漆黒の契約者 〜魔法が使えない少年は『死』の運命に立ち向かう〜 作:早見 綿飴
「この声は…ダイ!?」
ダイの悲痛な叫び声が森中に響き渡り、その声はアンナ達の耳にも届いた。一同は急いでその声のした方へ向かう。
「これは…何があったの?」
「――!ユナンとジークが怪我をしているわ!助けないと。」
「ぎゃあああ!みんな、大丈夫か?オレ、何が起こったのかさっぱり分かんないよ!?」
ダイの元に辿り着いたアンナ達は、目の前の惨状に驚いた。
木の傍で寄りかかっており、全身に火傷を負って動けないでいるユナン。木に大きな衝突の後があり、その傍で気を失っているジーク。そして周りが焼け焦げている場所の中央で、泣き叫んでいるダイの姿があった。
ダイは無傷であるように見えた。とりあえず、今急ぐのはジークとユナンの治療である。セーナはユナンを、アンナはジークを、キリマルはダイの様子を見ることにした。
セーナは木にもたれかかっているユナンに急いで駆け寄った。
ユナンには細長い火傷の跡がいくつもあった。服も何かによって焼き切られており、所々破れている。
「ユナン、大丈夫!?何があったの?」
「炎を操る魔獣と戦闘になったんだ。それで…このザマってわけよ。うぐっ。」
「無理には喋らないでいいわ。待ってて、えーと応急処置だけど…」
ユナン達はどうやら相当強い魔獣と戦闘をしたようである。彼の傷がそれを物語っていた。
セーナは、手に青い光を纏って、ユナンの傷に近づける。するとユナンの身体にあった小さな擦り傷などが、少しずつ治っていった。だが肝心の火傷は治らない。
実は「青」魔法には治癒魔法がある。というか一般的に「青」魔法といえば、氷を生成したりするよりも、そちらのイメージの方が強い。
「緑」にも治癒魔法はあるが、そっちはオマケのようなものである。「緑」の治癒魔法は自分に対する治癒能力は高いが、他人に対する治癒能力は低いのである。
しかし、「青」の治癒魔法はどちらに対しても、その効能に違いはない。それにその種類も「緑」魔法より豊富である。
裂傷、火傷、毒など様々な症状を治すのに優れているのは「青」魔法なのである。
だが、火傷や毒などの特殊な症状を癒す魔法は、これまた難易度が高い。
セーナは擦り傷程度を治す魔法なら使えるが、火傷を治す魔法は使えなかったのだ。
「わたしにもっと力があれば、ユナンに苦しい思いをさせずにすんだのに…」
「いや擦り傷とかも痛いし、十分助かってるよ。そんな事言ったら、この傷は俺の力が足りなかったせいで出来たんだ。セーナが悔やむことなんて1つも無いって。」
また自分の力不足のせいで仲間を助ける事が出来ず、セーナはそんな自分を責めた。
けれどもユナンはそんなセーナを励ます。その優しさが、彼女に更なる自責の念を抱かせてしまう事をユナンは知らない。
そんな時、後ろから声が掛かった。
「またアンタも結構な無理をしてるわね。まあこの後ろのバカも一緒だけど。」
「くっ。俺は大丈夫…だ。アンナ、降ろせ。」
「はいはい。2人まとめて治療したかっただけよ。言われなくても、今降ろすわよ。」
ユナン達に声を掛けてきたのはアンナだ。その背中にはジークが背負われていた。そんなジークは少し恥ずかしそうにしている。
アンナはジークをユナンの隣に降ろす。それから彼女はリュックから何かを取り出した。
アンナは手に緑色の容器をしたスプレーのようなものを持っている。
「それは?」
「魔法道具『セリオン』の一種。中には火傷の治療魔法の術式が込められた水が入っているのよ。これは大陸中央の塔付近の街で買ったものなの。結構高かったんだから。本当はアタシが仲間を燃やしちゃったとき用に買ったものなんだけど…」
「アンナが契約者になったばかりの頃。俺はそれに何度か世話になったことがある。」
