漆黒の契約者 〜魔法が使えない少年は『死』の運命に立ち向かう〜 作:早見 綿飴
「それじゃあおいらは、蜘蛛女の話をするぞ!」
そしてダイはみんなに向かって、吟遊詩人から聞いた話を意気揚々と語り始めた。
「――真っ赤な花が咲きました。」
最後にそう言ってダイはこのお話を締めた。
怪談話というより、ただの悲しいお話である。その場の空気はどんよりとして、最悪になった。
「お前、怪談って意味しらないだろー。」
「これぜってぇ人から聞いたやつじゃん。ずるいぞー。」
「ちぇ。気づかれたか〜。」
話を聞いて周りの男の子達がダイを茶化す。そんなみんなの様子に、ダイは決まりの悪そうな顔をした。
そんな時、泣きそうな少女の声がダイの耳に届いた。
「なんで、こんな話をしたの?」
それはダイを責めるような声でもあった。そう言ったのは幼なじみのユイだ。
薄紫色のおさげ髪の少女である。その容姿はとても可愛らしく、街の男の子に何度も告白されるほどだ。けれども気の強い彼女は男を見下しており、そんな男の子達をいつも無下に追い払っている。
そんな彼女も幼なじみのダイには心を許している。赤ん坊の頃から、お隣さんとして交流も深かったからであろう。
彼女は人前では滅多に笑顔を見せない。けれどダイはそんな彼女の笑顔を何度か見たことがある。その笑顔はどんなものよりも綺麗で眩しかった。
しかし今の彼女は、完全な敵意の目でダイを睨みつけている。珍しく彼女の目には涙が浮かんでいた。この話がそんなにも怖かったのであろうか。
ダイは頭を掻きながら、ユイに向かって平謝りした。
「いやネタが思いつかなくてさ。吟遊詩人の話をパクっちゃったんだよ。ごめん、怖かった?」
「ダイの…ダイのバカ!」
ユイがそう言い放って、どこかへ走り去っていく。ダイはなぜそこまでユイが怒っているのか理解出来ずに、ただその場で狼狽えていた。
そんなダイの様子を周りのみんなはからかう。
「ダイのやつ、ユイちゃん泣かせたぞー。悪いんだー。」
「ほんとだー悪いんだー。」
「女の子を泣かせるなんて最低。」
なんだよ。ちょっと話を作るのをサボっただけじゃんか。ユイのやつ、別にそんなに怒んなくたっていいだろ。
そう思ってダイは不貞腐れた。
この時ユイの事を追いかけていれば良かったとダイが後悔するのは、少し先の話である。
ユイは夕方の街の中をただただ走っていた。別に特に行くところはない。ダイ達に涙を見られたくなかっただけだ。
「蜘蛛女なんているわけないのに。なんであんな話なんかしたのよ…。」
少女が母親の為に頑張ったのに、最後はその母親に殺されてしまうという悲しいお話。その女の子と今のユイの状況は似ていたのだ。
母が原因不明の病にかかっているのである。その事でユイはここ最近ずっと頭を悩ませていた。
そんな時にダイからのあの話である。最近は母が病気ということもあり、家族間での交流をしていなかった。
ダイが私の状況を知らないのも無理はない。頭では分かっているが、身体が先走って、ダイには酷いことを言ってしまったのである。
――ダイには後で謝らないとなぁ。
するとユイに声がかけられた。それは独特のある口調をした男の声であった。男性にしては少し高い声をしている。
「蜘蛛女、そして光るすずらんは実在するとーも。」
「嘘よ。あるわけないわ。」
ユイは男の方を睨みつけてそう言った。
それは40代くらいの中年の男であった。その黒い顎髭を立派に伸ばした姿には、どことなく貫禄がある。全身を緑色のコートで包んでおり、白い羽のついた緑色のハットが印象的である。
そんなユイの発言を聞いて、男は首を横に振ってそれを否定した。
「あるとも。何せワタシは直接みたんだかーら。」
男は黄色い双眸でじっとこちらを見つめてくる。何故かその目には、人を納得させる力がある気がした。
ユイは男がテキトーに嘘をついているようには思えなかったのだ。それに、ユイにわざわざ嘘をつく理由なんてない。
ユイはその話を信じる人物に心当たりがあった。
「あなた、まさか吟遊詩人さん?」
「そうだとーも。」
男は頷いて、それを証明するように懐から何かを取りだした。それはくちばしが太い特徴的な鳥の模様が彫られている銀のハープであった。たしかに吟遊詩人ではあるようだ。
「この街の外れの森に、光るすずらんがあるかーも。」
