漆黒の契約者 〜魔法が使えない少年は『死』の運命に立ち向かう〜 作:早見 綿飴
薄暗い森の中、刃と刃同士が交錯し、その激突に火花が散った。しかし片方の武器は鋼で出来てはいない。己の体を変形させ、鋭くさせた化け物の武器なのである。
化け物はその手で、少年の命を容赦なく刈り取ろうと死の舞を躍る。だが、少年はそれを既の所で回避。何とか命を取り留める。
その時、少年は辺りに凍てつく冷気が発生したのを肌に感じる。それは仲間の攻撃の準備が整った証。少年は大きく後方へ下がる。
次の瞬間、風を切る音と共に、少年と同じくらい大きな氷の矢がその化け物に向けて放たれた。もはやそれは先端が鋭く尖った氷柱である。それは周りの大気を凍らせ、白い霧を纏いながら標的に向かって飛んでいく。そして着弾と同時に爆散し、化け物を木っ端微塵にした。
肉片も離れ離れになるほど吹っ飛んだ化け物は、そのまま黒い霧へと変化していった。
「今の威力ヤバすぎだろ!殺すってレベルじゃねーぞ!?」
「これくらいしないと再生されてしまう。妥当な威力だ。」
「…おいら、青髪の兄ちゃんの方がバケモノだと思うぞ。」
「なんだと!?」
そのとてつもない氷柱の威力で騒いでいる3人組は、ユナン、ジーク、ダイであった。彼らは蜘蛛女の白い糸によって、森の奥深くへ連れ去られていった。だが、ユナンは何とか体勢を立て直しカタナで、ジークは氷の礫を白い糸に当てて脱出したのであった。ダイもジークの氷の礫のおかげで抜け出すことが出来たのだ。
それでもユナン達はだいぶ奥深くにまで来てしまった。とりあえず3人のこれからの行動は、辺りを散策して女の子を探しながら、あわよくばアンナ達とも合流するという方針に決まった。
ユナンは森の中を歩きながら、セーナ達の事を心配していた。アンナは蜘蛛女に有利に戦え、キリマルもいざという時はやる男である。むしろ、ユナン達の方が危険ではあるのだが、それでも仲間がどんな状態なのか分からない方が、ユナンにとっては不安なのである。
――もし仲間が1人でも死んでしまったら、ユナンは迷わず自分の加護を使うであろう。
ユナンはチラッとダイの様子を見る。
こんな命の危険に晒されながらも、弱音を少しも吐かない。心が強い男の子である…いや、ユナンには少年が少し無理をしているようにも見えた。
「ダイ、無理せずに何かあったら俺たちに言うんだぞ。休憩でも何でも、必要な時は言ってくれ。約束な。」
「おいら、まだ大丈夫だよ。それに今回はおいらが悪いんだ。ユイちゃんに早く会って、謝らないと。」
ダイはその茶色い瞳に決意の光を灯しながら、ユナンの言葉にそう返した。その眼差しは真剣で、強い思いが感じられる。ダイにとって、そのユイという女の子はとても大切な存在なのだろう。大切な人の為に無理をしようとするその気持ちは、ユナンにもよく分かった。
だからユナンも、ダイにこれ以上は何も言わなかった。こういう人間には何を言っても聞かない事を、ユナンが1番よく理解しているからだ。それにしても…
――こんな蜘蛛女だらけの森の中で、少女が無事であるのだろうか。
もちろんその事を口に出したりなんてしない。だが、ユナン達でも生き延びることに精一杯なのだ。正直言って、望みは薄いであろう。
蜘蛛女の数はそこまで多くはない。さっきから1度に出てくるのはせいぜい2体ほどである。ジークが開幕に一体仕留めて、次の攻撃の準備の間、ユナンが囮を引き受ける。それでどうにかなっているという状況だ。
「…蜘蛛女はあまり群れを成さないのか。」
「あっ、ジークも同じ事考えてた?まあ5体とか一気に出てられてもシャレになんないよな。蜘蛛女の集団とかに出くわさないよう、女神にでも祈るとしますか。」
ユナンが冗談めかしてそう言った時だった。ユナン達の進む先から、沢山の赤い目が見えた。もちろんその目は魔獣以外のなにものでもない。つまりユナン達は蜘蛛女の集団に出くわしてしまったということだ。その沢山の赤い目がこちらに気づいて睨みつけてくる。
「そんなこと言った瞬間にこれかよ!?」
「チッ、仕方ない。ユナン、気を張るぞ!」
「そりゃ気は張ってるけど、それでどうにかなるのか!?」
ユナンとジークはダイを後ろにして戦闘体勢をとる。
少し冗談言ったらこれだよ!本当にあのクソ女神の仕業とかじゃないよな!?