「…もしかしてアンタ、ちょっと怒ってる?」
ユナンはそんなアンナとジークの様子を苦笑しながら見ていた。ジークの言葉には、たしかに少しの怒りが含まれているように感じたのだ。
…ジークは何回もアンナに燃やされたのであろう。
契約者はすぐに魔法を使いこなせるようになるわけでは無いのかもしれない。だとすれば、こんな魔法道具が大陸中央の塔付近に売っているのも納得である。
契約者が事故を起こしてしまったら、とんでもない大惨事となる。魔法はそれくらい、強力で危険なものなのだ。
「じゃあ火傷の箇所、全部見せてー。」
ユナンは「ほい。」と言って、火傷の箇所を見せる。そこにアンナは魔法道具を使っていく。トリガーが引かれて噴射された液体は、ユナンの火傷の箇所に付着し、青色の光を発した。すると、ユナンの赤く膨れ上がった皮膚が元の綺麗な肌色の皮膚へと戻っていく。
「魔法の力ってすげー!」
ユナンは思わずそう叫んだ。正直ユナンは、全治3ヶ月ほどの傷は負った自覚があったのだが、それが今の一瞬で治ったのだ。魔法さまさまである。だが、
「なんか気だるいな…」
「あったりまえでしょ。無理やり治したんだから。アンタたちは大人しくしておきなさい。」
何故かユナンの全身が重いような感覚がした。どうやら何の副作用も無く傷を治せるほど、便利なものでは無いらしい。
すると、ユナン達の元へキリマルとダイが歩いてきた。泣いているダイをなだめるようにキリマルが背中をさすっている。
「ぐすっ。ぐすっ…」
「ダイがトドメを刺してくれたんだな。ありがとう。…そしてごめん。」
そんなダイの様子にユナンは痛たましい顔をして感謝と謝罪の言葉を言った。
やはりユナンの予想通り、ダイはあの少女の姿をした魔獣を倒したようである。ダイならあの魔獣を倒せると思ったのには、2つの要因がある。
1つ目は魔獣のおかしな動きだ。それに気づいたのは魔獣が炎の糸を展開した時である。ユナン達には本気を出したが、ダイの時は吹き飛ばすだけであったのだ。普通、魔獣は手加減なんてものはしない。あれだけの力があるならば、最初の時にダイをその炎の糸で燃やし尽くしたはずである。つまり、あの魔獣はダイには本気を出さない…いや出せなかったのかもしれない。
そして2つ目はダイの決意である。ダイは自分の幼なじみの姿をした魔獣であっても、迷わず攻撃をすることが出来るのか。殺しに躊躇いのある者が戦闘をすれば、その者は必ず負けてしまう。それは当然の摂理である。戦闘というのはそんなに甘くはない。しかしユナンが見た、ダイのあの顔はそんな半端者の顔ではなかったのだ。
――だからこそ、ユナンは自分のカタナを彼に託した。
そしてダイは自分の目的をしっかりと果たしたのだ。…彼女を救うという目的を。
正直ユナンは人が魔獣になっただなんて、信じたくはなかった。しかしあの見た目。さらには魔獣がダイだけに本気を出さなかったこと。そしてなによりも今、何かに気づいて泣いているダイの様子。これだけ条件が揃えば、嫌でも分かる。
――あの魔獣がユイという少女であったことは疑いようがなかった。
「俺に力があれば、ダイに悲しい思いなんかさせずにすんだのに!」
「いやユナン、それは俺にも責任がある。」
ユナンは悔しそうにそう言って自分を責めた。その責任をジークも背負おうとする。
自分の幼なじみを自ら手にかけるなんて、10歳の男の子には荷が重すぎる。その重荷をユナンは取り除いてあげる事が出来たはずなのだ。
――自分にもっと力があれば。
だがユナンは魔獣に負けてしまった。そのせいでダイが自ら戦わなければならなくなってしまったのだ。
ユナンは、自分は小さい頃から特訓をして力をつけてきたと思っていた。しかしここ最近はその考えが甘かった事を思い知らされてばかりいる。