そして男は意味深な笑みを浮かべながら、そう言い残してどこかへと去っていった。
…行ってみる価値はあるのかもしれない。母の体調は日に日に悪くなっていっている。明日、命があるのかさえ分からない状況だ。
時刻は夕方。危険を承知で少女は森へと向かった。
――その状況は物語の女の子と全く同じである。
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正体不明の化け物にユナン達が遭遇した時、ユウタは命の危険を感じて、自分の気配を完全に消していたのだ。
気配を消したというよりは周りの環境に「溶け込んだ」と言った方が正しいのであろう。これはユウタが転生した時に与えられた能力。そしてそれは、ユウタのあっちの世界での生き方そのものを表した、神様からの盛大な「皮肉」でもあった。
異世界転生ものでのお決まりは、主人公がチート級の能力を与えられる展開であると思うのだが、ユウタの能力はチート級とはとても言い難い。
現にこうして、ユウタは化け物相手に情けなく、身を縮こまらせているのだ。ユウタの能力は戦闘向きではない。
――現実はそんなに甘くないのである。
アンナとジークという人は魔法が使えるようで、どうやら一般人では無いらしい。何も無い所から炎や氷の矢が生まれる様子は、まるでCGのようであった。
「僕も魔法で異世界無双したかったなぁ…」
木の陰に隠れ、2人の戦闘を見守りながらユウタは独り言を呟いた。もちろんその声はユウタ本人にしか聞こえていない。
アニメで見たことのある、爽快感たっぷりなチート人生。そんなものは夢のまた夢であった。
化け物は蜘蛛女の見た目をしている。ギリシア神話に登場するアラクネと呼ばれる存在に似ているとユウタは思った。さすがは異世界、何でもありと言った所である。
アラクネも倒され、状況は落ち着いたように見える。ユウタはまた、ユナン達の集団に溶け込もうとした。
そんな時、突如としてユナン、ジーク、ダイの3人が森の奥へと引っ張られ始めたのだ。
森の奥に消えていく三人。その後をユウタは追いかけていた。周りに沢山のアラクネ達がいたが、ユウタの存在には気づかない。彼の能力によって自然の一部と勘違いしているからだ。
ユウタが三人を追いかけたのには理由がある。それはユナンの存在だ。あの少年には何故かユウタの能力が効いていない。
――つまり彼は、ユウタが異世界で初めて出会った、まともに人間関係を築く事が出来る唯一の相手なのである。
そして時は今に戻る。ユウタは相変わらず、自然に溶け込んで、木の陰にその身を潜めていた。
ユウタはぬくぬくと平和な環境で育てられた、普通の高校生である。ユナンのように剣の腕が立つわけでも無ければ、ジークのように魔法を使えたり、弓を匠に扱えるわけでもない。つまり、この場においては圧倒的弱者なのである。
弱者が生き残るための方法は、現代社会であろうが異世界だろうが大して変わらない。それは強者に目をつけられないように生きる事である。ユウタは今までそうやってこれまでの人生を生きてきた。
学校であれば先生に目をつけられないようにし、クラスの中心グループの人達と仲良くする。そしてモブのように社会に溶け込めば良い。そうすれば、いじめられる事もなく、むしろ楽しい学校生活を送る事が出来たのだ。
しかし人間関係を維持し続けるというのは、精神に堪えるものなのである。ユウタはそんなストレスを、アニメやゲームなんかで取り除いていた。
今回も同じである。ユウタは何もしなくていい。ただモブのようにしていれば、死ぬことなんてない。表に出ても、自分の身を危険に晒すだけなのである。
ユナン達が危険になろうが、自分の知った事ではない。だいたい、今日たまたま出会っただけの赤の他人なのだ。わざわざ自分の命を賭ける必要なんてない。
――なのにどうしてこんなにも心が痛むのであろうか。
「死」の淵に立たされている人を見る機会なんて、平和な日本ではほとんどない。きっとそのせいである。ユウタはそれに慣れていないだけなのだ。
そんな風に自分の気持ちを抑えていたユウタの目の前で事件は起こった。自分と同じように木の陰に隠れていたダイに、鋭い攻撃が襲いかかったのだ。その攻撃をした相手は、さっきのアラクネの変異種である。