開幕、ジークの攻撃によって一体が消し飛ぶ。しかしまだまだ数は多い。ユナンは2人を守るため、さらに前に出た。
最初に突撃してきた魔獣は三体。その奥にまだまだいるのが見える。ジークの攻撃準備の時間は4秒ほど。だが、それでも長く感じるほど相手は手強い。回避だけをしていては、いずれユナンは殺られる。
三体の蜘蛛女が一斉にそのギラついた刃をユナンに向けて振り下ろした。その攻撃は風を切る音がするほど鋭く、威力も大きい。簡単にユナンの首なんて吹っ飛ばしてしまうであろう。
――その攻撃の刹那、蜘蛛女達の動きが遅くなる。
いや、ユナンが極限まで集中してそう感じただけだ。蜘蛛女達はユナンに両腕を振り下ろして攻撃してきた。それは6本の刃を振り下ろされた事と同じ。
――そう『刃』と同じであるのだ。
母に木刀でボコボコにされた思い出がユナンの頭をよぎる。あの人は一刀流であるにも関わらず、その明るい笑顔のまま、数え切れないほどの連撃を一瞬でまだ幼いユナンに向かって放っていた。
「そう思うと、母さんの方がよっぽど『化け物』だな。」
ユナンは少し微笑みながら、そう呟いた。
ユナンは蜘蛛女達の連撃の隙間、そこだけが光り輝いているように感じた。それは、武の道を修行した者にしか分からない感覚。避けるならここしか無いという絶対的な勘。それをユナンは母との修行の末、習得していたのだ。
それは契約者の魔法や加護などの『力』ではない。人間本来が持っている力である。それを引き出せるかは、その人の努力次第だ。
ユナンは蜘蛛女達の連撃を「奇跡的」に回避。そしてその隙にV字に切り刻み、一体の蜘蛛女の両腕を切り飛ばした。
蜘蛛女の武器はその両腕だけである。それが無くなればただのちょっと大きな虫だ。しかも彼らは何故かその体の大きさを利用しない。体当たりなどをされただけでも、ユナンにはしんどいのだが。
「体当たりとかしてこないのは、こっちにとっちゃ有利なんで、ありがたい。」
そう呟いたユナンのすぐ横を、尖った大きな氷柱が通りすぎた。肌に凍てつく冷気が当たり、ヒリヒリとした感覚にユナンは震える。目の前の三体の内の一体が、その氷柱によって爆散していた。
「ちょ!もし自分にも当たったら、木っ端微塵なんですけど!?」
契約者の魔法は、仲間に被害が及ばないようにすることが出来る。しかしその分威力が下がるのだ。それをジークは容認しない。ユナンが冷気を感じたという事は、あの氷柱は自分にも当たり得る可能性があったということだ。
「ふっ、当たるはずがない。なにせ俺の弓の腕は誰にも負けないからな。」
そんなユナンの訴えに、ジークがそう高らかに宣言して、得意げに鼻を鳴らした。一見無茶苦茶な自論だが、その弓の腕が何よりもそれを証明している。ユナンはジークが弓の攻撃をハズした所を見たことがない。動いている標的にでも、彼はその先を読んでしっかりと当てる。ジークもまた、武の道を修行した者の一人なのである。
残ったのは両腕を飛ばされた1匹と普通の蜘蛛女のみである。
普通の蜘蛛女がユナンに攻撃を仕掛けた。しかし、三体でも捌けたユナンにはその攻撃を避けるくらい、容易いものである。ユナンは攻撃を躱し、敵の背後に回り込んでその両腕を切り飛ばそうとする。
――ユナンはその時、蜘蛛の腹の中央部分に紫色の結晶が生えているのを見つけた。
それは尻尾が何本も生えた猫の魔獣と戦った時に、ユナンが見つけたものと同じである。
もしかしてこれって、魔獣の弱点なのでは?