魔法が使えないなんていうのは、言い訳にしか過ぎないのだ。努力すればセーナのように魔法を使うことも出来るし、母のようにもっと剣術を磨けば、魔法なんて使わずとも、あの魔獣を倒すことだって出来たはずである。
そんなユナンとジークの言葉に、ダイは首を横に振った。
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ダイは彼女との別れの後、確かに悲しみに打ちひしがれていた。彼女はダイの腕の中で黒い霧となって消えていったのだ。そして、残ったのはこの紫色の結晶のみ。よく見ると中に、白い線のようなものでユイちゃんの姿が立体的に描かれている。
ダイはそれを握りしめながらずっと泣いていた。
――そんな時、どこかから声が聞こえて来たのだ。
「何泣いてるのよ。情けないし、みっともないわよ!ダイにはこれからがあるじゃないの!」
それはたしかにいつものユイちゃんの声だった。ダイは思わず、辺りをキョロキョロと見回した。しかし、どこにもあの愛しい女の子の姿は無かった。
「ユイちゃん!?どこにいるの?」
ダイは必死にそう叫ぶ。しかし返事は一向に帰ってこなかった。ならあの声はダイの幻聴なのか?けれどダイにはそれが幻聴では無いことが分かった。なぜなら彼女の「魂」をたしかに感じたからである。
そして彼は気づく。あれは彼女の最期の言葉だったのではないかと。
「ダイにはこれからがあるじゃないの!」
あの少女の声がダイの脳内をこだまし続ける。それはダイの事を怒るような声でもあった。いつも通りの彼女らしい言葉である。
――彼女は最期までダイの事を叱ったのだ。
そう思った時、不思議とダイの胸の内から熱い何かが込み上げてきた。
彼女はいつだって前を向いていた。最期までそれは同じであったのだ。それなのに、自分は後ろを振り向いて、いじけてばかりいる。
――そんな弱い自分が情けなくて仕方無いのだ。
ダイの目から熱い涙が零れ落ちる。その目は悔しさで満ち溢れており、そして『未来』を見ていた。
―――――――――――――――――――――――――――
「お兄さん達、違うんだよ。おいらは…ただ自分の力の無さに悔しくて泣いてるんだ。おいらがもっと勇気を持って、早くにユイちゃんを探しに行っていれば、彼女を助けられたかもしれないんだ。」
その言葉を聞いて、ユナンとジークは目を見開いて驚いた。
――ダイは今、己の力の無さに嘆き、涙を流していたのだ。
ユナン達はダイの事を甘く見ていたのである。彼はユナン達が思っている以上に強い心の持ち主であったのだ。
彼の涙は過去を振り返り、『嘆く』為の涙などでは決してなかった。それは『未来』へと繋がる涙なのである。
「ダイ、勘違いして悪かった。お前の『心』は強ぇよ…」
ユナンはダイに対して改めて謝った。
それはダイに対する賞賛でもある。彼の心は強い。彼はもう決して振り返らないのであろう。熱い思いを持って、前だけを向くのだ。
だからといって自分の力不足を無かったことには出来ない。ユナンもユナンで、『未来』を見ているのだ。
ユナン達はダイを街へと送り届ける。道中、もう蜘蛛女は一体も現れなかった。
そしてユナン達は街へと辿り着いた。時刻はすっかり夜になっており、酒場からは男達の笑い声が聞こえてきた。
「ありがとうお兄さん、お姉さん達。おいらもう行くよ。…やる事もたくさんあるし。」
「ほんとに大丈夫か?俺らも一緒に…」
「いや、大丈夫だよ。お兄さん達には迷惑かけてばっかりだったし…それじゃあまたね!」
「またな!」
「またね!」
ユナン達は、街の中を颯爽と駆け出していく少年の後ろ姿に、手を振って返した。その少年が最後にこちらを振り返ってこう叫ぶ。
「おいら、契約者になってお兄さん達みたいに強くなるから!!」
