終えたころ、日は傾き始め、辺りはすっかり薄暗くなっていた。
「もうこんな時間か。急いで帰っても日が暮れてしまうかな。取り敢えず…帰ろうか。」
そのアベルの言葉に従って、僕らは村へ急ぎ足で向かう。その道中でドータがユナンにちょっかいをかけてきた。
「おやおや。ユナン君、おれさまより怪我しちゃってるじゃんか。まあ今日の勝負はおれさまの勝ちってことで」
「俺は3匹相手にしたんだ。2匹までなら無傷で済んだんだぞ」
ユナンはドータの煽りに不貞腐れながらそう答えた。そんなユナンの反応に、ドータは手を口に当て、少し声を高くしてさらに煽ってきた。
「ほんとかなぁ?ニヤニヤ。」
…次会った時は、母に頼んでこいつをあの魔獣の山にぶち込んで貰おう。
ユナンはそう心に決めた。
「それにしても…あの場所で魔獣が出たことなんて、これまで1度も無かったのに。おかしいとは思わないかい?」
確かにアベルの言うとおりだ。実際母も、あいつらは魔獣の中でもかなり弱い部類だから人里付近には近づかないと言っていた。
…何だか嫌な予感がする。
「そうだな。少し急ごうぜ。」
ユナンたちは言いようのない不安を抱えたまま、よりいっそう、村への足取りを早めたのだった。
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