ユナンはそう思い、腕ではなくその蜘蛛の結晶に向かってカタナを突き刺した。するとその結晶が割れ、蜘蛛女が悶え苦しみながら、黒い霧へと変わっていった。
ユナンはそれを見て、さっきの考えが確信に変わり、腕を再生しようとしている蜘蛛女にもさっきと同じ攻撃を行った。するとその個体も、黒い霧となっていった。
これまでにユナン達が戦ってきた魔獣にも弱点があったのであろうか。そう言えば、紫色の結晶を頭につけた鳥の魔獣と出会った事がある気がする。ただの飾りかと思っていたが、あれが弱点だったのか…。
ユナンは魔法が使えない。近接戦闘というのは常に危険が伴うものである。今までは遠距離の魔法でジーク達が安全に魔獣をほとんど処理をしていたので、ユナンは弱点の存在に気がつかなかったのだ。
「――!ユナン、何をした!?」
「蜘蛛女に弱点があったんだよ!ほら、蜘蛛の腹の中央部分に結晶があるだろ?そこだよ、そこ!」
ユナンが一気に2体も蜘蛛女を倒した事にジークは驚きの声をあげる。そんなジークにユナンは蜘蛛女の弱点を叫んだ。ジークは目を凝らして、奥にいる蜘蛛女の下半身の腹の部分を観察する。
「……結晶なんてものは見えないが、まあとにかくそこさえ貫けばいいんだな?」
どうやらジークに結晶は見えていないらしい。
何故ユナンだけか?そういえば、小さい頃から散々戦ってきた犬の魔獣にはそんな所は無かったな。見えるようになったのは、契約者になってからだろうか。
――ユナンのカタナが温かな熱を放っている。
その時、三本の氷の矢が奥の蜘蛛女達に向けて放たれた。その矢は三本とも見事、蜘蛛女達の下半身の腹の中央部分に命中。彼らは黒い霧となって消えていく。
「…驚いた。本当に弱点らしい。」
「俺はお前の魔法の命中精度に目ん玉が飛び出たよ!」
ユナンは、的確に三体の弱点だけを貫いたジークにそんな感想を述べる。
言われてすぐに当てられる場所では無いはずだ。それなのにジークは初回で全弾命中させた。
魔法は念じれば、途中で軌道を少し変えることも出来るとジークは話していた。魔法を使えないユナンにはよく分からない感覚なのだが、どうやらそうらしい。しかし契約者全員が出来るというわけでもない。事実、アンナはそういったのが苦手である。
魔獣を処理する速度も上がり、事態は好転したかのように思えた。そんなユナン達に、新たな敵が襲いかかる。
それはさっきの蜘蛛女の亜種とも呼べる存在。金髪の長髪をした蜘蛛女が奥から姿を現したのだ。
――そして違ったのは見た目だけでは無かった。
なんと金髪の蜘蛛女が、指の先から白い糸を出したのだ。そしてその魔獣は木を支柱にして、宙を舞う。
「俺達の足を白い糸で巻き付けたのはこいつか!」
「髪の色が変わろうが、空中に飛べるやつだろうが、やることは同じだ。」
そんな金髪蜘蛛女に向かって、氷の矢が放たれる。
流石に動きが速すぎたのか、ジークは氷の矢を三本使ってようやく腹の中央部分に命中させた。やはり魔法の操作は弓とは少し違うのかもしれない。
しかし、金髪蜘蛛女は消えない。よく見ると、女性のおでこの部分に小さな結晶があった。
「ジーク、頭が弱点だ!」
「弱点が違うのか…。チッ、少し生成するのに時間がかかるぞ。」
ジークが氷の矢を生成するまで、ユナンが囮になるしかない。ユナンはそう思い、金髪蜘蛛女と対峙しようとした。
だがそいつはユナンを何故か無視した。そして氷の矢を生成するジークの方を狙ったのだ。白い糸によって空中を舞いながらユナンの上を通り過ぎ、ジークの目の前へと着地する。
「こいつ、知能があるのか!?ジーク、危ない!!」
金髪蜘蛛女には、ジークを先に潰した方が良いと考える「知能」があったのだ。
このままではジークが危ない。俺に魔法が使えたら…
「おい、化け物。確かにその判断は賢いが…弓兵を侮るなよ。」
ジークが金髪蜘蛛女を目の前にして、低くイケメンな声でそう言った。その瞬間、彼の周囲の大気が凍てつく。その冷気は凄まじく、空間全体が白い霧のようなものに包み込まれる。そしてそれに飲み込まれた敵は、氷のように固まってしまった。
それは氷の矢を生成するには十分すぎる時間であった。
「消えろ、化け物め。」
ジークは氷より冷たい声でそう言い放ち、金髪蜘蛛女の額を撃ち抜いた。そして、ジークの前には黒い霧だけが残る。
「青髪の兄ちゃん、すげぇな。」
後ろの木の陰からジークの戦闘をずっと見ていたダイが、そんな感想を呟いた。
ダイはこの世界に契約者と呼ばれる強い人達がいることは知っていた。けれども、王国騎士以外の契約者がこんなにも強いとは思ってもみなかったのだ。
――おいらも契約者になったら、青髪の兄ちゃんみたいに強くなれるかな。
ダイがそんな未来の事を少しだけ考えていた時だった。ダイの横から突然何かが飛び出してきた。
それはさっきジークが倒した魔獣と同じ種類。金髪蜘蛛女であった。白い糸を巧みに操って飛び、奇襲を仕掛けてきたのだ。
あれは、さっき青髪の兄ちゃんが倒したやつと同じ敵!おいらを狙ってる!?え、えっとこんな時どうしたらいいんだ?
パニックに陥ったダイは固まってしまう。身体が震えているのだ。初めての「死」の恐怖がダイを襲う。目の前の現実を直視出来ずに、ダイはただその目をつぶっていた。
「ダイ、危ない!横に向かって飛べ!」
「なっ!?奇襲か?避けろ!」
兄ちゃん達が必死においらにそう叫んでくれている。兄ちゃん達なら避けれたのかもな。でもおいら、足が震えて動けないんだ。…おいらには無理だよ。
小さな男の子が自分の命を諦めかけたその時、
――黒髪の少年がその男の子を助けようと飛び出してきた。
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