その目にはたしかな「光」が宿っていた。そして手には紫色の結晶を大事そうに握りしめている。
「おう、強くなれよ!!」
ユナンはダイに向かってそう叫んだ。あの男の子が契約者になるなら、ユナン達はまた彼に出会うことになるのかもしれない。
――その時、彼はきっと強い契約者になっているに違いない。
ユナンは手を振りながらそう思った。彼の10歳とは思えない大きな後ろ姿を見て、それは確信へと変わったのであった。
「さて、俺たちも王都に向けて出発しますか。」
「そうだな。」
「王都。都会の女性、それに貴族のお嬢様!!」
ダイとも別れ、一段落ついたところで、元気そうに男3人組はそう言った。次は王都である。ようやく目的地が目の前にまで近づき、彼らは興奮していたのだ。
そんな男3人組の様子をセーナ達はジト目で見つめていた。そしてアンナが口を開く。
「ユナンとジークは怪我したばっかりじゃない。今日はゆっくり宿に泊まって休む!明日出発よ!」
「えー…」
そんなアンナの宣言に男3人組は残念そうな声をあげた。しかしアンナの怖い笑顔を見るに、黙って従うしかなさそうである。
宿を目指すユナン達。そんな時、ユナンは背中をちょんちょんとつつかれた。振り返るとセーナがじーっとこちらを見つめている。
…何かユナンに不満があるようだ。
そして彼女はぽつりと1つの単語だけを呟いた。
「服…」
「うげっ!わ、悪かったって。」
セーナのその一言でユナンは何を言いたいのか察した。ユナンの新しく買ったばかりの服は、魔獣の炎の糸によってボロボロになってしまったのだ。セーナと頑張って選んで買ったのに、それを1日も経たずにボロボロにしてしまったユナン。責められるのも仕方がない。
「ま、また明日にでも新しいのを…」
「同じの。」
「えっ?なんて?」
ユナンはそのぼそりと言ったセーナの言葉がよく聞き取れずに、手を耳に当てる動作をして、彼女にもう一度言葉を促す。
「だから、同じのを探すの!」
セーナは少し頬を膨らませて、ユナンに向かってそう叫んだ。可愛い眉をひそめ、両手をぐっと握りしめている。セーナは怒っている姿も可愛い。というか、あの服装がよっぽど気に入ったのであろうか。
「わ、わかったよ。まあ今は店も開いてないと思うし、明日の朝な。」
ユナンは苦笑しながらそう言って、ぷんぷんと怒っている銀髪の少女をなだめた。
その真夜中、ユナンはベッドから起きて外に出た。それは、何故かずっとユナン達から隠れていたある少年に会うためであった。
「それで、色々と説明してもらおうかな。」
ユナンは真っ赤な服をきた少年に向かって、そう声を掛けた。その服装は、着ている本人が説明してくれるなら、ジャージ姿と言っていたであろう。
「ああ、待っていましたよ。ユナン君と話がしたくて。」
ユナンの言葉に振り返ってそう言ったのはユウタである。彼の言葉遣いが丁寧なのは、彼の人柄か、それとも彼の故郷の風習なのか、それはユナンには分からない。何故なら彼は今日出会ったばかりの、ほぼ「他人」であるからだ。
「…お前の加護、人の集団に溶け込むってやつか?」
「加護?それについてはよく分からないんですが、能力の説明は大体それで合ってます。正しくは環境に溶け込む能力と言った方が良いでしょうか。」
環境に溶け込む。それが本当なら凄まじい加護である。だが本人は加護について、知らないようであった。
「契約者じゃないのか?女神に会ったことは?」
「あぁ、アンナさんやジーク君みたいな人達の事ですか?僕は魔法が使えないので、違うと思いますよ。女神という存在にも一度も会ったことがありません。」
その答えを聞いて、ユナンは一瞬身構える。契約者では無い能力持ち。まさか、
「…大罪の十二宮だったりしないよな?」