ユナンとジークはダイから少し離れていて、助けられそうにもない。小さな男の子の命を助けられるのは、ユウタだけである。だが助けに行けば、自分の命の保証はない。
それに、そのアラクネのスピードはとても速いのだ。ダイと一緒に攻撃に飲み込まれて、二人とも無惨な死を遂げるだけかもしれない。
強者に目をつけられた弱者は見捨てるのが社会のルール。いや、世界の理である。弱者を助けるのは強者にしか出来ない特権なのだ。
――なのにユウタの身体は勝手に動いていた。
ユウタの五十メートル走は7秒台。まあ平均的な値である。そこまで足が速いわけでもない彼であったが、その時のスピードは彼の人生史上最も速いものであった。
「あぁあああああ!」
よく分からない叫び声を上げながら、ユウタがダイを押し倒していた。そして2人は金髪蜘蛛女の攻撃を奇跡的に回避。ユナン達は突然のユウタの登場に驚いた。
しかしそれについて彼から聞くのは後である。金髪蜘蛛女は続けざまの攻撃を、その2人に向けて放とうとしていたからだ。だがそれを許すユナン達では無い。
ユナンが駆け寄り、二人を庇うように前に立って、その攻撃を弾く。金属同士が衝突するような音が辺りに響き渡った。そして少し体勢が崩れた敵に向かって、氷の矢が襲いかかる。冷気を纏ったその矢は化け物の額を的確に撃ち抜いた。弱点を貫かれた化け物は、そのまま黒い霧となって消えていく。
「ナイス!ジーク。」
「ふん。当然だ。」
「おいら、もう死んじゃうかと思ったよ〜。ありがとう〜ユウタさん。」
「あっいえいえ。気にしないでください。」
おろおろと泣きながら、ダイはユウタに向かってお礼を言った。苦笑しながら、ユウタはダイに向かって返事をする。
ユナンはほっと息をついた。ユウタがどこに隠れていたのかは分からないが、彼の勇気ある行動のおかげでダイが死なずに済んだのは事実だ。これからは後方のジークが、ダイ達の近くにいた方が良いのかもしれない。
「それでユウタ。お前はいつからここにいた?」
「えっと…嫌だなぁジークさん。最初から一緒にいたじゃないですか。」
「――?そ、そうだな。」
ジークが珍しく言い負かされている。いや、これはユウタの何かの能力であろう。明らかに不自然過ぎる。
ユナンはそう思い、不審な目でユウタを見つめる。そんな視線に気づいたユウタは、ユナンに目で合図を送った。どうやら、後でユナンには話してくれるらしい。
「さて周りの他の奴らは…」
「いなくなったようだな。」
ユナンはユウタの事を後回しにして、目の前の状況に目を向ける。だが、いつの間にか蜘蛛女達はいなくなっていた。もう少し数がいたと思ったのだが、ユナン達から逃げたのであろうか。少し奇妙である。
すると奥の方から誰かがこちらに向かって歩いてきた。ユナン達はそれに気づいて身構えたが、すぐにその緊張は解ける。
歩いてきたのは薄紫色のおさげ髪をした少女であったからだ。
「――!ユイちゃん!」
その正体に気づいたダイが、急いでその少女の元へと駆け寄った。どうやら、ダイが探していた女の子らしい。
「ユイちゃん、大丈夫だった!?ごめん!おいらが悪かったよ。二度とあんな話をしたりなんてしないから。怪談話も今度ちゃんとおいらが自分で作ってくるよ。」
「わたしもちょっとキツく言って悪かったなって思ってる。助けに来てくれてありがとう、ダイ。」
ずっとこの事を言いたかったのであろう。ダイは早口で色々な言葉をユイに向かって投げかけた。そんな少年に向かって、ユイも笑顔で言葉を返した。
少年と少女の感動の再開である。ユナンはそんな二人の様子に心温まった。
「…ユイちゃん?」
しかしダイだけはその場にいた幼なじみの異変に気がついた。彼女は笑顔でダイを見つめている。
――それがおかしいのだ。
ユイは感情表現が苦手な女の子である。人前で笑顔を見せるなんて、それこそこんな状況であってもありえない。むしろ、ダイの事を「迎えに来るのが遅い」なんて叱りつけた方が、いつもの気が強い彼女らしい言動である。
その時、ダイは気がついた。…いや、気がついてしまったのだ。彼女の様子がおかしい理由はただ1つ。
――目の前にいる少女は、もう既にユイという女の子では無いという事だ。
「ちくしょおぉおぉ!!」
ダイはその「化け物」に向かって、持っていた短剣を突き刺した。