「なんですか、その厨二臭い名称は。それについてもよく分からないですね。…一つだけ言えるとすれば、僕は転生者であると言った所でしょうか。」
「転生者?」
「違う世界から来た者って言ったら理解してくれますか?」
――なるほど、全く分からん。
ただ、どうやら彼は大罪の十二宮では無いようなので安心した。
転生者。とても信じられるような話では無いが、時間遡行をしているユナンも、それに関しては人のことをあまり言える立場ではない。世の中、何でも起こり得るのである。
「理解はしてないが、まあ信じるよ。…それで、これからユウタはどうするんだ?」
「これからすぐに王都へと向かうつもりです。みんなとはここでお別れになりますね。…邪魔してすみませんでした。」
「いやいや、いいって。キリマルとかも、珍しく同じような仲間を見つけて楽しそうにしてたし。なんならこれからも…」
「いや、もういいんです。僕も次の事に目を向けないと。ここにいたら、それが出来なくなってしまうから…キリマル君にお礼を言えないのはさみしいですが、これが僕の選択です。」
そんな彼の表情はとても辛そうであった。ユナンはユウタの事をあまり知らない。それでも、彼が何かを決意して、それを行動に起こそうとしている事だけは分かった。そんな彼をユナンは止めたりはしない。けれど、一つだけ彼には言いたいことがあったのだ。
「ユウタさ、なんでそんな能力をわざわざ使うんだ?たしかに見た目は変な格好してるけどさ、能力なんか使わなくても、ユウタの性格ならみんなと仲良く出来ると俺は思うぞ?」
なのに彼は能力を使ってユナン達に近づいた。それがユナンには不思議でたまらなかったのだ。
ユウタはそんなユナンの言葉を聞いて、目を見開く。そして泣きそうな顔になったのである。そんなユウタを見て、ユナンは慌てふためいた。
「えっ!?ごめん、コンプレックスとか?いやいや、そんなつもりは全く無かったんだけど…」
「あぁ、すみません。ちょっと嬉しかっただけですよ。…ありがとうユナン。勇気を貰ったよ。」
彼は笑って、最後はユナンにタメ口をした。それが彼なりの距離の詰め方なのかもしれない。もう心配は要らないようである。
ユナンもそんな彼に笑顔を見せた。
「そうか元気でな。また会おうぜ、ユウタ!」
「そっちこそ元気で。またな、ユナン!」
ユウタは目をキリッとさせて、意気揚々と森へと歩いていった。
ユナンとユウタは、今日たまたま出会っただけの、「他人」の関係であった。しかしそれは少し前のこと。今の2人の間には、確かな「絆」が芽生えているのである。
――次またユウタと会う時が楽しみだな。
ユナンは密かにそんな思いを胸に抱いたのであった。
ユナンが宿に戻ると、たまたまキリマルと出会った。こんな夜更けまで起きているなんて、キリマルにしては珍しい。まあそれはユナンも同じことではあるが。
「おう、キリマル。こんな夜中まで起きてるなんて珍しいな。」
「オレ、昼に地獄のマッサージ受けちゃってさ。それがトラウマで眠れないんだよ。」
「そりゃあ…また災難だな。」
「ユナンは何で起きてたの?」
「あー、えーとな。実はユウタと会っててさ。あいつ、恥ずかしがり屋だからもう行くんだってよ。全く、みんなに挨拶ぐらいして行けばいいのにな!」
そんなユナンの言葉を聞いて、キリマルが首を傾げた。そして彼はきょとんとしたまま、ユナンに向かってこんな質問を投げかけたのだ。
「その…ユウタって誰?ユナンの知り合いか?」
「――!…いや何でもない、忘れてくれ。」
その時、ユナンは改めてユウタの能力の恐ろしさを知った。それは別に彼が危険だとかそういう話では無い。ユナンはむしろ、彼の将来を心配したのである。
彼の能力は、初めから人間関係そのものを無視してしまうのだ。
――つまりその能力が発動し続ける限り、彼は人とまともに付き合うことさえ出来ないのである。
一生孤独な運命を定められた少年。
「そんなの…あんまりじゃねぇか。」
ユナンのそんな呟きを聞いて、キリマルはただただ、不思議そうな顔をしていたのであった。
―――――――――――――――――――――――
真夜中の森の中を、ハープの音が響き渡った。それを奏でているのは、ハープの美しい音色には全く似合わない1人の男性。顎髭をたくましく伸ばした、中年の怪しい男である。
その男の隣に立っている木には、大きな白い綿のようなものがへばりついていた。それは蜘蛛の卵、だがその大きさは人間が丸ごと入れる程はある。
――そしてその卵が破けて、中から生き物が出てきた。
それは薄紫色の髪をした女性のような姿をしていた。20代ほどの年齢であろうか。すらっとした細長い体型、起伏に富んだ女性らしい体つきは、どこからどう見ても普通の人間である。
――だがその目が一瞬赤く光った。
そんな女性の姿を見て、隣にいた男は歓喜の声を上げた。
「すばらしいーね。成功だーよ。」
男はずっと「実験」をしていたのだ。生物の進化、その集大成となるものである。
ライオンのような強靭な牙も爪もない。それなのにシマウマのような敵から逃げる足の速ささえも無かった人類は、その進化の方向性を変えた。それは道具である。そうして「発明」を繰り返し、人類は食物連鎖の頂点、いやそれ以上にまで登りつめたのだ。そんな彼らは生物の最終進化形態と言えるのかもしれない。
――しかしワタシはそうは思わない。
今なお、新しい道具を生み出し続けている人類。そうしていくうちに、我々は本来の進化というものを忘れてしまったのである。
――道具が無くなってしまえば、人はただの猿、いやそれ以下の存在なのだ。
だからこそワタシは思う。人間並みの頭の良さを持ち、なおかつ強靭な肉体を手に入れた種族こそ、本当の生物の最終進化形態と言えるのではないかと。
――仮定が立った。であるならばワタシは「実験」を行う。そして世界に「証明」するのだ。
あの被検体から直接作ったものは、少し余計な感情を持ちすぎてしまった。そのせいで、あんな小さな男の子にも負けてしまう結果となったのだ。
もちろん感情は更なる成長にとって重要な事くらいは十分に理解している。成長しない個体など、最終進化形態とはとても言えない。だから成長に要らない感情だけを取り除く。そうして出来たのが、今、目の前にいる完成体なのだ。
「…それで、命令は?」
気の強い女性の声だ。被検体に似たのかもしれない。まあ気の弱いやつよりは余程良い。寧ろ、好都合である。
…さて殺す相手か。テキトーで良いが、まあ種族として強いものの方が参考になるな。ワタシの理想に1番近かった種族。ターゲットはそれにしよう。
男は邪悪な笑顔を浮かべながらこう言った。
「竜人を1人、殺してくるよーに。」
「…了解。」
そう返事して、女性は超人的なスピードで暗い森の中へと消えていった。すると、それに入れ替わるように1人の男が暗闇の中から姿を現した。
その男の服装は動きやすく、隠密に適したものであった。ユウタがその姿を見たのなら「忍者」と、そう呼んだであろう。
「申し上げます。森で赤い服装をした黒髪の少年を1人捕らえました。どうなされますか?」
顎髭の男はその報告を聞いて、あの戦闘中に一瞬だけ現れた謎の少年の事を思い出した。その少年のせいで動きを止められ、被検体は刺されてしまったのだ。
――あの少年は、何か特別な能力を持っているようだ。
「我々、暗殺団の仲間に迎えましょーう。ここに連れてくるよーに。」
「はっ。」
そう返事をして忍者の格好をした男がまた暗闇へと消えていく。そして顎髭の男が、再びハープを奏で始めた。
――怪しい音色が森中に響き渡る。
次回から本格的に王都編です!